インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》   作:ひわたり

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今更エイプリルフールネタ。
ナイフマスター書いてる所為か、割とシリアス。



エイプリルフール

『家出します。私が怒っている理由が分からなければ探さないでください』

ある日の昼。

白が職員室から部屋へ帰ってくるとそのような手紙が置かれていた。筆跡からも分かる通り、勿論ラウラの物だ。

手紙を見て、まず白は首を傾げた。

これはどのような意図があるのかと、ラウラの真意を図ろうと考える。

第一に、ラウラが怒っているとは思えない。そもそもラウラなら直接言ってくるだろう。今でも、人間らしい生活をしてなかった自分を何度も小言を言っていたりする。昨日の様子もいつも通りだった。急に何かあったというわけでもないだろう。

「……そもそも」

下の文を見る。

『今夜中には帰ってきます。近くにいるので心配しないで。戸棚に焼いたクッキーがあるから、良ければ摘んでくれ』

手紙にも関わらず途中から演技が無くなっていた。敬語から本音に戻っている。怒っている相手に心配するなもクッキー焼いたも無いだろうと、やや呆れてしまった。軍人の頃でも嘘の訓練など行ってい無いので、単純に得意では無いのだろう。その純真さがラウラらしいと言えばラウラらしい。

「…………」

さて、そこで一番初めの疑問に戻ってくる。

ラウラの意図は何か。

恐らく、これで気付いて欲しいと、何かしらのメッセージがあるに違い無い。ふとカレンダーを見る。

「4月1日か」

世間ではエイプリルフールだと思い出す。

取り敢えず先に戸棚を確認し、クッキーを取り出して一つ摘んだ。

「……ふむ」

……後半の文章に嘘は無い。とすれば、やはり前半の怒っている、の所が嘘ということか。

怒ってはいないが、離れる理由がある。あるいは、それに準じた理由がある。

白は考えながら、やることをやって、取り敢えず部屋を出た。ラウラの居る場所は何となく勘で分かっていたが、そこへ行くことはしなかった。

 

 

「……お前それ、絶対白さんに嘘だってバレてるぞ」

「うっ。やっぱりそうかな」

一夏の部屋に集まっていた皆は、ラウラの話を聞いて呆れていた。

「ラウラの嘘も下手だけど、アイツに嘘が通じるとも思えないわよね」

「そもそも、別にエイプリルフールだからって嘘を吐かなくて良いんだよ?」

ラウラが作ってきたクッキーをポリポリと摘みながら鈴とシャルロットが言った。

「怒る相手にクッキー置いておくから食べてねってのもねぇ」

「しかもハート形ですわよ」

「怒ってる要素がありませんね」

箒達からも突っ込まれて小さくなるラウラ。指を弄りながら唇を尖らせて小さく反論する。

「だって、嘘得意でもないし、嫌われたくないし……。好きだし」

女性に囲まれていてもすっかり慣れっ子な一夏が素朴な疑問を投げた。

「それで、何で嘘を吐いたんだ?」

全員の視線が集中する中、ラウラは目を瞑って答えた。

「それは、白だけが分かる」

ラウラは一応、白に対し、不満では無いがやりきれない気持ちを抱えていた。それを自分が言葉にしても意味が無い。それは白が自分で気付くべきことだからだ。

だから、ラウラはこんな遠回しの方法を選んだ。

きっと、白なら気付いて、答えを出してくれると信じて。

「でもやっぱり不安だ。大丈夫だよな?白にそのまま受け取られてないかな?怒らせてないかな?そしたらどう謝れば……」

アワアワと最悪の状況を想像して負のスパイラルに陥るラウラを皆が宥める。

慣れないことはするものじゃないと、全員の思考が一致した。

そうやってラウラが一人で慌てている時、当の白は屋上から海を眺めていた。

何をするわけでもなく、視線を固定させたまま水平線をジッと見つめる。

唐突に後頭部に飛んできた缶コーヒーを右手で受け止めた。こんなことする輩は一人しかいないと振り向けば、案の定、千冬がそこにいた。

「何を格好つけて黄昏てるんだ」

「別に。仕事は?」

「昼休憩だ。朝は急な書類整理手伝ってくれてありがとうな」

「仕事だからな」

千冬は白の隣に並んでプルタブを開けた。白もそれに倣い、開けて珈琲を飲む。

「悩み事か?」

「教師みたいな事を言うな」

「教師だからな」

「俺は生徒ではないけどな」

「友人として話くらい聞いてやると言ってるんだよ、馬鹿者」

二人して下らない会話をしながら海を見た。

「……なぁ、千冬」

白は一つだけ尋ねた。

「俺が悩んでいると、思ったのか?」

側から見てそう思えたのかと。自分の外観に変化があったのかと、問い掛けた。

「……そうだな。雰囲気が少し、変わっていた。私でなくとも気付いただろう」

自分でなくとも気付いたと、千冬は語った。第三者から見ても、悩んでいるかはどうかはともかく、考え事をしているくらいは察せると、そう答えた。

「……そうか」

白は空を仰いだ。

白い雲の向こう、広がる青空と、眩しい太陽が目に入る。

「そういうことなんだろうな」

白の呟きを聞いた千冬は小さく微笑んだ。

「なんだ、もう相談は終わりか?」

「ああ。もう解決した」

「相談し甲斐のない奴だ」

そもそも悩む事もしてこなかった身だ。千冬が来なくとも、殆ど答えは見つけ出していた。

「お礼に、お前が何かで迷っていたら背中を押してやろう」

「押すだけか?誤った選択だったらどうする?」

「お前は間違った選択をするのか?」

「ズルいな、お前」

暗に信頼している言葉を与えられ、千冬は苦笑した。人間味が出てきた分、こう言った時に情の隙を突くのが上手くなった気もする。

「ま、嘘の吐けないお前の事だ。有難く受け取っておこう」

「ああ」

珈琲を飲み終えた千冬は背を向けて屋上を去ろうとした。扉まで来たところで、その背に声が掛けられる。

「……嘘を吐かないのは、人間として正しい事か?」

千冬は一度振り返る。白は背を向けたままだった。

どのような意図があっての質問なのか、千冬は考えようとしたが、敢えて思った事をそのまま口にした。

「そうだな。人としては、正しいだろう」

だけど、と言葉を続ける。

「嘘を吐かない人間なんていないぞ、白」

「……そうだな。ありがとう」

千冬は今度こそ、その場を後にした。

「…………」

かつて、白は母親だった存在に一つの嘘を吐いた。

死んでしまえば良いと、心にもない言葉を吐いた。だから、母親は死んだ。

人生で吐いた、一つだけの嘘。

それが、全ての原因だった。取り返しの付かない嘘で、母親を亡くし、自分を殺し、全てを壊してしまう引き鉄となってしまった。

白は息を吐いた。

長く深い息を、空へ吐いた。

 

夜。

ラウラが部屋へ帰ってくると、部屋は空っぽだった。手紙はそのままで、クッキーは綺麗に食べられている。皿も洗われていて食器棚にしまわれていた。

「…………」

ラウラは部屋を出て、迷う事なく屋上へと向かった。人前では不安だと散々口にしていたが、白だけを前にすると、彼女に迷いはなかった。

屋上の扉を開ける。

光の少ない夜の中、月明かりと学園の僅かな光が、ぼんやりと白の姿を見せていた。白はラウラの方を向いて、静かに立っていた。

ラウラは白の前まで歩いてくると、柔らかく微笑んで宣言した。

「エイプリルフール、嘘でした。私は怒ってないよ」

「知ってる」

当たり前だと頷く白に、ラウラは苦笑いしながら言った。

「だが、宣言しなければ本当になってしまうだろ?これでも、本当に思われないか不安だったんだぞ」

ホッとするラウラの頭を白は撫でた。嬉しそうに笑うラウラに、白は無表情を変えない。

「……なぁ、ラウラ」

「ん」

白の声に、ラウラは顔を上げた。

白の赤い目が、ラウラと重なる。

「俺は、平気だ」

静かに、奏でるように、言葉を出す。

「苦しくない。辛くない。何ともない。何も感じないし、何も思わない。どうでもいいし、下らない。生きたくもなかったし、死にたくもなかった。産まれてからずっと、何ともなかった」

「…………」

そして、白は、宣言する。

長い、長い偽りを。

虚像に塗れた自分を。

偽り続けた心を、否定する。

 

「嘘だ」

 

全部、嘘だ。

「……苦しかった。辛かった。でも、どうしようもなかった」

「うん」

「壊れちゃいけなかった。でも、何も感じてはいけなかった。感情を殺し続けて、ただそこに居るだけで。それしか許されなくて。それしかできなくて」

「うん」

「本当は楽になりたかった。でも死ねなかった。でも、生きることもできなかった。そこに居続けるしかなかったんだ。どうしようもなかった。どうしようもなかったんだ。恨むことも、その相手もいなくて、それすらできなくて。皆俺の所為で死んでいった。壊れていった。消えていった。全部殺して、壊して、何も残らなくて」

「うん」

「周りの目も声も知っていた。でも、それも忘れなければいけなかったんだ。分かっていた。自分がそんな存在なことは。でも、それも思ってはいけなかった。感情を殺して殺して。怒れもせず泣きもせず嘆きもせず、ずっとずっとずっと、俺は」

「うん」

「シロを失って余計に酷くなって。でも、無にならなきゃいけなくて。ずっと、ずっと、ずっと。俺はずっとこんなだったんだ。ずっと苦しかったんだ。ずっと辛かったんだ。ずっと悲しかったんだ。泣きたくて叫びたくて嘆きたくて、誰のせいでもなく、そこにいるしかなくて。俺は、俺は、ラウラ」

ラウラは優しく白の体を引き、白の頭を包み込んだ。

「俺は、ずっと苦しかった……」

偽り続けなければ全てを壊していた。

だから、虚像すら自己にして。感情を殺して。果ては本当の自分さえなくして、ここまで来た。

「嘘だったんだ、ラウラ」

でも、もう、それも終わった。

人間性を取り戻し、感情を取り戻し、生まれ直した。

だから今、ここにいる。

「ごめんね。ありがとう、白」

もう、嘘は吐かなくて良い。

長い長い嘘は、今日、ここで終わった。

 

 

「無理をさせたな、白」

遅めの夕食を食べ終えた後、ラウラは白に頭を下げた。

元はエイプリルフールに乗じて、白のトラウマを取り除くのがラウラの目的だった。嘘を吐く事が目的ではなく、嘘そのものがキーワードであった。

嘘を吐かない事から気付く、自分の虚像の人生。当時の自分はそれが当たり前に思っていても、感情を取り戻した今なら、どれ程酷かったか思い知った。ラウラの策略に早々に気付いた白であったが、気付いてから、自分を振り返ること。そして、それを話すかは全て白の判断に委ねられていた。

「いや、自分を見直す良い機会だった」

こうでもしなければ、白は昔の自分は死んだと、振り返ることもなかっただろう。嘘を吐かないとしながらも、自分に嘘を吐き続けてきた。無論、そうしなければいけなかったのだが、それすら気付かないままだったに違いない。

「いやいや、結局、私の我儘だ。お詫びに何でも言ってくれ」

ドンと来いと両手を広げてウェルカム状態のラウラ。

だからと言って、白がそう何かを望むわけもなく、困ったように頭を掻いた。

「……じゃあ、一緒に寝てくれ」

「いつも通りじゃないか」

確かに、と首を捻る。

「じゃあ、キス」

「いつも通りだな」

「抱かせろ」

「いつもだな」

「…………」

「…………」

ネタがなくなったようで、口を閉ざしてしまった。白の様子に微笑みながらも、彼が何かを望むまでラウラは待ち続けた。内心、取り敢えず今言ったことは全てやろうと心に決めていた。

「……じゃあ、こうしよう」

一つと、指を立てる。

「いつか、お願い事を聞いてくれ」

「いつかとはいつまでだ?」

決まってるだろうと、白は笑った。

「死ぬまでだ」

死ぬまで一緒にいる願いと共に、一つの約束事が決まった。




ナイフマスターが佳境に入っているので気休めに書きました。
これで感想にあった喧嘩ネタを作れるかと思ったけど、駄目だった……。喧嘩しないよ、この二人……。
次はイチャコラ書きたい。

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