俺たちに墓標はいらない   作:エルロイ

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オカマ

 ふたりが与太話を飛ばしていると、バーのドアが勢い良く開いた。現れたのは美女だ。それも眼も覚めるような美女だった。

 水気をたっぷりと吸ったメロンのようなグラマラスなバスト、

 光沢のある黒いTバックに、包まれた悩ましげに突き出たヒップにキュッと引き締まったウエスト。

 

 ファッションモデルも霞んで見える極上のスタイル。

 

 腰から垂れ下がった弛んだガンベルトが、美女の白い尻の辺りで止まっていた。

 

 コブラの視線が女の相貌を射抜く──ジェーン──女は殺されたジェーンと瓜二つだった。張り詰めるコブラの鼓動。

 たわやかな金髪、コブラを魅了した大粒のエメラルドの瞳、全てがジェーンと同じだ。

 

 いいや、ジェーンは死んだ。そして、ドミニクもロイヤル三姉妹は、もうこの世にはいない。

 

 表情を硬直させたコブラを見て、勘違いしたバーテンが気付かれぬように忍び笑いをもらす。

 「ビールを一杯頂戴」

 ハスキーボイスだ。女にしては、やや低い声だった。

 「ちょっと待ってな」

 

 バーテンがビールサーバーから、ジョッキグラスにビールをなみなみと注いだ。

 泡立つビールが、グラスから少し溢れる。バーテンがジョッキをカウンターの端まで滑らせた。

 タイミング良く女がキャッチする。

 

 「景気はどうだい、ナチ?」

 「まあまあってとこね。そちらのお兄さんは?」

 

 ナチがコブラのほうを向いた。必死で笑いを堪え、バーテンがシンクに溜まった食器を洗う。

 いつものように陽気な笑みを浮かべ、コブラがナチにいった。

 

 「ただの二枚目さ」と。

 ナチが呆れかえった。それから楽しげに笑い出す。

 「おかしな人ね。自分から二枚目だなんて言い出すなんて」

 ナチがコブラの隣に座り、ビールを一口啜る。ビールの苦味と炭酸が、ナチの口腔内に広がった。

 

 「ナチっていったっけか。君はどんな仕事をしてるんだい。銃をぶら下げてる辺り、ただのショーガールにゃ見えないが」

 「何に見える?」

 

 「そうだなあ、女賞金稼ぎってとこかな?」

 自然とコブラの唇から、賞金稼ぎという言葉がこぼれる。かつてコブラが愛した女のひとり、ドミニクもバウンティーハンターだった。

 ナチを一目見たとき、コブラの胸裏深くに沈んだジェーンやドミニクとの思い出が、浮かんでは消え去った。

 

 「賞金稼ぎ兼ボトムズ乗りってとこかしら。この星にはお尋ね者も多いし、傭兵仕事も腐るほどあるから、稼ぐには持って来いよ」

 コブラがスツールの背にもたれかかり、ヒューっと口笛を吹いた。

 

 「女のボトムズ乗りかあ、渋いねえ」

 突然、バーテンの笑い声がカウンターに響いた。腹を抱えてひゃっひゃっひゃと笑い続ける。

 「おいおい、何がそんなにおかしいってんだ?」

 「ひっひっひ、おかしいもおかしくないも、ひっひ、そいつは男ですぜ、旦那ッ!」

 コブラが呆気に取られる。

 

 「驚いた。君は男だったのかい?」

 コブラが新しい葉巻を口に咥えた。マッチの頭を爪でこすり、ナチが火をつける。

 そのまま、コブラの葉巻に火を移した。

 「まあね」

 コブラはミルク色の煙を吐き出した。熟成されたココナツにも似た甘い香りが漂う。コブラがこめかみの辺りを叩いて思案げに答えた。

 「わかった。君の股間のものには目を瞑ろう。それだけいいオッパイをしてるんだからな」

 ナチがおかしそうにクスクスと笑う。そんなナチにコブラはお得意のウインクを一つ投げた。

 

 

 ストリートに立ち並んだ露店の行商人達が大声を上げ、客を呼び止める。

 

 行商人のひとりが、背中にイボを乗せた大きな牛蛙の足を引っつかみ、純粋な蛋白源はいらねえかっ、と威勢良く声を張り上げた。

 酒と女に浮かれ騒いだ傭兵達が行商人を冷やかす。ドラッグのキレたヤク中がショットガンをぶっ放す。

 

 

 毒々しくも色艶やかなネオン──その下を通る路上の人込みは絶える事を知らなかった。

 安物の香水/濃い化粧/泣き黒子/路地の一角に集う娼婦達。

 

 通行人に小銭をせびる老婆、路地裏にあるポリバケツの生ゴミを漁るホームレスと孤児。

 周りから声をかけられ続ける。キリコは気にもかけずに歩き続けた。

 

 たどり着いた「ハッシュ・ハッシュ・ハッシュ」のドアをくぐる。居た。コブラ、それと見知らぬ女がひとり。

 コブラがキリコに気付き、一杯どうだと誘った。

 

 皿に盛られたピーナッツのチップスを頬張り、コブラがウイスキーで流し込む。

 「あら、いい男じゃない」

 ナチが目ざとくキリコを見やる。キリコはナチを無視した。

 「何にしますか、兄さん」

 「酒はいらない。コーヒーをくれ」

 

 了解と応え、バーテンがコーヒーを沸かす。

 おーい、こっちにはバーボンをくれと、コブラが空になったグラスをかかげて酒を催促する。

 コーヒーが沸く間にバーテンがバーボンのボトルをコブラの目の前に置いた。

 

 「ナチ、一杯どうだ?」

 「頂くわ」

 「 コブラが酒を注いだグラスをナチの傍らに置いた。ルージュ色に輝く薄い唇をグラスにつけ、男の美女がバーボンを口に含む。

 キリコが酒の相手をしないとわかると、コブラはナチを酒の相手に選んだ。コブラがナチを見て、溜息を漏らす。

 「はあ、しかし勿体ねえな。こんな美人だってのに、男とはね」

 

 「残念だったわね」

 「なあに、俺は男に触られるとジンマシンが出る性質なんだが、君なら平気そうだ。どうだい、なんなら触ってみてくれないか」

 コブラが二の腕に辺りをナチに向かって突き出す。その突き出された二の腕を軽くつねりあげ、お生憎様ねとナチは踵を返した。

 「へへ、振られちまいましたね、旦那」

 「ああ、女には振られたことがないんだがな、どうやら俺は男には振られる性分らしい」

 

 

 アルディーンの首都──クルンテープ──意味は神の都だ。

 神の都──なんとも皮肉の利いた名前だ。ここでは誰もが死の恐怖に晒されている。

 男も女も老人も幼子も人はいつか死ぬ。重要なのはどんな最後を迎えられるかだ。

 

 愛する者に見取られて死ぬか、それとも戦場の炎に巻かれて死ぬか。

 このクルンテープではまともに死ねる者は少ない。それでもここの住民達は銃を手に取り、ATに乗り込んでは戦い続ける。

 この星の神は、神は神でも死神なのだろう。

 

 酒場から西へ十二ブロック離れた地域を二人は歩いていた。アルディーンはどこもかしこも物騒だ。

 頭のイカレたならず者が、突発的に通行人を銃で撃つ。

 ホルスターに手をかけ、暗がりからこちらの様子を覗っているチンピラ──コブラがウインクを投げた。

 

 コブラに毒気を抜かれたチンピラが、暗がりへスゴスゴと退散する。

 

 どこの路上にも家を焼け出され、親を失ったストリートチルドレン達がいる。

 配線に止まるカラスのように、横に並んで物欲しそうにこちらを見ている。

 

 コブラがポケットを探り、小銭を掴むとストリートチルドレン達に向かって放り投げた。

 ばらまかれたギルダン硬貨に孤児達がわっと群がる。まるで飢えた餓鬼の群れだ。拾い上げた小銭を持って、孤児達が出店のほうへと走り去っていく。

 これでどうにか飢えずに済む。走り去る子供たちの横顔からはそんな表情がありありと浮かんでいた。

 

 「そういえば、キリコ、バトリングって知ってるか?」

 「ああ、知ってはいるが、それがどうしたんだ」

 

 「バーテンから聞いたんだが、ここで行われる闇バトルってのは、えらく儲かるらしいな」

 「出場する気か?」

 「いいや、ただ、ちょっとばかし金庫に興味があるだけだ。闇バトルの賭け金が詰まったな。何も盗もうってわけじゃないぜ。少しの間、借りておくだけさ」

 

 「やめておけ」

 素っ気無いキリコの態度にコブラは小さく頭を振ると、両手で後頭部を揉んだ。

 「ああ、どっかに儲け話は転がってないもんかね。こう、どかっと大金が転がり込んでくるような」

 「そんなに金が欲しいなら、バトリングに出て、自分に金を賭けるといい」

 「ふーん、そいつも結構悪くないな」

 こいつは名案だとコブラが手を叩く。隣では、錆びた給水塔からこぼれた水を野良犬がぴちゃぴちゃと舐めていた。

 

 


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