インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》 作:ひわたり
夜。
風呂に入り、浴衣に着替えたラウラ達は部屋でのんびりしていた。ラウラは白に貰ったシュシュを付けて、一人満足する。
「一夏の所に行ってみるか?」
箒の発言に、どうするかと皆が顔を見合わせた。
「織斑先生の所でしょう?大丈夫ですか?」
「……さぁ、別に文句は言われないと思うけど」
「行くだけ行って、駄目だったら引き返せば良いさ。私もカメラ返さなきゃいけないし」
その方針で話がつき、皆で部屋を出る。向かっている途中にバッタリと同じ目的の鈴に出会い、結局いつものメンバーで一夏の部屋へ行くことになった。
「デジタルカメラだよね?後で撮った写真見せて」
「ああ、良いぞ」
話しながら部屋へ辿り着いた。
周りが静かな所為か、中から少しだけ声が漏れてきている。
「……ここ?千冬姉」
「ああ、そこが気持ち良い」
ギョッと顔を赤くするセシリア。
「な、中で何が⁉︎ま、まさか……」
それを無視してラウラがノックした。少し大きめの声で尋ねる。
「織斑先生。入っても宜しいですか?」
「ちょ、ラウラ⁉︎」
「安心しろ。似てるが、男女のそれの声質ではない」
「……………」
ラウラが言うと説得力の度合いが桁違いだった。
中から了承の声があったので、ラウラ達が部屋の中へと入る。そこには寝そべった千冬と、背中をマッサージする一夏の姿があった。
「お邪魔します。マッサージでしたか」
「ああ、一夏のマッサージは上手いぞ?」
「良かったら、皆もやってあげようか?」
一夏の提案に耳がピクリと動く。ラウラだけは普通のまま首を横に振った。
「いや、私は白以外に触られる気はない」
「ラウラはそう言うと思ったよ。他の皆は?」
「ええと、興味あるけど、痛くない?」
「うーん、どう?千冬姉」
実際自分が体感しているわけではないので、一夏は千冬に聞いた。千冬はリラックスした状態のまま答えた。
「まあ、マッサージだからな、多少は痛いさ。だがもちろん、気持ち良いぞ」
じゃあ試しにと、一人数分でマッサージをして貰った。その間に、残ったラウラ達で写真を見ていく。
「カキ氷食べたんだな。私も食べたかった」
「明日食べれば?」
「というか、のほほんさん、こんな所でも着ぐるみでしたわよね……」
「いやもう、あいつはアレで良いんじゃないかな」
「ちょっと、私も見たいたたたた!でも気持ち良い!何コレ!痛気持ち良い!あ、なんか凄く気持ち良くなってきた!何コレ!」
「鈴の反応面白いな」
皆で海で泳いだ写真。海の家で食べている場面。休んでいる所。ビーチボールで球を打ってる瞬間。料理と、食べている皆。
「沢山写真を撮ったな」
「ああ」
ラウラは写真で楽しそうな自分の顔を見た。友達に囲まれて、周りも喜怒哀楽に溢れ、その中で、普通の学生として楽しんでいる。
本当に楽しそうだ。
普通に、楽しそうで。
「…………」
だけど、そこに白は居ない。
「……ぁ」
ラウラは小さな声を上げた。
「ちょっと、白に電話してくる」
「どうした、唐突に」
「いや、聞きたいことがな」
ラウラは携帯を取り出して部屋から出て行く。
「何だろ?」
「さあ、何か思う所があったんじゃないか?」
「…………」
「あいたたたた!気持ちいいいいい!」
鈴がひたすら悶えていた。
廊下に出たラウラは白の携帯番号を押し、耳に当てた。無機質なコール音が響く。一瞬、白が出ないかと不安に駆られた。
『……はい』
声を聞いて、少しホッとする。
「……ああ、白か。私だ、ラウラだ」
『携帯番号と声で分かる』
「そうか、そうだな」
顔が見えない所為か、余計に無機質な感じが増している気がした。
「今、大丈夫か?」
『平気だ』
「良かった」
暫く無言の間が空いた。
「……白、写真の件だが」
『…………ああ』
ラウラは静かな声で、白に、核心を突いた。
「お前、自分が居なくなっても、良いと思ってるな」
『…………』
「私が、白が居なくても笑えると、それを伝える為に写真を撮らせたな」
『…………』
白は嘘を吐かない。
白が無言になったということは、それはつまり、肯定の意を示す。
「前にも言ったよな?私は白と一緒が良いんだ。何故、お前はそうなんだ。何でそんなに、自分を簡単に捨てるんだ」
『……さあ、何故だろうな』
「白……」
白が一番不必要としているものは、自分の命なのだろう。ラウラがどれ程言っても、どれ程必要としようとも、その命に対し見向きもしない。
「白」
『泣くなよ』
「泣いてない」
ラウラは気丈に振舞って言う。
「私は絶対にお前の手を離さない。お前を闇に戻すことなんて、しないから」
『ラウラ』
白の声が静かに耳に届いた。
『俺は、お前が幸せなら、それで良い。それしか、ない』
「……白?」
『幸せになれ』
何故だか、ラウラには白が遠ざかっていく気がした。
「白、何を考えている?」
『さあな。……仕事で呼ばれたから、切るぞ』
「白!」
『何だ』
「あ、いや……」
普段通りに返されてしまえば、逆に戸惑ってしまった。だから、ラウラは一つだけ約束をすることにした。
「……帰ったら、抱き締めてくれ」
『ああ、分かった』
切れた携帯電話を、ラウラはジッと眺めた。白が目の前にいたなら、彼の真意を測ることが出来ただろう。声だけだから測りきれず、誤魔化されたような気もする。
「……白」
……会いたい。
ラウラは無性に白に会いたくなった。手を繋いでいた筈なのに、何時の間にかそこにいないような、変な不安が心を蝕む。
抱き締めたい。
抱き締めて欲しい。
それがラウラの心の底からの気持ちだった。
「ラウラ?」
ドアが開き、一夏が顔を出した。
「ん、どうした、一夏」
「俺飲み物買ってくるけど、ラウラは何かいるか?」
どうも、買い出しを頼まれたらしい。大方、千冬が行って来いと命令したのだろう。
「……じゃあ、珈琲で」
「分かった」
「ついて行こうか?」
「俺一人で良いよ。中でゆっくりしててくれ」
一夏は手を振りながら廊下の向こうへと歩いて行った。ラウラは嘆息し、携帯をしまって中へ戻る。
「……何ですか、これ」
戻ったラウラが見たのはなかなかカオスな光景だった。机の上に何本か酒が置かれ、千冬がそれを嗜んでいる。更にその前に箒達が並んで正座しているのは非常に奇妙である。
「いや、一夏のどこに惚れたのか聞こうと思ってな」
「……そうですか」
無邪気に笑う千冬に、ラウラは少し沈んだ声で返答した。そのままテーブルへと向かう。
「元気ないな?白と何かあったか?」
「……いえ」
ラウラは日本酒の瓶を一本掴むと、止める間もなく一気に煽った。唖然と全員が見守る中、瓶の中身がみるみる内に無くなっていく。最後の一滴までラウラの口に注がれた。
「ふぅー」
息を吐いて空になった瓶を置いて、その場に座る。
「だ、大丈夫か?ボーデヴィッヒ」
「はぁい、大丈夫れすよ」
千冬の問い掛けに、呂律の回らない声で頷いた。顔も真っ赤で、視線が虚ろだ。
駄目だこれと、皆の思考が一致する。
「織斑先生ぇ。私、今すぐ帰りたいでぇす」
「いや、無茶言うなよ」
「ですよねぇ、分かってますよ。うううー。白ー、白ー。会いたいよぅ、行かないでよぅ、抱き締めてよぅ」
机に突っ伏して、ペチペチと両手で机を叩き始めた。悪酔いしたようである。
「ラウラ、落ち着いて。ほら、水でも飲んで」
「や、やっぱり、さっきの電話で何かあったのか?」
シャルロットと箒の気遣いに、そのままの状態で答える。
「ないぞぉ。いつも通り。でも、何か違った。何か無茶しそうな気がする。それが不安で不安で仕方ない。だから、会いたい。会いたい」
唸るラウラが更に酒に手を伸ばそうとした為、千冬が素早く自分の元へ下げた。
「織斑先生いじわるですねぇ」
「寧ろ優しさだからな」
「惚れた話ですかぁ、楽しそうですねぇ」
話してることがかなり無茶苦茶である。どうしたもんかと千冬は頭を掻いた。
「でもね、織斑先生。私が白を好きになったのは、多分、理由なんてないんです。最初からかもしれませんし、気付いたら、ということもあるかもしれないです。だって、白との出会いはロマンチックでも何でもなくて、彼は強くて、受け止めてくれた。それでも弱くて。どうしようもなく壊れていた。とても悲惨なことがあって。ずっとずっと、彼は苦しくて。それでも生きることも死ぬこともできなかった。私と、私が、側にいようと決めて支えて、一緒に立つことさえこんなに頑張って。だから、愛おしい。凄く大好きで、とても愛しているのに。心の底からの愛してるのに」
ラウラは定まらない瞳に涙を浮かべて、皆に問いた。
「ねぇ、皆。どうしたら、白を幸せに出来るのかな」
それぞれが顔を見合わせて、返答に迷う。千冬は落ち着いて聞いた。
「白は幸せじゃないのか?」
「私が幸せなら幸せ。そうとしか言いません。でもそれは、私を通した幸せで、彼自身の本当の幸せじゃない」
一見、それは幸福に見えるが、その実そうではない。
ラウラを通した幸せは、ラウラが居なければ幸せにならない。つまり、白は一人だけなら、何の幸せも得られることはできない。欲も何もない白はただ唯一得たものが、得ようと思えたのがラウラだけだった。故に、ラウラが居ないと幸せになれないのはある種当たり前なことなのだ。
ラウラはそれに不満に思っていないが、寂しさを感じていた。
本当に、白は空っぽのままなのかと。
「私は白に沢山のものをもらった。教えも、心も、力も、師も、在り方も、友達も、幸せも、愛も。この髪留めだって、白に貰った」
……でも、私は何もあげられていない。
白を心の闇から救い、支えて、トラウマをも克服させる切っ掛けを作ったのは、間違いなくラウラだ。ラウラでなければ、彼を救い上げることなんて不可能だっただろう。
しかし、それでも。
「私は、白に何もあげられていない……」
立ち上がり、共に手を取り合っても、全てを失った白の中には何も無かった。
ずっと、空っぽのままだった。
「白……」
ラウラは静かに涙を流して、そのままテーブルの上で寝てしまった。
「……寝ちゃった?」
「一升瓶一本飲んだけど、アルコール中毒じゃないよね?」
「平気だろ」
千冬が空いた瓶を下げて言う。
「ボーデヴィッヒは人造人間だから、アルコールくらい訳ない。体内のナノマシンが分解してくれる。その証拠に、途中から呂律も戻ってたろ?寝たのは分解前のアルコールの眠気作用と、単純な眠気と、後は泣き疲れかな」
千冬はラウラを背負って立ち上がった。彼女の体は驚くほど軽かった。
「こいつを部屋へ寝かせてくる。一夏が戻ってきたら好きに飲んでてくれ。酒は飲むなよ?」
「飲みませんよ」
シャルロットが眠っているラウラの顔を見て、ポツリと零した。
「ラウラは、充分に白さんに幸せをあげてると思うけどな」
千冬は背負ったラウラの顔を見て、少しだけ微笑んだ。
「それだけじゃ駄目と感じてるんだろ。白は特殊過ぎるからな。こいつらにしか分からないこともある。難儀な奴を愛したもんだ、まったく」
幸せなれば、幸せになった後の苦労がそこにはある。
それでも、二人はお互いを想い、愛し続けていた。
ラウラの涙が静かに床に落ちる。
それを拭う白は、今ここにいない。