インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》 作:ひわたり
夢を見ていた。
そこは平原だった。
一つの墓がそこにある。
石には白と名が刻まれていた。
「…………」
その前に一人の少女が立っている。一人の少女が泣いている。
愛した少女が泣いている。
「……ラウラ」
ラウラが泣いていた。その表情に感情はなく、無表情のまま、静かに涙を流していた。
無表情。
無感情。
「……違う」
……何故、お前がそんな顔をする。
何故、お前が泣いている。
違う。俺は、お前にそんな顔をさせる為に、こんな事をしたわけじゃないのに。
夢を見た。
平原の中で、墓が一つある。
その地面が掘り返されていた。そこで眠っているのは、銀髪の少女。
土を被っていないラウラは、まるで穢れなく、その綺麗な姿のままで横たわっていた。
「……何だこれは」
何だこの光景は。何故こんな心象風景を見せられている。
これが俺の望みだとでも言うのか。
「……違う」
……これは、俺の恐怖の権現だ。
俺は怖かった。
俺はラウラを愛して、ラウラに愛された。この手を繋ぎ合って、共に光の元へと歩いて行った。
そして、俺は怖くなった。
俺の存在がラウラを闇に引き入れてしまうのではないかと。この光の中で、ラウラの邪魔をしてしまうのではないかと。自分の存在がラウラの枷になってしまうことが怖かった。
ラウラを失うことが怖かった。
俺にはラウラしかいない。
ラウラしかいらなかった。
人の命は有限だ。何れ死が訪れる。
その時、俺はラウラの死を受け入れることが出来るのだろうか。数分後でも、何年先でも、彼女の死を受け入れることができるのだろうか。
ラウラは綺麗だ。
人造人間でありながら、その心を真っ直ぐに向けている。擦れることなく、狂うことなく、壊れることなく、眩しいほどに、それは羨ましくて。
だから、怖かった。
彼女を穢してしまうことが怖かった。
俺は臆病で、覚悟がなくて、あまりにも異質過ぎて。
それ以上に、ラウラの事が愛おしくて。
だから手を離すことを決めた。
彼女の周りには沢山の幸せがある。その幸せを掴み取ってくれると信じた。俺から離れてくれると思ったんだ。
俺はもう沢山のモノを貰った。
お前に会えて幸せだった。だから、もう良いんだ。
「…………」
光が、見えた。
俺は、目を覚ました。
「……何で」
俺は横たわっていた。無機質な艦の中で、一人横たわっていた筈なのに。
「……何で、ここにいるんだ」
いつの間にか、ラウラは俺の腕の中に居た。闇に包まれていた筈の艦の中を、光を連れて、俺の側に居た。
「……何で、俺の」
馬鹿と叫びたくなった。
まだ、俺だから生きている。普通の人間が今の環境に居ればすぐに死んでもおかしくない。例え、ラウラが人造人間であろうとも、それは変わらない。既に兆候があるのか、ラウラは俺が目覚めたことに気付いた様子はなく、眠り続けている。このままでは、本当に死んでしまうのも時間の問題だ。
「……ラウラ」
ラウラ。
お前は俺を選ぶのか。俺を、選んだのか。
普通の幸せを掴めたのに。
お前は自由になれたのに。
それでも、俺と一緒が良いと言ってくれるのか。側に居てくれるのか。
幸せだと、感じてくれたのか。
「ラウラ」
幸せを見つけた。
お前が幸せだから、俺が幸せなんじゃない。
ラウラと一緒に居るから、俺は幸せなんだ。
俺は充分に満たされた。ラウラが俺を満たしてくれた。俺はもう、空っぽじゃない。きっとそう胸を張れるだろう。
ラウラ、俺は幸せだ。
俺はお前に幸せになって欲しかった。そして、幸せになる為に、お前は俺と一緒に居ることを選んでくれた。
俺の事を起こすことなく、ただ寄り添ってくれた。
言葉はいらない。
言葉なんか、必要ない。
ラウラ。俺と一緒で、お前が、俺達が幸福になれるのならば。
俺は……。
白はラウラを両腕で抱き抱えて立ち上がった。
「……雪羅」
光の粒が集まり、雪羅の姿をとった。
「俺と、繋がってくれ」
『無茶を言うわね』
「承知している。だが、お前なら出来る。自分の意思を持つお前なら、出来る筈だ」
『……エネルギーは残り少ないよ?』
「構わん。俺の身体能力でカバーする」
『また体に負担を掛けるの?今度は死ぬかもよ?』
「俺は死なない」
俺には生きる理由も死ぬ理由もない。
だけど
「死ねない理由が出来たから」
覚悟を決めた。
もう、迷いはない。
だからこそ行くのだ。
今度は俺が、ラウラの手を掴む為に。
『……私はね、貴方達が羨ましい』
雪羅が微笑んだ。
『それだけ愛し合える貴方達は。とても素敵だから』
……だから、私は全力で貴方達を応援するよ。
雪羅の姿が崩れ、光が俺とラウラを包んだ。武装はなく、ただ淡い光だけが、全身を包んでいる。暖かく穏やかな、そして柔らかいこの感覚を、ラウラの心を感じた。
『……流石に、適性の無い貴方と、ラウラを二人を同時に展開させるのは、キツい。長く保たない』
苦しげな雪羅の声に、白は力強く応えた。
「……充分だ」
脳と肉体のリミッターを外す。
さあ、行こう。
俺は殻をぶち破った。
白はラウラを抱えたまま海岸へと辿り着いた。夜空が薄くなり、朝方となりかけた時間。薄暗いその中で、白はラウラを降ろした。波打ち際で座り、声を掛けた。
「ラウラ」
白がラウラの名を呼ぶ。
「ラウラ!」
大切な人の名を呼ぶ。
「ラウラ!!」
彼女の瞼が開いた。
「……白」
目の前に大切な人が居た。
愛しい人が、ここに居る。
ラウラは、その人の名を呼んだ。
「白」
言いたい事は沢山あった。とても語り尽くせないほど、沢山の言葉が心の中にあった。
けれど、それは必要ない。
二人の間に、言葉は必要ない。
たった一言だけあれば、それで良い。
「愛してる」
ラウラは綺麗な笑顔で微笑んだ。
静かに涙で頬を濡らし、笑う彼女は、とても美しかった。
「ラウラ」
白は、微笑んだ。
「ありがとう」
微笑んで、泣いた。
その目から涙を零し、拭うことなく、その頬を濡らしていく。
白はラウラを抱き締めて、大声で泣いた。ラウラも白の事を、もう離さないと抱き締めた。
白が泣く。
その泣き声は空高く響き、世界に木霊する。
陽の光が顔を出し、二人の世界を照らし出した。
白は、産まれて初めて、産声を上げた。