インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》   作:ひわたり

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番外編5章 幸福の日々
進む悪巧み


学園が再開して、学生達は直ぐに学園祭の話題で持ちきりとなった。

クラスで何を行うのか。部活動で何をするのか。

学園祭ということもあり、外部者も学園内に入ることができる。前までは一番の不安要素だった亡国機業は消滅したものの、まだ一夏を狙う輩が居るとも知れない。ただ、一夏も充分強くなったし、他の代表候補生達も一夏の側にいるだろう。更織の暗部の護衛も付いている。何かあったとしても、解決出来ると考えて良い。

その他に大事なのはISが外部に持ち出されない処置と、生徒達の安全だ。

生徒達が楽しみに控える一方で、教師達や白は対策に追われていた。

「お疲れ様」

仕事を終えた白が部屋へ帰ると、料理を作っていたラウラが出迎えた。白いエプロンを身に付け、前に白から貰ったシュシュで髪を纏めている。

「ああ、ただいま」

ラウラは学生だが、軍人だった身だ。学生として楽しむ一方で、裏の大変さも良く知っている。

「と言っても、俺は特に疲れていないけどな」

「相変わらずだな」

ラウラは火を止めて白の上着を預かり、ハンガーに掛けて干す。

その後ろ姿を見ながら、白は先日の事を思い返した。頭にある場面は、電話するラウラ。

ラウラは軍人を辞めた。

夏休みの終わり頃、正式にその受理が下された。

まだ通知書は届いていないが、電話での報告が先に来たのだ。今度ISも返却することになるだろう。電話中、ラウラは表情一つ変えなかった。

白はラウラが戦うことがなくなったことに安堵していたが、一方でこれで良かったのかと少し不安に思っていた。

「……なぁ、ラウラ」

「ん?」

「本当に、軍を辞めて後悔していないか?」

この質問は二度目だ。夏休みに軍に帰った時に、一度ラウラに聞いている。ラウラの覚悟は知っているが、それでも、本当に良いのかと思ってしまう。

「…………」

ラウラは白の目の前までやってくると

「えい」

白の鼻を摘んだ。

「…………」

何をすると見下ろすと、ラウラは悪戯っ子のように笑っていた。

「えへへ、新しい発見だな。白は意外と心配性だ」

「……そうかな」

鼻が摘まれているので、少し変な声が出た。

「良いんだよ、白。私の選択だ。確かにお金はあれば困らないが、結構貯金もある。なら、働くより、白の帰りを待っていたい。そっちの方が、私は幸せだからな」

「軍にも、お前の居場所はあっただろうに」

「確かに、長年居た場所だ。後悔がないとは言わない。だけど、その居場所より、白の側に長く居たい。それだけの話だよ」

「……そうか」

白はそれ以上言うのは止めた。

ラウラが自身の選択で決定したことで、もう心に定めたことだ。元々、反対するつもりでもない。

「…………ん」

だから、白はラウラを抱き締めた。

自分を選んでくれた感謝を込めて抱擁した。

「……料理が冷めてしまうぞ?」

「もう少しだけ、このままで居たい」

「そうか。……私も、もう少しこのままで良い」

そこから暫く二人が離れることはなかった。

 

 

 

同時刻。

千冬が地下室へと訪れていた。

「おい、異常者共」

「おー、ちーちゃん」

「来て早々酷い言い草だね」

束は体全体で歓迎の意を示し、青年は千冬の毒舌に苦笑いした。

「学園のセキュリティは全て任せているからな。それの確認に来た」

「お疲れ様。問題は無いよ。武器の類が持ち込まれたら一発で分かるさ」

「私と彼で確認したから穴は無いと思うよ」

「まあ、お前らなら大丈夫と思ってるが」

世界を掌握し、最高技術を誇る二人に敵うものなどいる筈がない。今のIS学園はどんな場所よりも強固な防御壁を持っているに等しいだろう。

「いっその事、怪しい組織全部潰しちゃえば良いのに」

「それは駄目だってば」

束の愚痴に異を唱える青年。

束は好き勝手動いていたから世界の全容を把握していないが、全ての動向を見続けて来た青年は実感していた。

この世は善悪があるからこそ回ることが出来るのだ。どちらか一方のみが残っても世界は破綻する。この世には善も悪も必要であると、青年は理解していた。

誰も争わない世界平和などある筈がない。人が人である限り、そこには必ずと諍いが生まれる。世界平和という理想は、あくまで理想であるからこそ美しい。

「それで、本題に入る」

「ありゃ?今のが本題じゃないの?」

「お前らがセキュリティなら心配していないと言っただろう。学園の様子を見て気付いているとは思うが、あの計画だ」

「計画て、学園の催しの一つじゃないか」

「計画だ」

「何故拘る……」

青年の言葉に頑なに計画と言い張る千冬。

彼女にしてみれば、これは白を驚かせる策であり、その為の計画なのだ。

「手伝えとは言わないが、何かする気なら一言私に断りを入れろ。何か勝手にされては敵わん」

「いやまあ、別に構わないけれど。本当に当日まで秘密にするつもりかかい?」

「当たり前だ」

「当日でちゃんと計画通りに進むのかが一番怪しいと思うけどねぇ……。本当に白くんを捕まえられるのかも分からないし」

「大丈夫だ」

やけに自信満々な千冬に、青年は頭を傾げた。

「何故そう言えるんだい?」

「学園祭の日は奴は自由にして良いと言ってある。ならば、必ずラウラとデートをするだろう。……クソが」

「もう素直に喜んであげなよ大人気ない……」

「そうだよ、ちーちゃん」

青年だけでなく、束まで本気で悔しがる千冬を宥める。束の発言に千冬は顔を上げた。

「束、何だその余裕は。まさか貴様誰かと……⁉︎」

千冬か束の両肩を掴む。ギリギリと篭った力に束も冷や汗を全身にかいた。

「いたたたたたた!違うよ、ちーちゃん!いないし!そういうの興味ないし!だから別に何とも思ってないだけだし!」

必死に弁明する束の横で、青年が腕を組んで呆れたように言った。

「いやー、僕はそろそろそういうの考えても良いと思うよ。というか、興味持とうよ。千冬くんは焦り過ぎな気がするけどね」

束の肩を離した千冬ががっくりと項垂れる。呟くような本気の言葉をポツポツと零した。

「だって周りの人達や昔の友人が結婚しましたとか報告が来るし、最近肌がそろそろ危ない気がするし……!」

「切実だ……」

肌云々は男の青年には預かり知らぬ所だが、なかなかリアルな話である。

「まあまあ、白くんだって君と同い歳?近い歳?なんだから、大丈夫だよ」

「だから不安なんですよ」

「うん、真顔で近付かないでくれ。怖いから」

その後、何故か千冬の愚痴を聞かされる青年と束であった。

 

 

 

「募金お願いしまーす」

ある日。

白が廊下を歩いていると、本音が廊下をフラフラしながら募金活動を行っていた。何故こんな所でと首を傾げて箱を見てみるが、何の募金かは箱に書かれていない。

「本音。何をしている?」

「あ、白さんこんにちは」

ぺこりと頭を下げる。いつもと変わらぬ笑顔を浮かべていた。

「見ての通り募金ですよー」

「何の募金だ?」

「学園祭の生徒会活動援助募金」

本音が生徒会なのは知っているが、何故生徒会が募金をと更に不思議に思う。学園の金を管理している所が自分の場所を管理できてない筈がない。

「内容は言えないんですけど、全生徒を使ったイベントですからー。流石にお金がいくらあっても足りないので、少しだけ援助をお願いしてるんですー」

「ほう」

「あ、白さんは大丈夫ですよ。既に教員方、という扱いでまとめて貰っているのでー」

間延びした声でそう断る本音。

そうかと、白は金を出そうとした手を止める。しかし、全生徒を巻き込むとはどういう内容なのだろうか。どうせ楯無の事だから碌な事ではないと思うが、千冬まで絡んでくるとなるとどうなることか。

「お菓子をやるから教えてくれないか?」

「…………」

本音が固まる。

白は白で、まさかこれで釣れるとも思っていなかったので、逆に困惑していた。

「本音?」

「……………………む、無理ですー!」

長い間を置いて本音が全力で逃げ出した。相当な葛藤があったようである。気の所為か涙も見えたような感じもするが、そこはスルーした。

「逃げ出す程か……?」

「何したんだお前」

丁度教室から出てきたマドカに白い目で見られる。

「いや、生徒会の学園祭活動内容を聞こうとしただけだ」

「それで逃げるか?」

「お菓子で釣ろうとした」

「鬼畜だなお前……!」

いきなり批難レベルが上がった。

「いや、そんなにか?」

「あいつほど菓子に命を掛けてる女はいない」

「それはそれでどうなんだ」

柄にもなく他人の食事事情を気にしてしまう白だった。

「ところで、お前は内容を知ってるのか?」

「ああ、一応な」

マドカはそう答えるが、教える気はないようである。白もそこまでしつこく聞こうとは思わなかった。

「ま、特に問題はないから安心しろ。精々、今みたいに金が少々物入りになるだけさ」

「金が動くのが安心していいことかは分からないが、危険がないなら良いとしよう」

白とマドカは一度戦った仲ではあるが、お互いの性格が性格であるので、後に引くことなく普通に話すようになっている。マドカからすれば、もう一度戦えと言われたら御免被ると言って全力で逃げるだろうが。

「じゃあ、またな」

「ああ」

二人はそれぞれ反対の方向に別れた。ある程度離れた距離でマドカが足を止め、白の背中へ振り返る。

遠くに見える背中に、ポツリと呟いた。

「私はお前が驚くとは思わないが、笑いはすると思うぞ」

その言葉を聞く人は誰もいなかった。

 

 

 


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