インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》   作:ひわたり

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手を取り合って

「却下だ」

白は楯無の持ってきた学園祭の企画を一蹴した。

職員室の一室で、テーブルの上に広げられた楯無の案。正確に言えば生徒会の案なのだろうが、八割は楯無の考えによるものだろう。

「ええ!何でですか?」

大袈裟に驚く楯無に、白は冷めた口調で言った。

「何でも何も、部活動組による織斑一夏争奪戦など、トラブルが起こるのは目に見えているだろう。下手すれば怪我人が出る。しかも、捕まえた部活に一夏が入部するなど、本人の意思がない」

「そこは上手く誘導して生徒会に入れると言ってるじゃないですか。一夏くんの部活間の貸し借りも限界来てるんですよ。ここら辺でガス抜きしておかないと」

「だが、危険が起こりそうなことを許可は出来ん。一夏は素直に生徒会に入れて、ガス抜きは別の方法を考えろ。学園祭の企画も同じくだ」

楯無が頬を膨らませて文句を言う。

「むぅ、白さんて意外とお堅いですね。織斑先生は許可してくれましたよ?」

「あいつは結構お祭りごとが好きなタイプだからな。だから、他の教員達が俺を学園祭責任者に命じたんだろうよ」

千冬を止められ、更織という暗部に臆せず物を申せるのは白だけだ。故に、教員達は白へ縋り、白も承諾した。

「とにかく、提案し直せ。他の教員も納得できるものだったら考えてやる」

「分かりました」

肩を竦め、書類を纏める楯無。

「ああ、そう言えば、マドカが貴方の事を探していましたよ」

マドカはあの後、IS学園へ入学した。本人の希望ではなかったのだが、碌な教育を出来なかったからと青年が提案したのだ。その為、千冬と一夏の妹として特別枠で入学をしている。尚、青年も学園の整備課の教師としてこの学園に居る。これも本人の意思ではなかったが、様々な話し合いの結果、このような形で落ち着いた。

「分かった」

白は承諾したと頷いた。

放課後、白はマドカに会う為に一年の教室へと足を運んだ。

「白」

教室前の廊下でラウラと出会した。

「ああ、ラウラ。マドカを知らないか?俺に用があるらしいんだが」

ラウラが答えようとした所でマドカが教室から顔を出した。

「ああ、白さん」

「用事があると聞いたが」

「私じゃなくてお父さんの方が用事らしい。後は束か」

「あの二人が用事?」

あの後、二人に蟠りが残らなかったとは言えないが、話し合うことは出来たようだ。一応、喧嘩しない程度には仲を縮めたらしいが、詳しくは白の与り知らぬ所である。

「学園の地下整備室にいるらしい。忙しいようで、私も伝言役を頼まれただけだ」

「そうか、分かった。いってくるとしよう」

「じゃあな」

マドカは手を振り、白が踵を返した。ラウラが横に並んで訪ねてくる。

「私も行っていいか?」

「ああ。内容が何かは知らないが、別に問題はないだろ」

そのままラウラと二人で地下の整備室へと足を進める。途中、関係者以外立ち入り禁止の看板や、監視カメラを気にすることなく素通りし、目的地のドアへと辿り着いた。

扉を開くと、椅子に座っていた束が目に入る。彼女はキーボードを叩く手を止めず、振り返ってニンマリと笑った。

「やあ、白くんにラウちゃん。よく来たね」

「用事があるんだろ?」

そこへ奥から青年が歩いてきた。

「ようこそ。ボーデヴィッヒくんも来たんだね。……しかし、いきなり本題に入るのかい?ま、君らしいけど」

彼の表情は相変わらず疲れている風ではあったが、どこか晴れやかな顔をしていた。

「白くん。日本には御盆という習慣があるのは知っているかな?」

唐突な質問に、白は軽く眉を寄せた。

「簡単に言えば先祖の墓参りだろ。それがどうかしたのか?」

「いやね、どうかと思ってね」

青年が頭を掻きながら薄く笑う。

「墓参りはする気があるかな?」

「誰のだ」

「シロくんの墓参り」

一瞬、白が固まった。

ラウラがそっと手を握り、白はそれを握り返した。

「……どういう事ですか?」

ラウラが口を開いて尋ねる。束がキーボードを打つ手を止めて答えた。

「簡単な話だよ。白がいた世界に行く気はあるかってこと」

「行けるんですか?」

「まだ完成はしてないけどね。理論は確立してて、半分くらい完成してる」

……行ける。

自分が元居た世界に。

自分が死んだ世界に。

何もかも失った、あの世界に。

「……何故」

「君はシロの死を受け入れたのだろう?」

「ああ」

「なら、次はちゃんと別れを言うべきだ」

「…………」

白はラウラの手を強く握った。ラウラにとってそれは痛いくらいだったが、それを拒絶することはない。

「別れ、だと?」

「そう。だから、僕達はその装置を作ってる。勘違いしないで欲しいんだが、君を向こうの世界に返したいわけでも、もちろん意地悪でもなんでもない。ただの無粋な配慮さ。決めるのは君自身だ」

「……それは、向こうへ行けば帰ってくることは出来るのか?」

「出来るよ。寧ろ、向こうに留まることが出来ないね。エネルギーを使って転送、維持するだけだから、自然とコッチに戻ってきてしまう。精々、二十四時間が限界かな」

「それは私も行くことが出来ますか?」

「ラウラ?」

驚く白に構わず、ラウラは聞いた。その目は熱意に篭っており、真剣さが窺えた。

「出来るけど、その分エネルギーは二倍使うから、時間は半分になるよ」

「分かりました」

白は気を取り直して青年を見る。

「呼んだのは、その説明の為か?」

「そう。行く気があるなら、まだ用はあるけど、どうする?」

「…………」

白は瞑目して、暫し時間を使って考え込んだ。

「少し、考えさせてくれ」

白とラウラは整備室を出た。ラウラは二人に一礼し、青年は手を上げてそれに答えた。

廊下を出たラウラは、チラリと白の顔を確認する。白は少しだけ眉を寄せていた。

二人は帰り道を進み、白が口を開く。

「墓参りなんて、考えたこともなかったな」

「……シロの遺骨はあるのか?」

その問いに緩やかに首を振った。

「いや、あいつも神化人間だったからな。生半可な事では死体は残る。他の神化人間も同様だ。俺が自分の体を消そうとしたのと同じで、海の水圧で潰そうと、重りを付けて沈めた。そうやって処理した」

「…………白」

立ち止まり、悲しげな顔をするラウラに対し、白は優しく頭を撫でた。

「すまん、言い方が悪かったな。だが、当時の俺はそう考えていた。これは体の処理であり、魂の弔いではないと」

「……だったら」

ラウラは白の手を両手で包み込む。小さくとも、温かく柔らかな手が白の手を包んだ。

「だったら、行くべきだ。きっとそれを、彼女も望んでいる」

「……ああ」

ラウラは目を伏せて、小さく言葉を落とした。

「実はな、さっき、少しだけ嬉しかったんだ」

「嬉しい?」

「帰ることは出来るのか、と言ってくれたことに」

白は元いた世界に行くのであり、帰るのではない。帰ってくるのは、この世界だと言ったのだ。

「この世界を居場所と思ってくれたことを、嬉しく思ってしまったんだ」

「…………」

伏せていたラウラの顔を、白は彼女の顎に手を添えて上げる。その唇に自分の唇を静かに重ねた。

「俺はあの世界で死んだ」

唇を離すが、その距離は変わらない。お互いの吐息が掛かる距離で、白は話し続ける。

「俺は向こうで死に、ここで産まれ直した。ラウラが産まれて、生きて、ここにいる世界が、俺の居るべき世界であり、俺の帰る場所はお前だ。ラウラ」

ラウラは潤んだ瞳で白を見上げ、彼の胸に手を添えた。

「……だから、嬉しいんだ。私がお前の、白の居場所になれたのが、嬉しくてたまらない」

「だが、お前まで付いてくる必要な無いんだぞ?」

「ずっと一緒だと言っただろ。束達は信頼しているが、世界を渡るなんて危険な真似は、白だけにさせない」

「馬鹿だな」

「お互い様だ」

今度は長い口付けを、二人は交わした。

「……白」

ラウラは頬を赤く染め、蕩けた表情で彼の名を呼ぶ。

「抱いて欲しいのか?」

「あ、やぁ……。こんな所だと、誰か来るかも……」

「俺は構わないが」

「ばかぁ……」

「お互い様だ」

壁に背を付けたラウラは、白に唇を奪われる。そして、ラウラの服の中に手を

 

 

 

「監視カメラは切ろうか」

青年が監視カメラのスイッチを切った。

「あー!良いところだったのに!来るでしょ!この後あんな展開やこんな展開が来るでしょ!」

監視カメラを食い入るように見ていた束だが、青年の手によって電源を切られ、発狂した。

「人の恋路を邪魔するもんじゃないよ」

「白が構わんて言ってたじゃない!」

「いや、ラウラ君は気付いていなかったようだけど、白君はコッチに気付いてたよ。本気でやる気も無かっただろう」

「じゃあ電源付けてよ!本当かどうか見せてよ!」

「あっ、こら」

束が青年からスイッチの主導権を取り返して、電源を付ける。

「……あれ、いない」

カメラには人影が全く映っていなかった。白達は何処かと探してみれば、地下から出て、学校へ戻る所なのが確認できた。

「そりゃあ、放課後の人気が無い地下とは言え、こんな所で事は及ばないよ。精々、部屋に帰ってからかな」

「何でそんなこと分かるのさ」

「白君がラウラ君の裸を他人に見られたくないからだよ」

ラウラの件で白に殴られたことのある青年は、彼がどれだけラウラを愛しているか骨身に染みている。

「意外と独占欲が強いのかな?」

「さあ、そこまでは分からないけど。……しかし、まさか、君とこんな話をする日が来るとは夢にも思わなかった」

「……私は、貴方を父親と思ったことはないよ」

束は何でもないように、本当にどうでも良いように、目線を合わせずに言った。

青年は横目でそんな束の様子を見て、小さく返す。

「ああ、僕も、君を自分の子供と思ったことも、愛した人とも思ってない」

「なら、良いけど」

少しばかりの沈黙が場を支配した。

「……今日まで聞かなかったけれど、白君を元の世界へ送ろうと思った理由は何だい?」

「……さあ」

束は椅子の上で膝を抱え、天井を見ながら背もたれに寄りかかる。ギシリとスプリングの音が鳴った。

「気まぐれか、感謝か、同族の哀れみか……。愛しくも憎い相手なんて、私には想像出来ない。だから、何となく、かな」

「……そう」

「貴方は?」

青年は肩を竦めて見せた。

「僕は、感謝さ。大切な物に気付かせてもらったからね」

自分が生み出した人造人間という罪の子供達。そして、マドカという娘の存在。

自分はまだ死ねないのだと、まだ自分を愛してくれている者も居るのだと気付かせてくれた。

「……後は、同情もあるかな」

青年は束を見るが、相変わらず、束は視線を合わせようとしない。

だからこそ、青年は一つの質問をした。

「君と僕の関係は何だと思う?」

束はその言葉に反応を示した。

目線が動き、青年と目が合う。お互いの瞳にお互いが映り合う。

「研究仲間」

それが、束の答えだった。

予想外だったのか、青年は固まる。やがてその言葉を理解し、そして束の答えが気に入ったようで、額に手を当てて笑った。

本当に、楽しそうに笑った。

「成程、成程。研究仲間か」

良かったと、笑った。

きっとそれは、彼等にとって最上の関係であったから。

 


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