「なあ、これどうやって登るんだ?」
ニルが呆れたような顔をしてルーリーノに尋ねる。
ルーリーノは高々と聳える岩山に目を向けると、やや上の方に指を向けた。
「あそことか、あそこなんかに細い道のようなところはありますし、そこまでは何とか自然にだったり、人工的にだったりで出来た窪み何かを使えば行けるでしょう」
そう言われニルがルーリーノの指さしたほうを見ると確かに人一人がギリギリ通れるくらいの道が見えなくもない。
岩肌もゴツゴツとしていて手や足が引っ掛けられないこともないだろうけれど、最初に休めそうな所に着くまでに人十人分ほどの高さがある。
「途中で落ちたら……」
「普通は死ぬでしょうね」
ニルが深刻な感じで言った言葉にルーリーノが軽く返す。それを聞いてニルが呆れたように口を開いた。
「そんな簡単に死ぬって」
「普通は、ですよ。私なら風の魔法を使えば割と簡単に登れますし、ニルだって落ちたとしてもユウシャの力を使えば無傷で済むでしょう?」
そう言って笑うルーリーノにニルは溜息をつくかのような思いで話しかける。
「確かにそうだが、それでも一歩間違えれば危険だろ?」
「どれだけ準備したって一歩間違えれば危険ですよ?」
さも当然のようにそう返してきたルーリーノの言葉に一理あると思ってしまったニルはそれ以上何も返すことができずに、代わりに大きく深呼吸をして「行こうか」という。
「そうですね」
ルーリーノはそう返してからニルに向かって笑顔を見せる。
「それでは頑張ってくださいね」
「ルリノ何言って……」
急にルーリーノがそんな事を言ったのでニルは驚いた声を出したが、ルーリーノはその言葉を無視して呪文を唱え始める。
「ミ・オードニ・ヴェンタ・スフェロ・フルギギ・スー・ラ」
次の瞬間ルーリーノが有り余る魔力に飽かせた大ジャンプを見せると、見えていた最初の休息ポイントへと降り立つ。
ルーリーノはその場に腰を下ろすと、ニルに向かって大声を出した。
「私の名前はルリノではありません」
それを下で聞いていたニルは、わざわざそれを叫ぶのかと失笑すると、今のルーリーノの魔法を参考にユウシャの力を使ってみることにした。
上でニルの様子を見ているルーリーノは未だにニルが登ろうとしないので首をかしげながら、ニルに何かあったのか尋ねようかと口を開く。
しかし、その口は急に飛び上ってきたニルの姿を見て閉じられてしまった。
一瞬でルーリーノの目の前を通り過ぎていったニルは、ルーリーノが飛んだ高さの三倍以上もの高さまで飛び上る。しかし、飛んでいった先には良い着地地点がなくそのまま落ち始めた。
「あー、落ち始めちゃってますね」
他人事のようにルーリーノはそう呟くと、呪文を唱え始める。
「ミ・オードニ・ファルミ・ブロヴァ・フォスト」
瞬間まるで間欠泉のように下から風が吹きあげ、ニルの落下の勢いを殺す。
それから、ニルがルーリーノの目の前までやってきたところで、ルーリーノはニルの腕を捕まえて決して広いとは言えない足場に引っ張り込む。
「悪いな」
ルーリーノに引っ張られたニルはそんな風に礼を言う。
「力の制御ができないのにこんなことやろうとするからですよ?」
非難の色を滲ませながら睨むようにルーリーノがニルに言うと、ニルはばつが悪そうに頭をかく。
「飛び上るって普通に魔法使うのと勝手が違うんだな」
「そうですよ。どの位の威力の魔法を使えばどれくらいジャンプできるのか。それをしっかり計算していないと、今のニルのようになります」
ルーリーノにそう言われ「そうだな」と返したニルはふと思うことがあったので続けようと口を開く。それを見ていたルーリーノは少し首をかしげた。
「助けられて聞くのもなんだが、そんなに魔法使って魔力持つのか?」
前回の遺跡に行った時のことを思い出しながらニルが問うと、ルーリーノが少し不機嫌な顔をする。
「前回は移動中ずっと魔法使ってましたし、何より雷が負担が大きかったんですよ」
「やっぱり、そうなんだな」
ニルが納得したようにそう言うと、ルーリーノは「そうです」と言ってから続ける。
「今の魔法で雷を落とすためには、それこそ自然現象を無理やり起こさなくてはいけません。ですから、ただ炎を出すとか風を吹かせるなんかよりも何倍も魔力を使ってしまうんですよ」
ルーリーノがいつもに比べると少しだけ必死そうにそう言うと、ニルは「なるほどな」と分かったのか分からなかったのかよく分からない返事をする。
それから、ニルがトリオーの遺跡について思い出していると、もう一つルーリーノに対して疑問が湧いた。
「そう言えば、杖はどうしたんだ?」
ルーリーノが持つには些か自己主張の激しい大きさをした杖をルーリーノが持っていないことに漸く気がついてニルが尋ねると、ルーリーノは一瞬きょとんとしてそれから「まあ、状況が状況でしたけど……」と呆れ顔でため息交じりにそう呟く。
「将来有望な若者にあげちゃいました」
軽い口調でルーリーノが言うと、今度がニルが微妙な顔をする。
「あげたって……」
「まあ、色々あったんですよ」
昨日のことについてニルに話す気のないルーリーノはそれだけ言うと「さて、休憩もこれくらいにしましょうか」と言ってニルの反応を待たずに呪文を唱える。
「あ、おい。ルリノ」
ニルが引き留めようそう声をかけた時、ニルの前にはすでに誰もいなかった。
「もう少しで頂上ですね」
岩山を登り始めてから数時間、特に大きな問題もなく二人は頂上少し手前まできていた。太陽はまだ赤くなるには少し早いくらいの時間で、しかし麓にいた時よりも気温は低い。
「ニル聞いてますか?」
返事が返ってこないことを不思議に思いルーリーノが改めてニルに声をかけると、ニルは「あ……あぁ」と曖昧な返事をする。
ニルの様子が変なので「どうかしたんですか?」とルーリーノがニルに尋ねる。
「あ、そうだな。本当に何もなかったなと思ってな」
言い訳がましいニルの話し方に、ルーリーノはそれがニルの本意ではないなと気がついたが、敢えて言及はせず口を開く。
「今日は探索はそこそこで、野宿の準備をしっかり行いましょうか」
「そう言えば、この岩山で野宿できる所なんてあるのか?」
今までの道のりを思い出しながらニルがそう尋ねると、ルーリーノは「実は……」と勿体ぶるように話す。
「この山の頂上はまるで何かに切られたかのように平らになっているんですよ。だからと言って何か特別なものがあるわけでもないのですが」
ルーリーノがそう言い終わる頃には頂上が見えはじめ、その言葉通り小さな村が入りそうな大きさの平地が現れる。
それを見てニルが「確かに平だな」と言って、最後その上に飛び乗る。ルーリーノもそれに続いて山頂に足をつけると、ニルに声をかけた。
「さて、とりあえず、野宿の準備でも……」
そこまでルーリーノは言うと、僅かに殺気を感じてさっと身を翻す。直後ルーリーノが居た場所に大きな水の塊が飛んで来る。
ルーリーノは先ほどのニルの様子を思い出すと反射的に「ニル」と叫ぶ。
その声で我に返ったニルはその水球を避ける余裕はなく、何とかユウシャの力を使うために言葉を発した。しかし、水塊の重さに負け気がつけばニルの視界はひっくり返り、地面に向かって落下していた。