インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》 作:ひわたり
絵を描こうと思ったけど時間的に無理でした。すまぬ、すまぬ……。
白は悩んでいた。
自分にしては珍しいと自覚するほど、彼は悩んでいた。
ホワイトデー。
世の中はバレンタインのお返しにと盛り上がりを見せている。バレンタイン程、世間は熱意を見せていないが、それでもお返しには変わらない。白は当然、ラウラにお返しをするつもりでいた。
「……何が良いんだ?」
初っ端で彼は躓いていた。
適当にネットなどで検索を掛けてみれば、マショマロは嫌いの証だのクッキーは友達だの、物によって意味が違うと書かれている。肝心の愛は飴であるが為、自力で作れはするが、食べるのにもあげるのにも大きさに限界があり、どうしたものかと頭を困らせる。
そもそもお返しの意味自体が日本にもあまり馴染みがないようで、一度相談した同じ用務員の十蔵にも、そんな意味があるのかと驚かれた。
ラウラも知らないだろうし、説明さえすればどんなものでも気にしないとは思うが、あげる側としての気持ちが許さなかった。
学園は春休み。
寮に残っている生徒も少ない中、白はまだ寮に残っていた一夏の所へ訪れ、彼の部屋で相談を持ちかけていた。
「お前はどんなお返しをしたことがあるんだ?」
「いえ、白さんみたいに本格的に考えてませんでしたし、その場で良いかなと思った適当なお菓子を買ったくらいですよ」
「そうか……。あと、お返しは3倍返しとか聞いたんだが」
「気にしなくていいですからね、それ」
白なら3倍どころか何十倍でもしそうなので止めておいた。
そこへ珈琲を淹れてきた簪がやってくる。机の上に珈琲を置きながら、白の話に加わった。
「人によってはバックとか高い物が好きな子もいますけど、ラウラさんはそうではないですよね」
「ああ、興味ないだろうな」
軍を離れてからも、ラウラは高価な物や光物には興味を示さなかった。寧ろ、今でも少し武器などに興味を持つ辺り、長年染み付いた軍人気質は抜けきっていないのだろう。
思春期を通り越して既に主婦に成り切っているくらいである。所謂、若者の流行りに流されることもない。
「ところで、一夏はお返しはどうするんだ?」
「俺ですか?クッキーを焼いて皆に配ろうと思ってます。もう材料も買ってありますし」
箒達のことを思えばそれで良いのかとも思うが、まあそうだろうなと、敢えて言及はしなかった。
「ラウラさんですから、やはり白さんの気持ちがあれば何でも良い思いますよ」
「……そうだな」
白は珈琲を飲み干すと、立ち上がって背を向けた。
「相談に乗ってくれてありがとう。参考にさせてもらう」
白が去ったのを見送った二人は、顔を合わせて首を傾げた。
「結局、どうするんだろう」
「さあ……」
相手が白なだけに読めない二人であった。
そんな白は真っ直ぐ部屋に戻ると、ラウラに話し掛けた。
「なぁ、ラウラ」
「どうした、白」
ラウラはポニーテールで髪を纏め、ピンクのエプロンを身に着けている。ベッドの上で洗濯物を畳みつつ、声を掛けてきた。
白はラウラの横に座って会話を続ける。
「ホワイトデーなんだが」
「ホワイトデー?」
何だっけと首を傾げてから、思い至ったのか、一度頷いた。
「ああ、バレンタインのお返しの日か。あまり馴染みがないから分からなかった」
「日本じゃなきゃそうそう認知されていないからな」
「うむ。あ、ホワイトデーを気にしてるなら、別にいらないぞ?そもそも、バレンタインは白も私にくれたじゃないか」
「そうだが、折角のイベントだし、何かしてやりたいんだ」
ラウラは内心、白がイベントを気にする日が来るとはなとしみじみとしていた。
「それでな……」
お返しには種類があることなど、悩んでいたこと全てを丸々と話した。洗濯物の手を止めて、白の話を聞くラウラ。
「別に市販の物でも構わんぞ?」
ラウラはイベントを抜きに、白から多くの物を貰っていると感じている。気持ちとしては嬉しくないはずもないが、貰ってばかりで申し訳ない気持ちも出てくるのだ。その分、白に沢山の想いを込めて接している。白は白で、ラウラと全く同じだったりする。
ある意味、無限ループだった。
「それは俺が嫌だ」
ラウラへの愛に妥協は許さない白だった。
「だから、物でなく、行動で返そうと思ってな。ホワイトデー当日、ラウラの願いを聞こう」
「普段も結構聞いてくれるじゃないか」
「無茶な願いでも良い。俺が普段断ることでもやってやる」
「ふむ……」
とは言っても、ラウラが思い返す限り、白は自分の願いを極力聞いてくれている。そもそも、お互いが本当に嫌がることは自然と避けてきた。逆にどんな我儘なら言えるのか分からなくなっている。
「…………」
そこで、一つ、ラウラは思い付いた。
「なら、一つだけ無茶を言おう」
「ああ、何をすれば良い?」
「それは当日まで秘密だ」
ラウラは唇に人差し指を当ててクスリと笑った。赤い瞳と黄色の瞳が悪戯っ子のように輝いた。
「そうか。なら、当日まで待とう。取り敢えず、洗濯物を手伝うぞ」
「ありがとう」
手早く洗濯物を終えた二人は、その後のんびりとお茶をした。
「……というわけで、織斑先生も協力して貰えませんか?」
『ああ。相変わらず粋な事をするのが好きだな、お前らは』
「似た者夫婦ですから」
『然りげ無く惚気るな馬鹿者。……良いだろう、春休みだし迷惑も掛からん。申請はしといてやる』
「ありがとうございます」
『他の奴らには声を掛けたのか?』
「ええ、箒達には了承済みです」
『そうか。存分に楽しめよ』
「織斑先生も来ますか?」
『大人の私が居たらやり辛いだろう?私抜きで楽しめ。じゃあな』
ホワイトデー当日。
「……これが、やって欲しいことか?」
「いや、これは普通のお願いだよ」
白は部屋でラウラと並んでケーキを作り始めていた。
「特別なお願いは、もうちょっと後でな」
「……何か企んでるな」
「ふふ、すぐに分かるさ」
バレンタインの時のチョコケーキとは違い、普通の生クリームにワンホール分のケーキを作る。スポンジを冷ます時などは二人でゆっくりと過ごした。
白は頭の片隅で何をするつもりなのかと考えるが、ラウラだから心配することもないかと思考を放棄した。
時間が経ち、完成が近付く。ラウラが最後の仕上げをしていると、白が一つ気付いた。
「……む」
「どうした?」
「このケーキがホワイトデーの品代わり、ということか?」
バレンタインはお互いにチョコを渡し合った。二人で作ったこのケーキは、つまりそういうことなのだろうか。
「気付いたか。まあ、それもあるな」
「それも?」
白が聞き返した時、ラウラの携帯が鳴る。ラウラがすまないと断りを入れ、携帯を確認した。
「丁度良いタイミングだな。行こうか、白」
「行く?どこに?」
ラウラは出来上がったケーキを箱にしまい、白の手を取った。
「食堂」
ラウラに導かれるままに食堂へ足を運ぶ。人の少ない学園は少しだけ寂しい感じがした。窓から空を見れば太陽が見える。仄かな太陽の香りと、ラウラの髪の香りがした。
白とラウラが食堂に入った瞬間、クラッカーが鳴る。
「ようこそ!」
そこには一夏といつものメンバーが居た。
「……皆で食うのか?」
机の上には様々なお菓子が広げられていたので、白はそうかと思い聞いてみる。
「なぁ、白」
ラウラは白を見上げた。
「ホワイトデーって、日本語読みすると、白い日だな」
「……?ああ、そうだな」
「じゃあ、お願いだ」
ラウラは綺麗に微笑んで、白を真っ直ぐに見た。
「今日が、白の誕生日だ」
予想外の言葉に、白は目を瞬かせた。
「誕生日?」
「白は生まれた日が分からないのだろう?束に聞いたのだが、今日が白がこの世界に落ちてきた日でもあるらしい」
だから。
「私は、名前を貰った日が私の生まれた日だ」
だから、貴方にも。
「ここに来てから、白は生き直した。生まれ直した。だから、今日でなくても良い。白が決めてくれ。白が生まれた日を作ろう。そして、皆で祝おう」
それが、私の願い。
「叶えてくれるか?」
白はラウラの目をじっと見つめ、自分の額をラウラの額に当てた。
「……何だ、結局、ラウラは俺のことばかりじゃないか」
白の微かに緩んだ口元を見て、ラウラも頬を緩ませる。
「人の事言えないだろう。白だって私の事ばかりだ」
「そうかな」
「そうだよ」
だからこそ、二人はこれで良い。
「良いぞ、叶えてやる」
そしてまた一つ、二人は歩みを進めた。
「ちょっと、イチャついてないで早くしなさいよ」
「お菓子も沢山ありますわよ」
「僕はラウラのケーキが楽しみだけどね」
「食べ過ぎないようにな」
「この場でそれは無しよ」
「飲み物用意して来ますね」
皆の場所で二人は歩く。
白い日に、2人は皆と共に笑い合った。
夜遅くに解散し、片付けを終えた二人は部屋へと戻ってきた。
「お菓子だけだが、お腹が膨れたな」
「ああ」
白は鍵を掛けて、自分のポケットを確認する。
「…………」
そこにあった小さな塊をポケットから取り出し、ラップを剥がして口に含む。
「ラウラ」
「ん?」
不意打ち気味に、白はラウラにキスをした。ラウラは一瞬だけ驚いたが、すぐに受け入れる。
お互いの口の中はお菓子の香りがした。
「……ん」
ラウラの口の中に、舌を伝って何かが入ってきた。コロリとした小さな固い感触。仄かに感じる甘み。
唇を離し、少し視線を外して小さく言った。
「……やっぱり、何かあげたくなってな」
それは、白の手作りの小さな小さな飴玉。
甘過ぎないそれは、ラウラにとっては十分に甘くて。
「……美味しい」
「……なら、良かった」
ラウラは舌の上で飴を軽く転がし、上目遣いで白を見た。
「白も、もう一度味わってみる?」
その意味を理解し、白は頷いた。
「貰おうか」
二人は再び口を合わせる。
飴は溶け切るまで二人の口の中を行き渡る。舌を転がり、交わり合い、溶けていく。
口で甘い味を感じ、鼻でお互いの香りを感じ取り、抱き合ってお互いの体温を感じ取る。飽くことなく、長い時間、言葉も無い部屋の中で、ずっとそうしていた。
飴が完全に溶けた後も、暫く二人が離れることはなかった。
甘い余韻は二人の中に残り続けた。
甘く甘く、白い日に、二人はずっと抱き締め合っていた。
前回で甘さが足りないらしかったので、ちょっと増やしました。え、まだ甘さが足りない?