黒髪ユウシャと青目の少女   作:姫崎しう

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 西の国デーンスに向かう途中、キピウムとトリオーを結ぶ街道とは違い茶色い砂が露出した道をニルとルーリーノはフードを目深にかぶった状態で歩いていた。

 

「そう言えばルリノは本に書いてあった西の端の山って知ってるか?」

 

 所々小さな木のような植物が生えていてたくさんの石が転がっている荒野。

 

 太陽がいつもに増して照りつけているような感じはするが、湿度が低いためかあまり不快な感じはしない。

 

 ルーリーノはそんな道でも普段と変わらない足取りで歩きながら口を開く。

 

「ルーリーノとちゃんと呼んでくれたら教えてあげます」

 

 毎回毎回注意だけでは意味がないと悟ったルーリーノは少しアプローチを変えて返す。

 

 しかしルーリーノの思惑とは違いニルは「それなら仕方ないな」と話を終えた。

 

 ルーリーノは思惑がうまくいかなかったことに心の中で溜息をついて「わかりましたよ」と諦めた声で話し出す。

 

「その山はデーンスのさらに西、海に至る途中にある山だと思います」

 

「有名な山なのか?」

 

 ニルの興味本位の質問にルーリーノは何気なく答える。

 

「冒険者の間では有名ですね。何もない山として」

 

 それを聞いたニルが驚いたように「何もない?」と尋ね返す。ルーリーノはそれに頷いてから続けた。

 

「その山は割と険しいのですが、登ったところで珍しい植物が生えているわけもなく、掘ったところで鉱石が出てくるわけでもなく、亜獣や動物もいないので行ったところで骨折り損のくたびれ儲けと昔から冒険者の中で嫌われているような山です」

 

「でも、そうなると何もないと分かる程度には調べ尽くされているんだろ? だったら遺跡だってすでに見つかっていてもいいんじゃないか?」

 

 ニルがそう返し、ルーリーノもそれに頷く。

 

「私もそう思うのですが、西端の山となるとそこ以外は考えられないんですよね」

 

 ルーリーノが何かを考えるように人差し指を下唇にあてる。

 

「まあ、ともかくそこに行くしかないわけだしな。もしかしたら普通じゃ気付けない仕掛けとかがあるかもしれないわけだし」

 

「そうですね。幸い山に亜獣はいませんし、足元にだけ気をつければ大した危険はないでしょう」

 

 ルーリーノがそう言い終えたところで話が一段落したと感じ「それから」とニルが口を開く。

 

「デーンスってどんな町なんだ?」

 

 ニルの問にルーリーノの表情が曇る。しかし、すぐにそれを隠すと「デーンスですね」と慌てて答えはじめた。

 

「デーンスは奴隷商と農業で成り立っている町でしょうか。正確には農業をおこなっているのはその周辺地域なんですけどね」

 

 ルーリーノが奴隷と口にした時にニルの表情も曇った。しかし、ルーリーノはそれを無視して話し続ける。

 

「知っているかもしれませんが奴隷というのは単純には二つあり借金などでその身を売った人奴隷と、生まれながらにして奴隷とされる亜人奴隷です。

 

 一般に人奴隷は農奴として国の農業を行います。他にも元冒険者ならばその戦闘力を買われて用心棒として扱われるものもいます」

 

「用心棒ね……」

 

 ルーリーノの話にニルが周囲を警戒しながら言う。

 

「まあ、今のような状況に陥ったためですね」

 

「なるほどな」

 

 ルーリーノも同様に目を光らせながら言うと、ニルが至極納得したような声で返す。

 

 辺りは荒野とは言っても岩陰や背の低い荒地特有の木も生えていて隠れる場所は至る所にある。そう言ったところから二人に向けられる視線の数を二人は探った。

 

 ニルとルーリーノそれぞれが数を把握し終わったところでアイコンタクトを取り、ルーリーノが口を開く。

 

「そこら中に隠れている人出てきたらどうですか? そろそろ疲れたでしょう?」

 

 それからしばらく反応はなく、痺れを切らしたニルがこちらから向かってやろうかと思ったところでザッと靴が砂を踏む音が複数聞こえてきて、十人ほどの十代から五十代ほどの男たちが姿を現す。

 

 体型はルーリーノほどに華奢なものもいれば、ニルよりも頑丈そうな者もいる。

 

 しかし、誰を取ってもその服はボロボロで持っている武器も小さめのナイフや包丁。

 

 下手すれば鍬であったりと盗賊というには幾分ちぐはぐな野盗。

 

「荷物を全ておいていけ、そしたら命だけは助けてやろう」

 

 その中でも一番体格が良い四十歳くらいの男がナイフをニルとルーリーノに向けながら凄みを利かせる。しかし、それにあまり脅威を感じないニルは小声でルーリーノに話しかけた。

 

「どうして、出てくるのに時間がかかったのにこいつらこんなに偉そうなんだ?」

 

 それを聞いてルーリーノは内心呆れてしまったが、それを表に出すと目の前の男たちを逆撫でしてしまうと感じ表情を変えずに同じく小声でニルに返す。

 

「出てくるまでに仲間内で合図なんかを送っていたのでしょう。それにそうやって出てきた相手が『どうか荷物をいただけませんか』と言うと思いますか?」

 

 ニルはそれを聞いて「なるほどな」と小さく言って口を噤む。それからルーリーノが声を張った。

 

「もしも嫌といったらどうする気ですか?」

 

「その時はお譲ちゃんたちの身柄も頂くとしようか」

 

 幸い先ほどのやり取りは男たちには荷物を置いていくかどうかの話し合いと思われていたのか、男達のリーダーも冷静に答えを返す。

 

 それと同時に周り男たちがじりじりと二人を囲み始める。

 

 ルーリーノは一つ溜息をついてニルに声をかけた。

 

「ニル的にはこの人たちを殺すのは賛成ですか?」

 

 冒険者の常識からを前提とした発言。こう言った野盗は何度も同じことを繰り返すため出会い襲われたのなら殺してしまった方が良いと言うのが一般的な見解である。

 

 しかしニルは頭をふる。

 

「たぶん誰も殺さずに行けるだろ?」

 

「了解です」

 

 ニルの返答を聞いてルーリーノはニルらしいなと返事をしながら苦笑する。

 

 しかし、同時にルーリーノは一つ心配もしてしまう。

 

 どうしても人を殺さなければならなくなった時にニルは人を殺すことができるのか。

 

 少しそんなことを考えたがルーリーノはすぐに目の前のことに集中する。

 

 すぐに呪文を唱え風の矢を宙に浮かせる。しかし、男たちのほとんどはその時にできる違和感に全く気がつかない。

 

 ルーリーノもそれが分かっているので相手に気づかれるよりも速く「パフィ」と言って矢を射た。

 

 風が空を切る鋭い音は一瞬。ルーリーノは正確に男達の服を地面に縫い付ける。

 

 数にして七人ほど。いきなり地面に張り付けられた男達はそのことに驚き、その間にニルが残りの三人を気絶させる。

 

「っち、魔導師か」

 

 ルーリーノに張り付けにされたリーダー格が状況を理解して舌打ちをする。

 

 同時になんとか抜け出そうともがき始めるので、ルーリーノも矢を維持するのが面倒になり男たちに近づき「ドーミギ・イリン」と呪文を唱える。

 

 すると、一人一人と寝息をたてはじめ遂には磔にされていた全員が眠ってしまった。

 

 

 それに驚いたのはニルの方でルーリーノから少し離れたところで「魔法って便利だな」と一人呟く。

 

 そんなときニルの背後から二人、ルーリーノの背後から一人鍬やこん棒を持った男が飛び出してくる。

 

 ルーリーノは先ほど用意していた風の矢を使い難なくいなすが、ニルは気が緩んでいたために一瞬反応が遅れる。

 

 二人の鍬がニルを捕らえる直前、ニルの耳にヒュンという高い音が聞こえた。

 

 背後で人が倒れる音がしたのでニルが振り返ると、手首から血を流し痛みのためか呻き声をあげる男が二人転がっていた。

 

 ニルが状況を把握しようと男達に近づこうとしたとき「ニルそこをどいてください」とルーリーノの低い声が聞こえた。

 

 ニルが声がした方を見ると、ルーリーノが炎の矢を二本ニルの後ろの男達に向けていた。

 

「ルリノ、どうする気だ」

 

「その二人に止めを刺します」

 

 ルーリーノの冷たい声にニルの背筋に悪寒が走る。

 

「殺すなって言ったよな」

 

「ですが、殺されそうになったら向こうも同様。常識ですよ?」

 

 ニルにもルーリーノの方が正しことくらいわかる。

 

 ここで殺しておかなければ自分たちがまた狙われる可能性があるのだから、身を守るという意味でも大事なことではあるだろうし、ギルドもそれを禁じてはいない。

 

 むしろ被害が大きくなればギルドが野盗の首に懸賞をかけることもある。

 

「常識か何かは知らないが、俺は冒険者である以前にユウシャだからな無暗に人を殺さない」

 

 ニルがそう宣言しても、ルーリーノは怯むことなく口を開く。

 

「それを避けられない時が来た時、ニルは人を殺せるんですか?」

 

 

 ルーリーノはニルの回答を待つ。

 

 それと同時に今の演技がばれていないかと少し不安に思う。

 

 演技と言ってもニルの後ろの男たちを含め周囲で寝ている者たちもここで殺めておくべきだと思うルーリーノにとって半分は演技ではないのだけれど。

 

「ああ、もちろん」

 

 冷え切ったニルの言葉がルーリーノの耳に届く。

 

「いや、ただ殺すだけで済めばまだマシなのかもしれない」

 

 ルーリーノの反応を待たずに続けられたニルの言葉は淡々としていて、かつて人を殺めたことがあると暗示しているようでルーリーノは身震いした。

 

 だからルーリーノは矢を消して「冗談です」とぎこちない笑顔を浮かべる。その後すぐにニルは緊張を解いて「やめろよ、そういうのは」と疲れた声をあげた。

 

 しかしルーリーノは矢を消す直前までの短い間見せた後悔と悲しみで歪んだニルの表情が脳裏に焼きつき考えずにはいられなかった。

 

 そんな顔をする人が本当に人を殺すことができるんですか、と。

 


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