インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》   作:ひわたり

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変わり行く時の流れ

もうじきISの大会、第二回モンドグロッソが開催される。

軍にいると忘れがちだが、世間ではISはスポーツとして親しまれている。名前も知らぬ軍人達から第一回の盛り上がりがどれだけ凄かったかと、白は興味がないのに散々聞かされた。戦争道具となり得るものが平和的に使われて何よりだ、というのが白の感想である。ISも兵器としての使い方とスポーツとしての使い方は別物だろう。今はまだ境目が曖昧かもしれないが、剣道やフェンシングのように元は剣から来たものが純粋なスポーツとして落とし込まれたように、ISもまたこれから変わっていくに違いない。

「それで、これを見て来いと仰るのですか?」

モンドグロッソのチケットを片手で持て余しながら白は問いた。アデーレはどこか楽しそうな顔で頷く。

「あら、それだってちゃんとした任務よ。優秀な人材を発掘するにはそういう所も見なくちゃね。そりゃあ、外国人も多いけど、どんな風にISを使用しているか見るだけでも違うでしょ」

「スポーツと兵器は違うでしょうに。俺1人で行けと?」

「ええ、貴方1人よ。別に優秀な人材を掻っ攫ってこい、なんて言うつもりはないわ。それはそれで、ちゃんとその仕事をしている人達がいるからね。貴方には実際に見て知識を深めて欲しいのよ」

確かに、白は軍のISか録画でしかISを見たことがない。色々なISを生で見る機会だと思えば、悪くはない。

恐らく、これはアデーレの気遣いでもあるのだ。

最近、白に対する拘束は緩くなって来た。言葉は少ないが、軍に従順で優秀な面を見せている白は、内部での評価は割と高い。その為、軍はある程度自由を許可したのだが、趣味などを一切持ったことのない彼は、特に何処かへ行くこともなければ何かをすることも無かった。

モンドグロッソはそれを見兼ねたアデーレの配慮も含まれている。余計なことをする、と思わずにいられないが、仕事と言われれば断れない。

「承りました」

「そういえば、最近ボーデヴィッヒに何か言った?」

「指導を頼まれたので断りました」

「……他には?」

「特に思い当たる節はありません」

「…………。そう、分かったわ」

「彼女に何かあったのですか?」

「……ちゃんと明確な目標が出来た様で、不安定だった精神面は安定してきたわ。ただ、体が着いて来ないことがもどかしいようでね」

「そうですか。しかし、それが自分と関係あると?」

アデーレが少しだけ目を細めた。

「今、ボーデヴィッヒの心を動かせるのは貴方だけだもの。そういうの、自覚してる?」

どうでしょうねと、白は肩を竦めた。

 

 

 

モンドグロッソ。

世界各国のIS乗り達が優勝を掛けて争う競技。

ここ最近は国中がモンドグロッソ関係に染まっている。テレビやラジオを聴いても、嫌でも耳に入ってくる程だ。食品売り場などでも、IS関係の絵柄を模倣して売り出されていたり、その盛況っぷりは呆れ果ててしまう程である。

「お前は興味ないのか」

「所詮スポーツですから、どちらかと言えば興味ないです」

たまたま白とラウラの非番が重なった日、ラウラは白の部屋へやってきていた。

IS部隊は特別部隊であり、優秀な者が集められている。特別待遇として軍では珍しく、それぞれの個室が与えられていた。白も一応IS部隊の一員として、こうして個室が与えられている。もっとも、それは建前であり、実際は神化人間の異常性を少しでも隠せるように部屋がもらえているだけだ。

ラウラがやって来た時は、また指導でも頼まれるのかと思ったが、そのことは一切口にせず、ただ部屋にちょこんと人形のように座っていた。

部屋は殺風景な物で、備え付けられていた家具以外、特に物もなければ娯楽物も見当たらない。本当に人が住んでいるのか窺わしい程、生活感がかなり薄かった。

ラウラも白も特に何かする人間ではないので、賑やかしにと付けているテレビの放送だけが虚しく部屋に響いている。

流石にそれだけでは寂しいかと珈琲を淹れてやれば、ラウラはかなり驚いた表情を見せた。

「貴方が自分から誰かに何かするとは思いませんでした」

失礼とも取れる発言だが、こと白にかけてそれはない。むしろ、確かに、と白は同意見を持った。

少なくとも、この世界に来る前なら絶対にこんなことはやらないだろう。

「俺も少しは変わって来てるのだろうな。それが良いか悪いかは知らないが」

ラウラは珈琲を口にし、こくりと飲み込んでから呟いた。

「きっと、良いことでしょう」

「善悪を決めるのは己と他人。だから、お前が良いなら、それで良い」

白も珈琲に口をつける。濃い苦味が口の中に広がるのを感じた。

「苦かったか?」

「苦いのも好きです」

「……そうか」

最初出会った頃より伸びた銀髪が日の光に当たり輝いている。人形のように綺麗な顔。その顔に不釣り合いな眼帯が、不思議と現実味を表していた。

「それで、何しに来たんだ」

「理由がなければ会いに来てはいけませんか?」

……本当に用事がなかったのか。

「俺の所に来て楽しいわけでもないだろう」

「少なくとも、楽ではあります」

「楽?」

「貴方は人造人間というものを当たり前にしている人間です。貴方となら、私が気を遣う必要も、気を遣われる必要もありませんから」

それに。

「この静かな時間も、嫌いじゃありません」

「…………」

こうしていれば、普通の少女なのに。

なのに、ラウラは戦う道を選んだ。

「……お前は、何故力が欲しい」

かつて問いた質問を再び口にする。

「…………」

ラウラは一度天井を見上げ、白に視線を戻す。

「貴方っていつも無表情ですよね」

「……そうだな」

「貴方が笑う所とか、泣く所とか、怒る所とか……見てみたいんです。貴方が感情を見せてくれる所を」

ラウラは優しく、静かに微笑んだ。

「だから、まずは貴方の隣に立てるようにします」

白は二重人格を出さない為に感情を殺してきた。だから、白は感情の出し方を忘れてしまっている。二重人格が消えた今、確かに感情を出すことは可能だ。しかし、長年縛られたその呪縛は簡単に解けはしない。

「簡単ではないぞ」

「はい。だから、頑張ります」

白は自分のことを言ったつもりだったが、ラウラはラウラ自身のことと受け取ったらしい。

本人が頑張ると言うのなら、それを訂正する必要もないかと、敢えて何も言わなかった。

……しかし、俺の隣に立つか。

行動自体が白に頼らなくなったことから、きっと依存ではなくなったのだろう。それは良いのだが、白は自分から離れなかったことが予想外だった。何故かと内心首を傾げ、当たりをつける。

……受け止めたから、か。

あの時、ラウラを受け止めたから。きっと、それがラウラが白の存在を認識する最大の根幹になったのだ。

では、何故、白はラウラを受け止めたのか。

銀髪と赤目。

一瞬思ってしまった。自分と同じだと。

……あいつと同じだと。

「ああ、単純だな……」

「何がですか?」

「何でもない」

自分の業の深さを再確認し、珈琲を飲み干す。少し冷えてしまった為か、酸味が増して苦さに固さが出てしまっていた。

「なぁ、ボーデヴィッヒ」

「はい」

「俺は、お前を認識しよう」

首を傾げるラウラに、白はやはり無表情だった。

「分からなくて良い」

自分でも、あいつでもない。

この世界で作られた人造人間。

俺と同じで違う存在。

ラウラ・ボーデヴィッヒを、俺は一個人として認識しよう。

 

きっと、ここから俺は、二度目を生きることが出来る。


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