黒髪ユウシャと青目の少女   作:姫崎しう

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遭遇

「そう言えば、ルリノって杖持ってないよな」

 

 先ほどの話の中で少しだけ出てきたのを思い出して二ルがルーリーノに言う。ルーリーノはあきれた表情をすると、首をふってから話し出した。

 

「杖は具体的には魔力の効率化と魔法の発現の補助をするものなのですが、魔力に関しては碧眼である私は心配することはありませんし、魔法の発現に関してもほぼ同じようなことが言えます」

 

 ルーリーノは一度ここで区切り、ニルの様子を確認する。ニルが話についてきていると確信してから続きを言い始めた。

 

「確かに杖が全く無意味というわけではないですが、私は基本的に一人旅をしていましたから、杖による恩恵よりも杖を持ち運ばないといけないという手間の方が大きかったわけです」

 

 「それもそうか」と納得し半分興味を失ったかのようにニルがそう返したタイミングで、ルーリーノは「ですが」とさらに続ける。

 

「今はニルがいますからね。久しぶりに杖を持っていてもいいかなとは思うんですよ」

 

 「昨日言っていた必要なものの一つですね」とルーリーノが話し終えるとニルは「いいんじゃないか?」と返す。

 

「肉体強化は難しいみたいだけど、ものに魔法を籠めるのは難しくないみたいだしな」

 

 今までの話などからニルはそう言ったがルーリーノが訂正を入れる。

 

「ニルの刀がおかしいだけで本当は加護を与えるって言うのも簡単じゃないんですけどね。私はあまり得意ではないですし。でも、一つやってみたいことができました。ありがとうございます」

 

 と、言葉遣いの割に楽しそうにルーリーノが言うので、ニルは「お、おう」と曖昧な返事しかできなかった。

 

 

 

 ギルドから出た後、教会に行くというニルと別れルーリーノは一人町を歩く。夜とは違い昼近くになってくると、一般市民も外に出てくる。

 

 さすがに最大の城下町であるキピウムや国境にあり商人が集まるポルターほどではないが、人通りは多い。

 

 それから、亜獣との戦いが多い国であるので店の多くが装備に関するもの。普通に武器や防具を売っていたり、修理のみを専門に扱ったり、防具しか置いていなかったり。

 

 下手すると盾だけとか両手剣だけを取り扱う店もある。

 

 冒険者や兵士たちはこの町で装備を整え山の麓いくつかある町や村へと仕事をしに行くことになるのでこれだけあってもモノが売れるのだ。

 

 それに、強者至上主義的なこの町――この国――ではよく闘技場で大会が行われ、市民たちの楽しみとなっている。

 

 この大会で優勝したとなれば名声を得ることができるため大会を目的にトリオーに来る冒険者も少なくない。故にさらに需要は高まるというわけだ。

 

 それだけ沢山の店はあるが、どれも実用性重視のものばかりでファッション性を重視しようと思うと普通の市民が着るようなものばかりとなる。

 

 最悪実用性だけの装備で我慢しようと雑踏の中を歩きながら色々な店を見ていき、目についたものがあれば手に取ってみる。

 

「やっぱりないんですかね……」

 

 ルーリーノがそう言ってため息をついたのが五件目の店から出てきたとき。ただでさえ女性冒険者の数は多くない上、ルーリーノのような年齢の冒険者などいるか居ないかわからないために、単純に自分にあったサイズのものがない。

 

 一・二軒目ではサイズがないと言われ肩を落としていたが、五軒目にもなるとその表情には諦めと開き直りが見て取れる。

 

「こんにちは、ルーリーノさん」

 

 そろそろルーリーノが多少大きくても我慢しようかと思い始めたところで、背後から急に声をかけられた。ルーリーノは一瞬で気を張り詰めて声がした方を確認する。

 

 すると、そこに居たのはルーリーノと同い年ほどの女の子が立っていた。

 

 膝までの長さのあるマントを羽織り、その中に厚手の生地のワンピースと腰には革でできたベルトが顔をのぞかせ、マントと重なる位の長さのソックスに、脛まで覆うようなブーツをはいている。

 

 髪は肩くらいで切りそろえられており、大きめの目は緑色の輝きを携えていた。

 

「私に何か用事ですか?」

 

 そんな女の子を警戒しながらルーリーノは柔らかい声で答える。女の子はその見た目とは裏腹な大人びた様子でくすりと笑うと「いきなりごめんなさい」という。

 

「わたくしと同じくらいの年齢で高名な方をお見かけしてしまいましたので、思わずお声をかけてしまいました」

 

 硬い言葉で話す女の子の様子を、気づかれない程度にルーリーノは観察し「それはいいんですけど……」と言って先ほどの質問の代わりとする。

 

 女の子は優雅に笑って見せると「そうですね」と口を開く。

 

「よろしければ、お時間をいただけないでしょうか?」

 

「いいですよ」

 

 普段ならきっぱりと断るルーリーノだが、今回はあえて申し出を受け入れる。ただ受け入れるだけじゃなくて「その代わり」と条件を付け加える。

 

「どうして、こんなところにカエルレウス姫が居るのか教えてもらってもいいですか?」

 

 ルーリーノに姫と呼ばれた少女は少し驚いたような顔をして、でもすぐに平生に戻るとその顔に微笑みを湛える。

 

「構いませんよ。ですが、できればこの格好の時はエルと呼んでくださいませんか? 後、姫というのも付けないでください」

 

 照れたような表情でエルは返すと「立ち話もなんですから」とルーリーノの袖を引き近くにあったお店に入った。

 

 中は木の茶色を基調とした、雰囲気が可愛らしいカフェのようなところで、他の店とは大きく違う。客も一般の女性が多く、冒険者的な格好をしている二人は少し浮く形となっている。

 

 ルーリーノ自身こう言った店に入ることがあまりないので思わず「こんなお店があったんですね」と呟く。

 

 それを聞いていたエルはクスクスと今度は子供のように笑い開いている席にルーリーノを連れて行くと、

 

「このようなお店は比較的どの町にもあるんですよ?」

 

 とルーリーノに話しかける。自分の呟きを聞かれていたことに羞恥心を覚えたルーリーノは思わず顔を赤くして焦った様子で「そ、そうなんですか」と返した。

 

 そんなルーリーノの様子が少し可愛らしく思えてエルは薄らと笑みを浮かべる。

 

「そうは言いましても、一般の方のために作られた所ですから知らないのは無理もないと思いますし、それに普通は冒険者の方はお断りするみたいですから」

 

「それだと私も駄目じゃないですか?」

 

 エルの話を聞いてルーリーノが純粋な疑問をぶつける。エルは一度きょとんと目を丸くしてから、首を振る。

 

「お断りすると言っても、たとえば体格の良い男性や装備のせいで肌の露出の多い方で、あまりにも場にそぐわない方なんですよ。それにそう言った方は普通このような所にはいらっしゃいませんしね」

 

 ルーリーノは一度店内を見回してから、エルが言ったような人――とは言っても冒険者の多くはここに分類されそうだが――を頭の中で配置してみる。

 

 すぐにあまりの違和感に寒気すら覚えエルの言葉を心から納得した。

 

 それからすぐに本題に入ろうとルーリーノは思ったが、エルに「何を食べますか?」と聞かれしばし考えることとなった。

 

 

 結局、エルのお勧めという事で二人ともシチューとパンを頼み、ようやくルーリーノが本題に入る。

 

「それで、どうしてキピウムの王女様がこんな所にいらっしゃるんですか?」

 

 エルとしてもルーリーノには尋ねたい事がたくさんありはしたが、礼儀としてこちらから質問に答えるのが筋だろうと思い、口を開く。

 

「わたくしとしては、毎回公務として訪れた町をこうやってみて回るのが好きなのですが、今回に限って言えばユウシャの仲間である貴女を一目見ておきたかったからです」

 

 話し始める直前、ルーリーノが音の壁を張っていたとはいえ、急にユウシャの仲間と言われルーリーノの心臓が跳ねる。

 

 しかし、黒髪の青年が青い目の少女を連れているとなれば否応と噂にはなるし、昨日の事でルーリーノ達がトリオーに来ているというのも広まっている。

 

 それにニル曰くニルをユウシャとして旅立たせた国の王女だ。そんな噂が聞こえれば気にしていても頷ける。

 

 ただ、ニルから聞いていたキピウムの対応とは違っている感じがして、ルーリーノの中に僅かな疑問が生まれる。

 

 でも、それ以上に気になることがあるのでルーリーノはそちらを優先させる。

 

「エル様ほどの人が一人で町を出歩いて大丈夫なんですか?」

 

 ともすれば、一声で世界をひっくり返すことも可能な影響力を持っている人物だ。そんな人が誰からも狙われていないとは考えにくい。

 

 エルは少し困ったような顔をして「様……も付けないで、わたくしのことは気軽にエルとお呼びください」と言ってから話し始める。

 

「今のわたくしの格好を見てわたくしだと気がつく方は殆どいません。一国の王女や巫女とこの格好が結びつかないようですね。後は、簡単な魔法で目の色を変えていますから」

 

 エルが緑の瞳でルーリーノを捕らえたまま、目を細めてほほ笑む。

 

 確かに服装だけでルーリーノが噂で聞いていたものと目の前の少女の雰囲気は大きく違うように感じられる。

 

 それに目の色も違うとなれば他人の空似と評されても仕方がないかもしれない。

 

 でも、とルーリーノは思う。

 

「その目の色のせいで逆にばれて、危なかったりするんじゃないですか?」

 

 ルーリーノがエルが王女だと気がついたのはその所の理由が大きい。

 

 ルーリーノと同じく青い目を持つ魔導師ならば自分と同じく一目で魔法で目の色を変えているのだと気づいてしまうのではないのか、そんなルーリーノの危惧とは裏腹に、エルは首を振って否定する。

 

「目の色に気がつき、わたくしの正体に気がついたとしても、そんなことができる方ならばわたくしを暗殺しようなんて考えないでしょう」

 

 「今のところは」と最後に付け加えてエルがほほ笑む。

 

「どういうことですか?」

 

 いくつかの仮説を立てながらエルは興味のままに尋ねる。エルもエルで普段話すことの少ない同年代の女の子との会話が楽しくてついつい口を開いてしまう。

 

「例えばわたくしの正体がわかった方がいらっしゃったとします。普通その方がわたくしを暗殺しようと思えば部下を使い自身では手を下そうとはしないでしょう。しかし、さすがにわたくしも魔導師の端くれですからその程度の相手に負けることはあり得ません」

 

 大した自信だとルーリーノは思ったが、考えてみると目の前の少女は王女であると同時に神に仕える巫女であり、何より青目の魔導師なのだ。

 

 そうなると少なくとも同じ青目の魔導師か熟練の冒険者でなければ勝つのは難しいかと、ルーリーノはエルの話を受け入れる。

 

「そうなると、ご自身でわたくしと対峙するしかありませんが、リスクが大きすぎますからまず実行することはないでしょうね」

 

 「その証拠にわたくしは今もこうやってルーリーノさんとお話できているわけです」と、楽しげな笑顔をエルはルーリーノに向ける。結局は実力に裏付けられた自信なのだろうとルーリーノはエルを見据えた。

 

 そうしている間に注文していたシチューとパンが運ばれてきた。エルに促され、ルーリーノが一口それを食べると、思わず目を見開く。

 

 そもそも、こういった料理を食べると言うこと自体が少ないルーリーノにとって、絶妙な塩加減、蕩けるほどに煮込まれたお肉や野菜を擁したシチューは今まで生きてきた中で間違いなく五本の指に入る美味しさ。

 

 そんな風にルーリーノが美味しそうに食べるものだから、エルは自分の食事もそこそこにルーリーノを眺めることを楽しんだ。


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