インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》 作:ひわたり
学園祭前夜。
「将来についてどう思う?」
唐突なラウラの質問に、はてと白は首を傾げた。
ラウラと白は既に風呂に入り、今日一日の汚れを落としている。白は何の飾り気も無い白い寝巻を着ていて、ラウラは淡い緑色をしたワンピース型の寝巻を着用している。
「何だ突然」
濡れているラウラの髪をタオルで挟むように丁寧に水分を取りながら聞き返した。
「今日、クラスの子に白と将来はどうなのかー、と聞かれてな。勝手に向こうが色々騒いでいただけに終わったが、具体的な将来を考えた事が無いと思ってな」
それこそ、漠然と結婚する事や、一緒に暮らす事くらいしか頭に無かった。
「白は考えた事があるのかと思って聞いてみたんだ」
「俺が考えた事があると思うか?」
「無いと思う」
「正解だ」
昔は二重人格を出さない為に生きていて、感情を殺し続けて未来など思い描くこともない。この世界に落ちてからは生死の理由を探し求めていただけで、自分の未来など想像もしたことがない。そんな人生を歩んで来た白が、当然未来を考えるている筈もなかった。
無論、それはラウラも充分に承知している。
「うむ、というわけで、少しくらい現実的な考えをしてみようではないか」
こんな感じと腕を使って適当に形を作るラウラの横顔はとても楽しげだった。
「家賃がいくらのマンションとか、一戸建だといくらとかか?」
「おおう、金の話を聞くと確かに現実味が増すな……」
「だが、実際に買える金はある」
白の言う通り、貯金はそれ程溜まっていた。
軍にいた頃、金を使う機会と言えば、精々カモフラージュ用に食事を取ることくらいだった。服など買わなかったし、娯楽商品も同じだ。他の軍人が嵌り勝ちなギャンブルや煙草、酒などとも無縁だった。おまけに、特殊部隊で給料も高く貰っていた。それを約十年も続けていれば、知らない内にかなりの額が積み重なっていた。
白がラウラに金管理を任せた時、ラウラが一瞬目を疑ったくらいである。
「確かに買うことはできるけど……。どこに暮らすとか、何をしたいとか、夢のある方向に話を向けよう」
ラウラの提案に、白は天井を見上げて軽く唸った。
「夢ねえ……」
何がしたいと言われれば何もないし、住みたい場所も特に無い。
自分が求める物は何かと問われるのは、白にとっては未だ難しい事だった。
「じゃあ、日本とドイツだとどっちに住みたい?」
ラウラは二択を選択させた。
「……日本かな」
この世界ではISの影響で日本が世界の中心のようなものになっている。それに、普通の生活を始めたスタート地点と考えれば、この地が良いとも思えた。
「なら、仕事はIS学園の用務員を続けるのか?」
「その辺りは何とも言えんな」
だが、普通の職を務められるとも思っていない。働けばかなり優秀な成績を納められるが、その働くまでが白には困難であろう。それなら、事情を知っている者が居るIS学園の用務員のままでいた方が良いかもしれない。
「ラウラはどうするんだ?働くのか?」
「専業主婦が良い」
ラウラの身体能力を考えれば勿体無い話である。
「起きて、ご飯を作って、白を見送って。そして家を掃除したり、買い物したりしながら、白の帰りを待つ。そして、白におかえりと迎える」
……私はそれが良い。
「私は、そうありたい」
「……成程」
白が仕事に行き、ラウラが家事をして過ごす。あるいは、ある程度お金を貯めて喧騒のない静かな場所で二人でのんびり過ごすのも良いだろう。
それをそのまま白が口にすると、ラウラは白にもたれかかるように体を預けた。
「それも魅力的だな」
どんな事にも、それなりの用意と苦労と経験が必要になる。それでも、それを楽しんで生きていくことはできる。二人なら、それで良い。二人だから、乗り越えていける。
「静かな暮らしか。良いかもな」
ラウラは白に振り返り、微笑みかける。
「私より、白に良いと思う」
「何故、俺にとって良いんだ?」
「だって、白はずっと頑張ってきたじゃないか」
ラウラは体を白に向かい合わせ、白の頭をそっと抱いた。大人しく抱かれた白は、ラウラの鼓動を感じた。
「ずっとずっと、頑張ってきたから」
ずっと我慢して。
ずっと心を殺して。
ずっと一人で居て。
ずっと、耐えてきた。
「だからもう、休んでも良いじゃないか」
「…………」
白は人形だった。
ラウラに出会い、時を経て、人としての基盤を得た。
そして、人としての生まれ直し、感情を生き返らせた。
「白はもう、白として生きていいんだから」
自由に考えて。
好きに動いて。
自分の意思を作り上げて。
「ああ……」
もう、何かに縛られる事はない。
「俺はまだ、どうしたいのか、どう生きたいのか分からないけど」
だけど
「お前と一緒に居たいよ、ラウラ」
それだけは、何があっても変わらない。
それが、白の意思だから。
「うん。私は、ずっと一緒に居る」
まだ将来なんて分かりはしないけど。
それでも、二人は一緒居る。
暫くして、電気を消し、同じベッドで眠る。一人用のベッドなので狭くはあるが、それにも構わずに一緒に横になっていた。
「そういえば、ラウラ」
「ん?」
「どうも生徒会が……というか、楯無と千冬が学園祭で俺に対して何かしら行おうとしているようなんだが、何か知ってるか?」
「あの募金のやつか?私も知らん。募金しようとしたら拒否されて、その後理由を聞こうとしたら逃げられた」
「そうか。まあ、当然か」
ラウラが知れば、必然的に白にも知られることになる。ラウラにも黙っているのは当たり前だ。白とラウラがいなかったのはドイツに行っていた時だから、その間に色々と動いたことは推察出来る。
「何を企んでるんだかな」
「さあ……。でも、職員の方々も許可しているなら、そこまで危険な事じゃないだろう」
「下らないことでラウラとの時間潰されたら、どうなるか分からんぞ?」
「学園祭だから穏やかにな……」
子供のような我儘に、ラウラは笑いながら白に寄り添った。
「そういえば、私はクラスのメイド喫茶の手伝いもあるが、良いのか?」
以前、白がラウラのメイド姿を他の人間に見られることを嫌がったのを思い出して問い掛ける。
「それこそ学園祭だから仕方ないだろ」
学園祭の許可は主に白が出している。生徒会は白不在時を狙ったが、他の申請は全て白が通した。
ちなみに、その申請書を前にした時の白は夏休みのメイド喫茶の時同様、物凄く嫌そうな顔をしていた。千冬を含め、その表情を見た教職員達は全員驚いていた。わけを聞いた瞬間、呆れ顔に変わったのは言うまでもない。
外来者も来るとは言え、大半はIS学園の生徒だ。学園祭というイベントの席でもある。白は自分を抑えて許可を出した。
「何なら、俺もまた女装して出てみるか?」
「やめろ」
白の女装は色んな意味で周りのダメージが大きい。恐らく多くの学生が女としてのプライドが壊され、それ以上の学生が白に目を奪われること必須だろう。そうなると、ラウラも気が気ではない。
「駄目なのか?」
「お前が私のメイド姿を他の奴に見せたくないのと似て非なるものだな」
「……成程」
納得したような納得していないような、曖昧な返事をする白。
「仕事が終わったら、学園祭を回ろうな、白」
白としては乗り気だが、一応友人関係を心配して問いた。
「箒達は良いのか?」
「箒達はその後、劇にも参加する」
「あいつらが演技出来るとはとても思えんが……」
未熟だったとは言え、男のフリをしていたシャルロットならまだ分かるが、他の専用機持ちは想像出来ない。
「王子役は一夏だぞ」
「ある意味で演じる必要がないのか」
どうなることか。ある意味怖いもの見たさはある。
「白」
「ん?」
「先も大事だが、今は今で楽しもうな」
ラウラの笑顔。
本当に楽しそうな笑顔に、白はラウラに額をくっつけた。
「ああ」
もう、白は自然と笑うことが出来ていた。
白は、純粋に笑った。