インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》 作:ひわたり
ラウラ達が学園に戻り、楯無から情報を得る。マドカからの情報を照らし合わせていた所、あのアリーナに無人機と一人の男が出現した。
草臥れた白衣の男は気絶しており、更にここから三日間を費やした。その間、マドカに男の素性を確かめさせると、彼女曰くお父さんらしかった。その台詞から、彼が亡国機業のトップだということが判明する。
学園について来た束にも確認を取る。
「ああ、間違いないね」
寝ている男を見て、束は感情のない声で言った。
「これが……この人が、お父さんだよ」
いったい、その心情はどうなのか。事情を知る千冬とラウラだけが、その複雑な心境を察することができた。
今、この場には事情を知る者だけが居る。
織斑千冬、ラウラ・ボーデヴィッヒ、更織楯無、篠ノ之束、織斑マドカ、寝ている青年。
そして、織斑一夏。
「…………」
一夏はラウラの様子と白が居ない状況を見て、何かがあったのだと分かった。そして、人造人間としての勘が働いたのか、彼は千冬に自分が人造人間であることを知っている旨を伝え、真実と現在の状況を求めた。
「俺は白さんに命を助けてもらった。力の重さを教えてくれた。俺はまだ何も、あの人に返せていない」
その言葉に、千冬が折れた。
全て事情を話した上で、今この場に呼んでいる。
白が今、深海に居ることは情報を集めた結果分かっていた。しかし、その場所は不明。マドカも転移座標を指定しただけで、その場所を把握していない。無人機とその座標に行くことも提案されたが、艦は既に海流に流されている。今行っても何処かも分からぬ深海の中に行くだけで、それはあまりにも危険だ。
ただ無意味に時間だけが浪費されていく。
「う……」
青年の手が微かに動く。
「!」
全員が見守る中、青年が目を開いた。
「こ……ここは」
「IS学園だ」
マドカが近寄って答える。青年は目だけを動かして、マドカを見た。
「ああ、マドカか」
「大丈夫?お父さん」
「……ははっ、まだ、私の事を父と呼んでくれるのか。成程、彼が僕を生かした理由が分かった気がする」
青年はゆっくりと身を起こして、周りを見た。一人一人を確認し、最後に束と、目を合わせた。
「……久し振りだね、束」
「…………」
束は答えない。ただ、その拳を力強く握り締めていた。
「僕が、憎いか?」
「…………分からない」
殺そうと思えば、幼い頃に殺せただろう。この男は優し過ぎた。彼女の夢を思い続けるが為、人造人間という禁忌に手を出した。それでも、その子供を大切に育てていた。殺されたとしても、決して何も言わずに受け入れたに違いない。
どうすれば良かったのだろうか。
「……僕達は、皆、不器用過ぎた」
「……そうかもしれないね」
もっと早く分かり合おうとすれば、何か変わったのだろうか。
「それで」
ラウラの発言が全員の視線を集めた。
「起きて早々申し訳ないが、艦の場所は分かりますか?」
ラウラはマドカと束の様子から、青年に危険がないと一時的な判断を下した。それにもう、時間がない。
「正確な場所までは分からない。……僕は三日間眠っていただろう?」
「何故分かりました?」
楯無の問いに青年が苦笑いで答えた。
「気絶は彼の眼の能力さ。三日間寝るように支配されたよ。……彼が息をそんなにしないにしても、限界が近付いているだろう。それに、残った最後の電源で場所を移動されたから、位置把握は無駄だろうね」
「大体の位置は分かりますか?深海なら、そうそう動けない筈です」
「あの広い深海を隈なく探すつもりかい?日本付近なのは確かだけど……」
その答えに、絶望が広がる。
ラウラだけが、再び問い掛けた。
「……白は、最後に何て言っていました?」
青年は、それに答えた。
「ラウラが幸せであれば良いと」
「…………」
ラウラは口を閉じて俯く。その小さな肩が小刻みに震えていた。
耳に痛い程の沈黙が、その場を支配する。
「ラウラ……」
楯無がラウラの肩に手を伸ばそうとして
「白の馬鹿あああああああああああああああああ!!!!!!」
大声が部屋に木霊した。
その声に耳を塞いだ。ラウラの反応に全員が目を白黒させる。
「……ふぅ」
天井を仰ぎ、息を吐く。
「……本当に、白は、大馬鹿だ」
……ここで叫んでおかないと、出会い頭に言ってしまいそうだ。何にせよ、スッキリした。
「一夏、頼みがある」
唐突な願いに、一拍遅れて一夏が反応する。
「あ、おう?お、俺に出来ることなら」
「白式を、雪羅を貸してくれ」
「雪羅を?良いけど、どうするんだ」
一夏が待機状態の雪羅を渡しながら尋ねる。
「一つだけ、考えていた方法がある」
そう言って、ラウラは部屋から出て行く。どうするかと全員が顔を見合わせ、束がまず彼女の後ろをつけていった。その後に一夏が続き、見張りを兼ねて、残りの四人が移動を開始する。
ラウラが来たのは、あのアリーナだった。
まだ無人機の残骸は撤去されておらず、大量の山となり未だそこに残されていた。天井の穴の修復の目処も立っていない。そこから陽の光が差し込み、最後に白がいた中心を明るく照らしていた。
「今ならここが、白の手を握れなかったこの場所が、一番白を想う事が出来る」
ラウラは雪羅を装着し、その光の中で、祈りを捧げるように両手を握り締めて跪ついた。
「……雪羅。お前の力を貸してくれ」
ラウラは雪羅に頼んだ。
白の事もラウラの事も知っている、人間になった機械の雪羅。彼女の力は必要不可欠だ。
「…………」
白とは一度、精神世界で繋がった。
白はISを使えない。白とラウラが繋がったのは、人造人間という構造と、ラウラから白への強い想いがあったからこそだった。
「私の想いは、あの時よりも、ずっと大きい」
だから、何処に居たって、繋がってみせる。貴方を想ってみせる。
「白」
ラウラの体を光が包み、彼女を雪羅が包んだ。
白く光り輝く翼を広げ、全身を白い衣に纏う姿。光の中で静かに佇む姿は、まるで天使のように見えた。
「ラウラが、雪羅を……!?」
他人の専用機を纏うという現象に、その場に居た全員が驚いた。
「…………」
ただ一人、青年だけが、穏やかな顔でそれを眺めていた。
……雪羅が本当に魂を持ったんだな。君の夢の一つは、叶ったよ。
「……白」
ラウラの体から、光の粒が溢れ出る。まるで雪のようにふわりと柔らかい光。それは、アリーナを満たし、学園を満たし、日本を、世界を満たしていった。雪羅の力を借りる事で、白を想う心が精神世界を超えて、現実の現象として包み込んでいく。
世界中の人々はその現象に驚き、その光の温かさに触れる。今この一時だけ、世界から争いが消えて無くなった。
「白」
その光が海を満たす。
探して。
探して。
探して。
その心を、見つけ出す。
「……私は、もう一度、貴方の手を取ろう」
ラウラが立ち上がる。
「待て、ラウラ」
千冬が一歩前に踏み出した。
「……いくらISと言えど、深海は危険過ぎる。エネルギーが尽きる可能性だってある。それに、どうやって白を連れ出すつもりだ。そんな危険な事を、私は許可出来ない」
「でも千冬姉!それじゃ、白さんを見殺しにするのか!?」
「二人死ぬよりマシだ」
千冬の言うことは正しいのだろう。あまりにも危険過ぎる行動の上、その先が何も見えない。人数が居れば解決する問題でもない。
「な、なら、無人機の転送装置を使えば?」
一夏の提案に青年が首を振る。
「無理だね。転送装置の座標を設定出来るのは僕と束だけで、あの広い深海で彼の位置を特定出来るのはボーデヴィッヒ君だけだ。とてもじゃないが、脳の共有でも出来ない限り不可能だよ」
「そんな……」
「それでも行くのかい?」
「行く」
ラウラに迷いは一切ない。
束がラウラに問い掛けた。
「何で?彼は死を選んだ。その決断を受け入れようとしないの?」
「いいえ、白が本当に心から願い、その本心で選択したのなら、私は何も言いません。私でも、彼の根幹を変えることなんて出来ないから」
「なら、何で行くの?」
「白は願ったから。私の幸せを」
ラウラは、微笑んだ。
「私の幸せは、白と共に居ることだから」
その微笑みは、とても綺麗で。
「……ラウラ!」
千冬は隠し持っていたISを展開し、ラウラを止める為に突撃した。完全に不意を突いたと思ったそれは、空気を掴む結果となった。
「……!」
……私が外した?
「織斑先生、貴方はきっと正しい。私は恵まれている。こんなにも私の事を思ってくれる人達が出来たから」
千冬は空を見た。宙に浮かんでいるラウラの、両眼を見た。
赤と金の眼が美しく輝いていた。
「……馬鹿者」
千冬は、その眼に、ラウラの本気を見てしまった。
「眼の力の使い所が違うだろうが」
もう、自分では止められないと分かってしまった。
「ごめんなさい、いってきます」
ラウラは飛び立った。
ただ一人の為に。
白に会う為に。
手を伸ばして、掴んで。
抱き締めて。
愛していると伝える為に。
幸せになる為に。
白。
ありがとう。
私を受け止めてくれて。
私を愛してくれて。
私が行ったら、貴方は怒るかもしれない。
本当に嫌われるかもしれない。
それでも構わない。
貴方が私の幸せを願うのと、私が貴方の幸せを願うことの、何が違うと言うのだろう。
だからきっと、貴方は私の気持ちも想いも理解している。
それでも貴方は私から遠ざかろうとしている。私の幸せを願いながら、私から遠ざかる矛盾を、きっと貴方は気付いている。
白。貴方は、自分を許せない。自分を異質だと思っている。
でも、本質はそこじゃない。
貴方は怖いんだ。
ずっとずっと怖がっている。
だから、私が行くのは間違いかもしれない。でも、私は貴方に会いに行こう。
白と一緒に居ることが私の幸せなのだから。
ラウラの周りには光の粒が辺りを照らす。暗い闇の深海の中、真っ直ぐ降下し、その大きな艦へと辿り着いた。
「……この程度の距離なら、今の私なら、出来る」
ラウラは中へ自身を空間移動させた。
艦の中は暗闇に覆われていて、空気が淀んでいて、酸素も少ない。
ラウラの光で艦の中が、薄っすらと照らされていく。
その中に、彼はいた。
白がその中央で丸まっていた。
目を閉じて寝ている姿は、まるで胎児のようで、彼はずっとこの闇の中に居た。
「ありがとう、雪羅。巻き込んで、ごめんね」
ラウラは雪羅を解く。
光の粒だけは残ったままで、白とラウラを照らし出していた。ラウラが横になり、白の腕の中へと潜る。ラウラも、静かに目を閉じた。
「……白」
ラウラは微笑んで呟いた。
「もう一人じゃないから」
一切光の届かない闇の中で、白とラウラだけが、光の粒に照らされていた。
それは幻想的で、穏やかで、優しい光だった。