インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》   作:ひわたり

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様々な関係

千冬は休憩中にお茶を啜りながら空を見ていた。

「失礼します」

ノックして職員室へやってきたのは楯無で、その手には茶封筒が抱えられている。

「どうした?」

「今、白さん居ます?」

「いや、今はラウラと一緒にドイツに行っている」

「え、新婚旅行ですか?」

「気が早過ぎだろ」

千冬のツッコミに、楯無が冗談ですよと笑う。

「学園祭の件なら、あいつが帰って来てからにしてくれ」

「いえいえ、寧ろ居ない方が好都合です」

楯無は茶封筒を千冬に差し出し、千冬はそれを受け取った。中身を取り出せば、やはり学園祭企画の文字がある。

「職員全員が納得すれば文句は言わない、との言質は貰ってますからね。危険がないよう考慮すれば構わないと、他の方から許可は貰いましたし、後は織斑先生だけです」

「……何を考えている?」

楯無がにんまりと形の良い笑みを口に作った。

「あの白さんに、少しでも仕返しせたくありません?」

意味が分からないと千冬は眉を寄せたが、書類の内容を確認して行く内に、獣を捉えた狩人の様な笑みを浮かべた。それを見て楯無は内心少し引いた。

「ほほう、面白いではないか」

「でしょう?」

「ああ、奴の驚く顔が目に浮かぶ……のは想像出来んが、見れるとしたら楽しみだ」

「では?」

「無論、許可しよう。私も一枚噛ませて貰うぞ」

「ええ、もちろん。宜しくお願いします」

「ちなみに、これ、布仏には?」

書類の束を手で叩いて聞く千冬。楯無は肩を竦めて見せた。

「言ってませんよ。あの子却下しそうですし。先に教員の方々から許可を得た方が早いのが目に見えてます」

「そこは相変わらずか」

白に隠された悪巧みは着々と進行していた。

 

 

 

一方その頃、束の所に白から電話が掛かってきており、説教を言われていた。

「いやー、ごめんてば」

『お前はもう少し自分の立場を弁えろ』

「だから、ごめんてば」

白を軍施設に入れる為に、態々、束がドイツ軍と契約をしたことを白は怒っていた。

『感謝はしている。だが、あまりにも危険な賭けだったぞ』

束と繋がりがあることを知られたことは、白としては然程重要な事ではない。現に篠ノ之束の妹である箒と、友人である千冬にも現実問題としてそれ程影響は出ていない。箒に関しては保護プログラムを受けることとなっているが、精々それくらいだろう。

これは束の知り合いに手を出せばどうなるかというのを世界中の組織が知っているからだ。それこそ、裏表問わず、束は脅威だと感じている。今回知られたのも軍内部のみに限られるのと、一度、束の事件で痛手を負っているからには束の忠告は守るだろう。

それでも、危険は危険だ。

「ラウちゃんの心配し過ぎだよ」

白が怒る理由は、結局その一点にあった。

つまり、彼はラウラが心配なだけなのだ。

「大丈夫だよ。私と彼が全力フォローするから」

世界を掌握する二人の全力フォロー程頼もしいものはないだろう。

『俺が言いたかったのはそういう事ではない』

「分かってるよ」

『……なら良い』

束とて、違う愛情ではあるが、箒を愛しているのだ。特別な人を持つ事で、二人は共通しているし、感情も理解出来た。

『済まなかった。だが、感謝しているのは本当だ』

「それも分かってるよ。私もごめん」

『……ああ』

そこから数回言葉を交わし、電話を切る。

機械のプログラムを弄っていた青年が顔を上げずに言った。

「だから言ったじゃないか。怒られるって」

青年の隣にはマドカが居て、入力されているプログラムの数列をジッと目で追っていく。ISを弄った事がある彼女には少しは理解出来る所もあったが、殆どが訳のわからない物だった。

「ぶー。でも、良い事は良い事でしょ?」

「良い事をしようとしているのは喜ばしいけれど、今度からは方法も考えるべきだね」

「父親みたいな説教しないでよ」

「これは仲間としての忠告さ」

切りの良い所で手を止めた青年は、マドカの方を見て聞いた。

「マドカ、此処にいるのも良いけど、たまには友達と遊んできたらどうだい?」

「うーん、まだあんまり仲の良い子とかいないしな」

直ぐ夏休みに入るという時期が悪かった所為で、友人関係を確立する前に休みに入ってしまった。友人関係を作った所で、遊びに行くかは彼女の性格を考えれば怪しい所だが。

「なら、一夏の家にでも行けば?」

「今、女の子侍らせてるぞ」

こっそり彼女達が一夏の家に押しかける用意をしているのを目撃したマドカであった。

ちなみに、彼の鈍感さの所為で元々無かったマドカの兄の尊敬度はマイナス値に行ってたりする。

「あら、流石いっくん、モテモテね」

「彼もだけど、いい加減千冬も恋人でも作ればいいのに」

「やっぱり、モテ易く造られてるのか?」

マドカの悪意のない単純な質問に、青年は少しだけ言葉を濁した後、真面目に答えた。

「その、新人類を作るのが、つまり子供を作るのが目的だったから、子孫が残し易くなる体にしているのは確かだよ。でも、人間は本能のみで生きてるわけじゃない。本人達が愛し合ったのなら、それで良いと思う」

そんなものかなぁと、まだ恋すら経験の無いマドカは首を傾げてみせる。

「案外、白くんとラウちゃんみたいな深く愛し合ってる関係を夢見てるんじゃない?」

「それはまた敷居が高い」

白の遺伝子が異質過ぎるのと、ラウラが人造人間であることで、既に互いの本能としてのそれは関係は全くない。本能とは別の所で愛し合ってる彼らは、それでも深く心から愛し合えているのだ。

それこそ夢物語のような、奇跡のような話である。

「私はそれくらいの愛を見つけるまで独り身で良いぞ」

「それほぼ独身宣言じゃないか」

「じゃ、私もー」

便乗する束に、青年は白い目で見る。

「君は君でそろそろ恋人を見つけなよ」

「貴方だって独り身じゃない」

「いや、僕はもう結構な歳だし」

三人の独り身同士があーだこーだと会話を繰り広げる。何とも虚しい光景だった。

「ま、私は暫くお父さんがいれば良いさ」

「家族としては嬉しいけど、父親としては将来が心配だよ」

疲れた笑顔で肩を落とす青年に、マドカがポンポンと肩を叩く。そこで思い付いたのか、徐に立ち上がって青年の肩を揉み始めた。

「頑張ってる父親の肩を揉んでやろう」

「あー、効くわー」

その反応に思わず束が笑った。

「ジジ臭いよ」

「歳だからねぇ」

青年は苦笑いで答え、マドカもそれを見て微笑んでいた。

三人は笑い合うことが出来ていた。

 

 

 

今日は本当に歓迎会のみということで、解散となった。ラウラは明日も訪れることになるが、白が二度とこの地に足を踏み入れることはないだろう。本当に最後の別れだ。

ドイツ施設を出る際、そこに集まった軍人達に白は振り返る。

陸海空問わず、白の為に彼等は集まった。それを見て、感情を取り戻した白は理解した。

自分は、こんなにも多くの人に愛されていたのだ。

かつて、多くの同胞を殺し、大量の人間を殺し、罪を背負い、感情を殺し、自身さえ殺したこの身で。

こんなにも自分を思ってくれていた人達が居た。

「皆様」

それはきっと、良い悪いや、許す許されないの問題ではない。

「IS特殊配備部隊シュヴァルツェハーゼ所属、特別補佐官、白」

ただの事実として。

「これで引退させていただきます」

胸を張って良い、誇らしい事なのだから。

「ありがとうございました」

その場に揃った全員が、一斉に敬礼した。

白とラウラは車に乗り込んで、クラリッサの運転でその場を後にした。車の姿が見えなくなるまで、軍人達は敬礼を解くことは無かった。

「お疲れ様でした、お二人共」

クラリッサの労いの言葉に、白は肩を竦めて返した。

「何を言う。お前らの方がお疲れ様だ。全く、普通なら軍法会議ものだぞ」

「そこはほら、篠ノ之束の契約ということで」

「都合の良い話だ」

「白、クラリッサ」

白の隣に座っていたラウラが、神妙な顔付きで二人の名を呼んだ。

一度目を瞑り、決意のある目で見開く。

「私は軍を辞める。明日にでも、人事に話そうと思う」

それに対し、クラリッサは

「はい」

の一言だけ返した。

それ以上何かを言う様子のない彼女に、ラウラは目を瞬かせた。

「……驚かないのか?」

「何となく分かっていましたから。写真送ってくれましたよね。あの写真の二人は本当に幸せそうで……。だから、きっと戦いなんてもうしないのだろうと思っていましたから」

そう言って笑うクラリッサは、軍人としてではなく、一人の女性として二人を祝福していた。

「……ラウラ。そんな急でなくても良いんだぞ?学園に居る間は干渉を受けることもない。卒業してからでも遅くはないぞ」

ラウラはずっと軍で育ってきた。軍にも仲の良い友人も付き合いもある。ラウラにとって、軍は居場所であり、家だった。

そこからいきなり離れることもないと白は言うが、ラウラは緩やかに首を振る、

「良いんだ。もう決めた」

ラウラはそっと白の胸に手を当てる。

「今日で、白は完全に軍と別れを告げた。だから、私もお前について行く」

ラウラの決意が固いことは白はよく理解していた。

白の為なら命の危険さえ躊躇いのないラウラ。彼女が心の底から行う決断は、白でも覆すことが出来ない。女性は一度決めた事に強いと聞くが、ラウラのそれは、誰よりも強い意思なのであろう。

「分かったよ、ラウラ」

白はラウラの額に唇を当て、彼女の意思を汲んだ。

「結婚式には呼んでくださいね」

「覚えておこう」

クラリッサの揶揄いに、照れることなく返すラウラは、その微笑みに余裕を添えて返して見せた。

白はもう、軍に振り返ることはなかった。


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