インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》   作:ひわたり

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番外編2章 かつていた場所
海で死に、海で産まれ、そして海で


暑いくらいの晴天の中、白とラウラは海に居た。レンタカーを借りて少し遠出した二人は、青年の計らいにより、プライベートビーチへと来ていた。

近くには別荘もあり、前までは隠れ家の一つとして使っていたらしい。木造で建てられたハウスは手入れはちゃんと行われていて、埃一つ無い。

二人は持ってきた荷物を部屋へ置き、少し休んだ後に海へと足を運んだ。

白は半袖のシャツにジーンズと簡単な格好をしていて、荷物を片手に持っている。ちなみに、半袖を着たのは人生で初めてだったりする。

ラウラは装飾の少ない白いワンピースに麦わら帽子を被り、ランチバスケットを下げていた。

広い浜辺には誰もおらず、広い海が一望出来る。

「なかなか贅沢だな。本当に良いのだろうか?」

「ラウラを危険な目に合わせたんだからこれくらい構わんだろ」

「……まだ怒ってるのか?」

「……さあな」

ラウラは背伸びして白の頭を撫でた。白は無言でそれを受け入れた。

「折角だ。写真でも撮るか」

白の荷物の中に手を入れて、デジタルカメラを取り出した。海に行くと話した時に束が作った物で、見た目は普通だが、無駄に最先端技術の結晶だったりする。いつ使うのか分からないような機能が幾つもついていて、一度部屋で試しに使ってみたが、生きてる間に性能を百パーセント使い切れるか怪しい所だった。

「ほら、白、笑え」

ラウラがカメラを構えるが、白は軽く眉を顰めた。

「笑えと言われて笑える程、器用じゃないんだが」

いくら感情を取り戻したとしても、自由にコントロール出来る程でもない。特に作り笑いなど出来るわけもなかった。

「じゃあ、何か楽しいこととか、幸せな事を思い浮かべてみて」

「…………ふむ」

白は一度空を見上げた後、ラウラの顔を見る。

「愛してる」

白は口の端だけを緩めて、静かに、綺麗に笑った。

見惚れる程に綺麗なその微笑みに、ラウラはシャッターを切らずにカメラを下ろした。

「……それは反則だろ」

「撮らないのか?」

ラウラは頬を赤く染めて視線を逸らし、口をモゴモゴさせる。

「……だって、その笑顔は私だけのものだもん」

「成程」

そこですんなり納得してしまうのが白である。ラウラは更に顔を赤くした。

「いつか白を恥ずかしがらせてやる」

「……?」

白は首を傾げ、ほんの少しだけ笑った。

「楽しみにしている」

頬の赤みが取れないまま、ラウラはその笑顔を撮った。それは自分だけに向けられたものではなく、自然と彼が浮かべたものだったから。

だから、ラウラも自然と笑うことができた。

「後でシュヴァルツェハーゼ隊にも送っておこう」

「このカメラから、そのまま直接送れるらしいぞ。メール機能もあるようだ」

「……携帯じゃないんだがな。本当に多機能だな、これ」

そのまま何枚か風景を撮り、白へと手渡す。

「…………」

白はカメラを鞄の中に入れようとして、手を止めた。顔を上げてラウラを見る。

「ラウラ」

「うん?」

白はカメラをラウラに構えた。

ファインダー越しに、ラウラの姿を捉える。

「笑え」

強い風が吹き、ラウラは左手で帽子を抑える。薬指に嵌められた指輪が太陽に当たり輝きを見せた。

ラウラの笑顔を、その一瞬を、白はカメラで切り取った。

「さて、行くか」

「……ああ」

ラウラは白の手を取り、海辺へと歩く。

思えば、白が海へ来るのは仕事か、死に向かって行く時ばかりだった。こんな風に純粋に楽しむ為に来るなど思いもしなかった。

「ラウラ」

この深い海の底から、ラウラが救い上げてくれたのだ。

「何だ?」

「ありがとう」

「どうした?いきなり」

「言いたくなっただけだ」

「ふむ、よく分からんが、どう致しまして」

パラソルを立ててシートを広げる。シートの上に荷物を置き、寛げる場所を作る。ラウラはサンダルを脱いで裸足となり、海へと足を伸ばした。白が注意を向ける。

「深い所へ行くなよ」

「大丈夫。波打ち際へ行くだけだ」

ラウラは踝まで波が来る位置で止まり、海を眺めた。何処までも遠く深い波は、空との境界線の向こう側へと続いている。

「冷たいな」

「海だからな」

白も裸足になり、ラウラの側へと歩み寄った。

「なぁ、白。こんな話を知っているか?」

ラウラは本で読んだ宇宙の話を語った。

宇宙は限りがある無限である。

宇宙は常に膨張し、今でもその面積を広げている。そんな宇宙の端へ行けば、逆側へと出てきてしまうそうだ。つまり、真っ直ぐ進めば永遠に進む事が出来るが、いつか同じ場所へと戻ってきてしまう。宇宙は爆発を起こしている途中という説もあるし、光速を超えているから時間の逆を進んでいるとの説もある。そんな中に、この地球は存在し、その上で自分達は暮らしている。

「この世には不思議な事が沢山あるというが、それはきっと、人類がその仕組みを理解出来ていないだけなんだと思う」

「平行世界もあるくらいだからな」

この世には、発見出来ていないことも、勘違いしていることも、想像以上に存在しているのだろう。

「白。もしかしたら、私達の出会いは必然だったかもしれないし、奇跡だったのかもしれない。それでも、私はお前に出会えて良かった」

太陽に照らされて、海の輝きの中にいるラウラは、本当に綺麗で。

白はそんなラウラを見て、実感した。

……ああ、俺は、本当にラウラの事を心の底から愛している。

「白」

ラウラはこの広い世界の中で、白へと手を伸ばして、笑った。

 

「私と結婚して下さい」

 

大切な心を紡ぐように。

その言葉を発した。

「……普通、逆じゃないか?」

白の言葉に、ラウラは答えた。

「だって、お前には苗字が無いじゃないか。なら、私に婿入りするべきだろう」

「成程、確かに」

白に苗字を付けるとしても今更すぎる話で、それを自分のものと思える筈もない。ラウラはボーデヴィッヒという名を自分の物として受け入れている。ならば、彼女からその名をもらうのは、白にとっても幸運な事だろう。

白はその場に片足で跪き、ラウラの手を取った。

「約束しよう、愛しい人よ。俺はお前と共に添い遂げると」

「……芝居掛かってるな」

「なら、素直に」

白は微笑んだ。光の下で、彼は答えた。

「愛してるラウラ。俺からもお願いだ。結婚しよう」

どうするかなど考えるまでもない。

きっと、結婚すら本当は二人共どうでも良いものなのだ。これは、契約であり、儀式であり、繋がりである。

お互いがお互いのものになるという、その約束だった。

「……だが、ラウラは結婚出来る年齢だったか?」

「む?まあ、年齢も作ったものだから、本当の歳は分からないしな……。束達に言えば何とかしてくれるんじゃないか?」

「まあ、今すぐだろうが何年か先だろうが、変わりはしないか」

「そうだな」

ずっと一緒なのは変わらない。

結婚だって、その通過点の一つに過ぎない。

永遠の祝福の中で、この一瞬の幸福を、二人は手にしているのだから。

 

 

 

ある日、黒兎隊にて。

「お姉様ー。クラリッサお姉様ー」

データを整理していた一人が、副隊長のクラリッサに声を掛けた。

「どうしたの?」

「ボーデヴィッヒ隊長から私信のメール届いてますよ」

おお、と周りも声を上げた。

「開いてみよう。皆にも見えるように大画面に映して」

「はい」

ラウラから来たメールを部隊の皆に見えるように画面に映し出した。

彼女からの連絡はVTシステム事件以来で、無事だった旨は連絡を受けたが、その後どうなったかは知らぬ所であった。

白と合流し、一緒の部屋で暮らしていることはVTシステム事件前の連絡で知っていた。IS学園で何かしらのごたごたがあったことは聞いていたが、私信が来たということはそれも落ち着いたということなのだろう。

メールにも問題は起きたが無事に解決し、二人共問題ないと書かれていた。

「……隊長も白さんも大丈夫みたいですね」

「そうね。安心したわ」

部隊の全員が安堵の溜息を吐いた。

「ん?追伸で海に行った写真を送るとありますね」

「へぇ、海。羨ましいわね。開いてみて」

何枚か開くと、風景画が画面に表示された。

「あ、白さんの写真」

名前に白とあったので開いてみる。

「……え?」

全員の目が点になった。

それもその筈、白が見たこともないような笑顔で映っていたのだから。

黒兎隊の知っている白は、無表情で無感情で、人形のような異質な雰囲気を纏った底知れぬ人物。

画面に映し出されている彼は、儚くも綺麗な顔で笑みを作り、温和な雰囲気を醸し出している。

ある者は、誰だこの人と目の前の現実を受け入れられず、またある者はその微笑みに心を奪われたのか頬を赤くして染めて見惚れていた。

「……な、何があったのでしょうね」

「さ、さあ」

写真の人物が白だと受け入れ難いが、彼の昔を知っている分、微笑みの効力は抜群で、その魅力に大半の人数がやられていた。

「ち、違う写真見てみましょう」

別の白の写真を開いてみる。そこに映っているのは普段通り無表情の白で、それに皆一様にホッとした。先程のは衝撃が強過ぎた。それでも、白の雰囲気が柔らかくなっているのは写真越しからも伝わってきており、何があったのかと首を傾げるばかりである。

「ラウラ隊長の写真もありますね」

ラウラと名前の付いた画像を選択した。

映し出されたのは、風で帽子を抑えながら笑うラウラ。その可愛さに同性でありながらも頬を緩めてしまう。

「眼帯してないんですね」

「プライベートだからかな?」

眼帯を外した理由を知らない彼女達は憶測を飛ばした。

「……ん?んん?」

と、そこで一人の隊員がある事に気付く。

「どうしたの?」

「……隊長、左手に指輪してません?」

「え」

全員の視線が一気にラウラの左手薬指に集中する。

そこには、間違いなく指輪が嵌められていた。

「えええええええええ!!!」

ドイツ軍中に響き渡るような声が炸裂した。

「え⁉︎指輪⁉︎なに、結婚⁉︎結婚したの⁉︎」

「ま、待て!落ち着け!」

「これ、白さんの指輪じゃない?」

「え?あ、本当だ!白さんの武器だ!」

「ということは、白さんの武器を隊長が左手薬指に嵌めてるってこと?え?どういうこと?」

建設されて以来、史上最大の混乱が部隊を襲う。

「ほ、他の写真見てみましょう。何かヒントがあるかも」

次々と写真を見ていき、最後の一枚を開く。

「…………」

白とラウラが一緒に写った写真。

白がラウラの肩を抱き寄せながら微笑んでいて、ラウラは照れたように笑いながらも、離れることなく、寧ろ白に身を寄せていた。

「うおあああああぁぁぁぁぁ!!!」

声にならない声が部隊に上がった。

「うわああああ!うわあああああ!!」

「副隊長しっかり!」

「何これ!何これ!」

「隊長に連絡を!何があったのか説明を!!」

「駄目ですよ時差考えてください!」

「取り敢えず印刷しておきますね」

「あんたの冷静ね……」

印刷された写真はIS部隊に留まらず、白の行く末を心配していた空軍や海軍にも行き渡ることになり、新たな阿鼻叫喚を産んだ。

なお、この写真が切っ掛けで、IS部隊という特殊な部隊が産んでいた蟠りが解けて、陸海空IS問わず新たな絆が出来たそうだ。


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