インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》 作:ひわたり
話が長くなると言い、恵は二人に近くで遊んでこさせた。
特に遊び道具もない黒と冬雪は、恵達が目に届く所で何をするわけでもなくフラフラとしていた。たまに冬雪が突飛な行動を見せ、それに慌てる黒の姿がよく目につく。
「私もね、神化人間なんだ」
恵の言葉に、ラウラは目を瞬かせた。
ラウラは白の記憶で多くの神化人間を見てきた。目の前の女性はどう見ても普通の女性と変わらない。雰囲気もそうだが、神化人間特有の異質さのようなものを微塵も感じ取れなかった。
「貴方がそうとは思えませんが」
「詳しい事情は知らないけど、赤ん坊の頃には普通の家庭で育てられてたからね。それに、失敗作らしくて、人工的に作られはしたけど、普通の人間と何も変わらないんだって」
むしろ運動音痴なくらい、と恵は笑った。
「ある日、誘拐されて、裏組織に私の事が知られたわ。裏組織に捕まる所を、当時裏政府に所属していたナイフ使い……白が助けてくれて、そして裏世界の事を知ったの」
白と出会い、裏政府に匿われ、そしてシロが殺されて。生き残りの神化人間も次々と死んでいき、裏世界は白を殺すために動いた。
結果として、白は生き残り、裏世界は彼の手によって葬られた。そして恵は表世界へと帰ることが出来た。
「もう二度とあんな体験は無いでしょうね」
「……貴方は、何故神殺しと?」
「さぁ、何でかしら。何となく、私が居なきゃ駄目だな、と思えたのよね」
懐かしむような、照れているような微笑みに、本当に神殺しを愛しているのだと伝わってきた。
「愛しているのですね、彼を」
「貴方は、白の事を?」
「愛しています」
その答えに迷いはない。
ラウラの真っ直ぐな瞳に、恵は優しく笑った。
「そう。若過ぎるかとも思ったけど、杞憂だったみたいね」
ラウラの感情の一端を感じ取り、想いが本物であることを知り得た。
「貴方が彼を救ってくれたのね」
「私は彼の側に寄り添って支えただけです。この手を取ってくれたのも、最後は彼の意思でしたし」
トラウマの克服は、結局、シロの死を受け入れることで、白は自分の足で立ち上がることが出来た。
「少しでも彼の力になれたのなら、嬉しいことですが」
「誰かが側に居ることことさえ、白にはなかったことだから」
だから、ラウラの存在は
「白にとって、貴方は光だったのよ」
向こうの世界の人造人間技術は拙く、それこそあの青年でなければ強い人造人間など作れなかっただろう。恐らく、ラウラに出会わなければ、白は人造人間を作っていた亡国企業を潰し、その役割を終えた後に死んでいたか、ただ漫然と生きていたに違いない。
自身の存在が白の光となれたのなら、それ程嬉しいことはなかった。
「……貴方も神化人間なんですよね。なら、彼は」
ラウラは黒を見る。
冬雪が草原にしゃがみ込み、何かをしている。黒は指を差しながら何かを説明しているようだ。
「あの子は正真正銘の私達の息子よ。まさか子供が出来るなんて、私も神殺しも凄く驚いたわ。流石に二人目は無理だったけどね」
息子の事を本当に愛おしく思っているのだろう。黒を見つめるその目は慈愛に満ちていた。
「白鳥冬雪は……あの子も、本当に白とシロの子供なのですね」
「ええ」
最後の神化人間として造られた白鳥冬雪。
何かの目的の為に造られ、産み出されたわけではない。ただ一人の人間として、幸せになれるようにと願い、この世に誕生した。
血に濡れた神化人間の歴史も、黒と白の存在で全て終わりを告げる。戦いも知らず、ただ純粋に幸福を願い産まれて、普通の人として死んでいく。神化人間の事など、彼女らにとって関係のない事だ。
それでも、彼女達の存在は、この悲劇の幕を閉じる証なのだ。
「…………」
冬雪が野花で小さな冠を作り上げた。黒も作りながら説明していたようで、彼の手にも少し大きめの花冠が出来上がっていた。
冬雪が徐に黒の頭にそれを乗せる。お返しにと黒も冬雪の頭に自分の冠を乗せた。黒は屈託のない笑みを浮かべ、冬雪は口元を緩めて、静かに柔らかく微笑んだ。
「……ああ」
神に代わる者として産み出され、その歴史を血で染め上げ、白が終わらせた一つの裏世界と歴史。
世界は今でも変わらず動いていた。
その中で、彼女達の笑顔を見て思う。
白の行動は、決して無駄ではなかったのだと。
「良かった。本当に」
心の底から、そう思えた。
「あら、呼んでるみたいよ?」
花冠を頭に乗せたまま冬雪がこちらへやってくる。ラウラの手を取り、くいくいと引っ張った。
「お義母さんも一緒に作りましょう」
「え、ええ?」
「いってらっしゃい」
ラウラは困ったように恵に振り返るが、恵は笑いながら手を振った。ラウラは仕方無しに冬雪へついていき、黒の所まで辿り着いた。
「すみません」
黒が苦笑い気味にラウラに謝る。
近くで見れば、黒の目は青いことがハッキリと分かる。神殺しの目は赤いが、恵の目は青い。目は母親譲りなのだろう。
「いや、私は良いんだが……。なあ、お義母さんてやめないか。あと、敬語もいらないぞ」
「私の口調は元々こんな感じなので気にしないでください。後、お義母さんはお義母さんなので」
冬雪の目に熱が篭っている。彼女の表情はあまり変わらないが、目を見ると感情の表現がよく伝わってきた。
「冬雪には母親という存在が居ませんでしたから、憧れていたんでしょう」
黒の言葉に目を丸くするラウラ。
「そうなのか?」
「ええ、ずっとお義父さんだけでしたから。そうだ、一緒に買い物とか料理とか行きませんか?」
「時間あるかなぁ……」
時間制限があるのに変わりはない。
今が昼前の時刻なので、夜中になれば向こうへ強制転送させられる。
白が別れをどこで告げるのかは分からないが、遠くへ行くのなら時間はない。
「そうですか……」
シュンとする冬雪は、その容姿から、まるで兎が寂しがっているように見えた。彼女の頭をラウラが撫でる。
「まあまあ。今は遊んでやるから」
「はい」
その光景をベンチから見ていた恵はポツリと呟いた。
「本物の親子みたいね」
自分もそれを見て、笑顔になっているのを自覚する。
暫くすると白と神殺しが戻ってきた。黒と冬雪、そしてラウラが遊んでいる光景を見て、白は軽く頭を抑えた。
「どうかしたか?」
「……いや、自分の器の小ささを嘆いただけだ」
ラウラは既に冬雪の存在を受け入れている。
しかし、白はまだ、自分の子供と言われた彼女の事をどうすればいいのか分からずにいた。
そんな自分が、少しだけ嫌になる。
「お父さん」
冬雪が白の姿に気付いてやってきた。その手にある小さな花冠を前に差し出す。
「これ、お義母さんと作りました。あげます」
「……ああ」
白は一度だけ頷いてそれを受け取った。何と言えば良いのか分からずに居ると、渡せたことで満足したのか、冬雪はそのままラウラ達の所へ戻って行った。
「おーい、恵。移動するぞ」
「どこか行くの?」
「シロの墓参りだ」
いきなりだけど何とかなるだろうと、神殺しは何処かへと電話を掛けて、恵はラウラ達の所へ行って、何か話し合っている。
「……ああ、頼むわ。ナイフ使いと話すか?…………。あっそう、まあ良いけど。じゃ、冬雪も借りるからな」
電話を切った神殺しが白に振り返る。
「じゃ、小旅行に行きますか」
「遠いのか?」
「近くさ。一応、旅館の宿泊は予約したがな」
「この夏休みシーズンでよくできたな」
「紅蓮のツテだよ。お前のこと話したら驚いてたぞ。話すかとも聞いたが、合わせる顔が無いって言ってきた」
「そうか」
別段話そうとも思っていない白は軽く受け流した。そこへ、ラウラ達が揃って白達の所へやってくる。
「旅行とか唐突だな、父さん」
「時間ないから仕方ないだろ?どうせお前、白鳥冬雪とイチャつくだけなんだから良いだろうが」
「いや、オレ結構人付き合いあるからね?三日後とか怪我したバンドの人の代わりとかしなきゃいけないからね?」
「どうせそれも見に行くんだろ?」
「もちろんです」
「ほれみろバカップル」
「いや、今話してるのは時間の都合の話であって……」
その様子を見ながらラウラが恵に言う。
「仲良いんだな」
「ええ、まあね」
何となく一人残されていた白。
持っていた花冠を、恵が取ってバックの中へしまった。
「邪魔でしょう?帰る時まで持っててあげるよ」
「……ああ」
「んじゃ、出発するか」
神殺しの掛け声を合図に、恵が自然な動作で車椅子の取っ手を掴んで押し始める。その後を冬雪と黒もついて行った。
「…………」
白は小さな溜息を吐いて、顔を俯かせた。自分だけが取り残されたような、変な気分を味わった。
平和に過ごし、子宝にも恵まれた神殺しと恵。
自分の娘と名乗る冬雪は、黒と共に幸せそうに過ごしている。
自分が消えた後のこの世界はいつの間にか、こんなにも平穏になっていた。
それは喜ばしいことなのに。
白は受け入れることが出来ない。
自分が救い、平和に導いて、自らの死で得た結果がこの世界だ。
だから。
だけど。
ここはもう、自分が死んだ世界なのだから。
「白?」
ラウラの声が耳に届く。俯いた視界に、彼女の足が見えた。
「どうした?」
「……いや」
「行こう」
「……ああ」
ラウラが白の手を握り、道を二人で歩いていく。
自分の手を握るラウラの手の感触だけが、唯一はっきりと感じ取ることができた。
この世界は平穏だった。
泣ける程に、幸せに満ちていた。