俺たちに墓標はいらない   作:エルロイ

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サイコガン

 低い空、暗雲が重く圧し掛かってくる。森と森を隔てる川──黒い急流を二体のスコープドッグが泳ぐように突き進む。

 水深に足を取られないように注意しながら、岩床の裂け目に流れ込む、強く引っ張るような川の力をふたりの男は感じていた。

 

 川岸にたどり着き、泥濘を踏みつけながら、キリコは辺りに敵兵が潜んでいないか警戒した。

 地面から突き出た岩場の影、生い茂った茂みの中、苔むした倒木にカモフラージュし、敵はどこからでも飛び出してくる。

 何の前触れもなく、飛び出してくる。何気なく落ちている枝、松の木から伸びた葉、何気げない自然物でさえ、敵は利用する。

 

 葉のこすれる音、踏みつけた枝の折れる音、これらの鳴らす音が敵にこちらの存在を告げるのだ。

 ──おい、キリコ、そっちはどうだ?

 コックピット内の通信機からコブラの肉声が飛び出す。

 ──問題ない。

 ──OK、こっちもだ。

 

 互いに背を張り付かせ、死角を補いながら、ふたりはすすむ。目的の場所へと。

 山の冷たい風が、木々の間を通り抜けた。ふたりが深い谷底へと降りていく。

 急な勾配な岩肌を駆けおりると、だだっ広い平地に出た。

 

 断崖に囲まれた谷間には、障害物や隠れられるような場所はなく、ふたりは敵に会うこともなく目的地へとたどり着いた。

 ──おい、キリコ、なんだか妙な胸騒ぎがしやがるぜ。敵さんは一体全体、どこにいるってんだ。

 

 コブラは拍子抜けするほど無用心な敵を逆に気味悪がっていた。それはキリコも同感だった。

 ──もしかしたら、罠かもしれない。

 ──俺もそう思うね。それじゃあ、こっちから燻りだしてやるとするか。

 

 パネルを眺めていたコブラが、おもむろにヘビィマシンガンを乱射する。弾丸を浴びせられた岩壁が砕け、地面が抉られる。

 渓谷に大きく響き渡る銃声、硝煙の匂いが一陣の風に吹き抜けた。

 ──へへ、どうやらおいでなすったぜ。

 

 地面が盛り上がり、土にまみれた四機のツヴァークがその姿を現した。ローラーダッシュの鋭い回転音。

 轟音をあげ、岩棚から飛び降りた六機のスタンディングトータスが、ふたりの目前へと迫る。

 敵は十機、こちらは二機だ。

 ──面白くなってきやがった。

 

 ふたりが左右に旋回しながら、敵の銃弾を回避する。キリコの撃った数発の弾が敵の装甲を貫いた。

 ポリマーリンゲル液に引火し、一機のツヴァークが回りの仲間を巻き込んで爆破した。

 

 鼓膜を震わせる爆音、吹き上がる紅蓮の炎、機体の破片が岩肌に突き刺さる。ゴーグル越しにキリコは敵を見据えた。

 

 アルディーン──そこはもっとも地獄に近い惑星だ。コブラが、断崖から突き出た岩に向かってアサルトライフルを発砲する。

 まるでビリヤードのように跳びはねる弾丸が、二機のスタンディングトータスのタレットスコープにヒットした。

 スタンディングトータスのコックピット内で、血が派手にぶちまけられた。

 

 ──これで敵さんは半分に減ったな。おまけに相手は及び腰だぜ。

 敵が怯んだ隙をつき、キリコとコブラが示し合わせたように同時に動く。

 

 右腰に装着したミサイルランチャーをキリコが立て続けに発射し、二機を吹き飛ばすと、ターンピックを地面に打ち込み、反動を利用する。

 キリコへと追いすがるように接近するツヴァーク──顔面にアームパンチを浴びせた。

 

 バウンドするツヴァーク。焦げるようなモーター音──後方へと吹き飛び、ツヴァークは炎に飲み込まれた。

 ──おい、キリコ、ありゃなんだ?

 

 キリコが谷を見上げた。崖からこちらを見下ろす深紅の機体。突然、深紅の機体がこちらに攻撃をしかけてきた。

 唸りあげるロケット砲が断崖に炸裂した。瀑布の如く降り注ぐ岩盤が、残った敵の機体をスクラップにした。

 深紅の機体がキリコとコブラに向き合い、再びロケット弾を撃った。

 

 発射された小型ミサイルが、キリコの乗ったスコープドッグ目掛けて襲い掛かる。

 コブラがコックピットの蓋をはねあげた──ミサイルが空中で花火のように爆発した。

 

 キリコは見た。コブラの左腕を。そこに腕はなく、肘から先にあったものは銃だった。

 キリコは動揺した。それは深紅の機体も同じだった。身を翻し、深紅の機体がふたりの前から姿を消す。

 「なるほど。奴がサラマンダーか」

 

 コブラが葉巻を咥えた。

 「コブラ、引き返すぞ」

 銃撃戦を聞きつけた敵の傭兵がこちらに群がってくるのがわかった。あいよと返事をし、コブラがコックピットの蓋をしめる。

 それからふたりは森の奥へと戻った。

 

 

 ミッター橋が強い突風にあおられて、グラグラと揺れるように傾いだ。キリコが橋の中央までいくと、橋下を見おろす。

 打ち寄せる汚水の波が、コンクリートの壁を引っかいている。

 排水溝が垂れ流す廃棄物──ヘドロの川から昇る異臭がキリコの鼻腔を撫でた。

 

 コブラの左腕は義手だった。義手の中に仕込まれていたのは銃だ。

 

 帰還した後のキリコは、コブラの左腕については何も尋ねなかった。元来が口数の少ない男だ。

 尋ねる必要などなかったし、誰しも他人に聞かれたくない事情がある。それはキリコ自身が良く知っていた。

 

 血に染まった戦場を生き抜いてきた男達だ。何も語らずとも察する事ができる。

 バイマン──レッドショルダー部隊に所属していたキリコの戦友のひとり。

 

 バイマンもまた、戦場で右手を失った男だった。

 伊達男の右手にはまった銀色の精巧な義手の輝きを、キリコは今でも覚えている。

 

 キリコは嗅いだ。コブラの身体に染み付いた硝煙と血の臭気を。

 キリコは見た。死の陰りを纏わせたコブラの後姿を。 

 キリコは感じた。コブラもまた、己と同様に戦いの中でしか生きられぬ男であるという事を。

 

 ふたりは性格は違えど、似た者同士だった。まるで兄弟のように。

 

 通行人が投げ捨てたタバコの吸殻が、真っ黒く染まった河面に吸い込まれていった。

 星一つ見えない夜空、排気ガスの黒い人口雲、タール舗装の道路を横切り、キリコは近くにある食堂に入った。

 

 キリコはウエイターにブラックコーヒーを注文した。ニコチンの匂いが滲む食堂で、キリコは運ばれてきたコーヒーを飲んだ。

 ここは血と暴力が渦巻く戦場の星アルディーン──キリコが飲むアルディーンのコーヒーは苦い。

 

 

 コブラとキリコが良く集う、その酒場の名前は「ハッシュ・ハッシュ・ハッシュ(マリファナだらけ)」といった。

 何故、そんな名前なのかは誰にもわからない。バーテンですら知らなかった、

 

 酒場に陽気なサックスが響いた。赤々と燃えた葉巻の煙を吐き出し、コブラが空になったグラスをコースターに置く。

 溶けかかった氷がグラスにぶつかり、カランと音を鳴らした。

 「お次は何を飲みますか、旦那」

 

 灰皿に葉巻の灰を落とし、それじゃあ、タルカロスをくれとコブラがバーテンに告げた。

 「なんですか、そりゃ?」

 バーテンが聞き返す。コブラがやれやれといわんばかりに軽く首を振った。

 

 「いいんだ。忘れてくれ。んん、そうだな、じゃあ、ウイスキーのミルク割りをくれ。ミルクを抜いてな」

 仰せのままにと、バーテンがグラスに琥珀色の液体を注ぎ足す。

  

 バーのボックス席は傭兵達が陣取っていた。傭兵たちはポーカーに興じながらギャンブルの勝敗に勝った負けたと一喜一憂していた。ほんの束の間の安息だ。この地獄での。

 「ひひ、そういや、聞きましたよ、旦那」

 バーのボトル棚に並んだ酒を入れ替えながら、バーテンが愉快そうに笑い声をあげた。

 

 「何のことだ?」

 「またまた、とぼけちゃって。ちゃんとこっちの耳にゃ、届いてるんですからね。

 なんでもたったふたりで、敵さんのATを十数機も吹っ飛ばしてきたそうじゃないですか。

 まあ、旦那方が凄腕のボトムズ乗りだってのは、薄々気づいちゃいましたがね」

 

 「なんだ、その事か。ありゃ、敵の傭兵達が勝手に自滅したんだよ。

 奴さん達は、どうやらATライフルの扱い方がわからなかったようでな。何度もトリガーを引いたんだが、弾がでなかったんだ。

 それであいつら、何で弾がでないのか不思議がって銃口を覗いたのさ。

 その時、たまたまライフルが火を吹いてな。それで奴さんたちの頭が、半分ほど無くなっちまったってわけだ」

 

 「そりゃまた、随分と間抜けな傭兵もいたもんだ」

 「全くだ」

 バーテンがグラスを拭き、コブラがグラスを掲げ、ふたりはさもおかしそうに笑いあった。

 


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