インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》 作:ひわたり
予期せぬ邂逅
白とラウラは地下に居た。
青年と束に案内された部屋は壁、天井、床が全て銀一色のタイルのような物に覆われている。空間自体も割と狭く、あと大人二人でも入れば満員詰め状態となるだろう。
「……これで、平行世界に行くと」
『そうだよー』
どこからか、束の緩い声が聞こえた。
『と言っても、さっきも言った通り、今回は白くんの世界じゃないけどね』
どうもいきなり白の世界に繋げるのは些か危険らしく、今回は実験も兼ねて、一番近い平行世界へ送るという。身の保証は万全だそうだ。
「それで、その世界へ送っても大丈夫なのか?」
『出来ればあまり干渉はしないで欲しいけど、多少は問題ないよ。誰かと話しても大丈夫。今回は少し時間が経ったら自動的にこちらに戻ってくるように設定してある。あくまで調整だから、時期とか時間とか差異があるから気を付けて』
「了解だ」
『あと、白くんの居ない世界という選択をしたけど、色々と違う点もあると思う。その辺りを考慮して、下手な情報提供はしないように』
「はい」
白は念の為、自身の服を着用しており、万が一の時にも対応できる状態にしている。無論、戦わないと誓った身だ。こちらから嗾けるような事はしないが、必要なら防衛くらいはする。
ラウラもこの実験で私服が傷付くのは嫌だったので制服を着用している。
『じゃあ、カウント行くよ!3.2.1.ゴー!』
「早っ」
ラウラのツッコミだけが残され、二人の姿が掻き消えた。
チャイムの音が鳴る。
白とラウラの目の前には、IS学園の屋上の風景が広がっていた。見慣れた景色に、本当に世界移動したのかと首を擡げるが、チャイムが鳴ったということは授業が行われていたという事だ。少なくとも、時期がずれているという事だろう。
「ここが、俺が来なかった可能性の世界か」
世界を選ぶ際、キーワードは白が居なかった世界の一つを選んでいる。つまり、確実に白は存在しない。
「白が居なかったら私はどうなっているのだろうな。そもそも、IS学園に居るのか?」
「さあな。……ん」
ドアの向こうから足音が聞こえる。誰かが登ってくるようだ。
白はラウラを横抱きに抱え、ドアの上へと跳ぶ。貯水タンクに身を隠し、出てくる気配を窺った。
「シャルル……じゃないか、シャルロットが女の子だったなんてビックリよ」
鈴の声が耳に入る。複数の足音から、どうやら一夏達がやってきたようだ。
隣に居たラウラが囁く。
「シャルル……ということは、シャルロットが女性だと分かった時か?」
「そのようだな。過去へ来てしまったのか」
二人でバレないよう気を遣いつつ、屋上を見てみる。
そこには、白を除いたいつものメンバーが存在していた。その中に、ラウラの姿も見える。
「ふむ、ボーデヴィッヒもいるようだな」
「自分で自分を見るのはなかなか複雑な気分だ。あと、久し振りに白から苗字を聞いた」
「奴はお前であってお前じゃない。俺のラウラはお前だけだ」
「ん、ありがとう」
ラウラは白の頰に軽いキスをして、改めて彼らを見た。
「しかし、ラウラ。いきなり一夏にキスするとはどういう事だ」
その言葉に、白の横のラウラがビシリと固まった。
「一夏は私の嫁だ!夫婦ならキスしてもおかしくはない!」
「夫婦じゃないでしょ!」
「あと、ラウラさん。嫁とは女性に使う言葉であって、殿方に使う言葉ではありませんわ」
「嫁は嫁だ!」
「あはは……」
昼ご飯を食べに来たようだが、あまりのカオスっぷりに会話だけが弾んでいる。見れば、ボーデヴィッヒの食事は購買のパンである。
……俺が居ない所為か、この世界のボーデヴィッヒは料理を作らないのか。
「……ふむ、どうやらこの世界のボーデヴィッヒは一夏に惚れているようだな」
白の冷静な分析も、今のラウラには届かない。目の前で手を振ってみても反応が無い。あまりの硬直っぷりに、白も段々不安になってきた。
「……おい、ラウラ。大丈夫か?」
「……う」
「?」
「うわあああああああああ!!!」
白が止める間も無く、ラウラが叫んだ。頭を抱えて絶叫し、その声は勿論、こちらの世界の一夏達の耳にも届く。
「な、何だ!」
「ラウラの悲鳴⁉︎」
「私は叫んでないぞ⁉︎」
「え、じゃあ誰?」
途端、貯水タンクの陰からラウラが飛び出した。その勢いのまま飛び降りて、ダッシュで一夏達の元へ向かう。万力を込めてボーデヴィッヒの襟を掴み上げ、前後に揺さぶった。
「何で一夏に惚れてるんだお前!!巫山戯るな!私が愛する人はただ一人だ!というか嫁って何だ嫁って!それクラリッサの影響だろ貴様!子供じゃないんだからちゃんと日本語の勉強と文化を学べ!」
「な、ななななな何だ貴様⁉︎」
頭をガクガクと揺さぶられながら抗議するボーデヴィッヒ。一夏達は突然のラウラの出現に目を丸くして驚いた。
「な、何でラウラが二人居るんだ!」
「片方が偽物?」
「もう一人眼帯していませんわ!それに制服がスカートですし!きっとこちらが偽物です!」
このままではラウラが攻撃されかねない。白は溜息を吐いて跳躍し、ラウラの側に降り立った。肩を抱くようにラウラをボーデヴィッヒから引き離し、ポンポンと頭を叩いた。
一夏達からしてみれば突如出現した謎の男に、彼らはギョッとするが、白はそれを無視してラウラに言った。
「ほら、落ち着け。何故そんな攻撃的になってんだ」
ラウラは勢い良く振り返り、白にしがみ付いて涙目で訴える。
「違うんだ白!私は一夏なんて何とも思ってないぞ!私は白一筋なんだ!本当だからな!」
状況にさっぱり付いていけない一夏達だが、一夏は何と無く傷付いた。
「なんか知らないけど俺知らない内にフラれてる」
「だから一夏は私の嫁だと」
青年の出来れば関わらないで欲しいという言葉は一瞬の内に霧散したが、白は気にしないことにした。一応、大丈夫だと言っていたので平気だと思うことにする。
「お前ら、少し待っとけ」
混乱するラウラを抑えながら一夏達にそう言うと、まだ何か言おうとしたラウラの口を自分の口で塞いだ。
周りから声が聞こえるが全て無視した。
ラウラは言葉にならない声で何かしら言っていたが、白が更に舌を絡ませると、声は次第に弱くなり、最後にはされるがままになっていた。
たっぷりと時間を掛けて口を離すと、二人の間に唾液の橋が出来た。
「あっ……」
離した時にラウラから切なそうな声が漏れ、本人はそれに気付き、頬を赤く染めて口元を抑えた。
「強引だな……」
「落ち着いたか?」
「別の意味で興奮しそうだ」
「お望みなら抱いてやる」
白とラウラは至近距離で見つめ合い
「破廉恥ですわ!」
大声に遮られた。
見れば、そこに居た全員が湯気が出るのではないかと思う程、顔を真っ赤にさせていた。
何とも初々しい反応である。向こうの一夏達がラウラ達の行動にどれ程麻痺しているのかよく分かる。
「さて、取り敢えず説明するが」
「何事も無かったかのように話し始めたぞ」
「かなり突飛な事を言うが、俺達は平行世界から来た。一夏と箒なら理解すると思うが、篠ノ之束の所為だ」
一同は何を言っているんだという顔をしたが、束の名前を出せば、箒が顔を顰め、一夏が納得したように頷いた。箒の反応を見るに、向こうの箒と違って、嫌悪感のようなものを強く抱いているようだ。
「え、一夏それで納得するの?」
「まあ、あの人ならやりかねないと言うか……」
世界云々は兎も角、束ならどんな滅茶苦茶な事でもやりそう、というのが、一夏の感想である。
「この世界に来たのはただの実験でな。数分もすれば消えるから気にしなくていい」
「本当にそうなの?」
「別に信用しろとは言わん。警戒してもらっても良いが、徒労に終わるぞ」
白の言葉を怪しみながらも特に何も言えず、少し無言の間が続いた。
「……その話が本当なら、お前は、向こうの私なのか」
ボーデヴィッヒの問いに、ラウラは渋々と答えた。
「私としては信じたくないがその通りだ。大体、何故一夏に惚れてるんだお前」
「嫁とは深く知り合った仲だからな!」
ボーデヴィッヒの返答に再び場がヒートアップする。矛先は一夏に対してだ。
「ちょっと、一夏!どういうことさ!」
「手を出したのか貴様!」
「は⁉︎いや、違うって!」
「天誅!」
ラウラの影響が無い為か、些か攻撃的な彼女達である。
鈴がISを部分展開し、一夏に殴りかかろうとした所で
「危ないから止めろ」
白がその腕を止めた。
「……え⁉︎動かない⁉︎」
白の手から逃れようと鈴がもがくが、一向に手から離れられる様子がない。
「何者よあんた!」
「良いからISを解け。いくら何でも理不尽だろう」
白の力に勝てなかった鈴は、悔しそうに歯噛みしながらもISを解いた。それを確認して白も手を離す。
一夏がポツリと零した。
「千冬姉並みの力持ちか……」
「一夏お前、後で殺されるぞ……」
「え、いやまさかそんな聞こえてる筈が……ないよな?」
「御愁傷様ですわ」
「皆で悲しそうな目で見ないでくれよ!」
喚く一夏を放って、ラウラはボーデヴィッヒへと声を掛けた。
「深く知り合った、というのは、まさか精神世界の話か?」
「む?よく分かったな。その通りだ」
ボーデヴィッヒからその経緯を詳しく聞く。
この世界のラウラ・ボーデヴィッヒは作られた経緯こそラウラと同じであったが、作られた場所をボーデヴィッヒは覚えていないらしい。ドイツ軍へ入り、暫く落ちこぼれとして過ごしたことまでは一緒だったが、そこでドイツ軍へやってきた千冬に指導され、彼女の力に憧れと、千冬の存在に依存をしていたそうだ。その後、IS部隊の隊長を務めたものの、つい最近まであまり仲も良くなかったとのこと。
色々と言いたいことはあったが、全て飲み込んで、ラウラは溜息を吐いた。
「……成程。確かに私とお前は同一人物には違いないのだろうが、最早完全に別人だな」
可能性の一つであったのは、ラウラも疑いの余地は無かった。
白にどれ程助けられ続けていたのか理解しているし、白と出会っていなかったら彼女のようになっていたかもしれないと心の何処かで納得していた。
……だからと言って、一夏に惚れているのだけは許容出来ないが。
「そして私は嫁と出会ったのだ」
「だから、嫁とは女性に使う言葉だというのに」
最初は誘拐事件で千冬のモンドグロッソ制覇の邪魔をし、汚点を作った一夏に対し憎しみを抱いていたそうだ。VTシステムの事件で精神世界を介し、分かり合うことができ、一夏に惹かれたらしい。
「……そうか」
ラウラは一度頷いた。
白風に言えば、このラウラ・ボーデヴィッヒは生まれ変わったばかりの状態なのだろう。しかし、何如せん精神が幼な過ぎる。
ボーデヴィッヒの目を真っ直ぐに見た。
「同じ人間として忠告させて貰えれば、恋と愛は違う。その事は、頭に入れておけ」
ボーデヴィッヒは首を傾げた。
「私は嫁が好きだぞ?」
「今はそれで良いさ。何れ分かる時が来る」
そしてそれは、失い掛ける時にこそ初めて気付かされるものなのだ。
それが偽物か本物か。
本当であれば、それを手に掴むことが出来るのか。
その先は彼女次第だ。
「ええと、そっちのラウラは、この人のことが好きなの?」
「愛している」
シャルロットが白を手で示しながら尋ね、それに対し、ラウラは迷う事なく答えた。
ラウラは白の手を握り、白はラウラの手を握り返す。
「だが、まだ私は白と死で別れる勇気はないのだ。だから、もし白が何処かで死を受け入れようとするならば、私はそれについて行く」
あの深海での出来事のように。
ラウラは白の死を受け入れたまま、生きていける自信が無い。何れはその覚悟を持たなければいけないかもしれないが、やっと白の手を握れた今、彼と離れることなど考えられもしなかった。
だから、白の行き先が地獄であろうとも、ラウラは白と一緒に居ると誓う。もう白が孤独にならないように。
白と一緒に居る事が、ラウラの幸福であるのだから。
「…………」
ラウラの覚悟や重みを感じ取り、誰しもが黙り込んだ。
ラウラの想いは自分達のような一方的な物ではなく、互いを想い、受け入れ、その上で愛し合っているのだ。その深い愛情の一端を垣間見て、格の差を思い知らされた気分だった。
「さて、昼飯もまだだろう?俺達は貯水タンクの陰にいるから気にせず飯を食べていてくれ」
白がそう言って話を切り上げる。
態々移動するとの言葉に、セシリアが首を傾げた。
「何をする気ですの?」
「聞きたいのか?」
白の言葉に、ラウラが少し頰を赤く染める。
「ナニをする気ですの⁉︎」
セシリアのはしたない声が屋上に響いた。
原作の一夏達との話が見たいとの意見があったので、出来るだけ違和感の無いように入れてみました。
結果、白達の愛が深まり、一夏達にダメージを与えるという。