黒髪ユウシャと青目の少女   作:姫崎しう

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合流

 「これで私の勝ちですね」とルーリーノが言いながらデーンスの町に戻って、日が傾いてもニルは宿に戻ってこなかった。

 

 なんとなく嫌な予感がしたルーリーノは情報を得るために宿を出て街へ向かう。

 

「恐らく町の中にはいないと思うんですけどね……」

 

 そんな風に呟いて、ルーリーノが色々な店の人から話を聞いていくと、思いのほかに簡単に情報が集まった。

 

 そもそもフードを目深にかぶった青年なんてそうそういないので、見られていれば簡単に情報が集まるのも道理なのだが、ルーリーノは一つ気になった。

 

「まあ、食料を買うのはわかるんですけど、どうして女物の服なんて買ったんでしょうね」

 

 そう呟きはしたが、ルーリーノ自身ニルがどういう状況にいるのか予想がつき始めてきた。

 

 いくつかの店では話を聞くだけでは終わらせて貰えなかったので、押し切られるように買わされた食べ物を食べながらルーリーノは町の出口へと向かう。

 

「誰かを連れていて、沢山の食べ物を買って、服まで買ったとなると……やっぱり、今日はニルについていくべきでしたね……」

 

 町を出てからの行方は流石に分からないので、ニルが行きそうな場所をルーリーノは考える。

 

「まさか、奴隷をつれて農奴の村に行くとは思えませんし。先に山に登ったというのも無いでしょう」

 

 呟きながらルーリーノは頭の中の地図に×印を付けていく。

 

「海……」

 

 それから一つ思い浮かんだので、半信半疑ではあったがルーリーノは海の方へと向かう。

 

 傾いた日がそろそろその身を赤へと色を変えようとしている頃、西に進むルーリーノを眩しい位の光が襲った。

 

 徐々に赤くなっていく世界で、手で目の上に影を作りながらルーリーノが歩いていると、木々が逆光で黒くなっているのが見える。

 

 それから、完全に太陽が真っ赤になりルーリーノの目に海が見え始めてもルーリーノはニルの姿を見つけることはできずに、ルーリーノは赤に染まった海に触れられるほどの距離までやってきた。

 

「憶測を誤りましたかね……」

 

 波が岩にぶつかる音にかき消されるほどの声でルーリーノは呟くと、それでももう少しこの辺りを探してみようと、あまり安定しない岩の上から周囲を見渡す。

 

 ルーリーノのいる場所から海辺を歩こうと思えば海を正面に見て右か左かということになるが、片方は町につながっている。

 

 奴隷をつれているニルが向かうなら町とは反対の方向だろうと、ルーリーノは歩き出した。

 

「町に戻る頃には辺りはすっかり夜ですよね。亜獣に襲われなければいいんですけど」

 

 そんなことを呟きながら、いくらか歩みを進めるとルーリーノの予想通りに人影を見つけることが出来た。

 

 まだ、ルーリーノに気が付いていないその人にルーリーノが声をかけようとしたが少し様子が変なので躊躇う。

 

「一人しか……居ないみたいですね」

 

 確かに誰かを連れていたと聞いたはずなんですが……ルーリーノはそう考えて改めてあたりを見回したが、岩の上座っているのはニルで間違いないが他に人影はない。

 

 ルーリーノは嫌な予感がしつつ、ニルにそっと近づくと声をかけた。

 

「こんなところで何をしてるんですか?」

 

「ルーリーノこそこんなところで何をしてるんだ?」

 

 ルーリーノの方を向くことなく、ニルの見つめる先には不自然に石が積まれている。それと、ニルの沈んだ声を聞いてルーリーノは何となく何が起こったのかを察した。

 

「そうですね。今日別行動をとったお馬鹿さんと何で一緒にいてやらなかったと後悔しているところです」

 

 皮肉交じりにルーリーノがそう言っても、ニルは「そうか」とだけ言って黙ってしまったのでルーリーノが口を開く。

 

「町に戻らないんですか?」

 

「今日くらいは一緒にいてやりたくてな」

 

 ニルは誰と、とは言わなかったがルーリーノは特に言及することはせずに、せめてニルに静かにここに居させてあげようと呟くように呪文を唱えた。

 

 

 

 

 それから二人の間の沈黙が赤かった空をもう一度青へと戻しかけた頃、ようやくニルが話し始める。

 

「ずっと考えてたんだ」

 

 ぽつりとそう言ったニルの言葉にルーリーノは、ニルが話し終えるのを待つように目を閉じた。

 

「奴隷って何なのかとか、人と亜人の違いは何なのかとか、俺の行動は正しかったのかとかな」

 

 ニルは相変わらず一点を見つめて話す。

 

 その声はどこか淡々としていて、少しだけ悲しみを帯びているかのようにルーリーノは感じた。

 

「人が奴隷に……というのは何となく理解できたつもりでいたんだ。金の問題であったり、何か問題を起こしたりって事で。

 

 でも、実際はそうじゃなさそうだよな」

 

「そうですね」

 

 そこでようやくルーリーノが目をあけ口を開いた。

 

「実際そう言った理由で奴隷になる人は恐らく全体の一割と言ったところでしょう。

 

 残りの多くは奴隷の子供だからで、悪漢に攫われてと言う理由もあります」

 

 「恐らくトリアさんが連れていた奴隷のほとんどは最後の理由、もしくはそれに近いものでしょうね」とルーリーノがニルの心情を予想しながら言うと、ニルの表情が少し歪む。

 

「それに、人と亜人なんてそんなに変わらないのに……」

 

「人と亜人は違いますよ。特に見た目何かそうです」

 

 ニルの言葉にルーリーノが被せるように言う。

 

「確かに見た目は違うが、俺だって亜人ほどじゃないが普通の人とは違う。でも、亜人にだって人と同じような所があるのも確かなんだ」

 

 リーベルのことを思い出しながら言うニルの言葉にルーリーノは何を言っていいのかわからなくなる。そうしているうちにニルが問いかけた。

 

「なあ、ルーリーノ。死ぬことが幸せなんてことがあると思うか?」

 

「無いとは言えないでしょうけど……その子のことですか?」

 

 ルーリーノは聞いていいのか迷いながらもニルの視線の先を見てそう返す。

 

 すると、ルーリーノの予想外にもニルはあっさりと頷いた。

 

「リーベルが言ってたんだ。今の幸せがなくなるのが嫌だから殺してくださいって」

 

「その子は死ぬことが幸せだと思ったんじゃないですよ」

 

 ルーリーノの言葉を聞いてニルが少し驚いたようにルーリーノを見る。

 

「その子はニルと一緒にいることが幸せだったはずです。でも、その幸せが続くかもしれないなんて考えられなかったんだと思います。きっと、そんなことを考えられないほどの扱いを受けてきたんでしょうね」

 

「なるほどな……」

 

 ニルは自嘲気味にそう笑うと、できるだけ平常を装って続ける。

 

「やっぱり、俺のしたことは間違いだったわけだ」

 

「その子を手に掛けた事ですか?」

 

 ルーリーノの問にニルは少し考えて首を振る。

 

「それもあるが、奴隷を買ったことから……だな。話を聞いたら安全な所、例えばトリオーのユウシャの遺跡なんかで匿っておけばいいなんて考えが甘かったんだな」

 

「確かに甘かったかも知れませんが、それで間違いだったってニルの考えですよね」

 

 空虚な笑顔を見せるニルに、ルーリーノは少しきつめの口調でそう言って、積まれた石の方を見る。

 

「少なくともその子は幸せだったんじゃないですか? その子は最期どんな顔をしていましたか? どんなことを言っていましたか?」

 

 ニルはリーベルの最後の一瞬を思い出す。

 

「幸せそうに笑って……謝ってたな……それから、ありがとうって……」

 

 ぽつりぽつりと呟いたニルに、ルーリーノは声をかける。

 

「ほら、見てください。月が綺麗ですよ」

 

 言われてニルが視線をあげると、真黒な海の上綺麗な円形の月が黄金に輝いていた。

 

「そうだな」

 

 そう言ってニルはずっと月を眺めていた。


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