インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》 作:ひわたり
バスの中で揺られ数時間。
ラウラ達が乗ったバスは海が見えると燥ぎたった。ラウラもその熱に当てられて少し高揚した所で
「……っ」
昔の光景が頭を過ぎった。
海。誘拐事件。IS。
何も出来ず無残に倒される自分。白の助け。動けず、何も出来ず、白の戦いを見守ることしか出来なかった。
動けない。
何も出来ない。
白が、大切な人が傷付いていく。
当時は大きく頼もしく見えた背中が、何故か今はやけに小さく見えた。
「どうかしたか、ラウラ」
箒の声に我に返った。知らず呼吸を止めていたようで、息を吸えば、体が安心したのが分かる。
「顔色が悪いぞ?バスに酔ったか?」
「……そうかな」
……何故今更あの光景を思い出した。
嫌な頭痛がする。頭を抑えて、少しだけ俯いた。
「前の方と代わってもらうか?」
「いや、ここまで来たらもう直ぐ着くだろう。大丈夫だ」
少しだけ気丈に振舞って見せた。白がこの場に居たら、その異常さに気付いただろうが、彼以外の者には察することはできない。
「そうか?でも、少しだけ楽な体勢を取った方が良いだろう。一夏、悪いが席を倒しても構わないか?」
箒が後ろの一夏に確認を取る。
「ん?ああ、大丈夫だ」
「すまないな」
ラウラが顔を出して謝罪する。その顔を見て、背後にいた一夏とシャルロットも眉を寄せた。
「顔色悪いね、大丈夫?」
「薬飲むか?」
その気遣いに少しだけ微笑んだ。
「大丈夫。少し休めば治るさ」
ラウラは椅子を倒して目を閉じる。
もう瞼の裏に白の姿は無い。
もう過去の幻影は無かった。
それが、逆に不安だった。
バスが到着し、宿に着いた生徒達は女将に挨拶を行うと、それぞれの部屋へ別れた。
「もう大丈夫か?」
「ああ、心配掛けたな」
ラウラは調子を戻したとアピールしてみせる。
「それでも、もう少し休んでた方が宜しいと思いますよ」
部屋は基本四人部屋で構成されている。運が良かったのか、ラウラと箒、セシリアとシャルロットが同じ部屋になっていた。和風な作りはセシリア達に馴染みがない為、箒以外は興味深々な様子で部屋を見ていた。
「やっほー」
荷物整理をしていると鈴が平然と入ってきた。
「どうした鈴」
「いや、部屋の子達が荷物置いたらサッサと海に行っちゃって。バス疲れあったから少し休みたいんだけど、一人だけってのも味気無くて」
「私達も直ぐ海に行くつもり無かったので、ちょうど良いですわ」
「そういえば、一夏の部屋って結局どうなったんだろ」
シャルロットの疑問にラウラが答えた。
「一人部屋か、織斑先生と同じ部屋だろ。個人的には後者だと思う」
「そうですわね。色んな意味の安全を考えたら、教師と一緒の部屋になりますわよね」
一夏が一人部屋の場合、そこに旅行でテンションを上げた女子達が入り込んでくる可能性がある。あの一夏に万が一はないだろうが、それでも問題であることに変わりはない。千冬と一緒であれば、入り込むこともないだろう。
「一夏、気が休まるのかな、それ」
「千冬さんが家族モードなら良いが、教師モードなら休まらんだろうな」
「一応学校だから、教師モードじゃないか?」
「一夏、御愁傷様。安らかに眠れ」
「祈るな祈るな」
暫く体を休めながら取り留めもない話を続ける。そろそろ良い時間になり始めた頃にシャルロットが切り出した。
「そろそろ泳ぎにでも行く?」
「そうね。あ、水着取ってこなきゃ」
「一夏さんは海に居るのかしら」
「部屋でのんびりしたいのを叩き出される図まで想像した」
「あり得そうだな」
一夏は普段の言動の所為か、想像し易く、現実その通りだったりする。
「そういえば、ラウラさんが居ない時、白さんは何をしているのかしら?」
とセシリアが疑問を口にすると、ラウラが水着を用意しながら答えた。
「仕事だろ」
「現実的過ぎて面白味もありませんわね……」
「まあ、白だしなぁ」
ラウラは白で思い出し、振り返って聞いた。
「誰かカメラ持ってるか?」
私は持ってないけど、と断りを入れた後に鈴が言った。
「一夏なら持ってた筈よ。千冬さんに言われて、思い出残すのに必ず写真撮ってたから」
「なら、一夏に借りるか」
何故かと疑問に思った後に、当たりをつける。
「そういえば、白さんに写真撮ってこいって言われてたな」
「それがお土産って、やっぱり変わった人だよね」
「物に執着しない奴だからな。何もいらないと言われるのは分かっていたが、写真を撮ってこいと言われるのは予想外だった」
「自分がいない時のラウラさんの笑顔でも見たかったんじゃないかしら」
笑顔か、とラウラは小さく呟いた。
自分はどんな顔で白と居るのか。白が居ない時、自分はどのような表情をしているのか。
白は今、何を思っているのだろうか。
「じゃあ、行こうか」
「ちょっ、今水着取ってくるから待ってて!」
慌ただしく臨海学校が始まる。
海へ行くと、既に多くの生徒がそこにいた。水着に着替えて砂浜へ足を踏み入れる。ラウラのリボンを箒達が可愛がり、白に買ってもらったとラウラが惚気た。
「やー暑いわねー 」
「夏だからな」
「そういう意味じゃないんだけどねー」
砂浜へ足を踏み入れると、異常な熱を持った砂が足の裏から伝わってきた。
「遅かったな、お前ら」
声がした方へ顔を向けると、仁王立ちしていた水着の千冬がそこにいた。
「何してるんですか織斑先生」
「監督だ」
……真面目だな、この人。
ラウラが軽く注意する。
「少しで良いんで海にも入ってくださいね。飲み物も忘れずに、熱中症には気をつけて下さい」
「そのくらい心得ている。安心しろ」
千冬はポンポンとラウラの頭を叩くと、後ろにいた箒達に話し掛けた。
「一夏ならあのパラソルの下だぞ」
千冬が指差した方を見ると、パラソルの木陰に座ってボーッとしている一夏が目に入った。
「……何してるんですか、一夏は」
「水着の女子が沢山いるから気後れしてるんだと。ま、無理にならない程度に誘ってやってくれ。あれじゃ、何しに来たか分からん」
「了解です」
箒達は取り敢えず一夏の所へ向かっていった。ラウラだけが残り、千冬に尋ねる。
「……何か疲れてますか?」
いくら普段の千冬が真面目でも、こんなに睨みつけるように海を見てはいないだろう。
「分かるか?ちょっと頭痛の種がな……」
千冬が頭を抱えるような事は織斑一夏か、あるいは。
「篠ノ之束ですか」
「正解だ。どうも、ここに奴が来るらしい」
「来るって……」
全世界指名手配犯がやってくる。それは何とも。
「面倒ですね」
「だろ」
千冬が長い溜息を吐いた。
「今日くるとも分からないが、警戒だけはしておこうと思ってな」
「友達ですよね?」
「友達だぞ。だが警戒はする」
とても友好関係を築いてるように見えない。
なかなか度し難い関係である。
「篠ノ之束、か」
前に白が話をしたいと言っていたことがある。
何故ISを作ったのか。亡国機業と知り合いなのか。そして、昔の千冬と知り合いなのなら
「…………」
彼女もまた、人造人間なのだろうか。
白が何を聞こうと思っていたのかは知らないが、凡そラウラの考えと、そう差異はないだろう。
千冬は間を取り持つこともしないし、束の秘密を話すこともない。曲がりなりにも親友である彼女の秘密を、千冬が話すわけがない。
もし束に会えるとしたら、ラウラは自分だけの力でなんとかするしかない。
「……難しい顔をしているな」
「ええ、やることが出来ましたから」
「そうか」
千冬もラウラがやることは察しがついているだろう。故に、止めもしないが後押しもしない。
楽しげな明るさの中、どこか不穏な空気が混じった。