黒髪ユウシャと青目の少女   作:姫崎しう

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ユウシャの遺跡その1

「ルリノ、体調はもういいのか?」

 

 白い壁紙、床は木でできているが表面につやがあり、机と椅子とベッドだけが置かれている部屋。

 

 そこで未だに足もとがふらついているルーリーノを見てニルが声をかける。

 

 ルーリーノはまだ上手く力の入らない身体を杖で支えながら、ため息をついた。

 

「そう見えるならニルの目に治癒の魔法掛けてあげましょうか? あと、私の名前はルーリーノです」

 

「その魔法も掛けられないと思うんだがな」

 

 そう言って笑うニルにルーリーノはもう何も言い返せなくなってしまった。

 

 

 

 

 アカスズメとの戦いの後、ルーリーノがなんとか動けるようになってから二人はユウシャの遺跡に向かうことになった。

 

 アカスズメ曰く、遺跡はこの高い山の上ではなく二人が居たところ、つまりニルとアカスズメが戦っていた所から見て丁度山の裏側にあると言う事でほぼ行動不能状態のルーリーノでも向かうことができた。

 

 山のふもとをぐるりと回ってまず二人の目を引いたのは急になくなる地面とその向こうに見える海。

 

 近寄ってみると、崖になっていて海が白い波を立ててところどころで渦をつくっている。

 

「海って本当にあったんだな」

 

 その景色を見て、ぽつりとニルが零す。

 

 それを聞いてルーリーノはニルをからかおうかと口を開いたが、ニルの境遇を思い出して一度口を閉じた。

 

 代わりに別の言葉を口にする。

 

「私もこんな風に荒れている海を見るのは初めてです」

 

「そうなのか?」

 

 ルーリーノの言葉を聞いてニルが首をかしげた。

 

 ルーリーノは海風にはためく髪を手で押さえながら遠く空と海の境目を見ながら答える。

 

「はい、西にあるデーンスでも海は見たことはありますが、船が漁にも出ていましたし私が見た範囲ではこんなに波が高いこともなかったです」

 

 ニルは一瞬ルーリーノの船という言葉に興味がわいたが特に言及することなく「そうか」とだけ返す。

 

 それから、すぐに「じゃあ、行くか」と言ってニルが歩き出す。それにつられてルーリーノも踵を返し、山の方へと視線を戻すと小さな小屋が見えた。

 

 

 小屋の前について、ニルとルーリーノは顔を見合わせて首をかしげる。

 

「ユウシャの遺跡ってこれでいいのか?」

 

「たぶんこれでいいと思うんですけど……」

 

 小屋の外見は屋根が平べったいとても小さな木の家のようで、一つだけある窓からは緑色のカーテンが揺れているそれは、遺跡と呼ぶにはあまりにも雰囲気がない。

 

 しかし、とルーリーノは考える。この小屋には違和感がある。

 

 その時に二人の背後から強い風が吹きつけて二人の衣装をバタつかせた。

 

「……この小屋きれいすぎませんか?」

 

 今の風でピンときたルーリーノがそう言うと、ニルは「ああ」と生返事をする。

 

 その反応が少し気に食わなかったルーリーノはニルに文句を言おうとニルを見上るように見ると、真面目に小屋を見ていたので思わず口を噤んだ。

 

「たぶんこう言うことだろう」

 

 ニルは急にそう言うと、ルーリーノの反応を待つことはせずに直刀を引き抜き小屋に切りつけた。

 

「ニル、何を……」

 

 思わずそう言ったルーリーノがニルの方を凝視すると、ニルが小屋を指さす。ルーリーノが指につられて視線を移すと小屋は傷一つ着くことなく佇んでいた。

 

 

 

 

 ルーリーノが足をふらつかせベッドに倒れ込む。

 

 見たところ金属の足にマットレスを乗せたようなそれは見た目以上に柔らかく、また弾力性もありルーリーノが目を丸くする。

 

「体調悪いならそうやって寝とけ」

 

 ベッドに倒れ込んだルーリーノを見てニルがそう言う。

 

 ルーリーノは一度倒れ込んでしまった反動で起き上がりたくないと叫ぶ身体に鞭打って何とかベッドに腰掛けた。

 

「さすがに寝ているわけにはいきませんよ」

 

 そう言ったルーリーノのおでこをニルが軽く押す。すると、ほとんど抵抗なくルーリーノが倒れる。

 

 板張りの天井を眺めながらルーリーノが怒ったような声を出した。

 

「何をするんですか」

 

「せっかくベッドがあるんだから寝とけよ。わかったことがあったら後でちゃんと教えるから」

 

 そこまで言われてルーリーノは諦めたようにベッドに倒れると枕に顔をうずめる。

 

 その感覚がまた気持ちがよくて気がつくとそのまま眠ってしまった。

 

 

 

 

 ルーリーノが目を覚ました時ニルは椅子に座って何かを読んでいた。

 

「起きたのか?」

 

 ルーリーノが動いた音に気がついてニルが尋ねると、ルーリーノはベッドの上に座るように起き上がりボーっとした頭のままで口を開く。

 

「私どれくらい寝ていましたか?」

 

 未だ目を擦っているルーリーノを見て珍しいなと内心面白がっているニルはどれ位ルーリーノが寝ぼけているのかを調べるべく答えを考える。

 

「一、二時間ってところだろう。それにしてもルリノはいつもその質問だな」

 

「いつもってことはないと思うんですが……まぁ、そうですか。それで何か見つかりましたか?」

 

 ルーリーノの反応を見て、これは寝ぼけているなと確信しつつニルは読んでいたものをルーリーノに投げる。

 

 「わっ」と驚いたのが引き金になりルーリーノの意識がはっきりする。

 

「何するんですか、急に」

 

「一応小屋中調べてみたがそれらしいのはそれしかなかった」

 

 怒った声を出すルーリーノの抗議は無視してニルが言う。

 

 ルーリーノは、投げられ今は自分の手のうちにあるものを確認する。

 

 表面はやや硬く、たくさんの紙が重ねられ四つの辺の一つだけが留められているそれはパッと見た感じは新品にすら見えた。

 

「本……ですか?」

 

 ルーリーノはそう呟くとパラパラとページをめくり始める。

 

 最初の数ページに何か書いていて、それ以降は――正確にはその何か書いてあるページも含め――薄い線が横に等間隔に引いているだけ。

 

 ルーリーノは念のため最後のページまでめくって見てから最初のページに戻る。そこにはこう書かれている。

 

『この世界にはルールがある。それはどれだけの人が集まっても変えることができず、神さえもこのルールを変えることはできない』

 

 それから少し間を開けてから、

 

『ユウシャやマオウというものは俗称であり正しくは人の王、亜人の王と言うべきである』

 

 以下ページを変えて同様に。

 

『人の王や亜人の王はルールによって作られ、また神は王に道を示すのが一つの大きな役目となる』

 

『ひとまずは西に向かうと良い。大陸の西の端、その山の上』

 

 そこまで読み終わり次のページに目を移したところでルーリーノの知らない文字が現れた。

 

 そこで読むのをやめてルーリーノはひとまずニルに問いかける。

 

「ニルはこの文字読めますか?」

 

 読めないルーリーノにしてみればそれが文字であるのか単なる記号であるのかの判断はできないが、下手にそれを言っても話は進まないのでそう言うとニルが頷く。

 

 その反応にルーリーノは「本当ですか?」と思わず驚いた。

 

「そこから先に書いてるのは言ってみればユウシャの力を使うための呪文みたいなものだな」

 

 ニルがルーリーノには読めないページを指さしながらそう説明する。

 

「と、言うことはまたニルに反則じみた能力が増えたんですね」

 

 ルーリーノがため息交じりにそう言う。

 

「残念ながら今回のは今までに比べると反則染みてはないな」

 

「と、言いますと?」

 

 ルーリーノが首をかしげると、ニルが説明を始める。

 

「ルリノももう気づいているとは思うが、ユウシャの力の一つにどんなダメージも無効化するみたいなのがある」

 

 そこまで聞いてルーリーノは「私の名前は」と言いかけて首を振り「そうですね」と言い直す。

 

「まあ、それも一回十秒しか持たないわけだが、恐らくこんな魔法は存在しないだろう」

 

 十秒と聞いて囮としてニルが飛び出していったのをルーリーノは思い出す。

 

 ルーリーノが言った十秒と同じ時間。だからニルはためらいもなく飛び出せていけたのだろうと。

 

 後者についても確かにそんな魔法は聞いたことがないとルーリーノは思う。

 

 ダメージを減らすという意味では不可能ではないかもしれないがそこはもう肉体強化の領域であり、どんなダメージも無効にするほどに強化してしまえば身体の方が耐えられなくなる。

 

 そう思いルーリーノは「そうですね」と肯定した。

 

「でも、今回は火や風、水なんかを操れる程度らしい」

 

 ニルは軽くそう言ったが、ルーリーノは言葉に困る。

 

 確かにまだ出鱈目というほどではないがそれも規模の問題。

 

 ダメージ無効であったり、ユウシャの使いであったりを考えると恐らく通常時のルーリーノと同程度かそれ以上の威力があるとも考えられる。

 

 しかもそれを使うのに魔力が要らないのであればそれは十分反則だとルーリーノは考える。

 

「そう言えば、そんな力がありながらどうしてキアラ戦や私との決闘で使わなかったんですか?」

 

 結局ルーリーノはニルの力についてそれ以上言及することはせずに話を変える。

 

「確かに使えば勝てたかもしれないけど」

 

 ニルはすぐにそう話しだすと、腰にぶら下げてある直刀を撫でる。

 

「何か反則っぽいだろ? ただでさえこんな刀使ってるってのに」

 

 そう言って頭を掻くニルをルーリーノが意外そうな顔で見上げる。それから少しうれしくなって小さく笑顔を作った。

 

「それもそうですね」

 

 と最後にいつもの口調で返すと、ルーリーノは今一度話題を変えるべく口を開く。

 

「それで、私にも読めるところってどういう意味だと思いますか?」

 

 そう言ってルーリーノは本に視線を落とす。

 

 ルーリーノも書いてあることが理解できないわけではない。

 

 ただ、明らかに情報が少ない。ルールとはどんなルールで誰がつくったのか。

 

 ユウシャやマオウという呼び方はなぜ生まれどういう意味を持つのか。そもそも、この文を残した意図が分からない。分かれるほどに情報がない。

 

「どうって言われてもな。俺が人の王で神に道を示されたかって言われたら確かに示されたんだろうけど、結局は西へ向かえってことしかわからん」

 

「そうですよね」

 

 堂々と言ったニルにルーリーノが乾いた笑いを浮かべながら返した。

 

 それからしばらくの間互いに言葉を発することなく居たかと思うとルーリーノが急に話し始める。

 

「さて、そろそろ次の町へ向かいましょうか」

 

 そう言って立ち上がったルーリーノを見てニルが少し不安そうな顔をする。

 

「もういいのか?」

 

「完全にってほどではないですが、魔力も回復したので歩きながらでも治療はできますからね」

 

 「先ほど寝かせてもらったおかげです」とルーリーノが言うが、ニルはまた少し別のことを心配していた。

 

「帰りはどうするんだ? 来る時と同じ魔法は使えないだろう?」

 

「帰りはニルが使ってください。おそらくできますよね?」

 

 ルーリーノの笑顔にニルはたじろぐ。それから、一つ溜息をつくとニルは口を開く。

 

「できないことはないだろうが、ルリノと同じことしようと思うとだいぶ気を遣わないといけないんだが……」

 

「それは知ってます。あとルーリーノです」

 

 それを聞いてそうだよなとニルは逃げ道がないのを悟った。

 

 仕方がないので「分かった」と返し最後に「せめて保険くらいは用意しといてくれよ」と肩を落としながら言った。


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