ルーリーノ達が目的地付近についたのはウィガが亜獣を追い払ってから少し歩いた後。
街道を外れた遠くの方にぽつりぽつりと村が見え、一応そこまでの細い道もある。
「この辺りですね」
ルーリーノがそう言ったあとで、ウィガは慌てたようにキョロキョロとあたりを見回してから「そうだな」と返す。
「依頼にあった亜獣は大きなトカゲのような……」
とルーリーノが依頼の確認を始めた時、ウィガはそれが頭には入ってこずに先ほどの自分の名誉をどう挽回するかと考えていた。
そもそもウィガの中で本来なら華麗に三匹の亜獣を倒しルーリーノに「あんなに沢山の亜獣を一人で倒すなんてすごいんですね。尊敬します」と言われる予定だったのだ。
しかし、ルーリーノの事を意識してしまいちょっと格好つけすぎた。
だから次は多少格好が悪くても確実に倒していこうとウィガは心に決める。
「ウィガさん聞いてますか?」
ルーリーノが少し怒ったように言うのでウィガは我に返り、慌てて「ああ、聞いてたよ」と口にする。
「えっと、どうやって亜獣を倒すか、だろう?」
「そうですけど……」
ルーリーノが少し呆れた声で言うと、ウィガは心の中でしまったと叫ぶ。
ルーリーノに少しでもいいところを見せるためにはと必死で考えて、口を滑らせたかのように声をだす。
「る、ルリノは後ろで見ててよ。俺が一人で全部やるから」
言ってからウィガは考える。
元々一人で受けようと思っていた依頼なのだから、何の問題もない、むしろ多少の怪我なら治してもらえるので少し怪我してでも倒しきることができればよいのだ。
それに、ここでいいところを見せれば今度こそルーリーノに尊敬されるはずで、もしかしたら「これからも一緒にパーティを組んでくれませんか」なんて言われ「いいけど、その可愛い顔を見せてくれるかな」とか言ってみたりして、それで現れた美少女とゆくゆくは……などとウィガは思いを巡らせる。
ルーリーノはそんな隙だらけなウィガを冷めた目で見ていたが、ずっと見られている視線とは別にこちらを近づいてくる気配がしたのでウィガに声をかける。
「ウィガさん何か来ます。気を付けてください」
その後ルーリーノはウィガにばれないように呪文を唱え風の矢を八本空中に待機させる。
ウィガはルーリーノにそんなこと言われ、慌ててあたりを見回したが何の姿も見えず「何も居ないじゃないか」と怒った声を出そうとした。
しかし、それもルーリーノの「危ない」という声に阻まれる。
次の瞬間ウィガの身体は後ろに引っ張られて、それとタイミングを同じくしてウィガの足元で人よりも大きな身体をした緑色のトカゲのような亜獣が思いっきり口を閉じた。
それを見てウィガは、今回の討伐目標がトカゲの形をしているのを思い出した。
「今のはちょっと油断しただけで……」
ウィガは体裁を取り繕うとそう言ったが、ルーリーノにしてみれば亜獣が出るところで油断している方が、亜獣に気付かなかったことよりもたちが悪いんじゃないかと思う。
もしも相手がニルであったならば怒るか馬鹿にするところだが、ルーリーノはぐっと我慢した。
「それじゃあ、今度はこっちから」
そう言ってウィガがトカゲに切りかかる。
構えが適当でほとんど体重の乗っていない一撃は、トカゲの硬い鱗に阻まれ大したダメージを与えることが出来ない。
びくともしないトカゲにウィガは威力が足りなかったのかと思い、今度は全体重を乗せて上から突き刺そうとする。しかし、今度は簡単に避けられ剣が深々と地面に刺さった。
「ウィガさん下がってください」
というルーリーノの言葉も耳に入らずウィガは唯一の武器を引き抜こうと手に力を入れた。
剣はウィガが思っていたよりも簡単に引き抜けたのか、その時の勢いで尻もちをつく。
「いてて」と言いながら自分の剣を眺めた時ウィガはある異変に気がついた。
「折れてる?」
剣はその先三分の一ほどが無くなっていて、その切断面は不気味にドロドロと溶けている。一瞬何が起こったのかわからなかったウィガだが、視界に入ったトカゲの垂らす涎によって地面が煙をあげながら溶かされている様子を見て、死の恐怖を感じた。
「うわぁ」
と叫び声をあげ尻もちを着いたまま後退すると、慌てて立ち上がり持っていた剣を放り投げてもと来た道を走りだした。
残されたルーリーノは「まあ、逃げることができただけマシですか」と呟くと「パフィ」と言って準備していた風の矢を一斉に飛ばす。
一匹につき二本で計八本。ウィガがもたもたしているうちに近づいてきていた亜獣も一緒に倒す。
「一、二、三……四。これで依頼達成ですね」
誰に言うでもなくそう言ってルーリーノはトカゲの首を切り落とすと盗伐した証拠として尻尾を切断する。
「本来なら一匹あたりに三人ほど欲しいところだと思うんですが……」
ウィガが一人でこのトカゲを狩ろうとしていたのを思い出して呟いた。それから逃げだした彼が無事に町に戻れたのか少し心配する。
「ここに来るまで大した相手はいなかったので大丈夫だとは思いますが……」
「さすがはルーリーノさんですね」
ルーリーノが呟いた時に背後から拍手の音とともに聞き覚えのある声が聞こえてくる。ルーリーノは振り返ることはせずに口を開いた。
「今日ずっと視線を送ってきていたのは貴方でしたか、トリアさん」
「僕が見ていたのは貴女方が町の外に出てからですけどね。それまでは、カテナとは違う奴隷を付けていました」
ルーリーノは何故トリアがこんなことをしているのかと思うと同時に、やはりこの人だったかとも思う。
「これでもちゃんと調教していたつもりなんですけどね。気づかれていたのなら後でお仕置きしなくちゃいけないなぁ……」
トリアが冷たい目をして笑うが、背を向けているルーリーノにはそれが見えない。
「いつから気がついて……」
とトリアが言いかけて、一度言葉を切ると感心したような言葉をあげる。
「なるほど、はじめから気が付いていたからあの使えなさそうなのと一緒に居たわけですか」
つい先ほどまでパーティを組んでいた少年を貶すような事を言われたが、ルーリーノにしてみても足手まといなのはわかっていたので特に気分を害することなく笑顔を作る。
「駆け出しの冒険者なので仕方ないです。それにトリアさんと同じくらいの強さじゃないでしょうか?」
トリアは一瞬、言葉を失ったがすぐに声をあげて笑いだす。
「昨日言ったでしょう? 僕は戦わない。いや、戦うのは僕の道具である奴隷たちなんですから、その強さが僕の強さですよ」
「それで、トリアさんは何故わざわざ私を監視していたんですか?」
そこで漸くルーリーノはトリアの方を向いた。すると、トリアがいやらしい笑みを浮かべる。
「そりゃあ、貴女を手に入れるためですよ」
それを聞いてルーリーノはなんて分かり易いんだろうと感動すら覚える。
ルーリーノは右手で杖をしっかり握ってからトリアに問いかけた。
「つまり、私と決闘がしたいってことですか?」
「話が早くて助かります」
「でも、私に何一つ利点なんてないと思うんですが」
ルーリーノが当然のようにそう言うと、トリアは首を振る。
「別に僕はどちらでも構わないのです。ここで決闘を受けてもらおうと受けてもらえなかろうと。受けてもらえなければ、即座に貴女を捕まえて奴隷にするだけですから」
「でも、そんなことをすればギルドが黙っていないはずですが……」
ルーリーノが両手で力強く杖を持ちそう返すと、トリアは勝ち誇った顔を見せる。
「見つからなければいいのです。この場で捕まえ立派な僕の奴隷となるまで町には入れない。そうすればギルドの連中も気がつきません」
ルーリーノはその発言が既にギルドにばれたら大変だろうな等と、どうでもいいことを考えながら決闘を受け入れることにした。
「それで、ルールはどうするんですか?」
「基本は一対一で僕が貴女を捕まえたら僕の勝ち、貴女が町まで逃げ切れたら貴女の勝ちで、それ以外は自由と言う事でどうでしょう?」
「わかりました」
ルーリーノが適当にそう返すと、トリアは既に勝ったような気分で思わず邪悪な笑みを浮かべる。
「じゃあ、始める前に……」
そう言ってトリアが手を挙げるとザッとルーリーノを囲むように人が現れる。男女比はやや女の方が多いといった約十人。持っている武器なんかはバラバラだけれど、一様に首輪をしている。
「先ほど言いましたよね。奴隷は僕の奴隷で、僕の力だって」
トリアが声を上げ笑いながら楽しそうに勝手にしゃべるのでルーリーノは「ミ・オードニ……」と呪文を唱え始める。
トリアが笑い終えたところでルーリーノは呪文の半分ほどを唱え終わっていた。
「それじゃあ、始めましょうか。カテナ」
トリアは開始の合図もそこそこにカテナに命令する。カテナは少女とは思えないほどの速度でルーリーノと距離を詰めると呪文を唱えきっていないルーリーノの杖を蹴り飛ばす。
それ見てトリアが笑う。
「知っていますよ? 魔導師の杖は魔法の発動に必須。これでもう貴方は魔法が……」
と言いかけたところでルーリーノが「フォヨロ・リンゴ」と呪文を唱え終わった。
すると、ルーリーノを中心に炎の輪が生まれそれが熱風とともに広がる。
広がる速度は一瞬。
トリアの奴隷たちは吸い込んだ熱風で喉を焼かれ凄まじい熱で碌な悲鳴も上げることができずに絶命していく。
近くにいた奴隷を盾にして何とか死を免れていたトリアがそれでも焼けてしまった喉で必死に声を出す。
「ど、どうじで……」
「魔導師には杖が必要……本当に引っかかってくれるとは思いませんでしたけどね。青い目の魔導師に杖は要らないんですよ」
冷めた口調で話すルーリーノの言葉にトリアの顔が絶望に歪む。
「い、いのぢだげ……」
そう命乞いを始めたトリアの言葉を無視してルーリーノは「最後に」と話しかける。
「トリアさん私のことをエルフみたいにとか言っていましたが、それって褒め言葉じゃないですよ?」
そう言ってトリアに手のひらを見せると「ブルリギ」と言って燃やしてしまった。
「貴方は王族であると同時に冒険者ですから。悪く思わないでくださいね」
すでにその形を成していないトリアだったものにルーリーノはそう言うと、別の方向に目を向ける。
そこにはルーリーノを除いて唯一動いているものが居た。
「手加減したわけじゃないんですけどね……」
ルーリーノの視線の先には服が焼け焦げ全身火傷を負っているカテナの姿があった。ルーリーノはゆっくりとカテナに近づくと一言問いかける。
「生きたいですか?」
カテナは虚ろな目でルーリーノを見たまま動かない。
「もう一度だけ訊きます。生きたいですか?」
そう言われ、カテナの目に戸惑いが生まれる。
今まで奴隷として生きてきたのに今ここで生きたいといってもどうやって生きていけばいいのかわからない。と、言ったところかとルーリーノは勝手に納得し、呪文を唱え始める。
唱えながら自分はなんて甘くなったのだろうなと考えてしまう。
「ミ・デジリ・クラーツィ・スィン」
呪文を唱え終わると、カテナの傷が少しずつ時間をかけて癒えていく。三十分ほどかかって傷がほとんど気にならなくなった。
カテナは茫然とルーリーノを見ていて、何も言葉を発しようとはしない。そんなことはわかっていたかのようにルーリーノが話し出す。
「これで貴方は死なないでしょうし、自由です。もう首輪も燃え尽きていますしね」
ルーリーノはカテナの首を見ながらそう言って、続ける。
「もし他の皆さんの所に行きたければこの辺で寝ているだけで行けるでしょう。
でも、もし何かをしたいと理由はなくとも生きていたいと言うのなら、ここから離れた町か村に行ってみてください。
できれば治安の悪くない小さな所がいいです。そこで信頼を得て下さい。
精一杯人助けでもしていたら勝手に得られるでしょうけれど。そうしたら、冒険者になれるでしょうから後は好きに生きたらいいです」
そこまで軽く言ってから、ルーリーノは「ただし」と念を押す。
「絶対に今日までの貴方のことを話しちゃダメですよ。いっそのこと記憶喪失のふりでもしてください」
それらルーリーノは聞いているかもわからない相手にここまでする義理があるのかと自分自身を少し笑う。
「餞別にこの杖を置いていきますね。
貴女は基本的に魔法を使えませんが、怪我をしてしまったときにでも『エマンツィピ・ウーヌ』と唱えてください。
貴女もこの杖を使えるようにしておきますので。でも使えるのは後五回程度と言ったところでしょうか」
そう言ってルーリーノは何か言い残しがないか確認してからカテナに背を向けた。その時にルーリーノは足に違和感を感じたので振り向くと、カテナがルーリーノの足を掴んでいた。
「奴隷でいいですから……連れて行ってください……」
そう言ったカテナの目は迷子になった子供のようだったが、ルーリーノは冷たい口調で返す。
「残念ながら私に奴隷を連れて行く趣味はありません」
そう言ってルーリーノはカテナを振り払うと二度とは振り返らずにデーンスへと戻った。
残されたカテナはただただ子供のように泣いていた。