黒髪ユウシャと青目の少女   作:姫崎しう

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ルーリーノのデーンス

 朝、ニルと別れたルーリーノは宿で朝食を取った後、昨日ニルに言っていたように依頼を受けるためギルドに向かった。

 

 最近はギルドに行ってもそれが昼過ぎや夕方であったのでルーリーノ自身少し忘れていたが、朝のギルドには人が多い。

 

 その理由は朝のうちに依頼を受け一日かけてその依頼をこなす事が殆どであるから。また、一人では達成困難な依頼をこなす為のパーティを募集していたりするから。

 

 多いとは言っても今は十数人ほどで、少し待っていれば人が減るだろうと適当に椅子に座る。

 

 幸い昨日妙に視線を送ってきていたトリアの姿はなく、ルーリーノは掲示板の前にたむろっている人たちを眺めていた。

 

 

 

 ルーリーノが視線を感じたのは、人が少なくなり掲示板の方に向かおうとした頃。その視線に特に敵意や殺意は感じなかったのでひとまず無視することにして掲示板に目を移す。

 

 残っていた依頼は薬草採集の依頼と護衛の依頼、それからルーリーノ達が通ってきたところと少し違うところにある農奴の村辺りで被害を出している亜獣の討伐。

 

 採集ならば半日かからず危険もあまりないだろうけれどその分報酬は少なく、護衛は依頼者側がある程度冒険者のレベルを指定しているので報酬も高め。

 

 そして、緊急と書かれた討伐依頼は護衛の依頼よりもさらに高額の報酬ではあるが既に何人もの冒険者が犠牲になっていて、高額なのはそれが理由なのだろうと簡単に予想がつく。

 

 ルーリーノはそれらを眺めながら、最近のニルの様子を思い出した。

 

「亜人と話したいなんて言ってましたし、もしかしたら無一文で帰ってきそうですよね」

 

 呟いて、それだけならまだいいかと思い直す。

 

 ルーリーノも亜人が基本的にどのような扱いを受けているのかは知っているので、たとえデーンス王のところで亜人を見せてもらえたとしても、その亜人と会話することなどまず不可能なことはわかっている。

 

 そうなると、残る道は奴隷を自分で買う以外にはないのだが、問題は買ってお金がなくなるよりも買って足手まといが増えてしまうこと。

 

 まさかニルも亜人奴隷を買ったとしてその亜人を連れて旅を続けるとは言わないだろうけれど、もしかしたらと思うと不安になってしまう。

 

「教会に行きたくないからって別行動をすると言ったのは間違いでしたね」

 

 とルーリーノは少し自分の行動を恥じる。

 

 ただ、ニルも奴隷を買うなどとは一言も言っていないので考え過ぎだろうとルーリーノは自分を納得させつつ討伐依頼の依頼所に手を伸ばした。

 

 

 その時に後ろから「あっ」という声が聞こえて来る。

 

 ルーリーノがそちらを向くと、ルーリーノの同い年ほどの目の色が茶色い少年が手を伸ばしかけていた。

 

「あなたもこの依頼を受けたいんですか?」

 

 手を伸ばし、訝しげにルーリーノを見ていた少年に対してルーリーノはそう尋ねる。

 

 依頼は基本的にトラブルが起きないように同じものをいくつかのパーティが受けられないようになっていて基本は早い者勝ち。しかし、普通は力のあるものから順に選んでいく。

 

 少年は小柄なフードを目深にかぶった変な奴が自分が受けようとしていた依頼を手にしたのでいらついていたのだが、その声を聞いてそのフードの人物が少女であると確信して、少しどぎまぎしてしまう。

 

「ああ、そうだよ」

 

 少年は格好つけながらそう言って考える。顔は見えないが自分よりも小柄で、依頼書を持つ手はとても華奢な女の子が果たして亜獣の討伐などできるのだろうかと。

 

 もちろん、人がほとんど居なくなった今掲示板の前に居る少年は駆け出しなのだが、どういうわけかとても自信ありげな顔を見せる。

 

「そうだ、よかったら一緒に依頼を受けないか?」

 

 少年にそう言われてルーリーノは少し悩む。

 

 ルーリーノが見ても目の前で自信たっぷりにそう言った少年は素人もいいところ。

 

 普段なら誘われたとしても依頼を譲ったり、無視したりするところなのだけれど、なんとなくその素人っぽさが出会った当初のニルを思い出させ気まぐれにパーティを組んでもいいかなと思ってしまう。

 

 それにさっきからルーリーノを見張っている視線のことも気になるので、様子を見る意味も含めてルーリーノは少年の申し出を受け入れた。

 

「俺はウィガ、よろしく」

 

 少年がそう名乗って握手を求めるように手を差し出す。

 

 ルーリーノは普通に自己紹介をしようと思ったが少し考えて本名を名乗るのを止める。

 しかし代わりに名乗る名前がすぐには思い浮かばなかったので苦し紛れに

 

「ルリノです。よろしくおねがいします」

 

 とウィガの手を握った。正直自分からそれを名乗るのは屈辱的だったがニルには聞かれないからいいかと半分諦めていた。

 

 

 

「じゃあ、ウィガさんは初めての依頼なんですね」

 

「そうさ。冒険者になる前に何体もの亜獣を追い払った俺としては、そのデビューともなる依頼に薬草取り何て役不足でね」

 

 準備もそこそこに町を出た二人はそんな話をしながら広い草原の中、目的の場所へ向かう街道を歩く。

 

 話しながらウィガは口元しか見えないルーリーノの格好と声でその姿を想像しては落ち着かない様子であったが、ルーリーノはウィガの変な自信は過去に亜獣を倒したことに依っているのかと冷静に分析していた。

 

「どうしてルリノは冒険者になろうと思ったんだ?」

 

 ウィガにそう話を振られルーリーノはウィガが完全に自分のことを駆け出しの冒険者だと思っているのだと確信し、可笑しくて口角をあげる。

 

「私は魔導師ですから、その力で誰かの役に立てたらと思いまして」

 

 ルーリーノが適当な理由を言うとウィガが何やら納得したような表情を見せる。

 

 ルーリーノは何にそんな納得しているのだろうかと疑問に思ったが、すぐに本人から答えが返ってきた。

 

「だから、緊急なんて書いてある危険そうな依頼を選んだのか」

 

 そんな見当違いな答えを聞いてルーリーノはやはり可笑しくなってしまう。それからウィガが少しの間ウィガは黙ってしまうと「ああ」と声を出す。

 

「どうしたんですか?」

 

 ルーリーノが首をかしげるとウィガがすごいものを発見したかのように話しだす。

 

「だからルリノはそんな杖を持っているのか」

 

 むしろよく今まで気がつかなかったなとルーリーノが逆に感心してしまうようなことを言ったあと、ウィガはルーリーノ肩を両手でつかみ真っ直ぐフードの向こう隠れて見えないはずの目を見る。

 

「いくら魔法が使えるからって女の子が一人でこんな危ない依頼を受けようとしちゃいけない。例え緑の目を持っていたとしても、危ないって話聞くだろう?」

 

 ウィガはルーリーノを心配した上で、格好つけてそんなことを言う。

 

 それと同時にウィガの中でこれで良いところを見せたら恐らくは……などと根拠のない計算を行っていた。

 

「でも、ウィガさんもこれが初めての依頼なんですよね?」

 

 ルーリーノが首をかしげてそう尋ねると、ウィガは自信たっぷりに言う。

 

「俺はいいんだよ。強いんだから」

 

 そう言い終わるかどうかくらいで、タイミングよく亜獣が二人の前に躍り出た。

 

 数は三匹で兎に角が生えたような姿をしている割とポピュラーな亜獣。一対一なら一般人であっても負けることが難しいような相手。

 

「ルリノは危ないから下がって見てな」

 

 ウィガが格好つけながらそう言って三匹の内の一匹に切りかかる。

 

 不意打ち――ともいえないお粗末なものだが――に成功し最初に一匹は難なく倒したが、その一匹に気を取られていたためかウィガは他の二匹からの反撃にあってしまう。

 

 そんなウィガの素人にしか見えないたち周りを見ながら、しかしルーリーノは手を貸そうとはしなかった。

 

 第一に怪我はしても死ぬことはないだろうから、第二にこの程度の相手にも勝てないようでは冒険者なんて到底無理だから。

 

 

 ウィガはたっぷり十分以上かけて亜獣を倒しきった。しかし、身体はボロボロであちらこちらに青い痣や擦り傷を作っている。ルーリーノはウィガに駆け寄った。

 

「ウィガさん大丈夫ですか? すぐに治療しますから」

 

 そう言って、ルーリーノは「ミ・オードニ」呪文を唱え始め「クラシ・リ」と唱え終わる頃にはウィガの傷は殆ど治っていた。

 

「ありがとう。ちょっと油断しちまったよ」

 

 ウィガが少し照れながらそう言ったが、ルーリーノは果たしてどう返せばいいのかわからず「無茶はしないでくださいね」とだけ言った。


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