インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》 作:ひわたり
舞台にバンド道具が設置される。
ギターはもちろん、ドラムやベースなども置かれた。アンプの調整もあるので少し時間を要する。その間にラウラは泣き止むよう努力していた。
「うぅ……」
白のハンカチでぐしゃぐしゃになった顔を覆う。既にハンカチがびしょびしょになるくらい涙や鼻水を流していた。
何度か持ち直そうとしたが、先程の白の歌を思い出して、また涙腺を崩壊させるのを繰り返していた。
「大丈夫?ラウラ」
シャルロットがラウラの頭を撫でて宥める。鈴がジト目で白を睨む。
「ちょっと白、どうするのよ」
「いや、泣かせるつもりは無かったんだが……」
白はラウラに感謝と愛を込めただけで、それ以外には何も考えていなかった。聴いて喜んでくれれば良いか、くらいの軽い気持ちだったのだが、予想以上に感極まった様子に若干戸惑っている。
悲しみで泣いているならまだ何とか止めようもあるが、嬉しくて泣いてる場合はどう対処すべきなのか。
「白さんはもっと感情について学ぶべきですね」
「そうだな……」
楯無の言葉に重く頷く。
自分が色々な意味で未熟というのはここ最近痛感していることである。普通の事をするには、白はまだまだ学ぶべきことが多い。
「すまん。もうちょっとで……」
ラウラは何とか涙を止めようと必死になっている。ちなみに、片手ではずっと白の手を握っていた。
ラウラからすれば、白と出会ったことや、教えられてきた様々なこと。そして、好きになり愛を自覚した事や、白と想いを分かち合ったこと。白を失いかけた時や再び一緒になれた時。
その時々の感情と思い出が一気に押し寄せてきた為、自分でも制御仕切れずにいる。
「……ラウラ抜きでやる?」
「誰が歌うんだ?」
「うーん、やりたい人は」
「大勢の前で演説なら兎も角、歌は嫌よ」
「僕もちょっと……」
「じゃあ、私かな」
楯無とシャルロットは遠慮する意見を出すが、鈴は構わないと了承する。こういう所はさっぱりとした彼女らしい。
「むぅ、待て。行けるから」
涙声でラウラが意見する。
「無理しなくて良いわよ?」
「いや」
ラウラは最後の涙を吹き上げ、顔を上げた。
「やらせてくれ」
その言葉に、全員が顔を見合わせる。皆、笑顔で笑った。
「じゃあ、お願いするわ」
「ミスしてもお姉さんがカバーするから任せなさい」
「じゃ、行こうか」
ラウラが立ち上がり、白を見上げる。
「行ってくる」
「いってらっしゃい」
ラウラ達が舞台へと進み出る。その背中を白達が見送った。
ふと、白は思った。
いつも白はラウラにいってらっしゃいと見送られ、おかえりなさいと迎え入れてくれる。普段の生活でも、仕事がある白が先に出て、帰りが遅いのももちろん白だ。白が見送ることは、まず無い。
意識的にラウラを見送るのは、これで二度目だ。最初は臨海学校の時に、皆と一緒に行くラウラを見送った。自信を囮とした、あの時以来だ。
「……………」
あの時から、まだ少しの時しか経っていない。それでも、色々な変化がらあった。
自分もラウラも随分と変わった。
あの時見送ったのは、自分の死を厭わない時であった。
だが、今の気持ちを持っているからこそ、分かることがある。
「……成程」
いってらっしゃいと笑い、おかえりなさいと微笑む。
白は初めて、見送る側の気持ちを持った。
「これは、悪くない」
ラウラの気持ちを一つ、理解した。
「こんにちはー!皆さん!」
鈴が舞台から声を出す。
「少ないですが、専用機持ちの集まりで演奏しますので、楽しんでください!」
正確に言えばラウラはもう専用機持ちではなくなるのだが、細かい事は良いだろう。
ラウラ達のライブが始まった。
曲は昔から有名なアメリカの曲で、全世界で人気のある誰でも知っている曲だった。
ギターが楯無。ベースがシャルロットで、ドラムが鈴。そしてボーカルがラウラ。
先程まで泣いていたので若干目が赤いが、それでもラウラは格好良く歌っていた。たまに誰かが音を外しても、笑って許して誤魔化していた。上手く歌う事が目的ではなく、楽しく歌い切ることが目的なのだから、これで充分だった。これぐらい外れて滅茶苦茶な方が、ある意味祭りらしかった。
一夏と箒とセシリアもリズムに乗りながら笑顔で居た。
白はラウラを見ていると、一瞬目が合う。
ラウラがウィンクし、白が手を上げて応える。
白はもう、昔のような疎外感を感じることはなかった。自分はちゃんとここにいて、皆と居るのだと、そう実感出来た。
歌が終わり、拍手が木霊する。
舞台にいた四人が頭を下げて、舞台袖へと戻ってくる。
「……ん?」
ラウラだけ、その場にジッと残っていた。
他の三人は先程の白の事があったので、何かする気なのだろうと察し、敢えて何も言わずにそのまま下がった。
スポットライトがラウラだけを照らし出す。
「…………」
会場が少しざわめき、それが落ち着き始めた頃、ラウラが顔を上げる。
「先程の彼は、私にこの場でメッセージを送ってくれました。だから、私もここで返したいと思います」
おお、と会場内の人達が驚く。箒達も、あの恥ずかしがり屋なラウラがと、驚きを持った。
「…………」
白は黙ったまま、ラウラの言葉に耳を傾けた。
「私は彼のように即興で歌を作ることも出来ません。なので、真っ直ぐ言葉で伝えます」
ラウラが大きく息を吸う。
「私は、貴方に会えて良かった。貴方と一緒にいられて良かった。貴方の側にいられて良かった。貴方を……」
声が、震える。
「貴方を救えて、良かった……」
本当に、本当に良かった。
あの闇の底から、光のある場所へと連れてこれたのだと。
ちゃんとこの手を握っていられたのだと。
生きているのだと。
幸せなのだと。
それが出来たから。
そう、思ってくれたから。
「貴方に救われて、良かった」
心から、そう思う。
「ありがとう」
ラウラは、一筋の涙を流した。
「愛してる」
そう言って、真っ直ぐに笑うラウラは、とても綺麗だった。
「…………」
ラウラは涙を拭うと、誤魔化すように大きな声で叫んだ。
「だから!彼は私のもので、私は彼のものだ!彼に色目使っても無駄だからな!以上!!」
ラウラはダッシュで舞台から逃げて、そのままの勢いで白に抱き着いた。白はそれを当たり前に受け止めた。
「無理しなくても良かったのに」
白がポンポンとラウラの頭を叩く。
「……白が示してくれたんだ。私も返したかった」
ラウラはされるがまま、抱き着いたまま離さない。会場内では、拍手や笑い声が響き、野次が飛び交っていた。
「それで、楯無。時間稼ぎは終わったか?」
「ええ、充分です。ありがとうございます。あと、ご馳走様」
楯無はやや呆れ気味に笑いながら感謝した。
「じゃあ、折角だから着替えちゃいましょうか」
一夏達は劇の衣装のままで、白とラウラは執事とメイド衣装のままである。白とラウラは兎も角、一夏達は動き難いので、好い加減着替えたかった。
「もう、宣伝は良いのか?」
一応、この服は宣伝の意味を込めて着ている。脱いでしまってもいいのかと、白は疑問を擡げた。
「一夏と白さんのおかげで充分宣伝したし、良いんじゃないですか。それにもう、一夏と白さんは働かないから執事はいないですし」
箒の言葉に、確かにと頷く。
じゃあ着替えるかと、ゾロゾロと皆で更衣室へと向かっていった。
ここから更衣室まではそんなに距離がないのだが、劇をやっていた事や白とラウラの事もあり、途中で色んな生徒に声を掛けられた。
やっと着いた更衣室の前で男女で別れ、一夏と白はロッカーを開けた。
「…………」
白が固まる。
「どうしましたか?」
そう言って振り返る一夏に、白はデコピンをかました。凄い衝撃に一夏が額を抑えて悶絶する。
「いてええええ!これいてええええええ!!何これデコピンなのにやべえ!!」
「大袈裟だな」
「大袈裟じゃないですよ!」
涙目で抗議する一夏に、白は半眼で睨み付けた。
「で、これ、お前がやったのか?」
「………そうですよ」
一夏は額を抑えながら、口元を緩めた。誤魔化すことを、彼はしなかった。
「成程。金を掛けるわけだ」
白は溜息を吐いて、少しだけ微笑んだ。ラウラの方はもっと騒がしくなっているに違いないと、大方の予想をつける。
「時間稼ぎは会場のセッティングということか?」
「さあ、そこは本当にイベントのトラブルがあったんじゃないですか?」
「どちらにしろ、執事服に着替えさせた時には計画通りだったわけだ。やってくれたな。千冬なら、馬鹿者とか言ってそうだ」
「寧ろノリノリでしたよ」
「そこまでして俺に一杯食わせたかったのか、あいつ」
まんまとやられたがな、と小さく呟いた。
一夏は制服に着替え、白はロッカーにあった服に着替える。
「似合うか?」
「最高に格好良いですよ」
「じゃあ、行こうか」
白がクールに笑って見せた。
その身に白いタキシードを身に付けて。
放送の電源が入り、声が学園中に響く。
『学園の皆様。中庭にて、間も無く学園祭最大イベント』
一瞬の間。
『白さんとラウラさんの結婚式を開催します!』
次回、最終回