黒髪ユウシャと青目の少女   作:姫崎しう

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トリオ―

 二人がトリオーについたのは日が沈んでしまう少し前。

 

 あの村とは違いそんな時間になっても明かりが消えることはなく、その分空の星が少なくなってしまった印象を受ける。

 

 トリオーの城下町はポルターのように基本的に石畳の道路に木と石を組み合わせて作ったような家が多い。

 

 しかし、ポルターよりも町全体が冷たい印象を受けるのはポルターほどには夜まで騒がしくないせいか、それともポルターよりも高く堅牢な壁、それに連なるように堅牢に作られている建造物のせいか。

 

「トリオーにしてはこんな時間なのに賑やかですね」

 

 トリオーに入った直後ルーリーノがそんなことを洩らす。

 

 しかし、まだ町らしい町をポルターとキピウムくらいしか知らないニルはどうしてもそうは思えず、辺りを観察するように視線をあちらこちらに動かした。

 

「言うほど賑やかには感じないんだけど」

 

 それを聞いてニルの境遇を思い出したルーリーノはニルをからかうか、ちゃんと説明するか少しだけ迷って後者にすると決め口を開く。

 

「今でこそ高い壁に囲まれて安全な所になりましたが、昔まだこの壁がなかった頃はこの建物たちを壁の代わりにしていたらしいです」

 

 ルーリーノが話し始めたことが上手く自分の言った言葉とつながらないニルが怪訝な顔を見せるがルーリーノはそれに気がつかないのか、話を続ける。

 

「見ての通りだいぶ頑丈な家々ですが、時折亜獣が紛れ込んでしまっていたそうです。そのため夜は見張りの兵士や雇われた冒険者が見回りをする以外住人は安全のために家で過ごす習慣ができたみたいです。夜行性の亜獣というのも少なくないですからね」

 

 そこまで聞いてある程度納得の行ったニルは口を開く。

 

「つまり、今までのところが夜まで騒がしかったって事だな」

 

「大体そんな感じですね」

 

 とルーリーノが可愛らしく顔をほころばせる。それには気がつかずに改めてニルは周囲を見渡した。

 

 暗くて分かりにくいが外側の壁に沿うように――正確には壁『が』沿っているのだが―――作られた建物は他のものと比べてもより強固そうに見え、間が開かないように建物の壁が隣の建物とくっついていて、どの建物も同じように見える。

 

 それよりも内側にある建物は道を形成しているという感じ。建物間にも距離が生まれ大通りから横道までと言った具合。

 

 町の中央、少し小高い所にまた壁がありシルエットではあるがお城のような建物がニルの目に映る。

 

 それから少し離れたところに教会のようなものもある。また別の所にはドーム状の建物があり目を引く。

 

「ひとまず、ギルドに行きましょうか」

 

 ルーリーノが促し、二人はギルドへ向かう。

 

 辿り着いたギルドはポルターよりも大きく、しっかりとしたつくりのようにニルの目に映った。

 

 内装も簡素ではあるが置かれている物の質は高く、椅子一つとってもその座り心地は普通のものとはくらべものにならないだろう。

 

 とは言っても、ギルドはギルドであるので夜ともなれば体格の良い男たちが酒を煽っている。

 

 そんな中フードまでしっかりと被った二人は目立つ。フードを取ったところで目立つの変わらないのだが。

 

 ただ、今回はルーリーノの肩のところが破れて素肌が見え隠れしているので尚のこと男たちの気を惹いてしまう。

 

 そのためルーリーノが受け付けで身分証明を終えると酔った男が一人よろよろとルーリーノのところまでやってきて、

 

「おい嬢ちゃん。そんなに肩見せて、何か、俺らを誘ってんのか?」

 

 と妙な因縁をつける。それに合わせて後ろで眺めていた男たちが笑いながら「嬢ちゃんには後五年早いんじゃないのか」とか「俺たちが大人にしてやろうか」などと野次を飛ばしてくる。

 

「おうおう、世間というのを教えてやるからこっちに来な」

 

 最初の男がそう言ってルーリーノの肩に手を乗せようとする。ルーリーノは躊躇うことなく「遠慮しておきます」とその手を叩くとニルの方へ歩く。

 

 やってくるルーリーノを見ながらニルは面倒事に巻き込まれたとぼんやり考ていた。

 

 ニルが考えていた通りルーリーノに手を叩かれた男は始め何をされたのかわからない顔をしていたが、その顔を赤くし「おい、あんちゃん」と何故かニルに因縁を付けてくる。

 

「お前ここじゃ見ない顔だな。ちょっと顔見せてみろよ」

 

 フードを被ってよく顔が見えないため、男はニルにそう言ってフードを取らせようとしてくる。

 

 ニルは逡巡したが取っても取らなくても目の前の男から簡単には逃れられないと悟ると、せめてこれ以上相手を刺激しないようにフードに手をかけた。

 

 パサリと音を立ててフードが外されると遠巻きに見ていた者も含めギルドの中が一気に静まり返る。それからすぐに起こるのは笑い声。

 

「何だその髪の色、ユウシャ様気取りかよ」

 

 ニルを指さしながらこう言ったような言葉が色々な場所から飛んで来る。

 

 ニルとしてはこうなるよな、と思いながらも特に何もする気にはなれず、ルーリーノに視線を送る。

 

 ルーリーノは困った顔をしながら首を振るだけで何もせず、声を出さず「流れに任せましょう」と言った。

 

 確かにこちらから手を出すわけにはいかないし、力ずくでよければいつでも逃げられるだろうと納得しニルが頷く。

 

 そんな中、とあるテーブルからガタンという音がして、そちらに注目が集まった。

 

「あんたら、その辺で止めとかないと痛い目見るよ」

 

 立ち上がったのはまさに女剣士と言ったように、男たちほどごつくはないけれど引締った筋肉で覆われた、短めの髪をした女。

 

 瞳の色がやや緑がかっているところを見ると多少の魔法は使えるのかもしれない。

 

 男たちは興が醒めたかのように渋い顔をするが、誰ひとり文句を言おうとする者がいない。

 

 ただ、ニル達に迫っていた男だけは後戻りすることができずに焦った声で女剣士に話しかけた。

 

「で、でもよ。キアラ。お前が言ってたんだぜ「冒険者たるもの女だからって甘えちゃいけない」って」

 

 キアラと呼ばれた女剣士はやれやれと首をふって溜息をつく。

 

「いつアタシがあんた等に痛い目を見せるって言ったよ」

 

 男はそう言われポカンと口をあける。

 

 ニルはその様子を見ながら男達の中ではそう言うことになっていたのかと他人事のように考えてた。

 

 それと同時にキアラと呼ばれた女剣士の存在感に圧倒される。これが熟練の冒険者というやつなのかと。

 

 キアラはニルの後ろで様子を窺っているルーリーノを指さすと口を開く。

 

「さっき、あんたがちょっかい掛けてたその子、碧眼のルーリーノだよ」

 

 瞬間ギルド内がざわめき始める。ルーリーノは呼ばれてしまったのなら仕方がないと、フードを取ると明るい声を出す。

 

「キアラ、お久しぶりです」

 

「あんたが男を連れてると言う噂を聞いた時はまさかと思ったけど本当だとはね」

 

 キアラはそう言って笑う。二人が声を掛け合う様子は友人同士のようで、それがさらに男たちを戦慄させた。

 

 ニルがわけも分からずその様子を見ていると、目の前にいた男がドシンという音と共に尻もちを着き、口をパクパクと開いたり閉じたりしながら震える指でルーリーノを指さす。

 

「ほ、ほほほ、本当に、碧眼のルーリーノ?」

 

 何とかそう言った男にルーリーノはにっこりとほほ笑むと「そう呼ばれることは多いですね」という。

 

 それを聞いた男は後ずさり「すいませんでした」と叫ぶと逃げるようにギルドから出て言った。

 

「何かルリノがマオウみたいだな」

 

 とニルが正直な感想を述べるとルーリーノはいつものように「私の名前はルーリーノです」とだけ言った。

 

 

 

 まだ、ざわめいているとは言え大分落ち着いたギルドの中、ニル達はキアラと席を共にしていた。

 

 キアラはニルよりも線の細い男を連れていて、名前をリウスと言った。

 

「それにしても久しぶりねルーリーノ」

 

「お久しぶりです。リウスさんも」

 

「おう、久しぶり」

 

 ニルを除く三人がそう言っているのをニルは遠巻きに見る。

 

 というよりもそうするほかなかった。ルーリーノはそんな様子のニルに気が付くと二人を紹介し始める。

 

「この二人はキアラとリウスさんと言って、熟練冒険者と呼ばれる方々です。数年前ここトリオーでお世話になりました」

 

 ルーリーノの言葉に「お世話にって」とキアラが苦笑する。「むしろこっちが助けられた感じがするよね」リウスがそう続けてクスクスと笑う。

 

 ルーリーノは二人の反応を無視して今度はニルを紹介する。

 

「こっちはニルです。目的が同じだったので一緒に旅をしています」

 

 紹介されてニルが「よろしく」といつものように無愛想に言うと、キアラは目つきを鋭くさせ「ふふん」と笑い、リウスは「よろしー」と適当に且つ軽く返す。

 

 ニルはキアラの視線に何やら嫌な予感がしたが、それを確かめる暇もなくルーリーノが口を開く。

 

「今日は少し賑やかですけど何かあったんですか?」

 

 ルーリーノに尋ねられキアラが視線を戻して「そう言えば」と思いだしたように声を出す。

 

「今日、教会にキピウムの王女様が来てたのよ」

 

 それを聞いてニルの手がぴくりと動く。そんな動揺を周りに悟られないようにしながら、可能な限り自分は興味がないというスタンスを取る。

 

 ニルの思惑通り誰もそれに気づいた様子はなくキアラは話を続けた。

 

「それが噂通りの容姿だったんで、ここの男たちも盛っちまってね。もしも俺の女だったら~……みたいな感じで。そんな中あんたが来たから絡まれたってわけさ」

 

「と、言うことはタイミングが悪かったわけですね」

 

 「王女様なんてアタシには興味なんてないんだけどね」とキアラはそう言って舌なめずりをすると獲物を狙う蛇のような視線をニルに向ける。

 

 同時にニルは先ほど感じたものとは比べ物にならないほどの悪寒に襲われた。

 

「あのルーリーノが一緒に旅をするに足ると認めた相手。その強さには興味があるねぇ」

 

「ねえさん目が怖い」

 

 リウスが宥めるようにそう言うとキアラが「おっと、これは悪いことしたね」と笑う。それからキアラは急に楽しそうな表情を作った。

 

「そう言えば、さっき助けてやったよね。その代りと言っちゃなんだが、あんた明日アタシと手合わせしてくれよ」

 

 ニルを見ながら、ニッと歯を見せてキアラが笑う。ニルがリウスの方に視線を移すと何やら気の毒そうな表情をしていて、ルーリーノに移すと「ニルにお任せします」という。

 

 ニルとしても熟練の冒険者の強さが知りたかったのでいい機会ではある。それにルーリーノ以来の強敵――街道の鳥は結局ルーリーノが倒したのでノーカウント――にわくわくしないこともない。

 

「わかった」

 

 とニルが了承するとキアラは楽しそうに場所と時間を告げると、リウスを連れてキアラは席をたった。


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