インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》   作:ひわたり

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さようなら

一同は近くに停めてあった車まできた。

神殺しがグッと体を起こし、車を支えにして片足で立ち上がった。

「お前、立てるのか?」

昔、下半身不随にした本人としては驚く事だ。神殺しは口の端で笑う。

「片足だけな。完全に動いてるわけじゃないから、立つことは辛うじて出来るって感じかな。車椅子の方が移動し易いからこっち使ってるけど」

「ウチの父親は車椅子に色々改造施してますからね」

黒がそう言いながら車椅子を畳んだ。少し弄るとかなりコンパクトな形となり、それをトランクへとしまった。見た目に反して軽くもあるようだ。

「アレ、軽い上にトラックに轢かれても壊れないんだぜ?」

「無駄技術過ぎるだろ」

白のツッコミに神殺しは笑いながら器用に動き、助手席へ乗り込んだ。

運転席へは恵が乗り、残った四人は後ろへ乗る。車椅子がコンパクトだったので、椅子を倒さずとも乗ることができ、広い空間のまま席に座れた。

「遠いのか?」

「普通なら数時間よ。道の混み具合にもよるだろうけど」

恵が馴れた手つきでハンドルを握り、運転を開始した。

高速道路に乗り、速度を出す。冬雪が後ろの席から身を乗り出して、ラウラに向こうの世界の事を質問責めにした。たまに興奮する冬雪を黒が抑え、車内には笑い声が響いている。

白は頰に手をつき、外の流れる景色をジッと見ていた。

「お父さん」

「ん」

冬雪に呼ばれ、白が振り返る。

携帯を構えた冬雪がそこに居た。

「写真撮っていいですか?」

「……構わんが」

白の許可を得て、冬雪はシャッターを切った。満足がいったのか、口元を小さく綻ばせている。

「待ち受けにするのか?」

黒がニヤニヤ笑いながら問う。冬雪は真顔で答えた。

「待ち受けはクロの画像ですよ?」

「ああ、そう……」

家族の前で言われるのは結構恥ずかしく、黒は顔を赤くして手で覆った。冬雪は天然なのか、首を傾げてどうしたのかと疑問符を浮かべていた。

「血筋だな……」

冬雪の発言を聞いて、ラウラがしみじみと呟いた。神殺しが黒以上にニヤニヤとした笑みを浮かべる。

「若いってのは良いねえ」

白は黙ったまま考えていた。

何となく居心地が悪いが、気分的には悪くない。

……この妙な感覚は何なのだろうか。

「おい、白。何か飲むか?って言っても紅茶くらいしかないけど」

「いや、いらん」

「ラウラさんは?」

「私も大丈夫です。ありがとうございます」

そうかと言って、神殺しは魔法瓶から紅茶を注ぎ、恵に渡す。恵は片手でそれを受け取り、一口飲んだ。自然なやりとりが目に入り、紅茶の香りが漂ってくる。ふと、ある光景が脳裏に浮かんだ。

血に染まった記憶の向こう。

優しい香りが漂ってくる。

一人の女性の後ろ姿。

母親の後ろ姿を、白は思い出す。

「……ああ」

白は理解した。

これが、家族というものなのだと。

「…………」

「白?」

ラウラの声が耳に届く。そっと手が重ねられた。

「……何でもない」

本当に、何でもないことだ。

白は感情を得て、初めて実感した。

自分がトラウマだったものを。

その優しさを。

その暖かさを。

その温もりを。

そして、その全てを失ったのだと、実感した。

凍てつくような鉄の香り。

手に付着した赤黒い血。

首だけとなった、たった一人の母親。

偽りの関係であろうとも、確かに家族だった。

かつて握ったその手は、確かに温かくて。

「…………」

だから、どうしようもなくて。

もう二度と、触れることはできなくて。

「さようなら、母さん……」

片手で目を覆い、小さな声で言葉を零した。

小さ過ぎるその別れは、誰の耳にも届かない。

しかし、ラウラにだけは見えていた。その顔に、一筋の光が零れ落ちるのを。

ラウラは白の手を握り締め続けた。

白は産まれて初めて、純粋に悲しみで涙を流すことができた。

 

 

 

「着いたよ」

車は大きな旅館に到着した。

広い駐車場には沢山の車が止まっていて、向こうに古風な和風旅館が見える。隣にはビルもあり、和室と洋室で泊まれるようだ。

「よし!ビバ温泉!」

「目的変わってるぞ」

子供のような燥ぎを見せる神殺しに白が呆れる。

「んだよ、海が見える温泉だぜ?」

海と聞き、そして移動した場所を考え、白は自ずと答えを導き出した。

「……成程。俺が自殺した場所か」

かつては民家も何もない、ただ草原が広がる土地だった。

ここを通るまで、それなりの住居もあり、近くにはスーパーやコンビニさえある。白の記憶にある場所とは、似ても似つかなかった。

「あれから、もう何年も経ったもの」

「……そうだな」

本当に、長い月日が経った。

「んじゃ、温泉でも入って……」

「墓に案内しろ」

車輪を回して進もうとする神殺しの襟を掴んだ。

「おまっ、せめて車椅子を掴めよ」

抗議する神殺しの発言はスルーする。白の肩を冬雪が叩いた。

「私が案内する」

「……お前が?」

白の言葉にこくりと頷いた。

白は冬雪の目を見つめ、冬雪も目を逸らさずに受け止める。

「……なら、頼もうか」

「じゃ、俺達は先に宿にいるから」

ラウラは白についていくべきか迷っていると、恵に腕を掴まれた。

「二人きりにしてあげましょう」

人生経験の差か、子を持つ母親の意見か。

恵の説得力のある言葉に、ラウラは従うことにした。

「……後で、私もシロの墓に挨拶に行っても?」

「ええ、もちろんよ」

白と冬雪の遠ざかる背中を、ラウラは見送った。

「…………」

車道を外れ、木々の獣道に入る冬雪。無言のまま白は彼女についていく。会話のないまま森を抜けると、高い崖の上に出た。

草原が広がり、海を一望できるその場所は、空の青さと海の輝きが眩しく映る。

一つの、小さな墓石がそこにあった。

「…………」

そこには『白』の一文字が刻まれていた。

白が先に歩き出し、冬雪がそれについていく。墓の目の前まで来ると、白は立ち止まって、その墓石を見下ろした。

「……何故、この場所に?」

「お父さんはこの海で死んだものと思っていましたから。お母さんも同じ場所で眠るべきだと思ったんです」

「死体もないのに?」

「……私は、お義父さんの部屋で神化人間の資料を見ました」

冬雪がポツリポツリと語る。

「私は自分の容姿が普通じゃない事は分かっていましたから、寧ろ神化人間であったことに納得しました。ここまで育ててくれたことに、産んでくれた事に感謝もしています」

「…………」

「その神化人間の資料にはナイフ使い……お父さんの事も書かれていました。神化人間達との最後の決着の後、裏世界を壊す為に動いていたことも」

その資料の中で、一つナイフ使いの動向が不自然な点があったという。

「裏世界を壊す為ではない、何かを隠すかのような行動。ナイフ使いは自殺前に何かを残してのではないかと、そこには書かれていました」

「……探したのか?」

「はい」

冬雪は本当の父親も母親も知らない。

ナイフ使いが残した何か。

それを見つける事が出来れば、少しでも両親の事を知ることができるかもしれないと探すことにした。その過程で黒と出会い、神殺しにも遭遇した。

「そして、見つけ出すことが出来ました」

「……そうか」

冬雪は墓石の前にしゃがみ、優しい手つきで刻まれた文字を撫でた。

「貴方の残した物。シロの遺物は、ここにあります」

シロの死体は海の底へ沈めた。実験として使われない為に。安らかに眠らせる為に。

当時の気まぐれだったのか。

それとも心の奥底に想いがあったのか。

ナイフ使いは、シロの髪を少しだけ切り取り、人目のつかない静かな場所へ保管した。

「死体はありません。ですが、お母さんの遺物と、お父さんの想いは、確かに此処にあります」

白は冬雪の隣にしゃがみ込んだ。冬雪の手の上に、自分の手を重ねる。

「神の刃も、ナイフ使いも、ビャクも、そして二重人格の俺も、全てこの世界で死んだ」

だから、この墓には意味がある。

シロだけではない。

確かに自分が死んだ、その証なのだから。

シロとビャク。

白の一文字で刻まれた名は、確かに自分だったものであり、これからあり続けるものなのだ。

「だから、きっと、これで良いんだ」

白は重ねていた手を離し、そのまま冬雪の頭を撫でた。

目を丸くして白を見る冬雪に、白は優しく微笑んだ。

それは白が初めて見せた、父親としての顔だった。

「ありがとう、冬雪」

……そして、さようなら、シロ。

愛しくも憎き人よ。

お前を思い出す時もあるだろう。

お前の死の光景を忘れることはない。

お前に突き立てた刃の感触は残っている。

お前と名を分け合ったことは、ずっと覚えてる。

だから、さようなら。

俺は、お前を置いて、生きていく。

「行くか」

立ち上がる白に、冬雪は首を傾げた。

「もう良いのですか?」

「ああ」

白は二度と墓には振り返らなかった。

もう二度と、此処に足を運ぶことはなかった。

 

 

 




パソコン戻ってきたのでラウラの写真画像貼ります。
少し手をミスったかも。

【挿絵表示】

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