黒髪ユウシャと青目の少女   作:姫崎しう

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山中

「本当にいつ襲われてもおかしくない位亜獣が居るんだな」

 

 トリオー北の山の中、木々が茂り太陽光も殆ど差し込まないそこで、ニルとルーリーノは周囲を警戒しながら歩いていた。

 

「実際山に入って何度も襲われてはいるんですけどね」

 

 ルーリーノがやや疲れた声で言うとニルは笑って「そうだな」と返す。この緊張感のなさはニルらしいなとも思いつつでもやはりとルーリーノは溜息をついた。

 

 

 

 

 ルーリーノが杖を手に入れた日、トリオーにとどまり続ける理由もなかった二人は食料と水を買うとその日のうちにそこを後にした。

 

 夜になる前には山の麓の町に辿り着き、そこで一晩明かした後朝一番で山の方へ向かう。

 

 その時に見張りをしていた人に「命は無駄にするものじゃない」と引きとめられたが、無視する形で山に入った。

 

 太陽はすでに顔を出していたが、鬱蒼と生い茂った木々のせいで薄暗くそれだけで中に入るのは躊躇われるほど。

 

 その山に入る直前、ルーリーノはニルに声を掛けて入って行くのを静止させた。

 

「どうしたんだ?」

 

 忘れ物でもあるのか、と言った気軽さでニルがルーリーノに尋ねる。

 

 しかし、ルーリーノが真面目な顔をしていたので、咄嗟に真面目に話を聞く体制になった。

 

「山に入る前にこれからのことを確認しておこうと思いまして」

 

 ルーリーノがそう言うと、ニルは不審な顔をする。

 

「どうもこうも、この先の大山に行くんだろ?」

 

「それはそうなんですが、ここを抜けていくのはそんな簡単じゃないんですよ」

 

 薄暗いことよりも、まだ山に入ってすらいないのに感じられる亜獣の気配を指しながらルーリーノが言うと、ニルは頷く。

 

「さすがに俺も亜獣に気が付いていないわけじゃない。でも、ここで止まっているわけにはいかないだろう?」

 

 ニルの言葉に今度はルーリーノが頷く。それからルーリーノは「でも」と言って続ける。

 

「山に入ってから襲ってくるであろう亜獣をすべて相手にしていては如何に私達でも危険になることは避けられません。だから……」

 

 ルーリーノはそこでニルが自分の言葉に集中するように間を置く。

 

「私が魔法で可能な限り亜獣を近づけないようにします」

 

 ニルはルーリーノが突拍子もないことを言ったのだと思って思わず「は?」と不審げな声を上げる。しかし、すぐに思い直して口を開いた。

 

「具体的にはどうする気だ?」

 

「風の壁を張りながら移動します」

 

 ルーリーノがそう言ったとき、山の木々がざわめいた。ルーリーノは表情を変えずに続ける。

 

「おそらく街道で会うような亜獣ならば触れただけで弾き返されるか、切り刻まれるでしょう。それを、奥の山の麓まで張り続けます」

 

 ニルはそれを聞いて疑問を覚えたので、躊躇わず声を出す。

 

「そんなことができるならルリノはあの大山に行ったことあるんじゃないか?」

 

 ルーリーノはそれを聞いて一度「ルーリーノです」と訂正を入れてから首を振る。

 

「この魔法は私でも維持するのが大変なんです。それと木々をなるべく傷つけないようにしないと。

 

 あまりにも森林破壊をしてしまうとここに住み着いている亜獣が人里に下りてしまいますから神経も使います」

 

 ルーリーノの話を聞いてニルはなるほど、とうなずく。

 

 ルーリーノはニルの反応を見ることをせずに話を続けた。

 

「それから、この魔法は周りの人も傷つけてしまいますが、あまり広範囲に広げることができません。だから定員は私も含め二人が限度なんですよ。

 

 三人以上になってしまうと、壁の内側に入ってきた亜獣を倒す時に事故が起こる可能性があります」

 

 ニルはルーリーノの言葉を反芻してから口を開く。

 

「俺とならその魔法を使えるのはどうしてだ?」

 

 ルーリーノは「そうですね……」と少し考えてから、ニルの腰の直刀を指さす。

 

「その刀があるからでしょうか。それのお陰で一撃の威力ならニルはキアラの上をいくでしょうから倒し損ねて空間内を必要以上に危険には晒さないでしょう」

 

 ニルは「一撃の威力なら」という所に引っかかったが、実際本当なので嫌な顔をしてもルーリーノに何も言うことはできない。

 

 ルーリーノはニルのそんな心境の変化に気が付いていないのか、ニルに向かって笑顔を見せる。

 

「それに、安心して背中を任せることができるのはユビキリまでしたニルくらいですから」

 

 ニルは向けられた笑顔がくすぐったくて思わず顔をそむける。

 

 ニルの様子を見てルーリーノはどこか満足した表情を僅かに面に出すと、真面目な顔をする。

 

「そんな風に進んでいったとして大山に辿り着くのは半日以上かかるでしょう。その後は無理に探索をすることはせず、安全な所を探しましょう」

 

「安全な所なんてあるのか?」

 

 ばつが悪そうに視線を戻したニルがルーリーノに疑問を投げかける。

 

 ルーリーノは少し得意げな顔をして答えを返した。

 

「自然にできた洞穴さえあれば後は入り口に認識阻害の魔法をかけておけば大丈夫でしょう。なければ作ればいいわけですし」

 

 ルーリーノはそこまで言うと、すぐにハッとしたように付け加える。

 

「先に行っておきますが、認識阻害をかけながら歩くとか無理ですからね。洞穴の入り口だけと言う限定的な目標だから出来るだけですから」

 

 ニルは疑問に思ったことが、尋ねる前に答えられてそれはそれでよかったのだけれど、改めて思う。

 

「魔法って言うのも万能じゃないんだな」

 

「そう言う勘違いは魔法を全く知らない人だけにしておいてほしいです」

 

 ニルの言葉にルーリーノが少し拗ねたようにそう返す。

 

 ニルはルーリーノの言葉を無視して口を開いた。

 

「確認したいことって言うのはこれで終わりか?」

 

 ルーリーノは少し考えて「そうですね」とうなずく。

 

 「じゃあ行くか」とニルが歩き出しルーリーノがその後続いた。話している間に少し高度を増した太陽に僅かに雲がかかり始めていた。

 

 

 

 

「ニル、後方から二匹来ます」

 

 ルーリーノがニルに声を掛ける。ニルはそれに返事をすることはせず、代わりにスッとルーリーノの背後に回り、ルーリーノの魔法で傷ついている亜獣と対峙する。

 

 牛に鹿のような角を生やしたのが一匹と全身を硬い毛で覆われた大型の狼が一匹。

 

 その毛で守られた狼はあまりダメージを受けていないらしくニルを見つけるのとほぼ同時に襲いかかってきた。

 

 ニルは直刀を構え、タイミングを合わせて振り抜くと、僅かな手ごたえとともに狼が血飛沫をあげ真っ二つになる。同時に今度は牛が突進してくるのが見えたので、ニルは構え直すこともできずに薙いでそれを切り伏せる。

 

 ニルは刀身に殆どついていない血を振って落とすと鞘に戻す。それから、ルーリーノのもとへ戻るついでに狼の毛皮に触れた。

 

 鉄のように硬い毛皮。おそらく普通の武器であれば一撃で倒すどころか、仕掛けたこちらの方がダメージを受けそうなほどに硬いそれを触ってニルは戦慄する。同時にルーリーノの判断の正しさに感心した。

 

「だいぶ奥まで来ただけあって出てくる亜獣が手ごわいな」

 

 ルーリーノの隣まで戻ったニルがそう洩らすと、疲れた顔をしたルーリーノが笑う。

 

「ニルが、そんなこと言うなんて、珍しいですね」

 

 肩で息をしながらなので、ゆっくりとした口調でルーリーノが言う。ニルは気遣った方がいいかと少し考えたが、敢えてふざけた感じで返そうかと決め口を開く。

 

「そう言うルリノがそんな疲れた……いや、あったな」

 

 それからニルはクックと声を出さずに笑う。それを聞いてルーリーノが頬を膨らませる。

 

「あれはニルが本気で走ったからですよ。あと、私の名前はルリノじゃないです」

 

 ルーリーノの反応を見て、ニルは楽しげな笑顔を向けると、真面目な顔を作る。

 

「この山抜けてしまうまで後三分の一ってところか?」

 

「そうですね。下りに入ってだいぶ経ちますしそれくらいだと思います」

 

 ルーリーノは返しながら、それなら大丈夫だと自分に言い聞かせる。

 

 山と言うのは鬱蒼と茂った木々よりも、その足場の悪さに体力を取られる。

 

 場所によっては足元を注視しながら出なければ進めないような、ほぼ崖のようなところを登ったり、地面を埋め尽くすほどの落ち葉に足を取られたり。

 

 これが舗装された道ならば半分の時間で進むこともできただろう。

 

 そんな中、常に魔法に集中していなくてはならなかったルーリーノはその魔力の消費もさることながら、どちらかと言えば体力の消費の方が問題になってきていた。

 

 肩で息をして、時折手に持った杖を三本目の足として使用しているルーリーノを見ながら、ニルは休憩を入れるべきではないかとも考えてはいた。

 

 しかし下手に立ち止まってしまうとそこから動けなくなる可能性があるため、たまに軽口をたたきその反応を見ながら限界だと感じたら無理やりにでも休ませようと決める。

 

 その限界かどうかの基準はルーリーノが名前を注意しなくなるか否かと言ったところだが。

 

 それに自分のことを信頼してくれると言った手前、ニル自信もルーリーノのことを信じなければならないとも感じていた。


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