インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》   作:ひわたり

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我を忘れる程に

メイド服を着た白がレジを打つ。

「お会計1080円です」

「あ、あの!連絡先聞いても良いですか⁉︎」

「そのようなサービスはしておりません」

勇気を出した女の子の一言をざっくりと切り落とす。白が来た時には店内にいたので、白が男と分かってて聞いたのだろうが、相手が悪かった。

「冷たい!けどそこが良い!」

と、女性達によく分からない人気に火がついたようだ。こんな事が結構あるので、逆にラウラがチラチラと白を気にし出していたりする。

後から入ってきた女性や男性にもよく声を掛けられた。

「お姉さん可愛いね?この後、俺たちと遊ばない?」

「拒否します。お会計1800円です」

若い男にも素っ気なく返す。

「えー?良いじゃん」

そう言って伸ばしてきた手を、デコピンのように指を弾いて当てる。白の力が込められた指は、相当衝撃があり、痛みとはじ返された手を見て目を丸くした。何が起きたのか心底分からない顔である。

混乱する男は、お帰りはあちらですの言葉に不穏な物を感じ、大人しく引き下がっていった。

自分以外にも、メイド達に迷惑を掛けそうな客にもこの対処を行った。

やられた方はかなりダメージを負うが、どう見ても指を当てられただけで、手で殴られたわけでもない。これで何か喚いても自分が情けなく思われるだけなので、大人しく引き下がる。口で言っても分からない輩には割と有効な手段だった。

「店長、もういいですか?」

ピークが過ぎた頃、白は店長に辞めていいかと聞いた。

白は自分が注目を浴びていたのは、他人から見て違和感があったのだろうと勘違いしていた。店長は女装が嫌になったかと勘違いしたので、白の言葉を了承した。

「良いわよ。ありがとう、本当に助かったわ。またやらない?」

「もう結構です」

白はメイド服を脱ぐ為に更衣室へと引っ込んだ。

その間もラウラ達がフロアを回っていると、店の入り口が急に騒がしくなる。

「全員動くな!」

突如、覆面を被った男達が雪崩れ込んできた。全員が銃を装備している。強盗団か犯罪者か。日本では稀な事件が目の前で展開された。客の悲鳴が上がるが、男達が銃を鳴らして黙らせる。

「静かにしろ!」

数秒後、パトカーが何台も店の下に止まった。どうやら彼らは逃走中だったらしく、投降を呼び掛ける声が下から聞こえてくる。

「無駄な抵抗はやめろ!」

「うるせえ!」

覆面の一人が店の窓を銃弾で破り、下にいる警官達に逃走用の車を要求。受け入れられない場合は中の人質を一人ずつ殺していくと宣言した。

「…………」

緊急事態に、ラウラはどうするか考える。

一先ず最優先で一夏にしゃがんで隠れるように手で示した。

一夏はIS唯一の男性操縦者。もし人質となればこれ程の価値のあるものはない。また、正義感の強い彼が、人質を取られた状態で戦えるとは思えなかった。

しかし、ここには専用機持ちが揃っている。恐らく、楯無の暗部の一夏の護衛も客の中に紛れ込んでいる筈だ。まず、戦って負けるわけはない。

問題は一般人をどう守るかである。

フロアにいるシャルロットと目を合わせ、タイミングを計る。中にいる箒達も出る時を計っている筈だ。

ラウラは無意識に白を戦いの思考から外していたが、本人に自覚はなかった。

「喉が渇いたな。おい、そこの銀髪のお前!飲み物を寄越せ」

男の一人がラウラに銃口を向けて言う。

「……分かった」

この辺りでチャンスを作ろうかと、ラウラが動こうとした時

「…………やらなくて良い」

ラウラの肩を、優しく掴む手があった。

間違える筈もなく、それは白の手だ。

「……白?」

女装を解いた白がそのまま男達の方へ進んでいく。

「おいなんだ、止まれ!」

白は止まらない。

ラウラは背中を向けていたから知らないが、箒達とシャルロット、そして一夏は見ていた。

男がラウラに銃口を向けた瞬間、更衣室から出てきた白がそれを目撃していたのだ。

その時、箒達は白の雰囲気が急速に冷えていくのを肌で感じていた。

鈴がボソッと呟く。

「……ヤバいわ」

今、白は、キレていた。

「……死んだな」

同情の余地は無いが、箒が男達の運命を哀れんだ。

白が小さな声で呟く。

「……これは、正当防衛だ。戦いじゃない」

「あ?死ぬかてめえ」

男が引鉄を引こうとした瞬間、白が一瞬で距離を詰め、その銃を奪い去る。無理矢理取られた銃により、握っていた男の指があり得ない方向へと折れ曲がっていた。

「……は?」

前の服ではないので以前の速さはないが、それは十分驚異的であり、一般人の目では追えない。

男の理解が脳へ行く前に、白が殴り飛ばす。小石のように飛ばされた男は他の仲間を巻き込んで壁へ激突した。

その男が壁に激突する数瞬前に、白は銃を一瞬で分解、銃弾だけを素手でそれぞれの方向へ投げ飛ばす。

火薬を使わずとも圧倒的な速度で飛ばされたそれは、銃を持つ手と両膝に綺麗に吸い込ませた。ご丁寧に弾は貫通せず、肉体へと食い込んで体内で止まる。

「ぎゃあああああ!」

「いでえええええええ!!」

悲鳴が上がる頃には、立っている強盗団は誰もいなかった。

「く、くそ!」

体に爆弾を巻きつけていた一人が起動スイッチを見せようとした時、白の蹴りが顔面に襲い掛かった。

「がぱっ!」

蹴り上がられた顔が鈍い音を立てる。鼻だけでなく、顔面の骨も折れたような、酷く鈍い音が体内に響いた。

男はそのまま髪を掴まれ、力任せに持ち上げられる。一発の蹴りで男の顔は滅茶苦茶になっていた。体に巻きつけられた爆弾を見た白は、そのカバーを外して中を確認すると、一本のコードを爪で切った。電源の付いていた爆弾はそれで機能を失った。

「なぁ、お前ら」

白が静かな声で言う。

平坦で淡々とした声は恐ろしい程に冷たく、強盗団全員の背筋を凍らせた。さっきまで悲鳴を上げていた男達でさえ黙り込む。

一般人の客やアルバイト達に届かない殺気。

白の放つ殺気は、それ程研ぎ澄まされていた。

「誰に、銃を向けた?」

白に掴まれた男は言葉を発せず、ガチガチと歯を鳴らす。

「誰に、銃を、向けた?」

一言一句、言い聞かせるように、脳髄に染み込ませるように言葉を放つ。

「殺すぞ」

……本気で、殺してやる。

白の殺気に、男は宙に垂れ下がったまま粗相をし、失神した。

白の殺気の中、唯一動けたラウラはすぐに強盗達から銃を回収する。強盗達は震えるばかりで、既に抵抗する気力もなかった。

「……白」

机の上に銃を置いたラウラが、白の側に行き、彼の裾を掴む。

「私は大丈夫だから。離してやれ」

「…………」

白は無言で手を離した。男の体が糸の切れた人形のように無残に倒れる。

静かになったのを疑問に、客の一人が顔を上げれば、立っている強盗は誰も居なかった。

脅威は去ったと理解した客が呟く。

「た、助かった……」

そこから安堵の溜息と、白に対する称賛の声が上がった。拍手と歓声が場に鳴り響く。

その後、すぐに警察が突入してきて強盗達が搬送された。その場で白達の事情聴取が開始される。IS代表候補生達が居たことで少し問題が出そうになったが、彼女達が何もしていないのは客が見ており、強盗団も白にやられたと話していた。

白に殴り飛ばされた強盗が一番の重症。白に掴まれていた男も顔面骨折状態。残りも銃弾が体内にある満身創痍となっている。強盗団の酷過ぎる負傷に、どうやったのかと警察は首を捻るばかりだった。

事情聴取の任意同行で白のみが警察署まで連れて行かれ、一夏達はその場で解放された。

「とんでもない目にあったな」

公園でクレープを食べながら一夏が溜息を吐く。あの時、自分の出番かと身構えていたが、白の怒りを見た後は何もしないのが賢明だと大人しくしていた。情けない話だと自分でも思う。

「とんでもない目は、どちらかと言えば店長さんと強盗団の方々ですわ」

「自業自得とは言え、白さんに喧嘩売っちゃったからね。ラウラを選んだのが運の尽きよ」

セシリアの溜息交じりの言葉に、クレープにがっつく鈴が答える。

「まあ、店は窓以外は損傷ないから、直ぐに再開できるみたいで良かったよ」

「それを考えれば、店長は運が良かったな」

皆が話す中、ラウラはクレープに口を付けずに、眉を寄せていた。

「白は大丈夫だろうか……」

「事情聴取だけだろ?」

「銃声もないのに強盗団に銃弾が当たっていたのはどう説明するのだ?しかも、素手で重症を負わせたんだぞ」

「あー……」

それは如何ともし難い。

実際、箒達が白の身体的な異質さを見たのは今日が初めてだ。

薄々分かっていたので驚きは少なかったが、それでも目の当たりにした時は言葉が出なかった。幸いにも多くの客が顔を伏せていたので目撃者は少なかったようだが、見たとしても何が起こっているかなど分からなかっただろう。ISのハイパーセンサーでも起動させていなければ彼の動きは追えない。それにしても、白にしては軽率過ぎる行動である。白が冷静であったなら、その辺りも考えて行動していただろう。

しかし、白は人生で初めてキレていた。ラウラに銃口を向けられたことで、自分の中にあった何かがぷっつりとキレてしまったのだ。

今頃本人も、冷静じゃなかったと思っている頃に違いない。

「多分、大丈夫だと思うぞ」

箒の発言に、皆が顔を上げた。

「何で?」

「さっき姉さんからメールがあってな。何とかするって書いてあった」

箒が携帯をラウラに手渡す。

前半は無駄な箒への愛が語られていたが、そこは無視した。

『あ、あと、今回の件は何とかするから安心してね!白くんも解放させるよー。だけど、ラウちゃん愛されてるねー!ひゅーひゅー!あー、甘い甘い。……甘いわぁ』

何故だか最後の方が若干ダレていたが、束が何とかすると言うのなら大丈夫だろう。

「じゃあ、白の帰りを部屋で待つか」

ラウラは安心して、クレープを頬張った。

 

 

 

夜の時刻。

白は学園へと帰ってきた。

先に学園長へと訪れる、学園長からお小言と誉めの言葉を両方貰い、ラウラの待つ部屋へと足を進める。

「…………」

今日の出来事を振り返り、内心で様々な感情を入り乱れさせていた。

……俺はこんなに嫉妬深い上に、独占欲が強いのか?しかも、ラウラに銃口を向けられただけで怒りに駆られるとは。

「……はぁ」

壁に手をついて長く深い溜息を吐いた。

白はずっと感情を殺して生きてきた。自分というものを考えないように生きてきた。感情を得て、こうして自分の意思に沿わない事を行った為に、初めて感情のある自分を見つめる機会を得た。

「…………」

結果、分かった事は自分のラウラへの愛と、自分がラウラしか見ていないという事実だった。

自覚はあったし、悪い事とも思っていないが、我を忘れる程かと思うと、他人に興味が無かった自分としては結構複雑なものがある。

「別に束縛する気は無いんだがな……」

ラウラに対してのみ感情の操作が効かないというのは、どうにかしたいところだ。

ここで気落ちしていても仕方ないので、部屋へと戻る。ドアノブを捻り扉を開けた。

「ただいま」

「お帰りなさいませ、ご主人様」

メイド服を着たラウラがそこにいた。

「…………」

ラウラを想い過ぎて目がおかしくなったのかと目尻を抑えた。顔を上げてもう一度よく見てみる。

当然ながら視覚情報に変化はなかった。

「……その服は?」

開口一番に出た言葉は、我ながら素っ気ないものだった。

「店長から御礼をしたいと言われてな。この服を貰ったのだ」

店長はもっと良い物をと言っていたが、ラウラはこれが良いとメイド服だけを貰ったきた。

「白、今日は助けてくれてありがとう」

ラウラが頭を下げる。頭に着いたフリルのカチューシャも一緒に揺れた。

「でも、危険な真似はしないで欲しい」

「……お互い様だ。それに、アレは不可抗力だろ」

「確かに仕方ない状況だった。だが、白は冷静じゃなかっだろ?」

「…………」

図星を突かれて黙り込む。

「私の為に怒ってくれて、とても嬉しい。だけど、自分の事も大事にしてくれ。そうでないと、私が悲しい」

ラウラの切実な想いに、白は目線を合わさずに答えた。

「……努力しよう」

自分を蔑ろにする癖はなかなか治らないだろうが、それがラウラの願いなら聞かざるを得ない。

「うん。じゃあ、この話はこれでおしまい。……どうだ?この服」

ラウラがその場で一回転して見せる。ロングスカートと、長い髪が遅れて回った。

「可愛い」

「ありがとう」

白のストレートな感想に、ラウラははにかんで礼を言う。

「あの時は皆のメイドだったが、今は白だけに仕える女だ」

スカートの両端を指で摘み、優雅に一礼した。

「私はずっと貴方の側に居ます。ご主人様」

ラウラの主人に含ませた意味を、白も理解する。

白はラウラに近寄り、彼女の手を握った。踊るような体勢で言葉を紡ぐ。

「俺は存外、独占欲が強いぞ」

ラウラがクスクスと笑う。

「充分、理解しているさ」

二人の顔の距離が近付いた。

吐息さえ聞こえそうな距離で、二人だけの声を届ける。

「ラウラは、俺のものだ」

「白も、私のものだ」

白とラウラの唇が重なる。

二人はそのままベッドへと身を横たえた。

暫く部屋の灯りが消えることはなかった。




終わりは考えてるのに書きたいこと書いてたら全然辿り着かない……。
流石に一週間以内には最終回に入ると思います。多分。

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