インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》   作:ひわたり

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食事の誘い

IS学園が夏休みを迎えた。

この時期になれば、寮で暮らしていた生徒達も大半が実家へ帰省する為、学園内は静かなものだった。実家が不仲のシャルロットは残っているが、国外であるセシリアや鈴もまだ寮に残っている。一夏は一度掃除をする為に自宅に戻るそうで、簡単な帰宅準備を進めていた。

ちなみに、専用機持ち達がその隙を狙って一夏の家に押しかけようとしているのだが、彼はそれを知る由も無い。

「ラウラはドイツへ行くのか?」

フライパンに熱を通しているラウラの隣で、白は野菜を切りながら尋ねた。

「うーん、白はドイツ軍には入れないよな」

ラウラの悩み所はそこだった。

白は既に軍人でないし、存在していなかったことにされている。黒兎隊と顔を合わせようにも難しい所だろう。

忘れがちだが、ラウラがIS学園に居るのは任務扱いである。元々、亡国企業と篠ノ之束の手掛かりを掴む為、織斑一夏のことを調べる為として此処に居る。まさか、軍も全て解決済みで和解しているなどとは夢にも思うまい。

一応、体裁としてそれらしい報告をするつもりではあるが、真実を晒す気は無い。例え晒しても、あの青年と束なら何とかしてしまうだろう。

世界を掌握する二人が手を組んでいるのはなかなかに脅威だ。

「俺がドイツ軍に入るのは無理だろ。居なかったことにされてるから、絶対に不可能だ。ドイツまでなら、束かあの男に頼めばなんとかなるかもしれないが」

俺だけでもやろうと思えば飛行機に侵入するくらいわけない、とつけ加える。

「それ犯罪だろう」

「偽戸籍を作るのも偽パスポートを作るのも犯罪だぞ」

「言われてみれば、確かにそうだな」

あの二人なら本物も作れそうだが。

「ま、一度顔を出しても良いんじゃないか。VTシステムの件だって向こうも知ってて心配してるだろう」

「そうだな……」

一度くらい顔を出すか悩むラウラ。部隊から誰か呼んで白と顔を合わせるにしても、一人二人が限度だろうか。

「もし行くなら、白も一緒に来るよな?」

「ああ、もちろん」

軍に顔を出せずとも、ラウラから離れるつもりは無い。

その後、完成させた料理を二人で食べて、早速地下へ頼みに行った。

青年から二つ返事で了承を得た。その場でパスポートを手渡されたのには、驚きを通り越して呆れてしまったが。この時ばかりは全世界の政府に関わっているのに感謝した。

白とラウラは戻る途中、廊下で箒と鈴に出会した。

「箒、鈴」

「ああ、ラウラ。丁度良い所に。今夜は何か予定が入ってるか?」

「いや、取り立てては」

「私達女子組でご飯でも食べに行かない?」

女子組とは箒、鈴、ラウラ、セシリア、シャルロットの事だ。

つまり、いつものメンバーである。

「また唐突だな」

「箒とシャルロット以外は帰国予定あるし、今の内に食事でもどうかなって。女子会ってやつ?」

「成程な。……良いよな?」

「俺に確認しなくても良い。楽しんでこい」

ラウラの質問に、白は許可を出す。

そこに、いきなり一つの人影が乱入した。

「ほう、なら私達は私達で呑みに行こうではないか」

何処から現れたのか、千冬が白の肩に肘を置いてニヤリと笑う。突然の出現に女子三人は驚くが、白はやはり気付いていたようで、普段の調子で返した。

「何故だ」

「いつだか呑みに行こうと言っただろう?」

確かに、ラウラの髪を初めて梳いた日にそんなことを言っていた記憶がある。

「ああ、確かに、言ってたな」

……という事は、また愚痴を聞かされる羽目になるのだろうか。

「ここ最近、お前らはベッタリだからな。たまには友人にも付き合えよ」

「分かったから肩から肘を下ろせ、鬱陶しい。付き合ってやるよ」

白が肩を上げて千冬の手を跳ね除ける。

今更ながら、千冬にそんな口が利けるのは白だけだろうと改めて思わされた。

「というわけで、今夜は白を借りるぞ、ボーデヴィッヒ」

「分かりました。織斑先生、お酒は程々にしてくださいね」

千冬は人造人間ということもあり、アルコールにも強いが、それでも限度はある。

「自分の限界くらい把握してるさ。じゃあ、白。詳しい時間はメールする」

「了解」

千冬はヒラヒラと手を振りながら去って行った。

「相変わらずね、千冬さん」

「何でたまに気配消して近付くんだろうな」

それはアレだろうと、白が言う。

「俺を驚かせるか試してるんだろう」

たまには仕返ししたいという千冬の目論見が何となく見えていた。

「期せずして俺も予定が入ったから、気にせず楽しんでこい」

「うむ、分かった。浮気しちゃ嫌だぞ?」

「俺の辞書には永遠に載らない言葉だな」

「からかっただけだ」

「ならお仕置きだ」

白がラウラの顔を自分に向かせ、軽い口付けをした。ラウラも抵抗することなく素直に受け入れる。

「あの、二人共。私達がいること忘れてないか」

箒の白い目に、ラウラはハッと我に返り、湯気が出るのではないかと思うくらい顔を真っ赤にさせた。

「う、あ、その……すまん」

あわあわと口を震わすラウラを見ていれば怒る気も失せる。白に関しては何がいけないのかも分かってないようだ。

「あーはいはい、ご馳走様」

「じゃあ、また後でな」

二人と別れ、ラウラが頬を膨らませた。

「むぅ、恥ずかしかったじゃないか」

「いけないことか?」

「人前でやられると恥ずかしいと言っただろう」

「何を羞恥する必要があるのか分からん」

「……お前には羞恥心が無いからな」

元々感情が幼い頃で死んだのだ。思春期前から育たなかった感情は羞恥心というものも学んでいない。

「美味い不味いも知らないし、羞恥心も分からない。だが、美的感覚は分かるつもりだ」

「どうせ美術作品云々という話だろう?」

「確かに、花を愛でても美しいとか醜いとか分からないが」

だけど、とラウラの頬に手を添えた。

「あの時のラウラを、綺麗だと思ったよ」

アリーナで無人機の大群を倒し、動けなくなったあの時。空から舞い降りるラウラは、本当の天使のようで。

「……そういえば、あの時、初めて褒めてくれたな」

ラウラは白の手に自分の手を重ねた。ラウラが微笑み、白も静かに微笑み返した。

「本当に、私を綺麗と思ってくれるのか?」

「自然と思えた言葉だ。嘘偽りはない。お前は綺麗だよ、ラウラ」

「ありがとう、白」

二人は抱き締め合い、互いの鼓動を感じた。

 

 

 

「……って、私達が離れた後でも二人でイチャイチャしてたのよ」

「だから簡易的なお菓子パーティしようとか言ったの?」

「そーよ。食べなきゃやってらんないわよ」

食堂の一角でお菓子を紙皿に乗せ、それを囲むように鈴達が座っていた。少量なら兎も角、大量の菓子は持ち込みは禁止だが、夏休み期間で利用者も少ないので特別に許可を貰った。他にも、例えば、誰かの誕生日パーティーなどでも許可が下りるので、ある程度は融通が利く。

「間食をすると体重が……。ああ、でも美味しいですわ」

「この後食べに行くんだからあんまり食べちゃ駄目だよ」

スナック菓子を食べつつシャルロットは注意を促す。簡易的、というだけあり、人数に比べたら実際量はそんなにないが、糖分や菓子は腹が膨れ易い。

「覗き見なんてやるもんじゃないわよ」

楯無はのんびりとした口調で言いながら端からチョコを取った。

「……何で先輩が普通に混じってるんですか」

売店でお菓子を買った時に楯無と会ったのだが、そのまま彼女が何故かついてきて、結局流れで一緒に居る。

「良いじゃない。同じ男が好きな者同士仲良くしましょうよ」

「仲良くないのが普通な気がしますけどね」

「そんなこと言って、生徒会の仕事やりたくないだけなんじゃ?」

「バレた?」

「せめて隠そうとしてくださいよ」

楯無の悪気無い素振りに、箒は呆れ果ててしまった。

生徒会長である彼女は暗部の事がなくともイベント関連で何かしらと忙しい。一夏の護衛も本命の脅威は去ったが、まだ良からぬ輩に襲われるとも限らないので、せめて一夏が一人でも対処できるようにと鍛えるようにしている。その為、専用機持ち達の一夏の会う時間も少なくなっているが、一夏の安全を考えるならばと、その辺りは了承していた。

「やー、学園祭の企画が白さんに蹴られちゃったからね。虚ちゃんが煩いのよ」

生徒会会計の布仏虚。見た目からして如何にも堅物な彼女は、楯無が勝手に持って行った企画の案を見て、憤慨していた。

「白さんが正しいです!」

その日以来、すぐに作り直すようにと毎日のように迫ってくるという。

「それ、自業自得じゃありませんか?」

「一回くらい公式で争奪戦的な事やりたかったのよ」

「ですが、そうなると一夏さんに生徒会に素直に入って頂くしかないですわね」

「本人あまり乗り気じゃないのよね。なんかお堅そう、とか言って」

楯無はポリポリと菓子を摘みながら溜息を吐いた。

「というわけで、何か良い案無い?」

「それここで聞きますか」

「生徒の意見も取り入れようと思ってね」

「相変わらず口だけは回りますね。私はあのバカップルに文句を言いたいだけなのに。あー、一夏とあんな風にイチャつきたい!」

「一夏が白さんみたいなクールな言動するかな……?」

「そこは冷静になっては駄目ですわ。妄想です妄想」

「妄想って言っちゃうのだな。しかし、白さんも変わったよな。雰囲気が柔らかくなったというか、落ち着いたというか」

楯無が目を細めたのは、誰も気付かない。白の事情を知る彼女にとって、第三者から見た今の白の感想に、少しだけ感情が動いた。

安堵にも似た良かったという気持ちが、じんわりと胸に広がる。

それを誤魔化すように楯無は言う。

「言い方は悪いけど、人間らしくなったってことよ」

「ああ、そうかもですね。しかし、楯無会長は彼の事を避けてたんじゃありませんこと?」

鈴が意地悪そうにニヤリと笑うが、楯無は余裕の笑みで返した。

「彼とは仲良くなったし、最初の事は許したわ。私は寛大だもの」

どちらかと言えば楯無が白に許された感じだが、その真相を知る者はここにいない。

楯無は最後のチョコを口に放り込んで立ち上がった。

「もう行くわ。あーあ、本当に学園祭どうしよ。薫子ちゃんにでも相談しようかな」

「逆にネタ寄越せと言われるのがオチかと」

「目に見えるようね」

楯無は乾いた笑いを浮かべ、そのまま食堂を後にした。数分後に箒達もその場を片して去って行った。

その後の食事でも、ラウラに自然と惚気られる彼女達であった。


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