インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》 作:ひわたり
学園祭企画。
その単語で頭を悩ませる一人の女生徒がいた。
黛薫子。IS学園の新聞部副部長。
「あー、どうしよっかな」
唸る彼女を、部活の後輩が話し掛ける。
「文化祭がどうかしたんですか?」
「うん、まあね。体育祭は競技が順々に行われるから一つ一つちゃんと見れるけど、文化祭は複数の事が同時に行われるじゃない?今回は男性操縦者の織斑一夏くんも居るし、話題も多い。どうしようと悩んでて」
後輩はやや呆れた顔で溜息を吐いた。
「夏休み前でそんなの悩んでも仕方ないじゃないですか」
「じゃあ、なんかネタ頂戴」
「本当に根っこから記者ですね、先輩。じゃあ、あの二人に取材でもしてきたらどうですか?」
「誰?」
食いついてきた薫子に、後輩は笑顔で答えた。
「学園で唯一にして一番のラブラブカップルです」
「困った」
昼休みの時間、白は一緒に昼ご飯を食べる為に屋上へ来ると、ラウラがそんな事を言ってきた。
大きなシートを敷いた場所には、一夏と箒達の専用機持ちも一緒にその場にいた。
ラウラはあの日以来から眼帯を外している。最初はクラス中から驚かれたが、それもすぐに順応された。何かと話題の多いラウラや白に、今更オッドアイなど大したことでは無かった。
「どうした?」
白の問いに、ラウラはもそもそと卵焼きを口にして答える。
「何故だか、ここ最近、クラス学年問わず恋愛相談をされててな。授業の短い合間に行列が出来る始末だ。ご飯食べ終わった後も教室にいるのは当たり前。おまけに教員も来るんだぞ、どういう事だ」
鈴が成程と頷いた。
「ここ最近、やたら隣クラス煩いと思ったら、それだったのね」
「千冬姉の出席簿が悲鳴を上げてて仕方ないんだ」
時間内に帰れとラウラが言っても、波がなかなか引かないので、毎度誰かが千冬の出席簿の犠牲となっていた。
「ま、千冬さんはそういうの興味ないだろうしな」
箒の発言に、ラウラは僅かに目を逸らした。
……言えない。夜にこっそり呼ばれて相談して来たなんて言えない。
「何でラウラに相談するんだ?」
白の疑問に、セシリアが乾いた笑みを漏らした。
「それは白さん、白さんとラウラさんの関係を見ていたら、誰だって羨ましがりますわ」
「む、いや、そうではない。ここは実質、女子校だろ?相談した所で誰と付き合う気なんだ?」
「それはまあ、一夏じゃないですかね」
シャルロットがそう答え、横目で一夏を見た。当の一夏はそれを聞き、眉を寄せる。
「いや、それはないだろ」
一夏は自分が人造人間と自覚している。自分向けられている好意は遺伝子の所為ではないかと疑っているので、この言葉は一夏の願望のようなものだった。
「じゃあ、白さんとか?」
「ないわね」
「ないよ」
「ないだろ」
「ないですわ」
白とラウラの熱愛ぶりは見てて分かる。そんな仲の良い二人の間に割り込むような事はしないだろう。女性陣が揃って首を振った。
「でも、他の学年ではまだそんなに知られてないし、今の白さんなら惚れそうな子もいそうな気がするけどな」
白とラウラが居ない期間の間、一夏達は気が気ではなかった。箒達も一夏の様子から白達に何かあったのは察しがついていたが、聞いても全てはぐらかされていた。
白達が戻って来た時、白はいつもと雰囲気が変わっていた。それは人形ではなく、人間として、生きている証であった。
普通の人と同じになった白は、その時から多くの人に話しかけられる様になった。
普段が距離を置かれ過ぎたというのもあるが、穏やかな雰囲気を持ち、時折感情を見せる彼は魅力的だと言える。実際、彼に見惚れる女生徒の人数はかなり居た。
「相談しに来るってことは、ラウラが付き合ってるのを知ってるってことだ。唯一の男子生徒である一夏が誰とも付き合ってないのは学校中が知ってる。つまり、相談しに来る人達はラウラと白が付き合ってるのを分かってる人達だ」
「ああ、成程」
箒の説明に一夏は納得した。
「それに、学園外なら男の方もいますし、寮でなく実家から通っている方もいらっしゃるようですから。相談する方もいらっしゃって当然では?」
「そんな大勢が学園外で男作るか?」
「ま、ラウラに話を聞いてみたいっていう興味が殆どじゃない?」
鈴の言葉にラウラが首を傾げる。
「何で態々私に聞くんだ」
「寧ろラウラ以外の誰に聞けと」
そこへ屋上の扉が開かれた。
「こんにちは、御機嫌よう。新聞部です!」
扉を開けたのは薫子であった。唐突な訪問者に女性陣は目を瞬かせ、一夏は首を傾げる。
「また俺に取材ですか?」
薫子は男性操縦者ということでよく一夏に取材に来る。彼女は一夏に恋愛のような好意は持っておらず、普通に接してくるので、一夏もそれなりに安心して話せる相手だった。時折、取材内容が捏造されていることもあるが、目を瞑れる範囲であるので大目に見ていた。
「いやいや、今回は織斑くんじゃないんだ。用があるのはボーデヴィッヒさんと白さん。そこにいる学園一のラブラブカップルに話を聞きたくてね」
「学園一か」
「何ですか?学園一じゃ不満ですか?やっぱり目指すなら世界一⁉︎」
白の呟きに無駄に食い付く。
既にボイスレコーダーを回している用意周到振りに、白は軽く呆れた。
……何を目指すのだろうか。
「学園一や世界一など、好きに言うのはお前の自由だが、感情は物差しで測るものでも比べるものでもないだろう」
「なかなか辛辣ですね、お兄さん……」
「学園でも、学園外の誰かと付き合ってる奴もいるかもしれんだろ?そいつらにとっては、自分達が一番と思ってる可能性もある。だから、比べることは無意味だ」
「おおう……。一夏くん、白さんてこんな感じの人なの?」
「こんな感じの人だよ」
耳打ちする薫子に、一夏は普通に頷いて答えた。
「それで、その新聞部さんが何の用ですか?」
ラウラの問いに、気を取り直した薫子がカメラを構えて言った。
「取材させて、取材。お二人さんの馴れ初めとか聴きたいなぁ」
馴れ初め。白とラウラが顔を見合わせる。
知り合った時。出会った時。
「……いや、ちょっと言えないです」
「ええー、何で?恥ずかしいの?」
「いいえ。事情が複雑なだけです」
あの時の出来事もそうだが、白の特殊性をおいそれと公けにすることは出来ない。
「運命的ではあったがロマンチックではなかった、とだけ言っておきます」
「うーん、じゃあ、好きになった理由は?」
「そもそも取材を受けるとも言ってないですよ」
「少しくらい駄目?」
その会話を聞いていた白が、徐に口を開いた。
「新聞で少しくらいそう言った話をやれば、教室に人が来なくなるんじゃないか?」
「そうか?逆に呼び寄せそうな気もするが」
「何の話?」
「実は……」
今ラウラに起きている話を薫子へと伝える。予期しない相談となったが、彼女は彼女で真剣に考えてくれた。
「それはちょっと迷惑ね。でも、そんな事になってたなんて、全然知らなかったわ。記者失格ね」
「まあ、ここ数日の話ですから」
薫子はポンと手を付き、一つの提案をした。
「新聞部の発行する新聞に、ラウラさんの恋愛相談みたいな項目でも作ってみるのは?投票箱みたいに質問を設けて、それに答えるみたいな感じで」
「それで今の状況が良くなりますかね?」
「その辺りは賭けかな。少なくとも夏休みに入れば落ち着くだろうし、それまででも良いわよ」
長期休暇に入ってしまえば学園の出来事は暫く忘れられるだろう。それまでの辛抱、という話だ。
「それとも、昼休みに放送部か何かかで同じ感じで質問に答えていく?それはそれで楽しそうだけど」
「白と弁当を食べる時間が無くなるから却下です」
そこだけはラウラが即答した。ハッキリとした意思表明に、薫子が少し押される。
「おお、本当にラブなのね。やっぱり取材させてよ。その項目作る代価で良いから」
「ううむ、まあ、そういうことでしたら」
奇妙な事になってきたな、と箒達は思っているが、口を出さない。彼女達とて人並みに恋愛話に興味があるからだ。聞いてみたいというのが本音であろう。
「じゃあ、さっきも聞いたけど、好きになった理由は?」
ラウラは腕を組んで頭を悩ませた。
実際、自分の気持ちがどの時に愛に変わっていたのか判断がつかない。初めからかもしれないし、初めて自分が泣いた時、あるいは白が弱みを見せてくれた時か、それとも自分が支えようと決意した時か。
「……分かりません。気付いたら、という感じですかね」
羞恥よりも悩みの方が上回ったので、割と普通に答えた。
「なんか特別な出来事と無かったの?きっかけとか」
「あり過ぎて逆に無い感じですかね」
「うーむ、捏造するにも曖昧過ぎるわね」
……とんでもない発言を聞いた気がする。
「じゃあ、白さんはどうですか?好きになった理由は?」
全員の視線が白に注がれた。これはラウラも何となく興味あることであることは確かだし、他の皆は普段無表情の彼の本音が聞けるかと耳を傾けた。
「理由か」
白は顎に手を当てて、軽く考え込んだ。
「まあ、簡単な話だな」
白はなんでもない様に答える。
「ラウラは俺の側に居てくれて、俺の手を取って支えてくれた。俺に笑ってくれた。俺を救ってくれた。寄り添ってくれたラウラを、愛おしく思った。理由など幾らでも取って付けられる」
……単純な話だ。
「ラウラだからこそ、俺はラウラを愛した。それだけの話だ」
運命的に、必然的に、ラウラが必要だった。ラウラだからこそ、愛し愛されることができた。彼女でなければならなかったし、彼女以外など居なかった。
理由があるとするのなら、ラウラだったから。彼女だったからこそ、白はラウラを愛したのだ。
「…………」
ラウラが無言で横から抱きついてきた。この頃になると、流石に白はその行動がどういう事か分かっている。
顔を隠すように抱きついてくるのは、恥ずかしがっている故の行動だ。顔を見られたくないから顔は隠すが、それでも好きの気持ちが溢れるから抱きつく。これは、ラウラの一種の返事でもあった。
「……ヤバいわぁ。私これ文章にしなきゃ駄目?」
薫子が手で顔を仰ぐ。心なしか、この場の全員の顔が少し赤い。
「……えーと、特別な事とか無かったんですか?」
「ラウラは特別だ」
「あ、はい。それで良いです」
「?」
白は白で、彼なりに正直に答えているから質が悪い。
「じ、じゃあ、次の質問です」
一夏達がギョッと薫子を見た。
……まだ行く気か!
……馬鹿な!死ぬぞ!
「…………」
その視線を感じた薫子は、無言のままグッと親指を立てて見せた。
一夏達は薫子の記者魂に感動し、白だけが何やってるんだこいつらと冷めた目で見ていた。ラウラはずっと白にしがみついている。
「結婚式はいつですか?」
「色々とすっ飛ばしてませんか⁉︎」
鈴の叫びに、どこか諦めたような表情で薫子は笑った。
「だってもう、さっきの言葉で色々とお腹いっぱいだし……」
話している薫子達を横目に、白とラウラは目を合わせた。結婚。その言葉が頭に疑問を抱かせる。
「結婚……できるのか?」
「今の段階では不可能だろ」
白には戸籍がない。学園の用務員として雇われてはいるが、それは国が認めたものではない。結婚という公の儀式をする為には身分の証明書が必要となる。現代社会では、産まれるのにも死ぬのにも証明書と事務作業が必須となるのだ。
「不可能?何でですか?」
「あー……」
一夏だけはわけ知り顔で頷いた。ラウラを除けば、この場では彼だけが白の異質性を理解していた。
ふと、自分や千冬の戸籍はどうなっているのかと思うが、束は国の政府とコンタクトを取れる。恐らく、その辺りで偽造したのだろう。
思考を巡らしている一夏の脇で、ラウラが薫子に答えた。
「事情がありまして」
「じゃあ、お子さんのご予定は?」
その問いに
「無理ですよ」
「無理だな」
二人は素っ気なく答えた。
「ええ?何でですか!」
恥ずかしがると想定してたのに、冷静かつ違う返しをされて困惑する。
「何でと言われてもな」
遺伝子を弄られた二人が子供を宿すのはほぼ不可能。ラウラは普通の人とならまだ何とかなるかもしれないが、白の方が問題だ。
一応、行為に及ぶ事は出来るが、特殊過ぎる体は子を成す可能性が無いに等しい。
「事情だ」
「……複雑すぎませんか貴方達」
そう言われても仕方ないものは仕方ない。
ラウラが白の袖をクイクイと引いて、小さな声で疑問を口にした。
「白は誰かと子供を作れるのか?」
「遺伝子の組み合わせでは、一応、シロとは可能だったそうだ。それでも可能性はかなり薄いし、あいつを抱く気も無かったから、それはそれで無理だっただろうな」
白もそこまで小声で返し、ラウラの頭を撫でると、後は普通の声量へ戻した。
「どちらにしろ、俺が抱くのはお前だけだ」
「子供を作れなくても?」
「そんな事は関係ない。俺が抱きたいから抱くんだ」
「ありがとう」
ゴホンとセシリアが咳払いした。
「お、お二人共。そういうのは二人きりの時にやってくださいまし」
二人に邪な気持ちや下心がない分、とても眩しく見え、あまり直視出来るものでも聞けるものでもなかった。
「……ラブラブ度増してない?」
「何があったんだろうな」
ふとみると、端で薫子が頭を悩ませている。
「ちょっと、これどうすれば良いのよ。逆に抑え気味に捏造するしかないじゃないのよ」
「まあ、これまんま書いたらアウトですよね」
「思わぬネタかと思ったら地雷原に足突っ込んだ気分だわ」
この後、薫子が必死に修正した新聞は発行され、この記事は大人気となった。ラウラの相談項目コーナーも効果があったようで、ラウラに相談を持ちかけてくる生徒は極端に減った。新聞にも押し寄せは止めましょう、と書いたのが功を奏したのかもしれない。
しかし
「先生!」
「ラウラ先生!」
「サインください!」
これはこれで問題が生じたようだった。
「困った」
ラウラは結局頭を抱えた。
「白、慰めてー」
それでもラウラはラウラだった。