インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》 作:ひわたり
「私を指導してくれませんか」
白が食堂で食事をしていると、目の前にやってきたラウラから唐突に申し込まれた。
昼の限られた食事の時間に食堂は混み合っているが、白の周りには誰も座っていない。だいぶ拭えてきてはいるが、白の雰囲気から漂う異質感は本能が拒絶反応を起こしてしまう。それは人形に恐怖する感情と似て非なるだろう。
白は基本食事する必要もないのだが、周りへのポーズと上司命令をされてキッチリと食事を摂るようにしていた。白としては、余計な摂取エネルギーをどこで消費するべきかと、変なことで頭を悩ます結果となっている。
「藪から棒だな」
だからこの提案を一瞬でも丁度良いかとも思ってしまった。しかし答えは決まっている。
「無理だ」
「……っ。何故ですか?」
この提案はラウラにとって結構勇気のいることだったらしく、動揺が見て取れる。
「俺は誰かに何かを教えたことが無い。よって却下だ」
第一、と続ける。
「ISを使えない俺に何を教わろうっていうんだ」
ラウラは元々研究施設で英才教育を受けていた。武器の扱いから戦術など諸々。ラウラは元々のポテンシャルが高い。今は落ちこぼれの烙印を押されているが、それはナノマシンの適合が不完全だからだ。それを克服してしまえば優秀な兵士となるだろう。
故に
「俺が教えることは無い」
「ですが、この前のホフベルク一等兵にはアドバイスを与えていました」
アレは指導と呼べるのかと内心首を傾げる。確かに、色々と指摘はしたが、増長させない頭打ちが主だったのだが。
「アレは基本的なことを言っただけだ。ISにはISのやり方があるのだから、それに従った方が良いに決まっている」
「しかし私は未熟です。ISを使わない基礎から学んだ方が良いと考えています。だから、貴方に」
「何を焦っているんだ」
グッと言葉に詰まるラウラ。自覚は無かったのだろうが、その指摘は図星を突いたようだ。
「……貴方も造られた人間だと聞きました。平行世界から来たとも」
「ああ」
白が神化人間であることはIS部隊の全員に説明済みだ。平行世界の話は未だ半信半疑のようだが、造られた人間であることは、以前の戦闘能力で納得せざるを得なかったようだ。
「いつか、帰ってしまうのですか?」
帰る。元の世界に。ああ、それは。
「考えたことも無かったな」
白は本気で考えていなかった。
元々、死んだ筈の身だったのだ。例え生きるにしても、向こうに未練など微塵も無い。
自殺する前に裏世界と呼べるものは全部破壊し尽くした。白の存在を知っているのも、数名くらいしかいないだろう。今更戻った所で、ここと同じで、何も無い。
だから別に戻ることもない。
「そう、ですか」
ラウラは喜んで良いのか、悲しんで良いのか、複雑な表情を見せた。
「……再三言うようだが、俺の事など考えるな」
「私は」
「お前は、支えを探しているに過ぎない」
かつての俺がそうだったように。
「今のお前は立っていた場所が無くなり、不安定な状態だ。何かに縋らねば自己を維持できないほどに。それは良い。頼ることは間違いではない。だが依存するな。そしてその対象として、俺を選ぶな」
何かに依存して、それを失ってしまえば、今度こそ立ち上がれなくなるから。もう二度と、自分の足で立ち上がれなくなるから。
「……貴方は、白は」
ラウラは小さく、問い掛けた。
「何を失ったのですか」
白は席から離れる。
「食事中に喋ることじゃない。時間も短い。サッサと食べ終えろ」
話すと長くなる。それに人を殺し、殺されの話など、聞いて気持ちの良いものでも無いだろう。既に去った過去の同情などされても困る。
それとも、これは、逃げなのだろうか。
白の背中を、ラウラはただ見送った。
ラウラにとって白は不思議な存在だった。
初めの印象は敵に容赦が無い、恐ろしい存在。そして、自分を受け止め、救い上げてくれた英雄のような存在。
自分と同じ造られた人間にも関わらず、彼は生身でありながらISに劣らない程強かった。その顔に人形のような無表情を貼り付けて、淡々と攻撃する様はまるで機械のようでもある。
少しの恐ろしさと、大きな感謝と憧れを、ラウラは感じていた。
「何故、男がIS部隊にいるのかしら」
この言葉に過剰に反応してしまったのは、反省点ではある。しかし、ラウラは止められなかった。他の見知らぬ男ならいざ知らず、彼を馬鹿にするような発言だけは聞き逃せなかった。
どれだけ彼がすごい存在なのか。
そんなことをラウラの口から語ったとしても、内容の一割も相手には伝わらない。それがとても歯痒く、悲しかった。罰として腕立てをしている間も、白の事を分かってもらえない辛さを、自分の幼さをただ嘆いた。
だから、彼自ら剣を取り、ISに打ち勝つ様はとても爽快だった。彼は当然のような反応のままだったが、それがラウラには自分のように誇らしかった。彼女が発言を許可されていたら堂々と叫んでいただろう。これが白だと。他の男など比べ物にならない人だと。ISを纏っただけで勝てるわけがない。彼こそが、私の恩人であり、憧れであり、目標である。
「依存、か……」
食堂に取り残されたラウラは小さく呟いた。
白は命の恩人だ。その事実は変わらない。
だが、彼の強さに惹かれるのは間違いなのだろうか。白がISと戦ったのは自分の時と、ホフベルクの計2件。ラウラの目の前で生身のままISを圧倒する戦果を見せつけた。
それは普通では考えられない、驚異的なことだ。誰かに話しても、まず信用してくれないだろう。
「白……」
彼の背中は、ひたすら遠かった。
そしてラウラは気付いた。
自分のことばかり考えていて、他人のことを見ていないことに。
誰かを守る力が欲しい、というのに偽りはない。だが、自分でもそれが漠然としているのは分かっていた。ただ、力でもなんでも良かったのだ。
自分を認めてくれる何かが欲しかった。
……自己を失わない為の依存。ああ、成程。彼の言う通りだ。私は貴方に依存しかけていた。
「でも」
この感情もまた偽りではあり得ないから。
だから、心に決めよう。
貴方に頼られる存在になる。貴方の隣に立てるように。
ラウラはすっかり冷えてしまったご飯を口に運んだ。