インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》 作:ひわたり
可能性の話
「どうぞ、姉さん」
箒が束の前に料理を置く。何故か二皿に同じ物が乗っているが、束は気にせずに食べた。
「うん!美味しいよほーきちゃん!」
「どっちが美味しいですか?」
「両方共美味しいよ!」
その答えに、箒はやっぱりかと溜息を吐いて頭を抑えた。
「姉さん、片方は態と味をおかしくした物です」
「へ?」
「まず、味音痴をなんとかしましょう」
「……って事があったんだよ!ラウちゃん!」
「それで相談に来られても……」
白とラウラの部屋。そこには束に涙目で縋られ、困っているラウラの図がそこにあった。
事の発端は束が箒に一緒に料理を作ろうと話し掛けた所から始まる。
箒は束のISの所為で幼い頃に家族と離れ離れになり、一夏とも別れを余儀なくされた。その事に関しては少し恨みもあるが、今では距離を戻そうかとも考えている。束からの自身への愛は嘘偽りはないと感じているからだ。
その為、この束からの提案を箒は拒否することなく受け入れ、自分も距離を縮めようかとも思っていた。
しかし、束の料理を見て箒は絶句した。彼女が作れば丸焦げだったり、調理が適当だったり、兎に角酷かった。特に頭を抱えたのは、束がそれを気にすることもなく平然と食べていた事だ。一口だけ箒も口にしたが、当然それは酷い物で、流石にそれ以上口にしようとは思わなかった。
単純な話、束は味音痴であり、研究ばかりに怠けていた所為で食べられれば良いと思っていた。
白とは違う意味で食には興味がなかったのである。
「味音痴となると、流石にどうしようもないですよ」
セシリアの時は、彼女がまだ味覚が正常だったから何とかなった。しかし、束の場合、レシピ通りに作ってもその味がちゃんと出来ているかの判断も出来ない。味見ができないのは割と致命的である。レシピさえ間違えなければ普通の料理は作れるだろうが、箒好みの料理を作るにはかなり骨が折れるだろう。
美味い不味いが分からなくても、味が分かる白には料理が出来るが、今の束には無理な話だ。
「そんなこと言わずにー」
「そう言われましても」
「……こうなったら、彼に頼んで舌を改造してもらうしか」
青年の居る地下へ走り出そうとした束を、裾を掴んで止める。
「迷惑だからやめなさい」
「でもきっと彼なら出来るよ!」
「いやまあ、可能かもしれませんが、貴方のそれはきっと舌が馬鹿になってるだけですよ」
「どういうこと?」
束の疑問に、ラウラはやや呆れ気味に答えた。
「今までずっとマトモな食事をしてこなかったのでしょう?カレーを延々と食べ続けたら辛さを感じなくなるのと同じです。味覚障害みたいなものですよ」
なので、と結論を言う。
「時間を掛けて地道に治していくしかないですね」
「そんな殺生な!やっぱり彼に頼んでくる!」
「こんな時だけ彼を頼るのはちょっと……。それに、今の私の仮説が正しいなら、貴方の元々の舌は正常ですよ?その場合、改造も何も無いと思いますよ」
「それでも聞くだけ聞いてみるよ!」
「はぁ……。分かりました、取り敢えず私も付いて行きます」
「恩にきるよ!」
この束を放置出来ないと、ラウラも彼女に付き添うことにした。
地下の研究室へ赴き、そこで青年に会った。遊びに来ていたのか、マドカもその場にいたが、特に気にせずに話をする。束が興奮気味だったので、ラウラが抑えて代わりに説明を行った。
「はぁ、成程ね。取り敢えず舌の細胞の摂取を、と言いたい所だけど、束の舌は正常だよ」
青年の答えに、束が憤慨した。
「何で分かるのさ!」
「いやだって、君作ったの僕だし……」
「じゃ、舌だけもう一つ作って移植してよ!」
「なかなかハードな事を言うね」
箒が関わっている所為か、束の物言いは遠慮が無かった。それだけ青年を許した、ということもあるかもしれない。
「料理かぁ。やったこと無いな」
「マドカちゃんもやろう!」
「そうやって誰も彼も巻き込まないでください」
天災というだけあって、周りに被害を被るようだ。
「騒がしいな」
奥の部屋から白がやってきた。
白は別世界へ行っていたことで異常がないか検査している途中だった。ラウラは早く終わったが、神化人間である彼は色々と手間があり、時間がかかっていたのだ。
「やぁ、白くん。味が分からない者同士仲良くしよう」
「何だ急に」
いきなり馴れ馴れしくなった束に白は若干引いた。
ラウラが簡単に束の状況を説明する。その間も束は青年に我儘を言い続けていた。
「やってよ!やってよー!」
「いやいや、人を作ることはできても、僕は医者じゃないし、無茶言わないでよ」
「でも、医者の真似事も出来るよな?」
実際、今現在白の検査も行っている。
マドカの一言に青年は頭を抱えた。
「マドカ、何故余計なことを」
「面白いから」
「酷いな、君」
「やって!」
少し放置しただけでなかなかにカオスな状況が出来上がっていた。やらやれと白が肩を竦める。
「普通の飯を食べて治していけば良いだろうに」
「今すぐ治したいの!」
「別にすぐじゃなくて構わんだろ。寧ろ好都合じゃないか」
「好都合?」
白の発言に束が首を傾げる。
「ああ。舌を治す口実に、箒に料理を作って貰え。毎日じゃなくても良い。その食事の時間に箒の好みも聞き出して、今まで離れていた距離も埋めて行けばいい」
「おお……」
束がグッと親指を突き出した。
「グッドアイディアだよ、白くん!早速ほーきちゃんに相談してくるよ!」
そう言って、嵐のように去って行った。来るのも帰るのも騒がしい存在だった。
「……ま、これで良いだろう」
「大丈夫かな?」
不安げなラウラに、青年が乱れた白衣を整えながら言った。
「舌っていうのは味の知識を蓄える場所だからね。時間は掛かるだろうけど、マトモな食事を続けていれば治るさ。しかし、白くん、助かったよ」
「俺は思ったまま言っただけだからな」
医者の真似事という言葉で、そういえば、と白は一つ思い出した。
「全然関係の無い話なんだが、良いか?」
「何だい?」
白がラウラの肩に手を置いて、自分とラウラの交互を指差す。
「俺とラウラは子供が出来るか分かるか?」
真剣な問いに、青年も顎に手を当てて考える。
「一応検査はしてみるけど、単純に考えれば造られた者同士だからね。確率があっても絶望的だよ?その事は、言われなくても自覚してるよね?」
「ああ」
「それでも、調べて欲しいと」
「頼む」
白だけでなく、ラウラも真剣な顔付きで頷いた。青年は軽く頭を掻いた後、小さな溜息を吐く。
「分かったよ。……ああ、マドカ。少しプライバシーな話になるから、席を外しなさい」
「了解」
話が話なだけに、マドカも文句を言わずに部屋から出て行った。
「しかし、また急だね。向こうで何かあった?」
「少し、家族や子供について考えさせられた」
白の子供の冬雪。
神殺しの家族。
穏やかなあの光景は、脳裏に焼きついている。
「成程ね。しかし、出来る出来ないにしろ、ラウラくんはまだ学生だ。その辺りも考慮しなきゃ駄目だよ?」
「……意外としっかりしてるな、お前」
「僕は割と普通さ」
「どの口が言うんだか」
子供のように笑って見せる青年に、白は小さく息を吐いた。
「調べてもらうにしろ、別に子供が欲しいわけじゃない。ただ、いつの日かそうなれば、そういう可能性があれば良いと思う。それだけだ」
「成程ね。分かったよ」
白とラウラからそれぞれ細胞を貰い、検査をする。時間がかかるから後日という話になり、ラウラと白は部屋を出た。
廊下を歩きながらラウラが口を開く。
「子供か。正直、冬雪に会うまで真剣に考えたことがなかったな」
ラウラの言葉に白は頷いた。
「俺だって、父親と言われても実感はないし、自分が父親というのは想像出来ん」
「しかし、白から子供がどうと言うとは思わなかった」
「さっきも言ったが、別に欲しいと思ったわけじゃない。ただ、そういう可能性があれば良いと、そう思っただけだ」
「そうだな」
白の手を、ラウラが優しく握り、白も握り返す。
「そうあれば、嬉しいな」
それもまた一つの幸福の形なのだから。
「…………」
青年は二人から摂取した細胞を見て、ふと思う。
ラウラと白は雪羅との一体化に成功した。話に聞いただけだが、あの現象は、確かにかつて彼女が望んだものだ。つまり、彼らの子供が出来れば
「新人類の誕生、か」
……なんてね。
青年はその考えを放棄した。
もう、彼女の夢に縋る事は止めた。
もう、彼女を追うことは止めた。
青年もまた、彼女の死を受け入れたから。
最早、新人類などどうでも良い。白とラウラが幸せであれるなら、それで良い。
……彼らに子供が出来るのならば、単純に祝う事にしよう。望まれた人の誕生は、それだけで素晴らしい事だ。
「ラウちゃーん!ほーきちゃんと私と料理作ろー!」
何の前触れも無く、ドアを壊す勢いで束が入ってきた。
「本当に雰囲気ぶち壊すね、君は」
辟易とする青年を無視して、束は首を傾げた。
「あれ?ラウちゃんは?」
「部屋に戻った。それより束、手伝って欲しいことが……」
「ほーきちゃんの料理以上に大切な物など無い!」
「わーい、面倒臭ーい」
結局、検査を開始できるのは暫く時間が経った後のことだった。