黒髪ユウシャと青目の少女   作:姫崎しう

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決着、火の鳥

 ルーリーノが意識を取り戻したときその目には岩がむき出しの天井が映った。

 

「起きたかルーリーノ」

 

 どこからかそんな声が聞こえてきて、その姿を見ようとしたが、ルーリーノは首すら動かすことが出来ない。それでも、声は何とか出せそうなので口を開く。

 

「どういう状況なんですか?」

 

「お前があの鳥に一瞬で倒されたから即座に逃げて、言われたとおり安全な場所を作りお前を治療している最中だな」

 

 耳に届くニルの声はいつもとあまり変わった様子はない。でも、少し違和感を覚えたルーリーノはその違和感に気がつき口にしてみる。

 

「今は私のことをルリノって呼ばないんですね」

 

「お前はこんな状態で呼ばれたいのか?」

 

 ニルの呆れた声が聞こえるが、その呆れ方はお門違いだろうと、ルーリーノは心の中で苦笑してしまう。でも口では「いいえ」とだけ短く言ってニルを呼ぶ。

 

「どうした?」

 

 ニルが返事をしたところでルーリーノが問う。

 

「ニルはあのユウシャの使いと言うのに勝てると思いますか?」

 

 ニルは似たような感じの状況が前あったことを思い出して、やや辟易として口を開く。

 

「まさか『私一人なら……』とは言わないよな?」

 

 それを聞いてルーリーノは一瞬何のことかわからない様子であったがすぐに理解し、口元に笑みを浮かべる。

 

「そうですね。全力で且つしっかりと準備を立てたうえでならもしかしたらってところでしょうか」

 

 ニルにはそれが本気でもなければ強がりでもなく、冗談のように聞こえたので少しほっとした。

 

「でも、ニルなら何とかなるんじゃないかって気がするんです」

 

 ルーリーノは確信を持った声で言う。ニルもどうしてそう言ったことを言うのかはわかっていたが、敢えて尋ねる。

 

「どうしてそう思う?」

 

「ユウシャの力……ニルにもあるんですよね?」

 

 ルーリーノにそう返されニルは「そうだな」と返す。

 

 やはり、とルーリーノは納得する。

 

 ルーリーノが最初に疑問に思ったのはポルターで襲われたとき。棍棒で殴られ解いて無傷だったこと。次に山を下りて亜鳥に襲われていた時。後者など雷が直撃したはずなのにピンピンしていたのだ。流石に何もないわけがない。

 

「できれば、あの鳥は殺さないでください」

 

 ルーリーノがそう言ったのを聞いてニルは驚いて「どういうことだ?」と尋ねる。ルーリーノは少し考えた後で口を開く。

 

「ニルは私が鳥の亜獣について話しかけたのを覚えていますか?」

 

 すぐには思い出せず、ニルは記憶を探る。それから一つ思い当たる節があったので口にする。

 

「ラクスを助ける直前のやつか?」

 

 ルーリーノが「はい」と言って話し始める。

 

「鳥型の亜獣が何故町や村を襲わないかって話です」

 

「それがどうしたんだ?」

 

 ニルはルーリーノが言いたいことが分からずに首をかしげる。

 

「おそらく、ユウシャの使いさんが亜鳥に働きかけて襲わせないようにしているんじゃないかと思うんです」

 

 そこまで言われてニルは納得がいった。確かにあのユウシャの使いは他の鳥と意思疎通をしている節があった。

 

「もし亜鳥達が町を襲い始めたら小さな町や村はすぐに壊滅してしまいます」

 

 「ですから」とルーリーノが言いかけたところでニルは「わかった」と返す。それからニルはルーリーノの方を向いて

 

「あとは俺がやるからルリノは寝とけ」

 

 と言って背を向ける。ルーリーノは少しおかしくなって目と口だけで笑うと

 

「私はルーリーノです」

 

 とだけ返して、ゆっくりと目を閉じ遠ざかっていく足音を聞いていた。

 

 

 

 

「どこ行ってたの? ……なんてね」

 

 ニルが外に出たと同時に声をかけられた。ニルはその声に敏感に反応しそちらを向く。

 

 暗くなりかけている空の下、女性の姿に戻っていたユウシャの使いが仄かに輝いていた。

 

「気づいていたんだな」

 

 ニルは驚くこともなく言う。その反応に驚いたのは女性の方で「へぇー」と裏のありそうな笑顔を見せる。

 

「驚かないんだね」

 

「何となくな。ルリノの魔法が人や亜人、動物、亜獣にしか対応しできてなかったらお前には意味無いだろう?」

 

 ニルはそこまで言うと、少し考えて言葉を続ける。

 

「お前名前ないのか? ユウシャの使いって呼びにくくてならないんだが」

 

 ニルがそう言うと、ユウシャの使いがクスクスと笑う。

 

「こんな状況で名前なんか聞いてくるとはね。でも、僕には名前なんてないよ」

 

 それから女性は少し考える。

 

「でも、どうしても呼びたいというのならアカスズメとでも呼んでくれ」

 

「で、スズメさん。俺はどうしたらいいんだ?」

 

 名乗った直後に名前を略す、ニルの傍若無人ともとれる発言にアカスズメは思わず笑い出す。

 

「そうだね。ユウシャの力を使って僕を倒してくれないかい」

 

 目の端に涙を浮かべながらアカスズメがいう。ニルは今の発言を聞いて少し考えて口を開く。

 

「倒すってのはどうしたらいい? できればあんたを殺したくない」

 

 アカスズメはニルの言葉に「ほお……」と感心した声を洩らす。それから、相手の心中を察しようと猫のように目を細める。

 

「どうして僕を殺したくないんだい?」

 

 その声にニルは冷たいものを感じ背筋を震わせる。しかし、それを面に出さないようにして口の端で笑う。

 

「そりゃ、ルリノ嬢からの要望だからな。お前を殺すと鳥型の亜獣が町や村を襲うかもしれないってな」

 

「あの子がね……」

 

 アカスズメがクックックと笑うと両の手を広げる。

 

「僕は鳥だからね。両の羽が無くなったらしばらくはこの姿のまま回復に専念しないといけなくなるだろうね」

 

 それだけ言い終わると、アカスズメは鳥の姿へと変わる。ニルは直刀を構えて「それは単純な事で」とアカスズメを見据えた。

 

 直後ニルの身体が焼けるような暑さと共に吹き飛ばされる。ルーリーノが食らったのと同じ攻撃。壁に激突するまでの一瞬の間にニルは何とか言葉を紡いだ。

 

 それにより、ニルが受けるはずだったダメージがすべてなかったことになる。

 

『久しぶりに見たよ。とはいっても君が使えるのはそれともう一種類と言ったところだろう。もう一つのユウシャの魔法使わなくていいのかい?』

 

 アカスズメが楽しそうに言うのを聞きながらニルはアカスズメの攻撃に対して思考を巡らせる。

 

 今の熱風、ニルに当たるよりも先に直刀に当たっていた。

 

 それなのに無効化されなかったのはそれがその熱風をアカスズメが魔法を使わずに使ったか、またはそれがユウシャの力によるものだからか。

 

 後者ならばアカスズメの使う攻撃の全てが直刀では防ぎきれないことになる。

 

 しかし、とニルは考えを進める。ニルが使える力はアカスズメが言ったように二つ。正確にはいくつかなどと数えられるものではないのだが、今ニルが行うことができるのが二つ。

 

 一つはすでにルーリーノの前でも何度も使ったことのあるもので、ちょうど今も使ったもの。十秒間あらゆるダメージを無効化する力。もう一つは危険すぎる故今回の戦いでは使えない。

 

 と、なると残された戦法はひとつ。とはいってもそれは戦法と呼べるのかも怪しいが。

 

 そこまで考えてニルが溜息をつくころ、先ほど使った力の十秒の制限が来る。と同時にニルの視界を炎が覆う。ニルは考えるより先に口を開き炎の中から脱出する。

 

『相変わらず、反則じみた力だよね。でもこのままだと僕の勝ちかな?』

 

 アカスズメの言葉は正しい。アカスズメはニルの力が十秒で切れることを見越してそのタイミングで攻撃を仕掛けてくる。

 

 もしもニルがタイミングを誤れば大ダメージは免れない。早期の決着が必須となる。

 

 ニルはそれが分かっていたので、すぐさま駆け出す。アカスズメもただ見ているわけではなくニルに炎を飛ばしながら視界を奪い、その隙に移動する。

 

 そして、十秒が経過すればすぐさまニルを中心として広範囲の炎を生みだす。

 

 そのたびに冷や汗を流すニルであったが、徐々に距離は縮まり直刀がアカスズメの羽をとらえた。炎の翼は一度その胴から離れたが一瞬にして元に戻る。その事にニルが驚いた一瞬の隙をついてアカスズメがニルを火だるまにする。

 

「があ」

 

 あまりの暑さに声にならない叫びをあげるが、ギリギリのところで呪文を唱える。

 

『惜しかったね。僕も君も』

 

 アカスズメがそんな風に楽しげな声をあげた時、ニルがふるった直刀がもう一度アカスズメを襲った。

 

『何だって』

 

 今度は切れた翼が胴にくっつくことはなく、炎が消えるように消えていく。そうしている間にもう片方の翼が落とされアカスズメはやむなく重力に従い地面に落ちた。

 

『どうして……』

 

 アカスズメの言葉にニルは答えるように声を出す。

 

「最初翼を切った時に僅かに普通の翼の先が見えてな。単純に本体を切れていなかっただけだと確信した」

 

『よくもまあ、あんな状態で。いいよ、君の勝ちだ』

 

 アカスズメはそう言うと、女性の姿へと形を変える。その両手はしっかりとついていて、ニルが少し驚いた声を上げた。

 

 その声に気がついたアカスズメがその両手を見ながら口を開く。

 

「この姿は鳥の時と根本的に違うからね。それとも君は僕の両手がない方が良かったかい?」

 

 アカスズメがからかうように言うとニルは首を振る。

 

「でも僕は、君がいつか僕を両の翼だけでなく、僕の命を刈っておけばよかったと思う日が来てならないよ」

 

 満月の下その光を反射したかのように淡く輝くアカスズメはどこか幻想的だった。


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