インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》 作:ひわたり
「ただいま」
「おかえり」
白がラウラに返し
「ただいま」
「おかえり」
ラウラが白に返した。
白とラウラは寮の部屋に戻ってきた。
お互いに帰宅の挨拶を交わすのは恒例となっていた。手洗いをし、珈琲を淹れるためのお湯を沸かした。
「しかし、まさか白の歌が上手いのは予想外過ぎた……」
水着の買い物の後、全員でカラオケに行く事となった。色んな国の代表候補生達だが、カラオケには流石に日本の音楽が多い。知っている曲を探すだけでも意外と苦労をした。それでも人数が多いので、一人で数曲歌っただけで結構な時間が経っていた。
ラウラなんかはずっと軍育ちだったので、曲なんか知らないし、ましてや歌った経験も無い。精々軍の余興でやったくらいだ。かなり拙く、下手くそな歌だったと自分でも思っている。実際はかなり綺麗な歌声なのだが、ラウラはお世辞と受け取ったらしい。
白はそもそも曲を全く聞かない。仕方ないと、一夏から音楽機器を借りて、彼が普段聴いている曲をその場で覚えて披露した。
それが物凄く上手かった。
歌い終わると、全員口を開けたままポカンとしていた。
「感情を込めることは出来ないが、音程の調整なら幾らでもできる」
というのが、白の意見である。
その後はファミリーレストランへ行き、全員で食事をとった。女子がデザートのカロリーがどうだと盛り上がり、たまに一夏が弄られて、白はただ珈琲だけ飲んで座っていた。
白は相変わらずだったが、一応、周りに馴染んでいたと言えば馴染んでいた。
「ごめんな、白。ずっと荷物持たせて」
「気にするな」
白は買った水着をタンスにしまう。その際、同じ袋から、別の物を取り出した。
「ラウラ」
「ん?」
「これをやる」
白は素っ気なくラウラに茶包みの小さな袋を渡した。
「何だ?」
「別に、ただなんとなく、プレゼントをしたくなったから選んで買ってきた」
プレゼント。
その言葉に目を丸くし、袋を開けてみて、更に目を丸くした。
中に入っていたのは黒と紫が合わさったシュシュと、黒と青いラインが入った二組のリボンだった。
「この前は料理の時に邪魔そうだったから適当な黒いゴムを渡したが、ちゃんとした物を送ろうと思ってな。リボンの方は撥水性だから、臨海学校の海の時にでも使ってくれ」
ラウラは白を見て、潤んだ瞳で笑った。
「ありがとう。凄く嬉しい」
やはり白は無表情だったが、それでも、良かったと語った。ラウラは早速その場でシュシュを着けてみた。
うなじ辺りで髪を束ねて、シュシュで纏める。ポニーテールとは違い、やや大人っぽい雰囲気が出るようになった。
「ああ、良いなこれ。料理の時なんかは必ず着けるようにしよう」
「気に入ってくれたようで何よりだ」
「うん」
その場でクルリと回り、はにかんで笑うラウラを、白は無表情で見つめる。
「ああ、そうだ。白」
ラウラが回転を止めて正面を向いた。髪が遅れて回り込む。
「臨海学校で私が居ない間、自由にしてていいからな」
それは食事を摂らなくても、睡眠をとらなくてもいいという意味だ。
逆に、ちゃんととれと言われるかと思っていただけに、その発言は意外だった。
「良いのか?」
「欲をどうこうできるものじゃないからな。変な話だが、私が居ない時くらい羽を伸ばせ」
欲に関することは殆どがラウラは自分の自己満足と思っている。実際、ほぼその通りであった。感情や表情などは取り戻していけるかもしれないが、体の基礎構造は自己の意思で左右出来るものではない。
ラウラは自分に付き合ってくれることを嬉しく思っているが、その反面、申し訳なく思っている部分もあるのだ。
「……別に苦に思っていたわけではないぞ?」
「それも分かっているさ。だから、自由にしていてくれ」
ただし、とラウラは白の腕を取って抱き締めた。
「それまでは存分に甘えるから、覚悟しろよ」
「そんな長い期間離れるわけでもあるまいに」
「白は寂しくないのか?」
「さてな、一人に慣れ過ぎてそんな感覚は忘れた。でも」
ラウラの髪に口付けをする。
「ラウラが居ないのは、何か嫌だな」
「……相変わらず、無自覚に照れさせてくれるな、お前」
ラウラは白の腕をより強く抱き締めた。
「今夜寝る約束を忘れるなよ?」
「忘れちゃいない」
その後も、白とラウラが離れることはなかった。
臨海学校当日。
現場までバス移動となる。その為、教員を含め、生徒達はバスの集合場所まで行かなくてはならない。白はラウラ達を校門まで見送ることにした。
いつものメンバーが集合し、各々が荷物を持って行く準備を完了させていた。
「お土産は何が良い?」
「特にいらない」
「張り合いのない奴だな」
ラウラの質問に普段の返事をすれば、彼女はやや不満気な顔をした。
「……と、言われてもな」
趣味らしい趣味はないし、物を欲しがることもない。敢えて探すなら何かと、思考を巡らす。
「……ああ、なら」
一つ、思う所があった。
「写真だな」
「写真?」
予想外の単語に、ラウラは目を丸くした。何故、写真なのかと首を傾げる。
「海で遊んでる写真でも、食事を食べてる写真でも何でもいい。楽しんできた、という思い出を残して見せてくれ」
「それで良いのか?」
「ああ」
「分かった。思い出話沢山持って帰ってくるから、聞いてくれ」
「了解」
何故、白が写真を頼んだのか。彼の本意に気付かなかったラウラは、素直に頷いた。
その笑顔に、白は少しだけ胸が痛んだ気がした。
「お二人共、そろそろ時間ですよ」
「イチャラブは帰ってきてからにしなさい」
「おお、もうそんな時間か。すまない」
ラウラは振り返って一度返事をし、白に向き直る。
「じゃあ、いってくる」
「ああ」
白は、応えた。
「いってらっしゃい」
ラウラ達の姿が見えなくなるまで見送る。ラウラは何度も振り返り、白に手を振った。白はその度に片手を上げて返事をした。
背中も見えなくなり、白の周りに誰もいなくなる。
「…………」
白には一つの予感があった。
臨海学校で、学園最強の織斑千冬は学園に居ない。軍に精通していたラウラも居ない。一年の代表候補生も全て居なくなった。
今残っているのは、スポーツとしてしかISをやってこなかった教師陣と生徒達。暗部に通ずる更式楯無。そして、白だけ。
亡国機業が白に目を付けたのならば、襲われるのは、恐らく今。
無論、この期間に織斑一夏が襲われる可能性も大きい。
故に、白は千冬とラウラにはこの事は告げなかった。どちらかと言えば一夏が襲われる可能性の方が大きいのも確かだったからだ。だが、学校と違い千冬はある程度自由に動ける。もし仮に襲われても、ラウラと協力すれば凌げることも出来るだろう。
しかし、ここに亡国機業が現れた場合、白が身を守れるのは己自身のみ。孤独だからこそ、意味がある。
白は、自身を亡国機業を釣る餌とした。
餌とし、食らいついてきた所を、逆に食らう。
待ちの一手ではあるが、これ以上影も見えない追いかけっこをするつもりはない。相手が何を考え、何を目的としているのか、これ以上考えても想像の域を出ることはない。
故に、直接聞かせてもらう。
その真意を。
亡国機業の口から、直接。
「………」
下手を打てば、死ぬかもしれない。
それでも白は構わなかった。元より、生きる理由も死ぬ理由も無い。
……自分の所為でラウラを巻き込むのならば、その根源を断つのみ。
例え、この命を落とそうとも。
「……さて、更織楯無」
木の影に居た楯無に白は声を掛けた。楯無は扇を広げ、見事の二文字を見せた。
「あら、気付いていたんですね。わざわざ声を掛けてくれるなんて、浮気ですか?」
「笑えない冗談を言える程度には回復したようで喜ばしい。ならば、冗談を抜きに話そうではないか」
その感情の無い瞳で、白は告げた。
「亡国機業の情報交換をしよう」
仮初めの平穏は崩れた。