インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》 作:ひわたり
白が動く。
マドカは真っ先に空へ飛び、無人機達はレールガン、ランチャーを主に放つ。銃弾で白に跳ばれない処置だ。
白は鎌鼬でランチャーを爆発させながらレールガンを回避していく。雨のように降るレールガンとランチャーを地面を縫うように回避し続けた。
「本当にハイパーセンサーでギリギリか。大した速さだ」
「…………」
……徹底的に遠距離攻撃に徹しているな。俺を近付けない気か。
白が宙へ行くのは跳躍すれば良いが、如何しても直線的な動きになる。何かを足場にしてもそれは変わらない。
マドカが指を鳴らす。
地面に、更に五体の無人機が出現した。全機がブレードを取り出し、白に向かう。
「…………」
白は特別反応することなく、回避を続けながら流れるように斬りつけた。最初の一体の首が飛ぶ。同時に振り下ろさらたブレードを紙一重で避け、両腕を斬り落とした。そのまま他の機体にぶつけ、一緒に切り裂く。
人間的な思考をしない無人機は、白にとって読み易い。同士討ちを避ける為の動きを利用すれば、なお容易い。
二桁の敵を相手にすることが容易いとは言い難いが。
無駄の無い動きに、マドカは軽く舌打ちをした。
「……順応早過ぎでしょ」
マドカは攻撃はせず、無人機の命令に集中する。白の動きを注意深く見ていなければ、いつ此処に跳んでくるか、または攻撃してくるか分からない。
白が更に一体を蹴り飛ばす。と、見せかけ、その威力を全て跳躍力に変える。宙へ身を躍らせた。
「……きたか!」
一斉にレールガンを放つが小石の跳躍で動きを変え、軌道を読ませない。
白が黒剣で一体を突き刺し、そのまま盾扱いする。黒剣でエネルギーを削られ、更にレールガンの一斉発射を食らった無人機はすぐに戦闘不能になった。
それを前方へ全力で蹴り飛ばす。
ただの鉄塊となったそれは簡単に吹き飛ばされ、無人機達の射線の邪魔となる。白が鎌鼬を放った。
近くに居た二体がそれに当たり、エネルギーを削られる。
「…………」
瞬時に、白は壁際まで一時的に距離を離す。数瞬前までいた場所をレールガンの雨が通り過ぎた。
「まだまだいるぞ」
マドカは更に無人機を次々と呼び出していく。白は増え続ける無人機に、流石にこれ全てを倒すのは不可能だと考える。
「……仕方ない」
あまり使いたくない手段に、白は出ることにした。
無人機達が一斉に動こうとした瞬間、白が消える。
同時に無人機の何体かが粉々に消し飛んだ。
「⁉︎」
マドカがそれに驚く前に、反射的に体を逸らした。謎の衝撃がマドカを襲い、エネルギーをごっそりと奪われる。
「……何だ⁉︎」
一瞬だけ、見えた。
一瞬しか見えなかった。
白が双剣を持ち、突っ込んできた。
振り返れば、そこに白がいる。
双剣を携え、構えすら取らない姿は、まるでただの人形のよう。
その彼の瞳は、白く輝いていた。
「…………」
誰しもが備えている肉体や脳のリミッター。通常の人間でも、そのリミッターが外れた場合は数トンの物さえ持てると言われる。無論、それは一瞬の話で、それでも体はかなりの無理が生じる。
今、白はそれを故意に外した。この状態は、かつて二重人格が暴れた時と同じ身体能力を持っている。
「……さあ」
問題は、白ではこれを使いこなせないこと。
「短期決戦だ」
尋常でない衝撃波がアリーナを震わせた。
マドカはひたすら無人機を召喚する。しかし、最早、無人機はただの鉄の壁としかならない。兎に角、マドカは数を召喚し、彼の軌道を読み、予測して、一瞬の隙をついて攻撃する。
白が大量に無人機を破壊する間、マドカが一撃当てられるかどうかの勝負となっていた。
マドカが少しでも隙を見せれば
「っ!」
目の前に、白の手が迫る。それは殆ど勘だった。自分に無人機を突撃させ、無理矢理、彼の手から逃れた。
相手が切り替わったと判断すると、白の手はそのまま無人機の体を抉り取る。コアを抜かれた無人機の体は無残に地面へ落ちて行った。
「本当に化物か貴様!」
素手でエネルギー全てを奪い取り、剰え機械の体を抉るなど、人間が出来る技ではない。
「…………」
一見、マドカの不利に見えるが、白は白で余裕が無かった。脳の処理を膨大にし、視界だけでなく周囲全てを把握し続け、肉体を限界まで引き出す。自身の体がここまで悲鳴を上げているのは初めてのことだ。
……二重人格はどうやってこれを操作していたんだ。
「……っ」
白い幻影が走り、跳び、飛び、振るう。
ただ破壊の為だけに。
それが移動すれば五機が壊れ、それが動けば十機が散り、一振りすれば三十機が葬られる。
人を超える機械の山を人の形をしたものが超えていく。
「クソがっ」
こうなれば、マドカの勝利条件は一つ。
与えられた命令、白をある場所に空間移動させること。
無人機の空間移動を用いれば簡単にも思えるが、白と接触させ、座標を指定し、飛ばさなくてはならない。
今の白がそんな猶予をくれるとは思えない。何にせよ、彼を弱らせることは必須。
……だが、無人機も残り少ない。
この為に用意していた無人機も残り僅か。今や、楯無や学園関係者を動かさない為に使っていた無人機も使用してしまっている。始めは優位だった筈の立場が完全に逆転していた。
「…………!」
マドカは自分に来る攻撃回数が上がっているのを実感した。つまり、それ程無人機が無くなっている。
掠った一撃でもエネルギーの大半を持って行かれたのだ。掠ろうが直撃だろうが一発で終わる。
白は縦横無尽に駆け巡り、狩り続ける。
そして遂に、この場に居た最後の残りも消えた。
白はマドカに狙いを定め、マドカはそれを受けようと身構え
白が、吐血した。
「っ⁉︎」
……体が保たなかったか。
白の動きが止まる。
瞬間、マドカが最後の無人機を呼び出した。楯無と争っている途中だったのか、既にそれは半壊している。
だが、空間移動が出来るのなら、それで良い。それだけで良い。その役割さえ果たせれば、マドカの勝利条件は整った。
無人機が白を捕まえる。
白は振り払おうとしたが、体が言うことを聞かない。体の内部が細部まで切れてしまったようだ。
……万事休すか。
白が諦めた時
「白!!」
声が空から降ってきた。
……ラウラ。
声だけで分かる。白は顔を上げて、彼女の姿を見た。
空の向こう、ラウラが全速力でこちらに飛び、手を伸ばしてきた。
その光景は、白の目に焼き付いた。
頭上では青空が広がり、優雅な雲を掻き切って、銀髪の少女がただ必死に救おうと、手を伸ばす。
その少女は汚れなく、綺麗な空でそこに居る。
太陽に輝く銀の髪が靡いて、その目はどこまでも透き通っていた。
その一瞬だけ、時が止まった気がした。
「……ラウラ」
白は
「綺麗だ」
手を、伸ばさなかった。
ラウラは全速力で飛んだ。
周りの景色を置いていき、ただ前を飛ぶ。全力で飛んでもまだ足りない。もっと速く、もっと速くと念じる。全てのエネルギーは速さのみに費やした。
「…………!」
学園の一角、煙が上がっているのが目に入った。使われていないアリーナの天井から、その隙間から、彼の姿が見える。
白が居た。
暗い底の中で、血を口から流して跪いている。無人機に捕らわれても、彼は動かない。
ラウラは嫌な予感がした。
その予感が、白に手を伸ばせと告げる。
このスピードは危険ではあるが、白なら耐えられる。
「白!!」
暗い闇の中にいる彼に、ラウラは手を伸ばした。
白がラウラを見た。
大量のガラクタと成り果てた無人機の山が幾つも連なり、まるで墓場のような場所で、彼はそこに居る。助けを求めることなく、抗うことなく、ただ底に、底の中で蹲っていた。
届くように。彼を救えるようにと願い、その手を握れるように、手を伸ばす。
その一瞬がまるで、時が止まったようで。
白とラウラの目が合った。
「……ラウラ」
白の口が静かに動く。
「綺麗だ」
そう言って
白が、笑った。
その手は、届かなかった。
ラウラは空を掴み、そのまま地面にぶつかり転がっていく。勢いを殺せず、そのまま壁に衝突した。
「……⁉︎」
ラウラは素早く起き上がり、先程白が居た場所を確認する。
そこには、誰も居なかった。
「白……?」
その声に、返事はない。
「白!」
どんなに彼の名を呼ぼうとも、届かない。
「白!!」
ラウラは逸れた子供のように、彼の名を呼び続けた。
どれだけ嘆いても、どれだけ叫んでも、どれだけ求めても、返事はない。
声は返ってこなかった。
握っていた筈の彼の手はそこには無くて。
隣に居た白は、いつの間にか消えていて。
一緒だと願ったラウラは一人、光の中に立っていた。