インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》 作:ひわたり
白とラウラを連れた車両は、そのまま軍施設へと来て
「おい、ちょっと待て」
ゲートを通過した。
白が思わずツッコミを入れる。
「おいクラリッサ、何普通に通過してるんだ。と言うか、何故ガードマンも止めない」
「これさ」
大佐からある資料を手渡した。
白はこれを見た事がある。千冬を雇う時に同じような資料を作ったことがある。そこには白の写真が貼り付けられていて、IS学園在籍との旨が書かれていた。
「何ですかこれ」
「ドイツIS部隊と日本IS学園の意見交流。実際、IS学園教師のレベルは高い。それで、軍事とスポーツ教育との討論を行う…と言うのが今回の名目だ。織斑千冬にも協力してもらった」
白は何かを言おうとして、あることに勘付き、目を細める。
「……篠ノ之束の差し金ですか?」
「バレたか」
大佐が喉を震わせて笑った。
「俺達もどうにかお前を歓迎したいと思っていたんだが、どうしようかと思っている時に、予想外過ぎる援護が来てな。IS情報提供するから白を軍施設に入れるのを許可しろと言って来てな」
何をやっているんだあの女と白は額に手を当てた。ラウラが白の頭を撫でて慰める。それをクラリッサがバックミラーで確認するが、茶化すには空気が甘過ぎて何も言えなかった。
「それは、政府には?」
「政府は知らん。軍関係者だけだ。もっとも、この事をバラしたらドイツのISを消すと脅されたがな。お前らから篠ノ之束の情報を聞き出そうとしても同じだ。まあ、渡りに船って奴だ。おかげでこうして……」
車が止まり、窓が開いた。
「歓迎出来るってわけだ」
施設の壁に、大きな段幕が掲げられていた。
ラウラ・白お帰りなさい。
白い布地に書かれた大きな文字。車を降りると、窓から沢山の軍人が一斉にクラッカーを鳴らした。拍手する人も、手を振る人も、大声で名前を呼ぶ人も居る。
盛大な祝福に、白はやれやれと肩を竦めた。
「暇なのか?お前ら」
「今日だけ特別だ馬鹿野郎」
大佐が葉巻を取り出して大きく吸った。
「お前が出て行く時は突然過ぎたからな。誰も何も言えず仕舞い。そんな奴らの気持ちも汲み取ってくれよ」
「随分な仲良しになったもんだ」
「お前は自分の人望を理解しろ」
人望。他人に興味のない白には聞きなれない言葉だ。自分は異質だったから。身に纏う雰囲気一つでこんなにも変わるものだったのか。
……いや、変えられたのか。たった一人の少女が、俺を変えたんだ。
「……こんな時に言う言葉は、一つだな」
白は隣に居たラウラの手を握り、ラウラも握り返した。
「ただいま」
いつの間にか此処は、俺を受け入れてくれていたのだ。
食堂に案内された二人は、沢山の料理が並べられた中に立たされた。周りには沢山の軍人が居るが、もちろん、最低限の仕事に差し支えないよう、それ以上の人数が通常通り勤務を行っている。
「……つまり、貴方達が居るのはおかしいってことですが」
空軍の隊長と副隊長の姿がそこにあった。空軍部隊のツートップが飯をかっ食らっている。
「何を言ってんだ。お前の歓迎会に来ないわけないだろ!」
「いや、せめてどっちかは仕事してくださいよ」
「こんな目出度い日に仕事なんかできるか!それに篠ノ之束が許可したってことは、滅多なトラブルは起きないっつー事だろ?」
「その油断が隙を生む」
「口煩いのは変わらねぇな。雰囲気が変わった分、辛辣な気もするぜ」
お前は何でだと、白は副隊長を見る。副隊長は肉を噛み切って言った。
「俺は隊長の見張り役だ。仕事より隊長が何かしでかす方がヤバイからな」
「成程」
実感の篭った声で頷いた。
「おい白いの!真顔で納得するんじゃねえよ!てめえも、何言ってんだ!肩に手を置いてまあまあとかしてんじゃねえよ!泣くぞ!」
その会話に苦笑いしていたラウラ。IS部隊の一人からグラスを目の前に出された。
「どうぞ、ボーデヴィッヒ隊長」
「ああ、ありがとう」
ラウラはそれに口を付け、渡した女性がニヤリと笑う。
「ぶふっ!」
酒だった。
「げほっげほっ!これ酒じゃないか!」
「あ、ボーデヴィッヒ隊長ごめーん」
IS部隊の一人が舌を出して軽く謝った。周りもその反応を見て笑っている。確実に意図的な行動だった。
無礼講である。
「わざとだなぁ!」
ラウラは後々のアルコールの分解は早いが、呑んだ瞬間は酔いがすぐ回る。それは臨海学校で自覚したことだ。
既にラウラの顔は酒で赤くなり始めている。それに気付いた白が近くにあった椅子を引き寄せて、そこへ座らせた。テーブルから水を一杯コップに注ぎ、一応アルコールが入っていないか匂いと味を確認した後にラウラに手渡す。ラウラが受け取ると、白はその手でラウラの口元を拭った。
「大丈夫か?」
「ああ。ありがとう」
自然な一連の動作に、IS部隊から黄色い悲鳴が上がった。
「白さん紳士的!」
「優しい!凄い優しい!」
「ボーデヴィッヒ隊長羨ましい!」
ラウラが酒とは違う意味で頬を赤らめ、水をちびちびと飲んで誤魔化した。頭があまり回っていないので、余計な事を言わないようにする為だ。
「あー、私、白さん狙っちゃおうかな」
「私もー!」
IS部隊が見え見えの大きい釣り針を垂らしてみる。
「駄目だ!白は私のだぞ!!」
凄い勢いで食い付いた。
椅子の上に立ち上がり、白を自分の物だと大声で主張する。それは当然食堂に居た全員の耳に渡り、口笛や野次が一気に飛んで来た。
「うわあああああん!」
盛大に自爆したラウラが悲鳴を上げて白に抱きついた。白はラウラが持っていた水をサッと取り上げ、片手でラウラを抱き返した。
「白さん白さん。本当に付き合ってるんですか?」
クラリッサが近寄ってきて問い掛けてきたので、素直に答えた。
「愛し合ってる」
会場のボルテージが急上昇した。
女性が高い声の歓声で耳を突き、男達が無意味に乾杯を行った。歌い出す者も出てくる始末である。
「おいおい、マジかよ白いの」
「本気だが?」
一応年の差を心配した空軍隊長であるが、白に当たり前のように言われては、何も言うことがなかった。
「……そうか。でも、俺だったらもっとグラマラスな方が好みだねぇ」
クラリッサが空軍隊長白い目で睨み付ける。
「普通にセクハラよ」
「馬鹿お前、こんなの男の日常会話だよ」
「最低っす」
「最低だな」
「あれ⁉︎味方がいない⁉︎」
最前線に単独で飛び出したら、援護射撃が無いことに焦る隊長。寧ろこっちを楽しんだ顔で見ている。世の中は非情である。
「別に体型などに拘りはない。ラウラだから好きになっただけだ」
白の堂々とした発言に、空軍隊長は目を丸くした。
「……お前、本当に変わったな」
「だろうな」
その自覚は白にもある。変わったというより、生まれ変わったというのが自身の意思としてはしっくり来るのだが、その辺りを語る必要もないだろう。
「ま、色々あったんだよ」
白がラウラの頭を優しく撫でた。
「えへへ」
いつもなら抱き付いたまま顔を見せないのだが、酒の影響で素が出やすくなっているのか、嬉しそうな顔で笑っていた。
その波状攻撃にIS部隊がやられた。何人かが鼻血を出している。写真を撮っているものまで出てくる始末だ。
「本当に変わったわね、貴方達」
そこに、一人の女性の声が聞こえた。
その声を聞いたのはいつ以来なのか。
その姿を見るのは何年ぶりなのか。
アデーレ・ヘルマン。
かつての上司の姿がそこにあった。
「……お久し振りです。ヘルマン…さん」
車椅子で大佐に運ばれてきた彼女は、年を取って尚、綺麗な姿でそこにいた。
「ラウラも大きくなったわね」
「ありがとうございます。ヘルマンさんも元気そうで何よりです」
ラウラは敬礼しかけだが、アデーレは既に軍人ではないのを思い出し、手を挙げることはしない。その代わり、握手を求めて、彼女もそれに応じた。
「白も、なんというか、人間らしくなったわね」
「お久し振りです。どうして貴方まで此処に居るのですか?」
「感動の再会の挨拶もなし?性格は相変わらずで何より。私も軍施設に入れるよう、篠ノ之束の依頼に含まれていたからよ」
私をこんなにした本人の手で再会したのは複雑だけど、と黒い冗談を込めて微笑んだ。
「まさか人嫌い、天災で有名な彼女から、そんな誰かを気遣う言葉が出るとは思わなかったわ」
「あいつも変わったんだ」
「貴方のお陰?」
「俺は何もしていない。ラウラのお陰だ」
ラウラは白の腕を取って笑みを作った。
「私が変われたのは白のお陰です」
アデーレが見たのは、一人の人間として自らの足で立ち、一人の男と寄り添い支え合う、女性の姿だった。
かつて幼かった少女は、ここまで成長したのだ。
そして、その女性に支えられ、かつて死人のような人形として振舞っていた男は、今こうして人間らしく立っている。立ち続けている。
どんな事はあったかは知らないし、聞いても本人ほど得られるものは無いだろう。だからこそ、アデーレはただ一つ、祝福の言葉を述べた。
「おめでとう」
白はアデーレの前に跪いて、彼女と目線を合わせた。
「俺は、軍を抜けました。薄々と勘付いていると思いますが、篠ノ之束とは個人的に和解し、亡国企業の脅威も既に去りました。まだ残り火のような残党や闇はあるでしょうが、それもきっと、いずれ掻き消える事でしょう。俺は世界を壊す選択も与えられましたが、自分の意思でそれを拒否して、今このある世界を選びました。それが、結果です」
……世界を救ってくれないかしら。
かつてのその言葉を思い出す。
「任務完了です。ヘルマン中佐」
世界など、どうでも良い。
その思いはきっと変わらない。
それでも白は、今ここにある世界を、あの時確かに選択した。
「ええ。報告ありがとう、白特別補佐官」
白が立ち上がり、敬礼する。
アデーレも敬礼を返した。
「これにて、任務を終了します。ご苦労様、白。ゆっくり休みなさい」
「貴方も、ヘルマン中佐」
今ここで、白の軍人としての責務は、本当の意味で終わりを告げた。