インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》 作:ひわたり
縁日は人が混み合っていて賑わっている。
通りが広いので人と人同士でぶつかり合うこともない。燥ぐ子供達がいたり、友達同士や恋人と思われる二人組など、様々な人達が歩き回っていた。
「面白そうな物が多いですわね」
こういったことが珍しいセシリアやシャルロットが目を輝かせる。箒や鈴は、どちらかと言えば懐かしい感覚でこの光景を見ていた。
「俺、焼きそば買おうかな」
「いきなり食事か?」
「ここは食べてなんぼだろ」
一夏も久し振りの祭り感覚で楽しんでいるようだ。子供のようにワクワクとしているのが傍目でも分かる。
「気になるものがあれば買えば良い」
「そうだな」
全員でゾロゾロと動き始める。
基本的に一夏と鈴が主食を目当てとし、シャルロットやセシリアがお菓子の類を買い漁る。箒とラウラは特に欲しい食べ物も無いので、自分から買いに行くことは無かった。
皆で少しずつ分け合いながら食べて、それぞれの味を堪能した。一夏との間接キスを意識したりもしたが、自然とカキ氷を食べさせ合ってる白とラウラを見ていたら、何と無く悩んでいる自分達が馬鹿らしくも思えてきた。
「クジの景品て本当に一等とか入ってるのかな?」
「夢のない事言うなよ」
屋台の景品も女性が多い世の中なので女性向けの物が多い。それでも、ゲーム機やモデルガンなど、男向けの物を見ると、一夏としては子供心がくすぐられるものがあった。
「やりたいのか?」
「いや、流石にこの歳になってアレが当たっても、使い所なんてないしな」
仮にゲーム機が当たったとして、IS学園は白と一夏、そして十蔵を除けば女性しかいない。ゲームをする人なんてそれこそ珍しい環境である。一人でも良いが、やはり何かする時は大勢で楽しみたいのが一夏であった。
「お、射的か」
皆の目に射的が止まる。
単純に、大きな猫が商品となって目立っていたから目に止まっただけだが、やってみようかと乗り気になる。
「私の腕の見せ所ですわね」
「威力がかなり違うけど……」
「まあまあ、挑戦してみよう」
全員で金を払い、それぞれで銃を持つ。
どれが倒れて、どれが倒れないか見定めて撃っていく。セシリアは流石と言うべきか、物の箇所でどこに当てたら倒れるかを見極めて確実に落としていった。他の者も当てはするが、落とすまでには至らなかったりする。
「なあ、白」
「ん?」
「アレが欲しい」
ラウラはこの店の目玉商品である猫のぬいぐるみを指差した。
落とせるのかと皆が首を傾げるが、白とラウラならやりかねない。
「分かった」
白とラウラが同時に構えた。合図なしに全く同時に放ち、猫の額に集中して当たる。だが、ぬいぐるみが大き過ぎるので倒れる事はない。少しだけ揺れただけである。
白は瞬時に次弾装着を行い、揺れ幅が後ろに行く時に放つ。ぬいぐるみの揺れが大きくなった。目に追えない無駄な早業に店主も目を丸くする。その間にラウラが弾の装着を完了させ、同じく後ろに行く時に放つ。最後の弾になると、二人で同時発射。ぬいぐるみは倒れ、自重でそのまま落ちた。
「ありがとう」
「ああ」
ラウラは白に笑いかけ、白は当然とばかりに頷いた。
「凄い……」
「流石軍人バカップル……」
箒達は少し呆れていた。
まさか落とされるとも思わなかった商品の目玉を取られて、店主は若干涙目になっていた。
商品は商品だと白が容赦無く受け取りラウラに渡す。ラウラはご満悦である。
「ああ、そういえば、花火もあるらしいわよ」
「へえ、夏らしいな」
鈴がこの後のイベントを思い出し、観てみたいとワイワイと話が盛り上がる。鈴が少し離れた所に居たラウラと白に近寄った。
「ラウラ、白。あっちの獣道行くと、高台があるのよ。道も細いから多分誰も来ないし行かないから、絶景スポットよ。行ってくれば?」
鈴の提案にラウラが目を瞬かせる。
「皆で行かないのか?」
「私達は、まだ誰も二人きりになれないもの」
鈴が少しだけ寂しそうに笑った。
「だから、貴方達が使いなさい。私達は、まだ皆で良いわ」
鈴の想いを感じ取り、ラウラは頷いた。
「ん……分かった。ありがとう」
「いってらっしゃい」
白とラウラは手を繋ぎ、人波から外れて姿を消した。一連の流れを後ろから見ていた箒が口を開く。
「お優しいな」
「何言ってんのよ。目の前でいちゃつかれてたら、こっちが良い迷惑だからよ」
鈴が快活に笑って見せた。
「箒」
「ん」
「私、負けないわよ」
「望む所だ」
二人で顔を見合わせて、笑い合う。
「じゃ、皆の所に戻りましょう」
「あの二人のことはどう説明するんだ?」
「コソコソと隠れて物陰に行ったって言えば、後は勝手に想像してくれるでしょ」
「なかなか酷いな……」
「少しくらい意趣返ししたいじゃない。それに、もしかしたら本当にそうなるかもしれないし」
「……やりかねないな」
「でしょ?」
箒と鈴は並んで一夏達の元へ戻って行った。
獣道は細く草だらけだった為、白がラウラを横抱きで抱えて道を進んで行く。上り坂を抜ければ、誰もいない小さな展望台へと辿り着いた。小さなベンチが一つ置かれているだけで、後は何もない。開けた場所から眼下に屋台の明かりが広がっている。
白はベンチの上にハンカチを広げると、その上にラウラを座らせ、自分はその横に収まった。
「花火は何時からだろうな?」
「さあ、もう直ぐとは思うが」
少しだけ、会話が途切れた。
「なあ、白」
「何だ?」
「今日、地下に行ったんだろ?」
「……ああ」
白は仕事の休みの合間に、青年と束に会ってきた。白とラウラの子供が出来るかどうか。その結果を聞く為に。
「どうだった?」
「…………」
青年の言葉を思い返す。
『白くん。結果から伝えよう。君とラウラくんに子供が出来る可能性は……』
「可能性は、0ではない」
風が、吹き抜けた。
木々のざわめきも、何処か遠くに聞こえた。
ラウラが俯いて、小さく言葉を零す。
「……成程。ズルい言い方だ」
「ああ」
0ではない。
0ではないが
「出来る可能性は0.1%未満。ほぼ不可能、だそうだ。それこそ、奇跡でも起こらない限り無理だろう」
分かっていたことだ。
分かりきっていたことだ、こんな事は。
だけど、それでも。
「……すまない」
「白」
「俺が……こんな体じゃなければ……!」
白は顔を覆って、ラウラに謝罪した。
……この世界に来て、何度この体を呪ったことか。
何度、恨めばいいのか。
もういらないのに。
強さなどいらない。
普通で良いのに。
ラウラの特別であれば、それだけで充分なのに。
なのに。
「すまない……!」
何故、自分はこんなにも異質なのか。
「白」
ラウラがふわりと白に覆い被さった。彼女の香りが白を包み込む。優しい手が白の頭を撫でた。
「子供が欲しくないとは言わないけど、それでも、お前が悲しむ必要はない。白はもう、十分悲しんだじゃないか」
「…………」
「それに、可能性は0じゃない」
「……気休めだ」
「そう?でも、私はそうは思わない」
白が体を起こし、ラウラと目を合わせた。ラウラは優しく白に微笑み掛ける。
「神殺しと恵さんだって、子供が居たじゃないか。何より、白がこの世界に来た以上の奇跡なんて無い」
だから、きっと大丈夫。
「悲しまないで、笑っていこう。これから先も辛いこととか、苦しい事とか、人並みの大変さを味わって。そして、一緒に笑って生きていこう」
……私が居て、白が居る。
これ以上の幸福なんて、無いのだから。
だから、白。
「笑って」
白は一度目を瞑り、目を開ける。
そして、綺麗に微笑んだ。
心の底から、幸福を噛み締めて、笑ってみせた。
花火が打ち上がる。
ラウラは白の肩に頭を乗せ、白はラウラにそっと身を寄せた。
長い時の中で、人の人生は花火のように一瞬で終わってしまうものだ。
だから、綺麗に花を咲かそう。
たとえ散り終えても、そこには確かに光があるのだから。