インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》   作:ひわたり

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モンドグロッソ

モンドグロッソ大会当日。

当たり前だが、会場周囲は多くの人混みで賑わっていた。人種国籍問わず、全世界からやってきた観客は興奮と胸の高鳴りを抑えようともせずに広い門を所狭しと入っていく。

「凄い賑わいですね」

「逸れるなよ」

「逸れませんよ」

白はその雑多の中を、ラウラと共に歩いていた。白は物珍しげに視線を彷徨わせるラウラの手を握りながら流れに沿ってゆっくりと歩いて行く。

何故一人で来る予定がラウラと一緒になっているのか。

白は頭の片隅で思い返した。

 

 

「ボーデヴィッヒも、ですか?」

ラウラもモンドグロッソにつれていけ。そう告げられたのはつい一週間前のことだ。

「ええ、上の方で身内に不幸があったみたいでね。席が余ったのよ」

「わざわざモンドグロッソに行かせる必要はあるのですか?」

「見るのも勉強の一つよ。後は、気分転換が最大の理由かしら」

ラウラの調子は未だ悪い。見ていても肉体面での空回りはどうしてもあるようだ。第三者から見ていてそう思えるのなら、本人はその数倍は感じているだろう。

「彼女も趣味らしい趣味は持ってないみたいだし、ちょっと気分を入れ替えてあげようかなと思ってね」

「……それで、折角だから俺と一緒に行けと」

「レディのエスコートは紳士がやらなきゃね。頼んだわよ」

「命令なら、逆らいませんよ」

とても自分が紳士とは思えなかったが、白は承諾した。

ラウラ本人はどっちでも良かったらしいが、白が一緒ならばと、簡単に承諾した。そもそも命令だから逆らえないことは彼女も分かっていた。

 

 

「入り口はあっちのようです」

一般チケットとは違う為、VIP専用の入り口として完備されていた。その前まで来ると人混みは減る。

「……結局、敬語なんだな、お前」

「流石に、貴方に対しては抵抗がありますから」

世界の住人でもなく、人造人間でもなく、IS部隊の一員でもない。ラウラ個人として認識しようと決めた日、白はラウラに軍以外では敬語は無しで良いと提案した。白としては対等な扱いとしての提案だったが、ラウラにとっては色々と難しい注文であり、考えておきますとだけ答え、保留にしていた。

「暫くはこのままでお願いします」

「別に強制するつもりはない。お前が良いならそれで良い」

白はラウラだけではなく、この世界の一人一人を、一人の個人として認識するようにした。

この世界に落ちて、束と出会ったあの日から今まで、白は死んでもいなければ生きている自覚もなかった。自殺未遂が自身の生死を曖昧にさせ、ただその日を過ごしていた。

だから、未だ生きる理由も死ぬ理由もないが、一先ず今生きていることを自覚することにした。

その第一歩が、世界と人間を認めることだった。

「色々と売っているんですね」

その言葉で意識を戻す。

食事系はドイツの物が目立つか、世界のイベントの為、ちらほらと他の国の食事も見て取れる。

食事の他にもISのカタログや雑誌など、様々な物が展示され販売されていた。

ラウラはパラパラとカタログを軽く眺め、眉に皺を寄せる。

「……何故ISに色とかデザインが必要なのでしょう」

どうも機能とは全く関係ないカタログを手に取ってしまったようで、軍人であるラウラにはそれが気に入らなかったようだ。

「ISがスポーツだからだろ。軍とは扱いが違う」

「どちらが正しいのでしょう」

「正解はない。剣や銃が美術品になるのと同じ事だ。時と場所と、扱う人間によって用途は異なる」

更に言えば、元々、篠ノ之束は宇宙用のマルチスーツとして出そうとしていた。その点で言うなら、今の使い方全てが間違っている。

「そういうのもある、とだけ思っておけ。あと、お前は逆に、これみたいにちょっとは戦闘以外のことを考えろ」

「……それを貴方が言いますか?」

「俺だから言えるんだ」

その方がラウラの為になる。

「無理に興味持てとは言わないが」

「貴方は、結構提案する割には最後丸投げしますよね」

ジト目で睨むラウラに、白は軽く受け流す。

「決めるのは俺じゃないからな」

他人に興味を持てなかった人生の弊害だなと、自分の中で結論を見出す。

感情を殺す為に必要以上に他人と関わらなかったし、任務も殆ど単独で行っていた。

……変われるかどうかは、これから次第か。

右手に幼い手の感触と温もりを感じながら、そう思った。

 

 

ISはスポーツである。

また、絶対防御が敷かれた、安全が保障されたゲームでもある。

「…………」

実弾や剣を使い宙で戦う様は、芸当じみていて凄まじい。迫力もあるし、凄まじい物もある。

だが、命を賭けた独特の緊迫感は存在しない。

「……当たり前だ」

どうも兵器の有効的な使い方とか選手の精神を計ろうとしてしまう。生まれてこの方、ある意味戦場でしか生きて来ず、スポーツ観戦など無論したこともない。

何故、純粋に観戦しようとする試みから始めなければならないのかと辟易してしまいそうだ。

一方でラウラは真剣な目でISの動きを目で追っている。こいつはこいつで、どういう技術を盗めるかと考えていそうだと、白は思った。

「楽しいか?」

「意外と勉強になります」

「…………」

それは楽しいとは言わない。

トーナメントの選手が入れ替わり、次の選手が入場する。

会場が一気に熱を帯びた。割れんばかりの歓声に、ドームが鳴り響いているようだ。

周りに置いてきぼりにされた白とラウラは何事かと顔を見合わせる。

「有名人でしょうか?」

「……ああ、前回の優勝者らしいな」

パンフレットを広げてラウラに渡す。

「織斑千冬……」

癖っ毛気味の艶やかな髪に鋭い印象の瞳。前回の優勝者であるから強いことは分かるが、性格もなかなか強そうである。

お互い世間から疎い生活をしていた為、有名人と言われてもピンと来ない。周りの様子を見る限り、男女問わず人気のある人物であるようだ。

「白はこの人に勝てますか?」

「お前は俺を何だと思ってるんだ」

「ISに負けない強い人」

何て幻想抱いてるんだ。

「……やってみなきゃ分からないが、普通は無理じゃないか」

そもそも今いる世界中のIS乗り達に勝てるかも怪しい。空を自在に動けるアドバンテージは想像以上に大きいのだ。ISは様々な武器を所有できるが、その点は特に問題視していない。むしろ一方方向から来る分、様々な武器を持った集団戦闘に比べれば楽である。ネックなのはその機動力。

「誰かに負けたことあるんですか?」

「あるに決まってる。……俺のことは良いから試合見ろ。何の為にここに来てるんだ」

白は頭を掴んでラウラの顔を前に向けた。

「おお、ISを潰せる手が頭に」

「…………」

素が出てくるようになってきたみたいだが、今までの教育云々ではなく、どうも天然が入っているみたいだな。

会場に設置されている巨大モニターに、織斑千冬と対戦者の顔がアップで映る。

試合開始のブザーが鳴り、戦闘が開始された。

織斑千冬は近接戦闘を基本とし、対戦相手は銃などの遠距離を主体とした。対戦相手が銃弾をばら撒き、千冬はそれを最小限の動きで躱しながら、一瞬の隙を突いて斬りかかる。息を吐かせぬ高速戦闘に観客は息を飲み、白熱の声を上げた。

「凄い」

ラウラは千冬の無駄のない動きに感動を見せていた。白には分からなかったが、IS乗りだからこそ、その凄さが余計に分かるのかもしれない。白はむしろ、二人の動きを見ながら、自分ならどう動くか、どう動けるか頭の中で無意識にシュミレーションしていた。途中でその事に気付いて、自分で自分に飽きれたりしていた。

最後には千冬の刃が決定打となり、相手のエネルギーが尽きる。勝利を告げる音と共に、観客も惜しみのない拍手と声を上げた。

「凄いですね、織斑千冬という人物は」

ラウラも高揚しているようだ。

……楽しそうで何より。

「俺からすれば動きは分かるが、他は何がどう凄いのか理解出来ん」

「確かに、武器の展開とかエネルギー消費量なんかは使ってる人でないと分かりませんよね。取り敢えず、アレは凄いです。スポーツだと見くびってました」

どうやら相当な技量だったようで、ラウラは鼻息を荒くして興奮している。対して、やはり白は無表情で返した。

「得られるものがあって良かったな」

それから試合は順調に進み、織斑千冬は準決勝を勝ち上がる。次の試合で対戦相手が決まる準決勝前に、白は徐に言った。

「そういえば、何か食べるか?」

昼ご飯の時間はとうに過ぎている事に今更気が付いた。こういう場合、会場に入る前に何かしら買っておくのがセオリーなのだろうが、食事の概念が薄い白は完全に蔑ろにしていた。しかし、自分は良くてもラウラは良くないと思い至り、なにか買ってこようかと提案した。

「一緒に行きますよ?」

「試合開始までもうすぐだろ。間に合わないかもしれないから俺だけで行く。リクエストは?」

「何があったのか良く覚えてないので、お任せします」

「分かった」

白は席を立ち、階段を降りて裏へと回った。裏へと回ると声が一気に遮断され、会場内にいるのに、どこか別の場所のように感じられた。販売所へ向かい、適当な物を選ぼうかという時、軍の無線が鳴る。

「はい」

『白、聴こえる?』

アデーレからの通信だった。

「感度良好です。何事ですか」

普段の用事なら持たされている携帯で充分。無線ということは、何か起きてしまったか。

『誘拐事件よ』

「……我々は警察じゃありませんよ」

まさかの内容に、白はどこか冷めた口調で応える。

『分かってるわ。でも警察じゃ手に負えない事態なの』

「……誘拐犯はISですか?」

『その通り。そして誘拐された子供は織斑一夏』

織斑。

なるほど。

「織斑千冬の家族ですか」

晴れやかしい舞台に影が落ちた。

白はラウラを呼び出し、二人は合流する。途中まで観戦を楽しんでいたラウラだが、白の話を聞いた瞬間には戦士の顔になっていた。伊達に軍で訓練を行っていない。

「国にISの侵入を許し、剰えモンドグロッソに侵入を許したのですか」

アデーレは会議室の中で白から耳の痛い言葉を受ける。

『そうね、その通りよ』

「…………。その事を言及しても今は無意味ですか。織斑一夏の奪還は上からの指示ですか」

『政府からの指示よ。侵入を許して面目丸潰れだし、ね。ただ、大事にはしたくないとのことよ』

「誘拐が判明した理由と指示を仰ぎます」

『警察関係者がたまたま見ててね。織斑千冬ファンだったらしくて、連れ去られた子供が織斑一夏と分かったらしいわ。会場を出る時にはISを使った少し手荒な方法だったけど、後は車移動よ』

……ISを使えば一般人に目立つからか。

しかし何が目的だ?ドイツとモンドグロッソにわざわざISを持ち込む危険を犯しながら、やることが有名人の弟の誘拐?

『車は港の方へ移動したとの情報よ』

「そのまま国外へ逃げると思いますか?」

『さあ、どうかしら。来た人間をISで攻撃する為とも取れるけど』

当然、罠の可能性もある。その場合、狙いはドイツのISか、それとも織斑千冬か。

『穏便に、の指示が無かったらISで直行するんだけどね。現状貴方達が一番近いわ。罠の可能性も入れて現場で判断しなさい。武器の使用も許可する』

「了解しました」

無線を切り、出口へ向かう。タクシーの手配は先のアデーレの会話中にラウラが行っていた。

「ボーデヴィッヒ。誘拐事件とはいえ、これが初任務か」

「そうです」

「……俺も指示は得意じゃないが、止むを得まい。現場の判断は俺が行う。指示に従え」

「了解しました」

会場の出口を抜けた二人はタクシーに乗り込み、行き先を告げると始終無言のまま過ごした。

 


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