インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》   作:ひわたり

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時系列的には二年生の夏くらいです。


七夕

七夕。

織姫と彦星が出逢える唯一の日。

空には満点の星が溢れ、星空に川を描き出す。

「よくもまあ、星だけで無駄な話を作れるな。ここから見れば、所詮光の粒だろうに」

望遠鏡を用意している白が愚痴ると、様子を見に来た千冬が呆れて言った。

「夢のない事を言うなよ」

今日は7月7日。日本では七夕という風習がある。

学園は夏休み前の最後の行事として、天体観測を行う事にしていた。ISは一度宇宙に行けるスーツとして展開していたことがある。それの名残という訳ではないが、地上の事だけでなく、より空の上の事を学ぶ為に、この行事が行われる事になった。

もっとも、内容上どうしても夜が遅くなるので、寮の者や家が近い者など、任意の参加となっている。

「昔、外国でも空や星を見て神話を作った。現代でも、未だ宇宙の全容は掴めていない。それだけで、この宇宙に夢や憧れを抱くのは当然だと思うがな」

まだ太陽の支配にある空。

何れそれは沈み、闇が支配する時が訪れる。暗闇を少しでも和らげるように、或いは自己を主張するように、星々は輝きを見せる。

「届かないからこそ、人はそこに夢を見る」

どれだけ背を伸ばそうとも、その光に手は届かない。

「俺は手に届くモノが側にあるだけで充分だ」

そう呟いて立ち上がった。

「これだけあれば足りるか?」

屋上に望遠鏡を均等に並べ数を確認する。学生分と教師の分。後は予備を数個だけ用意して終了だ。

「そうだな、これで大丈夫だろう」

「一夏も参加するのか?」

「ああ、勿論強制参加だ」

「相変わらずだな」

時に強過ぎる弟愛に少しだけ呆れつつ、注意を促した。

「一夏が食われないように注意しろよ?」

「ああ、一夏が学園にいる間は油断出来んからなぁ……。本当に」

割と切実な声に、白は特に反応を示さなかった。

「ところで白。お前、短冊に何を書くつもりだ?」

「……願い事か」

参加者は全員が願い事を書く事が決まっている。それは用務員や教師も同じだ。

「お前は何と書く気だ?」

「平和な学園生活」

「ああ、成程」

確かに、今のIS学園でそれ以上の願いはないだろう。

「俺は、どうするかな」

「どうせお前の事だから、ラウラの事を書くんだろう?」

「それはラウラに禁止されたから無理だな」

ちゃんと自分の願いを書けと朝に注意されたのを思い出す。

「ま、一つだけ決まっているがな」

「ほう、珍しいな」

屋上から去る前に空を見上げる。

青く広がり、太陽の眩しさを感じる快晴。星の明かりは姿を見せないけれど、きっと今夜は満点の星空が見えることだろう。

未だ、その光に手は届かない。

 

 

教室では行事に参加する生徒達が笹につける短冊に願い事を書いていた。

「…………」

ラウラは短冊と睨めっこしながら、ボールペンをカツカツと鳴らす。

「まるで小学生みたいな行事ねぇ」

そこへ、鈴がボヤきながらやってくる。そんな鈴の言葉に、ラウラは顔を上げて聞いた。

「何だ、興味ないのに参加したのか?」

「イベントは参加したいのよ」

鈴がやってきたことで、一夏を含む専用機メンバーがゾロゾロと集まってきた。

「私としては、こういう日本独特の風習を体験出来るので嬉しいですわ」

ニコニコと笑うセシリアに、箒がボソリと呟いた。

「日本という国にいること自体、私にとっては屈辱で……」

「私の黒歴史を抉らないでくださいまし!」

耳を塞いで蹲るセシリア。懐かしいなと一夏が笑った。

「あははは、言ってたな、そんな事」

「何それ?セシリア、そんな事言ったの?」

「気にしないでください、いえ、忘れてください」

セシリアは来たばかりの頃は周りが見えていない貴族のお嬢様だった。あの時の出来事を知っているのは、このメンバーでは一夏と箒だけである。

「兎に角、その国の風習に触れるのは素晴らしい事なのです!」

「そうだね、それは僕も同意するよ」

顔を赤くして誤魔化すセシリアに、シャルロットは笑いながら同意した。

「一応、中国が発祥の地なんだけどね。まあ、私は日本に馴染み過ぎたのかしら」

彼女達と違って、何の感慨もない鈴はしみじみと呟いた。そんな中で一夏の隣にいた簪が裾を引っ張って尋ねる。

「一夏はお願い事は何て書いたの?」

「ん?ほら」

一夏は書いた短冊を見せる。

簪だけでなく、全員が覗き込んだ。そこに書かれた文字は『強くなれますように』だった。

「うん、まあ、一夏らしいしな」

箒の言葉に全員が頷く。恋愛の事を書いてないかと期待しないでもなかったが、ほぼ無いだろうとは予想していた。そして、予想通りに動くのが一夏である。

「え、何で俺ガッカリされてるの」

願い事だから面白い事も書けないしなぁと呟く。彼にギャグセンスがないのは周知の事実なので、ある意味真面目に書いてくれて助かったと安堵した。

「書けたなら回収するわよ」

楯無が手を差し出してきたので、一夏は短冊を彼女に手渡した。

「というか、何で生徒会長が直々に回収なんて雑務してるんですか?」

「私がいたら変な願い事を書かないでしょ?」

誰かが一夏の恋愛の事を書いて、それが変に導火線に火を付けて爆発されては困る。専用機達は当然自粛する事にしているし、そのことも承知していた。

「決して、虚ちゃんに追い出されたわけじゃないわよ」

「お姉ちゃん……」

……また何かやらかしたのだろうか。

……やらかしたんだろうな。

遠い目をする楯無に、全員が察した。

「んー、特に思いつかないのよね。世界平和とかで良いかしら」

「規模が大きいですわね」

「シャルは何て書いたんだ?」

「え、ぼ、僕?」

若干身を引くシャルロットに、楯無が見せてみろと手を出す。シャルロットは逡巡した後に、どうせ確認されるかと、諦めて短冊を差し出した。

『家族の仲が上手くいきますように』

そこに書かれた文字に、全員が何とも言えない顔になる。

「切実だな、シャル……」

「うう、だから見せたくなかったのに……」

落ち込むシャルロットの肩を一夏が叩いて励ました。

「大丈夫、きっと叶うさ」

「一夏ぁ……」

涙で潤んだ瞳で一夏を見上げるシャルロット。心なしか、その頰が赤く染まっていた。

「相変わらずだな……」

周りが一夏を睨む中で、ラウラだけが呆れた目を向けていた。このままでは一夏が痛い目に見てしまう可能性が出てくるので、ラウラは簪に話を振る。

「お前は何をお願いするんだ?」

「…………」

簪は黙ったまま短冊を差し出した。ラウラがそれを見て、簪が黙ったままなのを納得する。

「……うん、まあ、お前らしいな」

「何だその気になる反応は」

「多分、箒が一番興味ない事柄だ」

アニメ好きの簪。

そんな彼女が書いたのは『続編希望』の文字だった。

「私は何て書きましょう。『平穏な日々が続きますように』とかで宜しいのでしょうか?」

「なんかそれ、逆に平穏が崩れそうだ」

「何故ですの!?」

「まあまあ、それで良いんじゃないかな。箒は?」

「決まってる『ISを使いこなせますように』だ」

紅椿を持ち、戦闘を幾度となく行ってきた。それでも、武人家である彼女は精進に余念がない。

箒から貰った楯無はうんうんと頭を縦に振る。

「確かに、ある意味正しいわね。あ、ちなみに私は『皆の願いが叶いますように』って書いたわよ」

「狙い過ぎです」

「見え見えで引くわぁ」

「扱い酷くない!?」

キーッと怒る楯無に構わず、一夏がラウラに問い掛けた。

「ラウラはどうするんだ?」

一夏の質問に、ラウラは眉を寄せた。

「まだ迷ってる」

「あら、ラウラさんの事ですから、白さんの事を書くと思っていましたのに」

セシリアの言葉に皆が同意する。その様子を見て、ラウラは大きく溜息を吐いた。

「勿論、そのつもりだった。しかし今日の朝に、俺じゃなく自分の願いを書けと、釘を刺されてしまってな」

「先回りされたのか」

「うむ、お陰でどうしようか悩んでる最中だ」

クルクルと無駄に早くペン回しをする。そんな事をしても思考まで早く動くわけではないのだが。

「白さんも意地悪だね」

「私は私で、私ではなく自分の願いを書けと言ったからな。おあいこだ」

「相変わらずの夫婦ね……」

ラウラは実は、一つ願い事を決めている。ただ、学校行事にそれを書くのが相応しいのかと問われれば、相応しい内容ではないのだろう。

「…………」

断られたら断られたで良いかと、ラウラはサラサラとペンを滑らせて、そのまま楯無に渡した。

「…………あー」

それを受け取り何とも言えない声を漏らす。

ラウラの願い事を見た彼女は、笑うような困ったような、何とも微妙な表情を浮かべたのだった。

 

 

夜空が星で埋め尽くされる時間。

雲一つない夜空に、星々の輝きが瞬いていた。

息を吸えば、肺に夜の空気が満たされる。こういう機会でもなければ改めて空を見上げることもない。望遠鏡を使って星を見る生徒達は、想像よりも楽しげに笑っていた。

「アレが彦星で、アレが織姫か」

白の隣に立ったラウラは、それぞれを指で差した。大体の位置が分かった白は、頷いて答える。

「ああ、そうだな」

「そう言えば、私と白の事を、彦星と織姫だと言う奴が居たぞ」

ふぅんと、白は一度興味なさげに唸った後、夜空を見上げたまま自分の考えを告げた。

「俺は、彦星と織姫になりたくないな」

「何故だ?」

ラウラも夜空を見上げたまま聞き返す。

「だって、一年に一回しか会えないじゃないか」

恋と愛だけに動き、他を疎かにした為に切り離された2人。

自業自得と言えばそうだし、もっとやりようがあったのではと、周りの理不尽さにも呆れる話だ。

「そもそも、俺達は悲恋でもない」

「確かにそうだな」

ラウラはそっと白の手を掴み、白はその手を掴み返す。

互いの温もりを僅かに感じ取った。

「もし、あの2人みたいに離れ離れになったらどうする?」

「天の川を斬り裂いて会いに行く」

「白ならやりかねないな」

白の迷いの無い答えに、ラウラは笑って頷いた。

「私だって、お前に会いに行く。どんな手段を使ってでも、お前の側へ行く」

「ああ、ラウラなら説得力がある」

「当然だ」

そもそも、離れ離れになる事はない。

だって、この手を離す事はないのだから。

「ラウラ、今度星を見に行こうか。此処ではなく、もっと星が見える場所で」

「良いな。白にしては珍しい提案だ」

「……ラウラと一緒だからだ」

……だから、きっとその風景を綺麗に思えるだろう。

「笹を飾るぞー!」

一夏と楯無がISを展開し、下から巨大な笹を持ってきた。願い事だけは全学生で好きに書いていたので、今いる生徒の数に比べて圧倒的に短冊の量が多い。2人で上手くバランスを取りながら屋上へと設置した。

皆が集まって下にある短冊を見る。名前の有無は自由なので、誰が書いたか分からない物もある。願い一つ一つに感心したり、笑ったり、話の花を咲かせていた。

「白は何を書いたんだ?」

ラウラは白の顔を見て問う。白は横目でラウラを見返すと、少しだけ微笑んで答えた。

「……ラウラと一緒だよ」

「やっぱりそうか」

打ち合わせをしていたわけでもない。

ハッキリと言ったわけでもないし、今も内容は答えなかった。

それでも、2人は同じ文を書いたと確信していた。手を繋いだまま、白とラウラは笹のてっぺんを見上げる。

誰の手にも触れられず、誰の目にも届かないその場所に、二枚の短冊が繋がっていた。

高く掲げられたその想い。

いつか光に届くように込められた願い。

2人の想いは、全く同じ文章で紡がれていた。

 

『子供が出来ますように』

 


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