インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》   作:ひわたり

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ありがとう

白とラウラはのんびりと学園祭を見て回った。

質は違うが、こうしていると縁日の出来事を思い出す。白とラウラは学園内では結構有名なので、よく写真を求められた。

「先生!握手してください!」

「ああ、まだその渾名消えてないんだな……」

ラウラは夏休み前に恋愛相談を受けていたことを思い出して苦笑いした。

「そろそろ劇を観に行こう」

「そうだな」

そんな事をしていれば意外と時間を食ってしまい、劇の始まる時間となる。

薄暗い会場の中では、既に多くの席が埋まっていた。一夏の名前はやはり色々な人物の興味を引くようで、男女問わず多くの人数が占めている。ラウラと白は後ろ側の空いている席へと座った。

幕が上がる。

劇自体は一夏が王子役で、ヒロインが箒。内容も一応ありきたりのものだったのだが、専用機持ち達が途中で演技を忘れて色々と無茶やら何やらやらかし始め、殆どアドリブのみで進んでいた。全員がドレスを着ているので、誰が本当のヒロインか分からない状態である。

「というか、何故全員分のドレスがあるのだ」

「巫山戯た結果だろうな」

あるいは、直前まで劇のヒロインを争っていたのか。それにしても、全員分の衣装を揃えているのは完全に悪ノリだ。観客は観客で学生のノリを楽しんでいるようである。

「ねぇ、二人共」

そうしていると、後ろからコソコソと楯無がやってきた。他の人の迷惑にならないよう、小声で話し掛けてくる。

「楽器弾ける?」

唐突な質問に、白とラウラは顔を見合わせた。

「俺は少し触らせてもらえれば出来る。一応、過去に一通りの楽器は触った事があるぞ」

白なら、一度弾けばどんな楽器も使いこなすことが出来る。もちろん、プロのように感情や臨場感を音に表すことは出来ないだろうが、其の場凌ぎの技術くらいなら簡単に行える体だ。

「私は無理だ」

「じゃ、歌は?」

「………歌えと?」

「貴方さえよければ、ね。強制はしないわ」

「ラウラは歌上手いぞ」

「え、私カラオケ下手だったろ?」

「いや、充分いける」

軍にいた頃に、余興としてラウラが歌ったことがあるが、なかなか綺麗な声だったと記憶している。無論、当時は澄んだ声だった、という感想しか無かったが。また、カラオケの時は素直にうまいと思えた。

そうかなぁ、とラウラは少し不安顔である。

「そもそも、何があった?」

「ちょっとトラブルがあってね。少しでも時間稼ぎが欲しいのよ。一夏くん達のアドリブで大分消費出来たけど、流石にもう終わりそうだし」

「何だ、あれは意図的にやっていたのか」

「ううん。事情は知らないから、アレは勝手にやらかしてるだけよ」

「…………」

それで良いのか。

「……まあ、良い。適当なパフォーマンスが必要なわけだな」

「ええ、道具も限られるわ。ライブにするなら、協力出来るのはシャルロットさんと鈴さんくらいかしらね」

「いけるか?」

即興でやるにしても、知っている曲を合わせなければならない。だからこそ見知った者を選んだのだろうが、それでも結構限界は目に見えている。

「だから取り敢えず、白さんにソロで何かしてお願いしたいのだけれど、宜しいかしら?」

「拒否したらどうなる?」

「一夏くんのワンマンショーが始まるわ。男性操縦者だけでネタになるし」

酷い光景になりそうなのが瞼の裏に浮かぶ。ある意味、それはそれで見てみたい。

「分かったよ。適当に何か弾けば良いんだな」

もうすぐ一夏達の劇も終わりそうだ。舞台にあって、一人でも違和感のないもの。すぐに使えそうなのは脇に退けているだけのピアノかと、白は判断する。

「じゃあ、俺が歌っている間に決めておけよ」

「え、白、歌うのか?」

ラウラが驚いて尋ねる。楯無も楽器を弾くだけかと思っていたので、その表情に驚きを見せていた。

「時間稼ぎは有難いけど……。歌は大丈夫なの?」

「ピアノ演奏のみでは学園祭とは空気が違うだろう。最も、歌で盛り上がる保証もないから、一曲のみしかやらん。それまでには頼むぞ」

白とラウラ、楯無は舞台袖へ移動する。

観客席と舞台から外れたこの場所は、独特の空気と緊張感が中にある。成功させるための裏方の努力を肌で感じる場所だった。

そのまま劇を終えて戻ってきた一夏達に、楯無が説明する。その間に舞台道具は撤去され、ピアノの設置が始まった。

一夏、箒は楽器を使ったことがなく、歌の経験も無いので除外。セシリアはオーケストラ関係のみの楽器なら触れているようで、鈴とシャルロットはある程度楽器を触った事があるらしい。その部分を含めて話し合いが開始された。

「白さん、クラシック関係でしたら、私がお手伝い出来ますけれど」

ヴァイオリンなども弾けるセシリアが提案するが、白が首を振る。

「いや、俺一人で良い」

ピアノソロなら曲も自由に選べる。二人で打ち合わせをしている時間はない。

「……ふむ」

もしかしたら感情を乗せられるかと、序でに一つ試す事にした。

白は臆する事なく舞台へと姿を現す。

「あの肝の据わりっぷりは大したものだよな」

直前まで緊張していた一夏が羨ましそうに呟いた。

ライトが白を照らす。学園の生徒達は白だと分かるが、一般人は何故一夏以外の男がいるのかと疑問を浮かべた。執事服を着ていることで、会場のあちこちから黄色い悲鳴が上がっている。

「こんにちは。IS学園へようこそおいでくださいました」

白が相変わらずの無表情のままマイクで呼び掛ける。

ラウラ達は見て聴きたい衝動に駆られたが、そんなことをしている暇はないと、直ぐに曲を決める為に熱を入れる。

「私は縁あってIS学園の用務員を勤めている者です。学園内にいる数少ない男としてこの場に引っ張り出されてきました。休憩時間、とでも思ってくだされば結構です。少しの間だけ、お付き合い願います」

それを聴いていた楯無が呟く。

「誤魔化しが上手いわね」

「私がああ言えと言いました。嘘も吐けない人なので、前口上無しにやる可能性もありましたし」

「グッジョブ、ラウラ」

ラウラの答えに良くやったと一同が頷く。

「さて……」

白が一瞬ラウラを見た。

「私には一人、愛する女性がいます」

「ぶふっ⁉︎」

これは完全なアドリブである。唐突な舞台でのカミングアウトに、ラウラが吹き出す。

「私がこれから歌うのは、その女性へ捧げる為のものです。この想いも、意味も、全てその女性の為に歌います。故に、皆様はただ聴いてくだされば結構です」

白は言うだけ言うと、ピアノの椅子に座った。ラウラは真っ赤に顔を染めながら、蹲ってプルプル震えている。

「あれも言えって言ったの?」

「んなわけあるか!」

会場に届かないように小声で叫ぶ。

「ラウラ、私達が演奏するのこの曲で良い?」

「ああ、うん、それで良い……」

力無く頷くラウラ。

「良かった、早目に決められて。これで、存分に白さんの歌を楽しめるわね?」

「⁉︎」

勢い良く振り返ればニヤニヤと笑う箒達がいた。嵌められたと気付くには遅かった。だが、歌を聴いてみたいというのも本音なので、複雑な気分のままラウラはジト目で箒達を睨んだ。

「ほらほら、白さんの歌が始まるよ」

「練習は……」

「もう即興で良いわよ。学園祭なんだし。それより、聴きましょう」

照明ライトが白を照らし出す。

静かな空間の中、白の指が動く。

柔らかくも力強い旋律が奏でられた。

「……これは」

セシリアが目を見張った。

聴いたこともない曲だが、セシリアが驚いたのはそこではない。拙くはあるが、その音には確かに感情がある。機械的に奏でられているわけではない。楽器で感情を、彼は確かに見せていた。

沢山の曲を聴いて、耳が肥えているセシリアだからこそ分かることだった。

「…………」

白が歌い始める。

普段の彼からは想像も出来ない程、柔らかく優しい声。

ラウラが聴き慣れた、ラウラにだけ見せている白の顔。

ある者は綺麗な声に耳を澄まし、ある者は感情を示す白に見惚れ、ある者は技術に感嘆する。

だが、聴いたこともない歌だと、歌詞に皆興味を惹かれていた。

その歌は、白がこの世界に落ちてから今までの事を歌詞としていた。

それに気付けたのは、ずっと白の側に居続けたラウラだけだった。

白は自身の事を言葉にし、表していた。歌という影に隠しながら、その心の内を、その感情を赤裸々に語っている。その本当の意味に気付けるのはラウラだけで、まさしく、ラウラにだけ向けられた歌であった。

言葉の裏の意味を、彼女だけが、理解した。

「…………」

何もなかった。

君と出会って。

君に支えられて。

人として意識して。

逃げようとした自分を追いかけて来てくれて。

ただ、側に居てくれた。

だから、感情を持つことができた。

だから、立ち上がれた。

だから、生き直す事が出来た。

君を、愛する事が出来た。

ありがとう。

幸せだ。

君と会えて。

「ありがとう」

演奏が、終わる。

ラウラ。

心の底から、愛している。

ありがとう。

……俺は

「産まれてきて、良かった」

心から、そう思うよ。

会場を拍手が包み込んだ。白の技術に、歌声に、惜しみのない歓声が贈られる。

「凄い上手かったな!」

一夏も驚きながらも感動して拍手していた。箒達も同じように拍手している。

「流石、白さん。完璧だな」

「予想以上ね」

「いやぁ、これの後にやるの嫌だわ」

「感動しましたわ!」

そこで、シャルロットがラウラの異変に気付いた。

「……ラウラ?どうしたの?」

ラウラは泣いていた。

両手で顔を覆い隠して、それでも溢れる涙が指の隙間から零れ落ちていく。声にならない声で、静かに泣いていた。

尋常でない様子に、箒達も心配して声を掛ける。

「どうした?どこか痛むのか?」

「違、う……」

ラウラは静かに首を振り、震えを隠し切れない声で言った。

「ただ……私は……」

辛かったのに。苦痛しかなかったのに。ずっとずっと一人で闇の中に居たのに。

それでも、良かったと言ってくれた。

「……白」

……私に会えた。それだけで、産まれてきて良かったと、そう言ってくれた。

「ラウラ」

目の前から白の声が響く。演奏を終えて戻ってきた白が、ラウラの前に立った。

ラウラは顔を上げずに、白に抱き着く。

言葉に出せない想いを、少しでも伝わるようにと、強く強く抱き締めた。

白は、ラウラを優しく受け止める。

「ありがとう、ラウラ」

「ありがとう……白」

二人は、二人だからこそ、ありがとうと笑い合うことが出来た。


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