インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》   作:ひわたり

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第6章 この手で掴むもの
混沌の誘い


夢。

夢の中。

白はそう判断する。

寝るつもりはまるで無かったのだが、何時の間にか眠りについてしまったらしい。

周りを見渡すと、そこは草原だった。

雲一つない青く澄んだ空に、色取り取りの草花に覆われた地面が延々と広がっている。

白の前に、一つの小さな墓が立っていた。無骨な石が一つ、名を刻んで立っている。

『白』

その一文字が、刻まれていた。

白はただ、その墓石をジッと見ていた。

ふと、後ろに人の気配が現れる。

振り向くと、そこには

 

 

 

白は目を開けた。

瞬時に窓を開け、部屋から飛び出す。

衝撃波を繰り返しながら宙を跳び、向かった先はかつて白が無人機と共に落ちたアリーナだった。

まだ修復が完全に行われていないので、人影は一切ない。時折吹く風の音が、イヤに大きく耳を突く。

「…………」

白は無言でアリーナの中心に立つ。

微動だにせず、瞬きすらしない彼は、人形のように立ち続ける。

「わざわざ広い所に来るなんて、バカなの?」

アリーナの一角から人影が姿を現した。

「あの場所に他人を入れたくないだけだ」

その姿を見て、白は言った。

「……あの時も少し似ていると思っていたが、更に似たな。何者だ、貴様は」

それは少女だった。

「覚えているとは驚きだ。貴様なら検討がついているんじゃないか?」

何時ぞやの空港で、白に話し掛けてきた男が居た。その男と一緒に居たのが、目の前の少女。

「私の名は、織斑マドカ」

千冬に似た少女が名乗る。

「人造人間か」

「如何にも。クローンでもあるがな」

マドカがISを纏う。同時に、天井から五体の無人機が姿を現した。

「……空間移動か」

「鋭いね」

「一度、束に同じようなことをされたからな」

白は指輪から双剣を展開した。

「そうだ。お陰でこうして奇襲を掛けることが出来る。最も、お前には意味がなかったようだがな。化物め」

「褒め言葉として受け取っておこう。それで、話し合いは不可能か?」

「私が受けた命令はお前をある場所へ連れて行くこと。戦うのは、私の自己満足の為だ」

「迷惑千万だな」

「まあ、付き合えよ」

風が動く。

「同じ人造人間だろう?」

「俺は神化人間だ」

ISが一斉に動いた。

 

 

「何よこれ」

楯無は焦っていた。見知らぬISが目の前に現れたと思い、部分展開をして攻撃した瞬間、そのISと共に全く違う場所へ飛ばされていた。

周りは無数の無人機で囲まれている。逃げ場も勝ち目もない。

しかし、向こうから攻撃してくる気配は一切ない。

「手を出すな……ってことかしら?」

亡国機業の狙いは白。おそらく、彼の所にもISが来ている筈。

「初手のミスで詰みって、キツイわね……」

楯無は動くことができなかった。

 

 

 

 

砂浜で集合を掛けられ、話を聞いていた生徒達だが、突然の乱入者に頭が混乱していた。

「やあ、ちーちゃんにいっくん。そして愛しのほーきちゃん!」

ISの創設者、篠ノ之束。

女性らしい膨らみを持つ体と、何の意味があるのか、その頭に兎の耳を付けている。

「ほーきちゃんの為に専用機作ってきたよ!」

専用機。その単語に生徒達のざわめきが大きく広がる。

「ね、姉さん……。本気だったのか……」

ガックリと肩を落とした箒に、ラウラが聞いた。

「あれが篠ノ之束か。もしかして、箒が何か言ったのか?」

「いや、専用機作ってあげると一方的に言われてな。まさか本当に来るとは思わなかった。しかも、このタイミング。何の辱めだ」

「御愁傷様」

「ほらほら、ほーきちゃん!早く!」

「いや、授業の邪魔になるので後で良いです……」

「遠慮しなくていいよ!」

「……やってやれ、篠ノ之箒。でないと話が進まん」

千冬の勧めで乗り気がないままISを起動させる箒。箒が赤い装甲のISに包まれた。簡単に動かし、そのスペックに驚く。

「……凄い、汎用機と全然違う」

「そうだよ!張り切って第四世代で作ったからね!能力は……」

「後にしろ、束。説明が長そうだ」

そこへ、旅館から真耶が駆け付けてきた。尋常でない様子から、何か緊急事態のようだ。千冬が一瞬、束を見た。

束は笑っていた。狂った笑みで、楽しそうに笑っていた。

「…………」

……何をした、この兎。

「織斑先生!」

真耶の話を聞いた千冬は、自分の表情が固くなるのを感じた。

「……緊急事態だ。専用機持ち以外、部屋へ戻れ」

千冬の様子に、誰も口を開かず素直に従った。千冬はそのまま一夏達を連れ、自分の部屋へと行く。道中一切言葉はなく、ラウラは当たり前のように付いてくる束を軽く観察していた。

部屋へ入り、皆を座らせ、口を開く。

「……先程、アメリカの軍用ISが暴走したとの連絡が来た。それが単機でこっちに向かってきている。政府の指示で、我々がその対処を行うことになった」

「……学生に対処を行わせると?」

「そうだ」

ラウラの発言に千冬が頷く。

「な、なんだよそれ!」

一夏が憤り立ち上がった。箒達も似たような反応を示すが、千冬とラウラは政府が使い物にならない事は承知している。この事態も態と引き起こされたものだろう。

「落ち着け織斑。怒っても事態は変わらん。冷静になり、対処法を見つけろ」

「くっ……」

無論、一夏だけでなく、皆が不安を隠せないでいる。ラウラだけは戦闘経験があるので、頭の中で状況を思い描いていた。

「……相手は軍用ISだ。出力もエネルギーも学園とは違う。だから、倒せとは言わん。誰かがIS学園へ向かい、汎用機を取ってきてくれ。私が直接叩く。その間、可能な限り時間稼ぎしてくれれば良い。危険と感じたらすぐ逃げろ」

「ちーちゃんが出る必要はないよ」

そこへ束が口を挟んできた。

「束、作戦会議中だ。話に入ってくるな」

「まあまあ、ほーきちゃんのIS紅椿なら、いっくんとほーちゃんだけで解決だよ」

紅椿。束曰く、本来消費だけされる筈のエネルギーを、自身の能力によりエネルギー増幅することが可能な機体。そのエネルギーを他の機体に分け与えることも出来る。

一夏の白式能力、零落白夜は一撃必殺の技だが、反面エネルギーを多大に消費する。

つまり、運用次第で一夏が何発も一撃必殺を放てるということになり、一夏の一撃が一発でも当たればこちらの勝利となる。

「なるほど、話としては分かり易い。だが、危険に変わりはない。作戦変更はない」

「えー、折角のほーきちゃんのデビュー戦なんだよ?」

……それが目的か。たったそれだけの為に、こんな事態を起こしたのか。

「篠ノ之博士」

ラウラが、束に声を掛けた。束は白い目でラウラに返す。

「何、君?話し掛けないでよ」

「私はラウラ・ボーデヴィッヒ。人造人間で、ドイツ軍IS部隊所属、そして現在ドイツの代表候補生としてIS学園に居ます」

「あっそ。興味ない」

つれない態度の束に、それでもラウラは言った。

「興味なくとも聞かせてもらいます。この紅椿、第四世代型と聞きました。スペックを聞く限り、確かにそのような物でしょう。しかも、白式と違って完成されている品物だ。しかし、貴方が作ったということは、これはどこの物でもない。つまり、全世界がこれを狙う可能性がある。その危険性を、箒が危険になることを考えてないのですか?」

「は、何言ってんの?そんな輩全部潰せば良いだけじゃん」

「なら、今回の事で、誰かが死ぬとは思わないのですか?」

死ぬ。

軍人であるラウラから出たその言葉に、箒達は寒気を覚えた。軍人であり、かつて仲間達を失ったことがある彼女の言葉は重みが違う。

「え?死ぬわけないじゃん」

「根拠は?」

「だって、ほーきちゃんといっくんだよ?死なないに決まってるよ」

その答えで確信した。

……篠ノ之束。貴方は、壊れている。

「……分かりました。また後で、お話があります」

「嫌だよ、面倒臭い」

ISの用意をさせる為、学園に電話を掛けていた真耶が千冬に言った。

「学園と連絡がつきません」

「……つかない?」

勘の鋭い千冬とラウラに嫌な予感が頭に走る。

「他の教員の方に連絡は?緊急連絡は?」

「全部試してみましたが、どれも無駄でした」

千冬が束を見る。束が緩やかに首を振った。

「あっちには何もしてないよ?」

ラウラの思考がフル回転する。

……もし、亡国機業が白に目をつけていたのなら。もし、織斑千冬と離れる所を狙っているとしたら。

今、白は……!

「白……!」

「待てボーデヴィッヒ!」

千冬の制止を振り切り、ラウラが窓から飛び出す。瞬時にISを纏い、IS学園の方角へ一気に飛んだ。

「……くそっ」

千冬が小さく悪態を吐く。

編成を考えるなら、戦闘経験と知識があるラウラはこの場に残っていて欲しかった。

しかし、IS学園が仮に襲われているとしたら、白が危ない。ラウラだけで抑え切れるかも怪しい所だ。だからと言って、こちらの方もこれ以上戦力を落とすわけにはいかない。

「仕方ない、ラウラは放置だ。一夏の零落白夜を使い、一撃必殺で潰すことを考えろ。オルコットとデュノアが遠距離からの牽制、凰が動き回り囮と陽動、織斑は少し距離を開けて隙を狙え。篠ノ之、お前は中間距離でエネルギーサポートを主に行え」

千冬がそれぞれに指示を与え、今回の標的、アメリカのIS銀の福音の情報を見せる。

「中に操縦者は乗っているが、生死は不明だ。だからと言って、下手に手を抜くな。良いか、これはスポーツではなく、殺し合いだ。下手を打てばこちらが死ぬ。決して油断せず、危険と思えば撤退しろ」

「はい!」

戦いの火蓋は切って落とされた。


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