インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》   作:ひわたり

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他人から見て

白がいない間に学園祭の進行がある程度進められていた。

いつの間にか生徒会の文化祭案が通っていたらしい事に首を捻り、内容を尋ねたが職員全員にはぐらかされた。特に千冬がニヤニヤと笑っていたので、いない間に何かあったことは察する所である。だが、職員達も特に反対していないみたいなので、危険はないと判断して放置した。

その夕方、縁日に行くらしい一夏達から、ラウラに一緒に行かないかと話が来た。

前回のプールではラウラが機会を与えたわけだが、昨日の今日では進展しそうにないと思うのと、日本の縁日には興味があったので承諾をした。

「俺も行くのか?」

「当然だろう」

白は友人同士の遊びかと思ったのだが、当たり前のようにラウラに手を引かれていった。縁日は夕方からだったので仕事終わりに行くでも可能だった。その為、白も文句はなかった。

集まったいつものメンバーは、折角だから浴衣を着て行こうという話になり、レンタル品を貸してもらおうという話になる。

「どこで借りようか?」

「私の知り合いの店を紹介するわ!」

どこからか楯無の声が降ってきた。周りを見回しても彼女の姿がない。首傾げていると、白が木の上を指差した。

木の下から見上げてみれば、楯無が太い枝にしがみ付いていた。

「……何やってるんですか?会長」

「いやちょっとね」

楯無が笑いながら携帯を操作する。

一夏の携帯にメールが届き、中身を確認すると住所と電話番号が書かれていた。

「そこの着物屋さんが知り合いの店だから、私の名前を出せば安くしてくれるわよ」

楯無はウィンクしてみせるが、格好が格好なので様にならない。皆が呆れている時、一つの影がトコトコとやってきた。

「やっほー。おりむーに皆ー」

長い袖を揺らしながらやってきたのは、一夏達の同クラスである布仏本音だった。

「やあ、のほほんさん」

一夏が愛称を呼んで対応する。

「かいちょー見なかった?」

全員が一斉に木の枝を指差した。迷いのない行動に楯無が焦る。

「ちょ、少しは躊躇してよ!」

「いたよー」

本音が後ろに向かって手を振る。そちらの方から虚がやってきた。

「こんにちは、皆さん。さあ、お嬢様、戻りますよ。書類が山のように残ってますからね」

「嫌だー!」

どうやら楯無は仕事から逃げていたらしい。必死に枝にしがみ付いた抵抗している姿は滑稽でしかないが。

白が少しだけ口出しする。

「役職についているからには仕事を全うしろ」

「白さんの言う通りです」

「そもそも普段からきっちりこなしていればそんなに仕事を溜めずに済むんだ」

「サボり癖を何とかして下さい」

白と虚の口撃に涙目になる楯無。

「貴方達、初対面だよね⁉︎何でそんなに息ぴったりなの⁉︎」

「当たり前のことを言ってるだけです」

「真面目か!」

「それは自分が不真面目と認めたようなものだぞ」

「この人達嫌い!」

元々、白に苦手意識があった楯無ではあるが、虚との組み合わせでそれが増したようだ。普段人前では完璧超人を演じている彼女も無残なものである。

「かいちょー。お菓子あるから降りてきてー」

「それ逆効果じゃない?」

「じゃ、そろそろ行こうか」

虚と本音を置いて一夏達はぞろぞろと歩き出した。楯無から置いていかないでとか何とか聞こえた気がしたが、気の所為と、振り返ることはなかった。

「ああー、行っちゃった……」

「お嬢様。いい加減降りて来てください」

「はいはい」

楯無が軽い身のこなしで地面へ着地する。目の前に降りてきた楯無を、虚が咎めた。

「スカートではしたない真似はやめてください」

「誰も見てないからから平気よ」

そう言って笑う楯無は、いつもの彼女だった。

「ありがとう、白さんに学園祭案をバラさないでくれて。貴方の事だから話しちゃうかと思っちゃった」

「先に先生方を味方につけた癖に何を言ってるんですか。許可を得たなら反対できないですし、する気もないです。しかし、予算のことはちゃんと考えて下さいよ、本当に」

「まあ、きっと何とかなるよー」

本音ののほほんとした声が空に上がって消えた。

 

 

 

楯無に紹介された店は老舗の和服屋で、いかにも古めかしい看板と古風な雰囲気を漂わせている。それが店の歴史を感じさせ、お高い様子がありありと感じられた。初見の一夏達が入るのはかなり腰が引けるが、白が普通に入っていく。ラウラもそれに続くと、一夏達は成るがままとある意味投げやりな気持ちで後についていった。

店内に入ると一人の妙齢な女性に白が話し掛け、楯無の件を伝える。

「お嬢様から承っております」

背筋をピンと伸ばし、白色が目立つ髪を結っている老婆はとても綺麗で、その立ち振る舞いは年を感じさせることはない。

箒が恐縮したように前へ出る。

「あの……申し訳ありませんが、あまり高いのは……。レンタル品で良いのですけど……」

老婆は口に手を当てて上品に笑った。

「ご心配なさらずとも大丈夫です。学生ということは承知の上ですもの。縁日まで時間もあることですし、宜しければ着物の着付けなどを教えて差し上げますよ」

どうしようかと皆が顔を見合わせる。

「やってもらえばどうだ?こんな経験そうそうないぞ」

白の発言に、確かにと頷く。

特に日本に住んで居ない代表候補生達は、下手をすれば二度と経験の出来ないことである。

言葉に甘えようという話になり、老婆に肯定の返事をした。

「承りました」

老婆が手を数度鳴らすと、奥から一人の女性が顔を出した。顔立ちが何処と無く似ていることから、この老婆の子供辺りだろう。

「では、女性の皆様はこちらへ」

その女性に案内されて箒達が奥へと消える。

「どうぞ、お待ちの間見て行かれてください」

「いえ、折角ですが買えるお金は……」

一夏は遠慮するが、老婆が緩やかに首を振った。

「お買い上げいただかなくとも、暇潰しに見ていてくださいな。女性の着付けは時間が掛かります故」

「で、では、お言葉に甘えて」

実際、興味が無いわけではないので見にいくことにする。流石に怖くて触れられはしないが、見るだけでもその柄の面白さや美しさを十分に堪能できた。

「貴方は見なくても宜しいので?」

「私は結構です」

白は丁寧に断りを入れる。

白が目を合わせると、老婆は優雅な笑みを浮かべていた。

「…………」

一つ、尋ねたいことが出来た。

「……不躾ではありますが、人生の経験者としてお伺いしたいことがございます」

「私のような者で宜しければ。何でございましょう?」

白は、ここ最近の自分を振り返り、その疑問を口にした。

「私が、私の心を知りたいのです」

 

 

 

大きな和室に、一人分の空間に建具が設けられ別れている。それぞれに女性が付き、実際に着付けて貰いながら説明を受けていた。

ラウラには案内の女性が付いた。黒い布地を基調とした和服で、宇宙に広がる星の様に、花柄模様が散りばめられている。

「貴方はこの中で一番女らしいわね」

ラウラが気を遣わないようにとの配慮か、柔らかな口調で女性が言う。ラウラは自身の身体を見下ろして、はてと首を傾げる。

「年齢的に幼い身体つきと思うのですが」

「身振りとか、精神の話よ。落ち着きもあるし、心にゆとりと余裕があるわ」

「楯無さんの方が女性としての身体つきもあり、精神も余裕があると思います」

クスクスと女性が笑う。

笑い方からして、楯無の情けない部分を知っているようだ。

「無理にお嬢様の顔を立てなくても大丈夫よ。それに、お嬢様のアレは余裕じゃなくて、虚勢だもの。隙が無いのは良いことだけど」

「余裕と隙、ですか?」

「ニュアンスの違いを説明するのは難しいわね。隙がある子は若い子の大半がそうだけど、恋に恋したり、悪い男に騙されたり、好意の迷子がよくあるわ。その点、貴方は良い人と巡り会えたみたいね」

白達が待つ壁の向こうに女性が目線を向けた。

「……分かりますか?」

ラウラと白はここに入ってから手を繋いだわけでもないし、特に話してもいない。目を合わせたのも白が教えて貰えと推奨した時くらいだ。

この短時間で分かるものなのだろうか。

「白い彼でしょう?貴方と彼の距離がとても近くて、それが自然だったもの。恋人よりも近いことくらい、一目見て分かったわ」

「……そうですか」

見知らぬ他人にも分かる程と言われると、ラウラは少しだけ頰を赤くさせた。

「……あの、少し不躾な質問をしても宜しいですか?」

「私でよければ」

女性が優しく笑う。その笑顔は老婆の笑顔にそっくりだった。

「その、彼は白と言うのですが……」

ラウラは白の人生をある程度伏せ、ざっくりと簡単に語った。話せない事は多くあるが、できるだけ分かり易く伝える。その上で、今の白について話を進めた。

「ここ最近の白は感情をよく見せるようになりました。涙を流したり、嫉妬したり、怒ったり」

「…………」

女性は黙ったままラウラの話を聞いている。

「この前は、白から体を求められもしました。ですが、ご説明した通り、白の性欲は薄いので、所謂独占欲や嫉妬のものだとも思います」

白は変わった。

その変化が急激過ぎた。

「白は無意識に何か不安に思っているのでしょうか」

ラウラを誰かに取られてしまう。

ラウラを失ってしまう。

愛したことが逆に依存に繋がり、不安を覚えているのかもしれない。

「もしそれが少しでも分かるのなら、白になんとかしてあげたいのです」

ラウラの想いは変わらない。

ラウラの真っ直ぐで切実な想い。

白に対するその想いだけは、揺らぎない。

「……成程」

女性はラウラの想いを知り、白の想いを知った。

だから、答えを導き出せた。

「ボーデヴィッヒさん。それはきっと、簡単な事よ」

 

 

白と老婆は小さな和室に居た。

中央には湯と道具が置かれ、老婆が抹茶を点てている。障子から夕陽が木漏れ落ちてきていた。座布団に正座する白が赤く映し出される。

老婆から抹茶を差し出さる。

「作法などは結構ですので、お気軽にお飲みください」

「頂戴します」

白は一応茶の作法も頭に入っている。お気軽に、とは言われたが、一通りの作法を通して抹茶を飲み干した。

「結構なお点前でした」

「お付き合いいただきありがとうございます」

一礼する白に、老婆が優雅に礼を返した。

「成程。……これは嫌な意味、として捉えて頂きたくはないのですが、白様は仕草など、格好は完璧でございます。しかし、中身が篭っておられません」

「ええ、自覚しております」

当たり前だと、白は頷いた。

「貴方がその心の内を示すのは、ボーデヴィッヒ様だけに、ということなのでしょう」

「その心に私は戸惑っているのです」

簡単に言えば、昔の自分と今の自分のギャップに戸惑っているということだ。

白の疑問に、簡単な話ですよ、と老婆は言った。

「それがそのまま答えですよ」

目を瞬かせる白に、老婆は優しく微笑んだ。

「白様、それが貴方の感情でございます」

その微笑みは母のように優しかった。

「今まで、貴方様は感情を殺して生きてこられた。感情を出せるようになったと仰りますが、それは少し違います」

感情が生きているのです、と老婆は語った。


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