インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》 作:ひわたり
ありがとうございます
今執筆中のknifemasterが暗い話で、少し明るい話を書きたくて書きました。
こっちじゃ戦闘も少ないのに、向こうじゃ人が簡単に死んでいくので……。
お陰で話の更新が少し遅くて申し訳なかったです。
バレンタインデー
バレンタインデー。
本来、男性から好意のある女性に愛の証として物を送る風習であるが、日本では女性から男性にチョコレートを渡すことが習慣付けられている。最近では義理として渡す義理チョコに限らず、友達同士でも渡す友チョコなどの派生が出来ている。
ISの影響で日本の文化が広まる世界では、日本のバレンタインの風習も世界に認知されていた。
「元々、根本的な話をすればローマ時代に……」
「そんな事まで聞きたくない」
白の説明を途中で千冬が拒絶した。
職員室で仕事をしている時、カレンダーを見て千冬が溜息を吐いていた。何故バレンタインデーなんかあるのかとボヤくと、ちょうど通り掛かった白が無意味に説明をしたが、千冬は知っていると言わんばかりに話を遮った所である。
「そうか。しかし、何故お前がバレンタインなど気にする?」
この学園には男が少ない。
用務員の十蔵と、唯一の男性操縦者である一夏。そして、白の計3名が学園の男性である。仮に義理チョコを含めて渡すとしても、最大でも3個。特に気にする必要がどこにあるのかと首を傾げる。
「一夏に渡すチョコでも悩んでいるのか?」
「いや、そうじゃない」
頭を抱える千冬に、お茶を淹れてきた真耶が少しだけ微笑みを浮かべて代わりに答えた。
「織斑先生は生徒に人気がありますから。毎年、沢山チョコレートを貰うんですよ」
「……女性なのに女生徒から貰うのか」
友人同士なら兎も角、何故女性の教師に女生徒がと、白は疑問符を浮かべた。
「お前はまだ、そういう人間の感情部分を理解できんか」
千冬は憂鬱そうに溜息を吐く。
そんなに嫌なら拒絶すれば良いとは思うが、他人の好意を無碍に出来ないのが千冬である。白もそれを分かっているのでとやかくは言わない。
「どちらにせよ、俺には無関係だな」
白は一人しか貰うつもりはないし、彼女以外からは義理でも拒絶する。拒絶出来るのが、白である。
「ラウラからは貰うんだろ?」
「くれればな」
「ラウラがお前に渡さない筈無いだろ」
「どうかな」
軍にいた頃は白はチョコレートを貰っていない。ドイツだから、ということもあったが、IS部隊故に女性が多いので全員が渡せば迷惑だろうと渡さないことにしていた。何より、白は食に対し微塵も興味がなかったので、渡しても喜ばれないだろうと考えられていた。
「ああ、そう言えばそんなこともあったな」
ドイツ軍の話を聞き、懐かしさに少しだけ目を細めた。
「だが、もう軍でもないし、目出度く夫婦になったんだ。お前の食欲は確かにアレだが、気持ちくらいでもくれるだろうよ」
ラウラは趣味の範囲だがお菓子も作る。一応、レパートリーは多いが、白がそんなに食べる筈もないので、クッキーなど小さくて軽い物が多い。どうしても量が多くなってしまう物は箒達と作ったり、クラスに分けたりもしていた。
「手作りチョコですか。乙女のロマンですね」
真耶が朗らかに笑う。彼女は彼女で男にモテそうではあるが、恋愛経験がどうも無さそうな雰囲気があった。
「手作りチョコね……」
手作りとは銘打っても、市販のチョコを湯煎で溶かし、型を自由に作ってデコレーションしたりアレンジしたりが精々だろう。
「……取り敢えず、一夏の為に、チョコを持ってくるの禁止させるか」
今年のIS学園には唯一の男子生徒の一夏がいる。そして、彼はモテる。バレンタインの学園がどうなるかなど、火を見るよりも明らかだ。
「ああ、そうだな。それが良い。序でに私も助かる」
千冬はチョコ禁止令を即座に肯定した。
当日の学園内へのチョコ持ち込み禁止とプリントを事前に作成する事を決定。流石に寮内まで禁止すると反感を強く買うので、あくまで学校の中という限定を設ける。トントンと話を進めていく白と千冬に対し、真耶が切なげな表情で呟いた。
「夢がないですねぇ……」
大人とは非情である。
「チョコ禁止令か……」
ラウラは配られたプリントを手に呟いた。
「あー、どうしよう。何でチョコ禁止なのよぅ」
専用機のメンバーが集まって顔を合わせていた。鈴のボヤきを皮切りに全員が顔を見合わせる。
「残念なのは確かだけど、一夏のことを考えたら仕方ないよね……」
「禁止しなかったらチョコ地獄ですものね」
「逆に、寮は禁止してないが大丈夫なのだろうか」
箒の疑問に、ラウラがプリントをひらひらとさせながら答えた。
「全面禁止だと反感を買うからな。一夏目的でなくとも友達同士で渡し合うのも多いだろうし。大方、教師でも見張らせるのだろう」
「くっ、こんな時こそ一夏と同じ部屋だったならば……!」
「そうだね……」
かつて一夏と同じ部屋だった箒とシャルロットは悔しさを滲ませる。
そこへ、1人の少女が顔を出した。
「なら、皆……部屋に来れば良いよ」
更織簪。
内気な少女であり、今現在の一夏と同じ部屋の住人。名前の通り楯無の妹であるが、彼女と性格は真反対と言える。
姉への嫉妬や専用機の事で一夏に恨みなどを抱いていたが、一夏の活躍でそれも解消され、今では箒達同様に一夏に惚れる1人である。
「良いのか?」
「うん」
簪も皆が一夏に惚れていることは知っている。それでも、皆の事もちゃんと気に留められる娘であった。
「じゃあ、お言葉に甘えようかな」
「流石は簪ちゃん!良い子だわ!」
どこからかやってきた楯無が天使と書かれた扇子を広げて見せた。流石に恥ずかしいようで、簪は顔を赤くしてアワアワしていた。
楯無の登場にも、他のメンバーは当たり前のように受け流した。白とラウラの影響で割と肝が太くなった彼女らである。
「チョコはどこで作る?」
料理と聞けば、先ず皆の頭に浮かぶのはラウラだ。視線がラウラに集まるが、彼女は首を振って駄目だと言った。
「私は白のチョコ作りで忙しい」
反応は一様に、それはそうだ、と言ったものだった。
ラウラの白に対する愛情の大きさは学園の誰しもが知ることである。市販のチョコを湯煎で溶かして、などと簡単なことはしないだろう。
「何作るの?」
「チョコケーキだ」
「あら、意外とボリュームがあるもの作りますのね」
セシリアが小首を傾げた。
白が美味しい不味いの味覚を知らず、更に少食であるのを箒達は知っている。ケーキを自前で作るならワンホールとなる。例え、ラウラが一緒に食べるにしても消化するには数日かかるだろう。
「ケーキは流石に白だけじゃなく、皆と分けて食べようと思ってる。あと、白にはちょっとした別のチョコを渡すくらいかな」
「そんなんで良いの?」
「それで良いのさ。イベントが好きな奴でもないからな」
それでも白に作るのが楽しみなようで、爛々と目を輝かせていた。折角だから材料くらい皆で買おうと話し合い、日付や段取りを決めた。早速放課後に街へ行こうという話になり、女性らしく華のある話題で盛り上がった。
仕事が早く終わった白は寮へと帰り、ドアを開ける。
「ただいま」
珍しく返事がないことを訝しみつつ中へと入った。机の上にメモ書きが残されており、紙に触れずにそのまま確認する。そこには皆で買い物に出掛けてくるとの旨が記載されていた。
「……ふむ」
手持ち無沙汰となった白はどうするかと首を傾げた。暇を感じない体ではあるが、ここ最近はずっとラウラと過ごしていた為、何か物足りない感じがある。そう感じること自体、自分は変わったのだと今更ながら感じさせられた。
試しに本棚からラウラが読んでいる本を適当に流し読みしてみるが、元々読書家でもない。現実ですら他人に差して興味を持たない彼が本の中の人物に興味を持つ筈もなく、すぐに元へと戻した。
「…………」
白は数秒だけ悩み、部屋を出て鍵を閉め、外へと歩き出した。
向かった先は食堂。
夕飯前ということもあり、食堂の人達は仕込みの準備を行っていた。
「お忙しい所すみません」
「おや、白さん。どうしたんだい?」
「少し相談がありまして……」
夜に学園へと戻ってきたラウラ達。
ラウラは一応、白に何を作るかは秘密にしたいからと箒の部屋に材料を隠してもらうことにした。
「ただいま」
「おかえり」
ラウラが帰ると、既に机の上に料理が準備されていた。
ガスコンロが用意され、上の鍋には適当な大きさで切られた野菜と味の染み込んだ豆腐。そして少量の肉が入っている。すき焼きである。脇にはまだ入れていない肉が避けておいてあった。
「おお、悪いな。夕食を用意してくれたのか」
「また食堂の人に知恵を貸してもらったがな」
白は一度食堂で料理を習ってから、極稀に料理を教えてもらっている。そうしてラウラが忙しい時や、動けない時は代わりに料理を作ることがあった。
料理自体は本を見れば出来ることは出来るが、やはり本職からアドバイスをもらった方が良い物が出来る。
「肉は食べながら入れようと思ってな。煮込み過ぎると固くなる」
「分かった。手を洗ってくるから少しだけ待っててくれ」
ラウラが洗面所へ行くのを見送り、消していたガスコンロのスイッチを入れる。冷め始めていたすき焼きを温め直し始めた。
戻って来たラウラと椅子に座り、残していた肉を入れて温まるのを待つ。出来上がった頃を見計らい、二人で鍋へと手を付けた。
「美味しいぞ、白」
「それは良かった」
しかし、と口の中の物を飲み込んでから言う。
「食堂は忙しそうじゃなかったか?」
「ああ、だから作り方だけ簡単に聞いて帰ってきた」
生徒の間でも話題になっていたが、食堂ではバレンタイン当日に特別メニューが開始される。チョコパフェなど、女性に人気がありそうなチョコ菓子やスイーツを多く仕込んでいた。白も教わった立場なので、少しだけ手伝いをしてから戻った。ちなみに、白の少しだけは普通の人からすれば相当な仕事量だったりする。逆に感謝されたりしていた。
「私は今年渡すつもりだから、食堂で食べるなよ?」
「元より食べるつもりもない」
ご飯とは関係ない間食など、それこそ白にとってはラウラの物以外、食す気は一切持ち得なかった。
「何を作るつもりだ?」
「そこは秘密」
楽しそうにラウラが笑った。
翌日の朝、同じベッドで起きた白とラウラは身支度を済ませて仕事と学業へと勤しむ。
学校ではバレンタインの話で盛り上がっており、どうも寮か学食かで渡し合う話があるようだ。中には一夏にどうやってチョコを渡すか悩んでいる者もいたが、一夏も大量のチョコは貰いたくないので上手く逃げることだろう。学園で大量のチョコを貰わないことに、千冬が若干嬉しそうでもあった。
学園が浮かれた空気の中、放課後の時間となると、ラウラはすぐに寮に戻った。
「はい、ラウラ」
「ありがとう」
「頑張ってな」
「そっちこそ」
箒から材料を貰ったラウラは浮かれた足取りで部屋へと帰っていく。
「しかし……結構な量だったな……」
箒の呟きを聴く者は誰もいなかった。
フリルの付いたピンクのエプロンを装着し、袖を捲って気合いを入れる。ポニーテールを作り、準備が整う。
目の前には沢山の道具と材料が積まれていた。
「さて、作るぞ!」
そしてラウラの戦いが始まる。
「はい、一夏」
「ありがとう皆」
一夏は寮の部屋で専用機メンバーにチョコを受け取った。昨日の内から用意しており、皆で渡すだけなので特に緊張もなかった。ただ、流石に人数が多いので部屋がいっぱいである。
「実は俺もチョコクッキー焼いたんだ」
家では主婦にもなる一夏がそう言ってクッキーを取り出した。
机の上に広げ、皆で摘みつつ話題がラウラへと移る。
「今頃、ラウラはケーキ作ってるんだろうな」
「結構な量買ってましたわよね……」
「なんだかんだ作るのが楽しみだったんでしょ」
「皆で分けるとか言ってたし、後で持ってきてくれるんじゃないかな」
わいのわいのと話していると、何時の間にか夜になる。そのまま晩御飯も一夏が作り、皆で食べ分けた。
「む?」
食べ終わった後に、洗い物くらいはやろうと女性陣でやっていると、携帯が震えた。
見ると、ラウラからの電話だった。
「もしもし」
『ああ、箒。すまん、今は大丈夫か?』
「大丈夫だ。今まで皆で晩御飯を食べていてな。丁度食べ終わった時だ」
『そうか。なら良かった。ケーキを持って行こうと思ったんだが、結構大きいのが出来てしまってな。悪いが食後のデザートで、私達の部屋まで来てくれないか?』
「分かった、良いぞ。じゃあ、また後でな」
電話を切った箒は皆に振り返って電話の内容を伝えた。
「じゃあ、行きましょうか」
「カロリー多いね」
「それは言わない約束ですわシャルロットさん」
「どんなケーキだろうね……」
「そりゃもう、白さんへの愛が詰まったケーキでしょう」
一応、廊下を出て一夏を待ち伏せしている生徒がいないか確認する。教員の見回りが効いているようで、生徒の姿は見当たらない。皆でゾロゾロと移動を開始し、ラウラの部屋の前まできた。ドアをノックする。
ドアが開き、ラウラが姿を見せた。
「おお、待ってたぞ」
中へと招き入れる。
そこで一夏達を待ち受けていたのは
「……何これ」
巨大なケーキであった。
ウェディングケーキくらい大きなチョコケーキがテーブルの上に鎮座していた。
「よう」
もそもそとケーキを口にしながら白が手を挙げた。非常にシュールである。
「ちょっと張り切り過ぎてな」
「ちょっと⁉︎ちょっとどころじゃないでしょう!何よコレ!」
「チョコケーキだが」
「限度があるでしょう!私達でも食べきれないわよ!」
それ程巨大なケーキである。一度はこんなの食べてみたいと夢見ることもあるが、実際目の当たりにすると絶句するしかない。
「まあ、食べきれない分は職員の人達に分けるから、遠慮せずに食ってくれ」
ラウラの愛の大きさを無駄に体感する専用機持ち達だった。
「はい、白」
皆が帰った後、珈琲を淹れて出す。
「ん」
珈琲を一口飲んだ白が、小さく声を出す。苦さの中に、小さな甘味を感じられた。
「一粒だけ、チョコが入ってるんだ」
気付いたかと、ラウラが微笑む。
先程のケーキは皆で分け合った物。
しかし、これは白だけに出された物。
「……成程」
大きさも。
特別性も。
それは全て白に向けられたものだから。
「ラウラ」
白は立ち上がり、引き出しの中からある物を取り出す。
「これは、俺からお前への物だ」
それは、ハート型のチョコだった。
赤い包装だけされた簡単な物だが、白から貰えるのが予想外で、ラウラは目を丸くした。
「……コレ、私に?」
「他に誰が居るんだ」
昨日、白が食堂に行ったのは実はこれが目的だった。
市販の物ではあるが、チョコを湯煎で溶かして型を作り、そして保管させてもらっていた。所謂、サプライズである。ラッピングが赤い包装だけというのが、彼の初めての不器用さを感じさせられた。
「……凄い、嬉しい」
日本では女性から男性に渡すが、外国では男性から女性へと渡す。
重要なのはイベントではなく、それを通じたお互いの想いが大切なのだ。
「ありがとう、白」
ラウラが笑い。
「ありがとう、ラウラ」
白が笑う。
二人は幸せそうに、笑い合った。