黒髪ユウシャと青目の少女   作:姫崎しう

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熟練者

 キアラとリウスがギルドを出るのを見送ってからルーリーノは少し楽しそうに口を開く。

 

「大変なことになりましたね」

 

「ほぼ、ルリノのせいだと思うんだけどな」

 

 ニルが呆れ気味にそう言うが、ルーリーノの表情は変わらない。

 

「ニルも乗り気だったじゃないですか。後、私の名前は――」

 

 とルーリーノがお決まりのセリフを言い掛けたところで、ニルがルーリーノに尋ねる。

 

「それで、あの二人と具体的にはどういう関係なんだ?」

 

「まだ新人だった私に色々教えてくれたんですよ」

 

 それでお世話に……というわけかと納得したニルはさらに質問を重ねる。

 

「さっきからずっとここが意識されているのはなんでだ?」

 

 ニルがそう言って、ばれていないつもりの男たちに睨みを利かせると、さっと視線がなくなる。ルーリーノは困ったような顔をして、口を開いた。

 

「私が碧眼のルーリーノだからですね」

 

「ポルターやキピウムとは注目のされ方が違う気がするんだけど」

 

 ニルがそう言うので、ルーリーノは諦めたような顔をして、話しだす。

 

「冒険者の世界が弱肉強食的だと言うのは既に分かっていると思うんですが、特にここトリオーではそう言った考えが強いんですよ」

 

「亜獣が多いからか?」

 

 ニルがふと頭に浮かんだことを口に出す。ルーリーノは「そうですね」と頷くと話を続ける。

 

「昔ここよりもう少し北にある町が百以上の亜獣に襲われたことがあるんです。で、たまたま私もその場に居たんですけど」

 

 ニルの頭の中にまさか、という単語が浮かぶ。

 

「その百以上の亜獣を退治したのが私というわけです。だから、碧眼なんて二つ名を付けられましたし、ニル曰くマオウのように恐れられたりするわけです」

 

 「割と尾びれがくっついてはいるのですが」と困った笑みをルーリーノは浮かべるが、ニルは納得のいかない表情をしていた。

 

「確かにルリノは強いと思うが、一人で百以上ってのは無理じゃないか? 俺には出来る気がしないんだが」

 

 ニルの中で、ルーリーノの実力は直刀を持ったときのニルとほぼ同じ程度であるので自分に出来ないことはルーリーノにも出来ないのではと思ってしまう。

 

 ルーリーノは少し考えると「それは」と口を開く。

 

「私が魔導師だからでしょう。対人戦では使わないような大規模な魔法を使えば一度に何十もの亜獣を倒すことも可能ですから」

 

 そう言われてしまうとニルも納得せざるを得ない。

 

 街道であの鳥を追い払った魔法。普通ならばあれに巻き込まれれば灰と化すほどの威力はあった。

 

 それを上空ではなく前方へ向けるだけで地上に居る亜獣の二十や三十は倒せるような気がするとニルは思う。

 

「そう言えばニルは明日どうするつもりですか?」

 

 話すことはすべて話したと思いルーリーノがニルに尋ねる。問われたニルは不意の質問であったが初めから決めていたかのようにすぐ答えた。

 

「教会に行こうと思う」

 

「教会にですか?」

 

「一応ここまで来たことを伝えないといけないし、教会なら何かしら遺跡に関する情報もあるかもしれないしな」

 

 「恐らく遺跡はあの奥の山のどこかだとは思うんだが……」と、ニルが言うとルーリーノが少し驚いた顔をする。

 

「どうしてそこだと思うんですか?」

 

「言っただろ? トリオーのさらに北、人の手が届いていないところだって」

 

 そう言われてルーリーノは一度呆けた顔をすると、すぐに思い出したかのように手を叩く。それを見てニルが溜息をついた。

 

「そ、それなら教会で情報を集めなくても良いんじゃないですか?」

 

 バツが悪くなったルーリーノが焦り話を進める。そんなルーリーノがニルとしては新鮮で面白いのだが、それを表に出さないように説明を始めた。

 

「あくまでも、キピウムの遺跡にあった情報だからな……途方もなく昔の話だし、もしかしたらすでにどこかで発見されているかもしれないだろ?」

 

 それを聞いてルーリーノは納得する。それから、ニルに頭を下げた。

 

「すいません、それならば明日は別行動させてください」

 

「別に構わないけど、何かあるのか?」

 

 ニルに尋ねられ、ルーリーノは生地が切り裂かれ肌の見えている肩を見る。

 

「これをどうにかしたいと思いまして、そのついでに必要なものも買いに行きたいんですよ」

 

 「ニルも何かあれば一緒に買ってきますが」とルーリーノが理由を話す。

 

 ニルは首をふって「特には」と短く返すと「まぁ」と口を開く。

 

「明日の朝キアラとの手合わせがどうなるかによるだろうな」

 

「そうでしょうね」

 

 ニルの言葉にルーリーノは一度キョトンとして、苦笑気味にそう言った。

 

 

 

 次の朝、ニルは何故か昨日ぼんやりと見えたドーム状の建物の中、円形の闘技場の中でキアラと対峙していた。

 

「ここって勝手に使っていいものなのか?」

 

 ニルが大きめの声で尋ねると、キアラはふふんと笑うと自信たっぷりに声を出す。

 

「アタシくらいの冒険者になると、使っていない時にはタダで使えるのさ」

 

 それを聞いて何処か安心したニルは、腰から直刀を引き抜く。

 

 キアラも楽しそうに笑いながら右手で身の丈の半分よりも少し短い両刃の剣を左手で剣よりもさらに短い杖を持った。

 

 

 

 ルーリーノとリウスはそんな二人を見下ろすそうに観客席にいた。

 

「杖まで出すとは姉さんも本気だね。ルー嬢、止めなくていいのかい?」

 

 リウスが好奇心半分で尋ねると、ルーリーノは首を振る。

 

「一応キアラが魔法を使える事は教えていますし、キアラも殺すことはしないでしょう」

 

 リウスは少し意外そうな顔をしてルーリーノの方を見る。

 

「大した信頼だね。それで彼どれくらい強いの?」

 

 これもまた興味が先だってリウスが尋ねた。

 

 二人の眼下ではニルもキアラも動くことはなくまだ何かを話しているようである。

 

「正直なところ未知数ですね。でも、ルールがあったとはいえ私に勝ちかけたことはありますよ」

 

 リウスはそれを聞いて思わず「それはそれは」と、にやつく。

 

「楽しい試合が見られそうだね」

 

 リウスがそう言ったのが合図になったかのようにニルとキアラが動き出した。

 

 

 

 

「それで、ルールはどうするんだ?」

 

 ニルが尋ねると、キアラが一瞬ポカンとした後笑い声を上げる。

 

「言ったろう。これは手合わせだって、だから特にルールなんてないさ」

 

 キアラは一度そこまで言うと、「そうだね」と少し考える。

 

「互いに大けがはさせないように気をつけるってところだろう」

 

「わかった」

 

 ニルが短く答えると「それじゃあ、始めようか」とキアラが笑った。

 

 

 スタートはほぼ同時。本来ならば相手の出方を窺うのが定石かもしれないが、真剣勝負ではないので、相手の力を測りに行くのを互いに優先したような形となる。

 

 純粋な走力ならばキアラがやや上。しかし、その武器を振る速さはニルがやや上と言ったところか。

 

 キアラがその足の速さを利用してニルの隙を突く形で一閃剣を振り降ろすが、ニルはまるで武器など持っていないがごとく素早い動きでそれを受け止める。

 

 その瞬間ニルの腕が一瞬痺れるほどの衝撃があったが、キアラは手元に違和感を覚えほぼ無意識に距離をとった。

 

 それから、キアラが持っていた剣を見てみると丁度ニルが受け止めたところが欠けている。と、言うよりも寧ろ切られている。

 

「へぇ……良い武器持ってるじゃん」

 

 目をギラギラさせてそう言うと「ミ・デジリ……」と呪文を唱え始めた。

 

 

 

 

「なんだあの刀」

 

 リウスが驚いて身を乗り出す。

 

 ルーリーノはそんなリウスの様子を見ながら、自分もあの直刀に驚かされたことを思い出し思わず懐かしくなる。

 

「あれはやっぱり反則ですよね」

 

 ルーリーノが笑顔でそう言うとリウスはルーリーノの方へ向き直ってその驚いた表情を見せる。

 

「ルー嬢はあの刀について何か知ってるのかい?」

 

 リウスの問にルーリーノは少し考える。それから困ったような顔をして口を開いた。

 

「ありえないほどの加護を受けた、恐らく最強の直刀……だと思います」

 

 それを聞いてリウスは「あちゃ~」とわざとらしくでこに手を当てて上を向く。それから半分楽しそうに、半分おどけた声を出す。

 

「最強なんて言ったらねえさんが喜んでしまうじゃないか」

 

 

 

 距離を取った後急に動かなくなったキアラを見てニルが訝しげな顔をする。

 

 時間にして五秒も止まっていなかっただろうが、キアラが動き出したときニルは自分が油断していたことに気がついた。

 

 キアラに合わせてニルが動こうとしたとき、ニルの足が地面に縫い付けられたかのように動かなかった。見ると、ニルの両足が緑色の蔓が巻きついている。

 

 その間にキアラはニルに近づき今度は剣を横に振るう。

 

 間一髪でニルがその剣を直刀の刃で受け止める。これで奇襲は失敗となりキアラがもう一度距離を取る、ニルはそう考えていたが、キアラはニルの予想に反して剣を振り切った。

 

 当然キアラの剣の先は飛んでいったが、その予想外の行動にニルの思考が一瞬止まる。

 

 その隙をついてキアラはニルの懐に潜り込む。それから、スッと離れて行ったのでニルは心の中で首をかしげながら足に巻きついている蔓を切った。

 

「さて、あと十秒ほどで終わらせようか」

 

 急にそんな宣言をしたキアラの手にはニルの腰にあった鞘が握られている。それに気がついたニルは事の重大さを悟り攻めに転じようと動き出した。

 

 一気にキアラに近づきニルから攻撃を行うことができたのは僅かに一回。

 

 それも鞘で簡単に受け止められ――いかに相手の武器でさえ切ってしまうような出鱈目な刀であっても、その鞘だけは切ることが出来ない――てしまった。

 

 それからニルは防戦を強いられたが、徐々にキアラの速さについていけなくなり、キアラの宣言通り十秒ほどで鞘の先がニルの喉につきつけられていた。

 

 

 

 

「いや~、危なかった」

 

 ギルドで四人朝食をとりながらキアラが、全く緊張感のない声でそう言う。

 

 最後ボロボロにされたニルにしてみればその言葉が微塵にも信じることができず、むすっとした顔をしていた。

 

「ねえさんがあそこまで追い詰められているのは久しぶりに見たね」

 

 リウスまでそう言うので、ニルは自分が馬鹿にされているのではないかとさらに不機嫌な顔になる。

 

「ルー嬢的にはさっきの手合わせどう見えた?」

 

 まだ興奮冷めやまぬと言った様子でリウスが尋ねると、ルーリーノは「そうですね……」と少しだけ間を取ってから答える。

 

「今回はニルが油断しすぎでしたよね。一度捕らえられた時なんかは特に」

 

 今度は的確なことを言われニルは唸り肩を落とす。しかしルーリーノは「まぁ、でも」と続ける。

 

「キアラに肉体強化まで使わせたのは確かですからね」

 

 言われて、ニルの頭にクエッションマークが浮かぶ。

 

「肉体強化なんて使われてたのか?」

 

 「そんな呪文聞こえなかったんだが」とニルがキアラを見る。でも確かに最後キアラのスピードは上がっていったようにも見えた。

 

「そんな初歩的な所で引っかかってくれていたとはね」

 

 キアラはそう言って笑い、残りの二人は呆気にとられる。それからすぐに意識を取り戻したルーリーノが口を開いた。

 

「今さらな感じがしますが、呪文の詠唱を相手に聞かれないようにするのは難しいことじゃないですよ?

 

 まぁ、キアラのように動きながらというのは難しいかも知れませんが、その補助のために杖を持っていたわけですから」

 

 ニルにも思い当たる節がありそれで納得する。

 

「ま、肉体強化なんて大それたこと言っても、十秒程度しか持たないうえに、僅かにしか強化できないんだけどね」

 

 躊躇いもなくキアラが言うので、ニルが訝しげな顔をして口を開く。

 

「そう言うのを簡単にばらして良いものなのか?」

 

「ばらさなくても何時かはばれるさ。それならば相手に何時ばれたのかが分かった方がいいだろう?」

 

 キアラがさも当然のように言うが、ニルにはそれが強さからくる自信のためだとはっきりとわかった。

 

 それと同時に実力差も思い知らされたような心地になる。

 

 そうしているうちにキアラが「さて」と言って立ち上がる。

 

「もう行くんですか?」

 

 ルーリーノが尋ねるとキアラは「ああ」と短く答える。

 

「本当は朝一に出て北へ向かうつもりだったんだけどね。最近じゃあそこが一番稼げると言っても過言じゃないし」

 

 「でも、ま、面白いものが見られて良かったよ」とリウスも続けて立ち上がる。そうして二人は「それじゃ」とだけ言い残しギルドを出て言った。

 

「何か嵐みたいだったな」

 

 ニルがぽつりと呟く。


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