インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》   作:ひわたり

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それぞれの邂逅

楯無の周りから次々と無人機が消えて行く。どこかに呼び出されているのだろうか。

「…………」

無人機に触れて一緒に飛んでみようかと思ったが、どこに飛ばされるか分からないので流石に危険過ぎると断念した。

残りが五機になった時、楯無は動いた。ISを身に纏い、一番近くにいたISを捕まえる。それを盾代わりに牽制しつつ、銃を撃つ。

時間を掛けても確実に一体落とした頃には、既に自分が捕まえているのも含めて二機だけとなった。

「!」

楯無が盾代わりに使っていたISが消える。

一対一で攻撃し合い、もうすぐ相手を倒せそうな所で、その一体もどこかへ消えた。

「……さて」

ここはどこか。

楯無は太陽の位置を確認し、空高く飛翔する。湿度と気温にあまり変化はない。ハイパーセンサーを使えば、遠くに街があるのも分かる。

……あまりIS学園から離されてたわけじゃないわね。

「……舐められたものだわ」

本来なら無断のIS使用は厳禁であるが、緊急時だ。そんな事に構っていられない。

楯無はIS学園に向かって機械の翼を広げた。

数分程飛べば、IS学園が見えてくる。

使われていないアリーナが半壊しているのを目視し、そちらに旋回する。

「……ラウラ?」

上から確認すれば、中にラウラがいるのが見えた。その姿に、楯無が目を見開く。

ラウラはISを展開したまま、マドカの首を締め上げていた。

マドカのISは既に全壊しており、マドカ自身が傷を負っていることから、絶対防御のエネルギーすら無くなっていると分かる。

「ラウラ!」

楯無がラウラの横に降り立った。

「……楯無先輩ですか」

ラウラは淡々と答えた。

「白が、何処かへ連れ去られました。この人は敵です。しかし、臨海学校でも問題が起きていて、織斑先生に汎用機を持って行かなくてはなりません。なので、ここは、お任せして宜しいでしょうか?」

「……ラウラ」

ラウラの声に震えが混じった。それは悲しみか、怒りか。

ラウラは自分が冷静でないことは頭の隅で理解していた。故に、今の自分ではこの敵に対し、適切な対処を出来ないことを承知している。だから、この場を任せ、向こうへ行こうと決めた。

今、彼女はほんの僅かな理性で自分を抑えているだけに過ぎない。少しでも揺さぶられれば、簡単に崩れ去る。

「……分かったわ。後は私に任せて、その手を離しなさい」

楯無はラウラに近付いた。しかし、ラウラは動かない。

「ラウラ?」

「……恐れ入りますが」

ラウラは、静かな声で楯無に頼んだ。

「この手を離すのを、手伝ってくれませんか」

「…………」

楯無は無言で、そっと首を掴んでいるラウラの手を取った。力が入って固くなった指を一本ずつ伸ばしていき、解放されたマドカの体がドサリと地に落ちた。

「……ありがとうございます。いってきます」

「ラウラ」

背中を向けたラウラに、楯無が一言だけ告げた。

「IS、解除してから校舎に行きなさい」

ラウラは無言のままISを解き、一度も振り返ることなくその場を後にした。

「……さて」

楯無がマドカの腹を踏みつけた。その衝撃で、マドカが気絶から醒める。

「がはっ!」

「おはよう、お目覚めの気分は如何?」

マドカは楯無の足を確認して、皮肉げに口を歪ませる。

「最悪。乙女の肌に傷を付けるなんて」

「愛し合ってる人達の間に入るからそんな目に合うのよ。それに、顔じゃないだけマシでしょう?そろそろ解放されたIS学園の人達も来そうだし、手短に洗い浚い吐いて貰うわ」

「スリーサイズでも聞きたいのか?」

「それはまた今度ね。白さんをどこへやったの?」

楯無が銃を突き付ける。ISが無いマドカは、その一発でも当たれば死ぬだろう。

「さあ。私は指定された場所へ送っただけ。データは全部無人機の中だけで、私は知らない」

楯無はガラクタの山となっている無人機達を軽く見回した。アレらはもう使えないだろう。

「じゃ、彼に何をする気?」

「知らない。ただ話をするだけと言っていが、本当かどうかも知らない」

「誰が?」

「……お父さん?」

マドカは少し間を空けて、疑問形で答えた。

お父さん。つまり、マドカという人造人間を作り上げた人物。それは、織斑一夏や織斑千冬を作った人物と同じということ。

「亡国機業の、ボス?」

「ああ、一応そういうことになるのかな。本人は不服そうだけれど」

……本当か嘘かは別にして、存外、スラスラと答えるわね。

「じゃ、拷問紛いの事をするけど、頑張って答えてね?」

「その前に一つだけ聞かせろ」

マドカは倒れたまま首を回し、辺りを見た。

「お前は、あいつを何だと思う?」

アリーナを埋め尽くすほどの無人機の残骸。いくもの積み重ねられたそれは、ただのゴミのように山となって無残な形でそこにある。ある機体は切り裂かれ、ある機体は捻じ切られ、ある機体は抉り取られている。

この全てが、白の手によって行われた。

「決まってるじゃない」

楯無は笑顔で答える。

「人間よ」

ラウラと白が一緒に居た光景が、楯無の頭にあった。

 

 

 

ラウラが戻ると、一夏達の敗北の情報が入った。密漁者を巻き込まないように一夏が庇いに動いた為、作戦の根幹が崩れ、結果、敗れ去ったという。一夏は攻撃の影響で未だ眠りの中らしいが、命があるだけ儲け物だろう。

「勝手な真似をしてしまい、申し訳ありませんでした」

ラウラが千冬に頭を下げる。

ラウラの様子から、千冬はある程度察し、厳重注意だけに留め、部屋で待機するように言った。

その背中を見送っていた千冬に、箒が声を掛けた。

「織斑先生、申し訳ございません」

「何度目の謝罪だ。反省はしても良い。だが、引き摺るのだけは無しにしろ」

「はい……」

「それに、アレは織斑が悪い。人の命を助けるのが間違いとは言わんが、結果的に全員を危険な目に合わせた。皆が生き残っているのは奇跡みたいなものだ。まあ、試合と戦場の違いなど、体験してみなければ知る由もない」

千冬は顎に手を添えて思考を巡らす。

「何にせよ、奴が第二次移行したとなると戦力が大幅に引き上げられたのは間違いない。いくら私でも、汎用機でアレを相手にするのはキツいかもな」

「では、どうしますか」

「何を考えているのか知らないが、奴はあのまま海上から動いていない。織斑が目覚めるのを待ち、作戦を立て直す」

「もう一度、一夏に戦わせるのですか?」

「切り札は変わらず零落白夜の一撃必殺だ。無論、織斑が戦闘出来ない状態なら、また考える」

戦闘経験者の言葉に、箒は頷くしかなかった。

「……はい。ところで、ラウラは」

「放っておいてやれ」

ラウラの様子に、箒も何かあったのかと勘付いたようだが、千冬がそれを止めた。

「今は一人にした方が良い」

……恐らく、白の身に何かあったんだな。冷静さを保とうと必死になっているということは、死んではいないだろうが。

「取り敢えず、お前は皆の所に戻っていろ」

「はい」

ラウラを戦力の数に入れるべきか、否か。

一人にした方が良いとは言ったが、思い詰めると何をするか分からない。だからと言って下手に刺激しても同じだ。

「……ちっ」

どこまでも冷静な自分に、千冬は舌打ちをした。

 

 

 

「……ここは?」

一夏は不思議な場所にいた。一面に水が広がり、所々葉のない木々が受け付けられている。まるで鏡のように空を映し出し、上も下も同じような風景を映し出している。現実とは違い、静かで寂しさも感じさせる光景。

「ここに来るとは思わなかった」

そこへ声が掛けられた。振り返れば、白い少女が木の上に腰掛けていた。

「……君は」

その姿を見て、一夏は白の言葉を思い出す。

「白式?」

「うん、そう。今はそう呼ばれてる」

少女、白式はふわりと地面に降り立ち、一夏の下まで歩み寄る。

「ここに長居しては駄目。直ぐに帰って。貴方を待ってる人も居る。やらなければいけないことも、あるでしょう?」

一夏は思い出した。

銀の福音と戦ったことを。密漁者を庇って動いたことを。そして、皆を危険な目に合わせてしまったことを。

「……ああ」

一夏は拳を握り締める。

「ちゃんと、ケリを付けてくる」

白式は静かな微笑みを浮かべた。一夏は一つだけ、最後に聞く。

「なぁ……」

多分これは、白が聞きたかった、一つの問い掛け。

「君は、人間か?」

白式は目を丸くし、逡巡した後、一夏の目を見て答えた。

「貴方に任せる」

一夏を光が包んだ。

 

 

 

「……?」

ラウラは水の音で目を開けた。

ヤケに音が大きいのに違和感を感じる。何故かと身を起こせば、目の前に水が広がっていた。その中に、白式が立っていた。

「今日は来客が多い日ね」

「……誰だ?」

「白式よ。ラウラ・ボーデヴィッヒさん」

その発言に、ラウラは二重に驚いた。一つは彼女が白式であること。これは、白から話を聞いていたので、心の何処かでは納得もした。もう一つは、自分の名を知っていること。

「どうして私の名前を?いや、そもそもここは……」

「精神世界で繋がったから、分かるわ。ここは、私の中。一度繋がった所為で繋がりやすくなったみたい。貴方の思念で導かれたようね」

「思念?」

「というより、想いかな。白を想う気持ちが、会いたいという気持ちが、とても強かった」

白。

「泣いたら駄目」

白式がそっとラウラを抱き締めた。その温かさに、母親が居たらこんな感じなのかと、ラウラは薄っすらと思った。

「今泣いたら、立ち上がれなくなってしまう。それに、彼は生きてるわ」

「何故そう言える?」

「あの人は生み出すことに生涯を捧げた。無意味な殺しなど、しないわ」

「あの人?」

「父親、かな。一応」

亡国機業の父親。それはつまり

「ISを生み出した人?」

「厳密に言えば、少し違うけどね」

どこか寂しそうな瞳で、白式は答えた。

「白の影響で、彼は変わった。間違っているかどうかは兎も角、それでも前に進もうとしてる。だから、ラウラ。貴方は彼を、彼の心を救うことだけ考えて」

「……出来るだろうか」

ラウラの手に、彼の手はない。離さないと誓ったのに、その手はいつの間にか無くなっていて、ラウラは一人で立っていた。

「私に、白を救うことが出来るだろうか。幸せに、出来るだろうか」

「大丈夫」

その言葉に、ラウラは顔を上げた。

「精神世界が繋がったあの時、白は私の所に来た。私は、ラウラの心が壊れてしまう前に助けに行けと言ったわ。そしたら……」

「……そしたら?」

白式はくすりと笑った。

「全速力で、貴方の所へ行ったのよ。凄く必死に」

ラウラが目を瞬いた。

……あの白が?必死に?

「一夏の中から白の事は見ていたけれど、あれ程一生懸命だったのは初めてだったわ。本人に自覚はなかったんでしょうけど。ラウラ、貴方はとても彼に愛されている。そして、貴方も同じように白を愛している」

だから、大丈夫。

「二人で幸せを掴んで」

ラウラは今度こそ本当に目を覚ました。外を見れば、既に時刻は夜中を回っている。

勢い良く体を起こし、千冬の部屋へと真っ直ぐ向かう。ノックもなしに、ドアを開けた。

「話がある」

そこに居たのは、束ただ一人だった。

「……私には無いんだけど」

「私にはある」

ラウラは引かない。その瞳は、力強い光を宿していた。

「今は少しでも情報が欲しい。だから引かない」

「……そもそも、何で私が此処に居るって分かったの?」

「白式が教えてくれた」

「は?」

……篠ノ之束。貴方はやはり、白式に魂がある事を知らないのか。

「篠ノ之束。貴方は人造人間か」

「何?だったら何なの?」

……それは肯定と受け取るぞ。

「ならやはり、ISを開発したのは貴方じゃないんだな」

束が亡国機業で作られた人造人間ならば、束は亡国機業からISの技術を盗み取ったということになる。その逆では、千冬が生まれていた段階でISの前身が完成されていたことで矛盾が生じる。

故に、篠ノ之束はISを作り出していない。

「違う!」

束は声を張り上げた。思い切りテーブルを叩きつけ、叫んだ。

「あれは!私の技術だ!」

激しい自己主張。自己の肥大。子供のような独占欲。壊れた心。

ラウラは、理解した。

「貴方は、クローンなのですね」

静寂が部屋を支配した。

 

 

 

暗い視界。目を閉じている。

そう判断した白は、目を開けた。

何故か体の上に毛布が掛けられていた。

「……おや、目が覚めたかい?流石に体の内部をボロボロにしたら、回復まで時間が掛かるようだね」

白が体を起こし、声のする方を向けば、青年がいた。

広い部屋の中、大きなモニターと訳の分からぬ機械群が犇き合っている。しかし、どれも電源が入っていないようで、点灯すらしていない。唯一動いているのは、白の横に転がっている半壊の無人機くらいか。

その部屋の真ん中、小さなテーブルに、その男は座っていた。

白はその男に向かって言った。

「久し振り、と言うべきか」

その顔を見るのは、二度目だ。

「マドカにも言ってたけど、よく覚えていたね。あの空港で、一度顔を合わせただけなのに」

あの時に合った青年は、やはり疲れた表情で、少しだけ嬉しそうに笑っていた。

「あの時の俺に用もないのに話し掛けてくる輩など、普通ではない。何処かが狂っているか、壊れている。故に、顔を覚えていて当たり前だ」

「そうかい。ま、そうかもね。君の言う通りかもしれない。……僕の娘には会えたかい?」

「マドカのことか?」

「いや、白い娘さ。白式……。さっき第二形態移行して雪羅と名付けられたけど」

白は精神世界で会った、一夏の中に居た少女を思い出した。

「娘。娘、ね」

「……君は、あの子を人間だと思うかい?」

青年の問い掛けに、白は、普段通りに答えた。

「確かに中の姿は人間そっくりだが、あの存在を人間と呼ぶのは生物的に難しい」

「ははっ、そうだね。立ち話もなんだ。掛けたまえよ。珈琲でも飲むかい?」

「毒入りか?」

「そんなの仕込むならさっさとやってるし、そんなの君に効かないだろ?僕はただ、君と話そうと思って呼んだだけなんだ」

その青年の顔つきに、嘘はなかった。

「用件を聞こうか」

「それはね」

青年は笑った。酷く疲れた、壊れた笑みで、笑った。

「君に世界の選択を任せようと思ったんだ」

 


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