インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》   作:ひわたり

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乙女な彼

「ああ、分かった」

携帯を閉じたラウラは白に振り返った。

「皆と一緒にアルバイトをしてくる」

唐突な宣言に、白は目を瞬かせる。

「……金には困ってないぞ?」

「分かってる。管理してるの私だし」

基本的に白は個人でお金を使うことはそうそう無いので、料理などで何かとお金を使うラウラが白の分も含めて金銭管理をしていた。ちゃっかり家計簿なんかをつけていたりする。

「臨時で頼まれたらしいのだが、人手が不足しているようでな。私にも話が来たんだ」

「……そうか」

同い年でラウラ以上にしっかりしている人はいないだろう。人の対応も軍経験で積んでいる。

別にバイトの心配はしていないが、何となく嫌な気分がどこかにあった。

「何だ?私との時間が減るのが嫌なのか?」

ラウラが意地悪い笑みを浮かべて聞けば、白はあっさりと頷いた。

「それは嫌だ」

「…………」

ラウラは白の胸に顔を埋める。

「むうぅ……。白を恥ずかしがらせることが出来ないぃ」

何回目の自爆か分からない。いつもの白も白だが、ラウラもラウラである。

詳しい話を聞けば、電話の相手はシャルロットであり、一夏達とプールへ行っていたそうだ。一応、ラウラも誘われはしていたのだが、彼女達の誰かが一夏にアピールするチャンスかと思い断った。結果は奮わなかったようだが。

一夏達が帰りに喫茶店に寄ると、女性から臨時のアルバイトに誘われたのだとか。

「まあ、お前が働きたいなら止めはしない。縛る気もないからな。そこの喫茶店で働くのだろう?」

「そうだ。メイド服とか着るそうだぞ」

メイド服。ドイツ人であるラウラには衣装が映えそうである。

「喫茶か」

白は軽く考える。

喫茶で働くとなると、客もそれなりに来ることだろう。つまり、ラウラのメイド姿が多くの他人の視線に晒されるわけで。

「…………」

……何か、凄くイラッとした。

白はガシッとラウラの両肩を掴む。

「待て。やっぱり駄目だ」

「ど、どうした突然」

「メイド服を着るんだろ?」

「まあ、それが衣装だし……」

手に力が篭る。

「やはり駄目だ。俺が来る客の全員の目玉を抉り取る可能性がある」

「何故⁉︎」

「何でかな。しかし、不快だ。ああ、凄い不快だ。お前のメイド姿など、他の奴に見せたくない」

「……嫉妬か?」

白の怒り所を聞き、ラウラが首を傾げる。白は、頭の冷静な部分で、成程と納得した。

「嫉妬か。成程、よく分かった。だから行くなよ」

「いやでも、もう店にも連絡してるし……」

「…………」

白はラウラをベッドに押し倒した。

「し、白?」

「少しくらい時間はあるだろ」

「いや、割と緊急なんだけど……」

「俺は我儘を通す気はない。だが、今だけは少し我慢しろ」

「え、ちょ、まさか?まだ真昼間だぞ。白、あ……」

 

 

 

 

「……だから、私は裏方で働いても良いか?」

「それ理由になるの?ってかさりげなく惚気てるんじゃないわよ!そして後半気になるじゃないのよ!」

噛み付かんばかりの勢いの鈴をシャルロットと箒が抑えた。一夏がチラリとラウラの後ろを見る。

「まあ、白さんが来たわけは分かったよ」

取り敢えず、白はラウラについてきていた。

喫茶店はビルの二階にあり、そこから海も一望出来る大きく開放感のある店だった。中には女性客も多く、店内のデザインもこだわりが観れる。

「でも、ラウラは出来ればフロアをお願いしたいかな」

「何故だ?」

「接客技術がね……」

鈴は怒りの沸点が低く、箒は人見知りが激しい。セシリアは元々プライドが高い所もあり、接客には向いていない。

「…………」

ラウラがチラリと白に振り返る。

白は眉を寄せていて口をへの字に曲げていた。

「うわ凄い嫌そうな顔!」

「白さんの表情があんなに動いたの初めて見た」

「ラウラに色目使った人が居たら殺される……!」

ラウラは白に近寄り、白の手を取って軽く握った。

「白」

「…………。分かった、良いだろう」

少し間があったが、白から了承の言葉が出た。早速とラウラが店長に案内されて更衣室へ消える。一夏と白は席に着き、シャルロットはフロアへ、他三人は裏へと移動した。執事服も取り扱っているようで、こちらの方が似合うからとシャルロットは執事服で働いている。一時は男装していただけに、違和感もない。

しかし、白にとってそれはどうでもいいこと。店に迷惑が掛からぬように怒気は隠しているが、瞳の奥に熱がある。隣にいる一夏は冷や汗モノで、そして、いつの間にか自分が白の監視役になっていることに気付いた。

「……あ、あのご注文はございますか?」

普段はもっとテンションの高いメイドも、先ほどのやりとりを見ていた為に少し引き腰気味である。

今更だが、一夏と白はかなりイケメンの部類に入る。一夏が爽やかな好青年系とすれば、白は冷たいクール系だ。二人の視線を受けて、そのメイドは頬を赤く染めた。

白が冷たい瞳で注文する。

「アイスコーヒー」

「か、かしこまりました……ご主人様」

白の眼力に当てられたのか、心までメイドになり掛かっている。

「俺はお前の主人などではないが?」

「はいぃ!私は卑しい雌豚ですぅ!」

「やべえ」

彼女がいけない何かに目覚めてしまいそうだったので、慌てて一夏も注文をしてメイドを返した。

「なんだったんだ」

「気にしなくていいんじゃないですかね……」

首を傾げる白に、既にかなり疲れ気味の一夏であった。

そこへ店長が二人の元へやってくる。

「折角だから、貴方達も働いてみない?」

「え?でも、女性服しか取り揃えてないですよね?」

裏方はもう人数は十分な筈だ。

やるとしたらフロアだけだが、衣装は女性用サイズしかない筈である。だから一夏が入らず、わざわざラウラを呼んだのだ。

「流石に男性サイズの執事服は無いんだけど、メイド服は大きいサイズが有るわよ?」

「嫌ですよ」

一夏が即刻拒否した。当たり前の反応である。

店長が白に振り返る。

「貴方は?女装似合いそうだけど」

「接客は向いてないから断る」

「え、白さん拒否する理由そこ⁉︎」

元々服のこだわりも、羞恥も、男のプライドも持たない彼は、別に女装するくらいは何とも思っていない。

「立ってるだけで良いから。それに、それならボーデヴィッヒさんの隣に居ても良いわよ?」

「やる」

「白さんチョロいな!」

一夏が止める間もなく店長に連れて行かれた白は、ラウラが着替え途中である更衣室へ押し込められた。店長は良い笑顔で汗を拭く。

店長としてはカップル二人の慌てる様を想像していたのだが、予想に反して中から特に反応がなく、首を傾げた。試しにノックをすると普通に返事が来たので開けてみる。

既にメイド服に着替えたラウラが立っていて、白が彼女の背中のファスナーを上げる所だった。白はそのまま櫛を取り出し、ラウラの長い髪を梳いていく。

長年連れ添った夫婦のようなやりとりに、店長はドアを開けた体勢のまま固まった。

「すみません。これが終わって白を着替えさせたら行きます。あ、このウィッグ使ってもいいですか?」

「あ、うん。ごゆっくり」

ドアを閉めてその場に崩れ落ちる店長。ある意味自業自得とは言え、箒達は同情した。

暫くすると、ラウラと白が更衣室から出てくる。

ラウラは黒と白を基調としたフリルの多いメイド服を身に纏い、彼女自身の素材も合わさって魅力を存分に引き出していた。

「……⁉︎」

裏に居た女性組が白の姿を見て目を丸くする。

長い白髪のウィッグを付けた彼は、中性的な顔立ちもあって格好良い女性に見える。高めの身長ながらもメイド服を着こなし、モデルのような綺麗さがあった。

「…………」

その美貌に皆が黙り、ある者は見惚れて、ある者は女として負けたことを痛感した。

白が喉に手を当て、少し息を吐く。

「これで良いでしょうか?」

出した声は女性のような高い声で、全く違和感がない。その声には流石にラウラも驚いた。

「そんな声出せるのか」

「まあな。声の変装みたいなものだ」

しかし、流石に女性の仕草は出来ないのでどうしようもない。

「やはり無理があるか」

「取り敢えずレジに入ってくれるだけ貰うだけでも有難いから、それでお願いして良いかしら?」

「分かりました」

混雑時にラウラ達はフロアを回り、白はレジでひたすら会計をやった。ラウラに色目を使う輩がいればすぐに飛び出すつもりだったが、今の所それもいなさそうで、逆に何故か自分が注目を浴びているのを感じた。

……まだ雰囲気が異質なのか?女装に無理があったか?それとも、無表情だからか?

いくら感情が戻っていても、白は愛想笑い一つ出来ない。

しかし、注目を浴びている理由はそれではなく、単純に白が美人であるからである。長身でモデルのような美人。クールな表情と言葉が男性客も女性客も惹きつけていた。

「やれやれ……」

一人残された一夏が、アイスコーヒーを啜りながら溜息を吐いた。

 


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