インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》   作:ひわたり

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IS部隊

初のIS部隊に配属されたのは女性10名と、特別枠の白。

その中にはあの少女の姿も見受けられた。監視の名目もあり、この部隊に配属されたようだ。

ラウラ・ボーデヴィッヒ。

それが少女に与えられた名前だった。

 

 

「あの時はありがとうございました」

白は廊下で偶然出会ったラウラに出くわし、礼を言われる。

その小さな体に似合わない軍服を身に纏い、覚えたての拙い敬礼をする姿は、どこか滑稽ですらあった。

「礼を言われることはしていない。結果としてお前が助かっただけだ」

「それでも、私が助かったのは事実です」

ラウラの真っ直ぐな瞳に、白は軽く嘆息した。どうやら、彼女は研究所では大切に扱われていたようだと、薄々と感じる。性格があまりにも真っ直ぐ過ぎるのだ、この少女は。

「私はラウラ・ボーデヴィッヒです」

「それがお前の新しい名前か」

「はい。貴方の名前を伺っても宜しいでしょうか?」

「…………」

名前、か。

「俺も元々名前などあってないような存在だ。一応、今は白と名乗ってる」

「白、ですか。ありがとうございます」

花が咲くような笑顔に、やはり白は無表情のままだった。

「何故軍に志願した?」

「力が欲しかったんです」

漠然とした答えに、白は小首を傾げた。

「それは軍でなければいけなかったのか?」

「私は造られた人間です。兵器や技術も学んで来ました。なら、それを生かすのは軍だと考えました」

「道理だな。だが、別に力など無くても生きていけるだろうに」

「……あの日、生き残ったのは私だけです」

ラウラから笑顔が消える。

「あの場には友人がいました。私に力があれば、助けられたかもしれないと思うと……」

だから

「私は貴方のような力が欲しいのです」

成程、理屈は理解できた。

だが、一つ、頷くことはできない。

「その心掛けを否定はしない。だが、これだけは言う。俺を目指すな」

その言葉にラウラは目を瞬いた。

「何故ですか?あの時、貴方は私を助けてくれました」

「お前の目的とするそれは、在り方も合わさって為される物だ」

成ればこそ、俺など目指すべきではないのだ。

「俺はな、誰かを守る為に戦ったことがない。誰かを殺し、打ち倒し、壊し、果ては自分を殺した。お前が何かを守りたいのならば、それは、俺では無理だ」

「…………」

「お前が目指す物は俺の正反対にある。勘違いしているのなら修正しよう。ラウラ・ボーデヴィッヒ、お前を助けたのは偶然に過ぎない。もし必要なら、俺はあの時お前を殺していた。お前が死ななかったのは、殺さずに済んだからだ。ただそれだけだ。……それだけの存在なんだ、俺は」

きっとラウラは落胆しただろう。白はそう結論付ける。

……俺は所詮殺人機械と変わらない。

ラウラからすれば助けに来てくれた英雄に見えたのかもしれない。しかし実態は違う。言葉通り、もしあの場で必要だったのならば、ラウラだって殺した筈だ。それが白の在り方。己の命すら守らずに生きてきた人間もどき。

「……理解したのなら、俺に構うな」

白はラウラに背を向けた。

きっともう、これでボーデヴィッヒは俺に話しかけることすらなくなるだろう。

「……それでも」

その背中に声が届く。

「貴方は私を受け止めてくれました」

白は足を止めた。

足を止めてしまった。

「それだけでも、私には充分です」

ああ、何とも、下らないことをほざくな。

「………勝手にしろ」

白は振り返ること無く、その場を去った。

 

 

 

ラウラ・ボーデヴィッヒ。

資料が破棄された為、以降は彼女自身の証言も含め記載される。

年齢不詳。

遺伝子操作による人体実験の強化人間。IS登場後、適合性向上の為にヴォーダン・オージェが行われる。不適合により左目の変色が見受けられる。

名は軍入隊の際に命名。

体内にナノマシンを宿し、唾液には医療効果のあるナノマシンが存在する。

当初ナノマシンにより肉体を他者が操作することが可能だったが、この機能を完全に撤去。

「……この操作可能の機能除去が影響しているわけではありませんよね?」

ザッとラウラ・ボーデヴィッヒの情報を見ていた白は、女性軍人、アデーレ・ヘルマン中佐に話し掛けた。

アデーレは書類から顔を上げ、白を見やる。白はパソコンのタイピングを止めること無く、横目でアデーレを見ていた。

「ラウラのこと?」

「はい」

軍でのラウラの成績は芳しくない。まだ発足して一週間しか経っていないが、下手な軍人より下の成績を出すことも珍しくない。造られた人間である彼女がこのようなことになるのは、酷く意外であった。

「それも多少の影響がないとも言えないけど、やっぱり大元の原因はISの為に無理矢理ヴォーダン・オージェを行ったことかしら」

「あの眼のナノマシンですか。修正は可能なのですか?」

「取り除くことは可能だけど、あれはかなりの身体能力向上を発揮させるからね。今でこそ、この結果だけど。鍛えれた方が強くなれるわ」

「そうですか」

「何、気にしちゃって。保護欲でも出てきた?」

「ご冗談を。部隊の実力向上に務めてるだけです」

白はそう言ってラウラ以外の資料を取り出して見せる。

「後でこれも確認願います」

「つまらないわね。分かったわ」

それにしても、と続ける。

「貴方の敬語、慣れないわね」

「上官に対してならば敬語は当然でしょう」

「貴方にそんな素養があるとは思えなかったけれど」

「敬語は一種のカモフラージュでもあります。細かい語句などは気にしたことがありませんけど」

言いながら印刷を終えた書類を纏め、アデーレに差し出した。

「これは今日中にサインをお願いします」

「……あと、貴方がこんなに優秀とは思わなかったわ」

白は教えた作業を一回で吸収し、次にはそれを玄人のように出来ていた。オマケに作業スピードが速く、人間業で無いことを無意味に発揮。三日後には全ての事務作業を完璧に熟せるようになっていた。

「嫌味な意味では無く、構造が違いますから。これが当たり前です」

「そうね、良い拾い物をしたと思っておくわ」

アデーレは書類を纏め、席を立つ。

「悪いけど今日は緊急会議が入ったからこのまま行くわ。部隊は副隊長のエルザに任せてあるから、記録だけお願い」

「承りました」

白は手早く事務作業を終わらせ、パソコンの電源を落とした。

 

 

「……………」

白が演習場へ向かうと、副隊長の前で全員が腕立て伏せをやらされていた。何かあった時は連帯責任を負わせられることは当然なので珍しい光景ではない。

ちなみに、白は軍服を着ておらず、元から身につけていた服を着用している。彼の行動について来られる服がこれしか無い、という特殊な理由故に、特例として許可された。ちなみにこの服、匂いは一切付かず、速乾性が強いので洗ってもものの1分ほどで乾く。そのことを知らない、白を見慣れている人間は、いつ服を洗ってるのかと首を傾げているそうだ。

「ヘラー大尉、ヘルマン中佐は会議に向かわれた」

「そう、ご苦労。……おい、動きが鈍っているぞ!回数を追加されたいか!」

「今度は何だ」

「……。何、ちょっとした言い争いだよ」

一瞬、間があったなと、そこから察する。

「………男の俺が居ることへの不満か?」

「……察しが良くてどうも」

女尊男卑の世の中で、IS部隊という女性の独壇場に男がいること。中には一人くらい不満を持つ奴がいることは予想できたが、意外と早くボロが出た。最も、軍という特殊環境で私情を挟むのはいただけない。

「こういった時のことは中佐と話し合って決めている。少し時間をもらうぞ」

ヘラーは手でどうぞ、と示した。

それを確認し、白が一歩前に出る。

「今回の件で問題を起こした者は立ち上がれ」

立ち上がったのは2人。1人はホフベルクという名の女性。内1人はラウラであった。

おそらくホフベルクが男、つまりは白への不満を口にし、ラウラがそれに反応したのだろう。

「俺の存在が邪魔か?」

白はホフベルクにザックリと切り込んだ。

「……個人的な意見を言わせてもらえれば、不愉快ではあります」

不愉快、か。随分生温い表現を使うな。内心はもっと激情しているだろうに。

ラウラがその発言に対して怒りの表情を見せるが、そっちは敢えて無視した。

「成程。機密に関わることだから詳しくは話せんが、軍にいること自体、俺としても本意ではない。だが、軍に属している以上、私情は非常に危険な物となる。故に」

白は片手に束の短剣を展開した。

「ホフベルク一等兵。今回の一回限り、貴様にチャンスをやろう」

「チャンス、ですか?」

「俺を堂々と叩き飲めせるチャンスだ。ISを展開しろ」

部隊に驚愕が走る。

「一体一の決闘だ」

ヘラーは眉を潜めたが何も言わない。中佐と話し合って決めたことなら、それに異論は唱えないつもりだ。

ホフベルクはまさかの事態に動揺しつつもISを装着し、展開する。

「……ルールは」

「戦場にルールはない。しかし、同じ部隊で殺人が起きれば問題だろう。降参したら負け、だ」

なんだこの男はと、ラウラ以外が思った。

まさか、ISに勝つつもりかと。

2人の距離が離れ、準備が整う。

 

ブザーが鳴り、試合が開始した。

 

瞬間、ホフベルクの目の前に白がいた。

「へ?」

「言い忘れたが、全力で来い」

気付いた時にはもう遅い。

左手でホフベルクの頭部を掴む。

ギギギと鈍い音が高く鳴り響き、ISのエネルギーが急激に減り始めた。

「……っ!」

ホフベルクは右手に剣を展開。展開と同時に、剣が白の足により吹き飛ばされた。連続する予想外の事態に頭が混乱する。

何だその速度は。何だその力は。何故ISの握力で握られた武器をそんな簡単に弾けるのだ。

「まさか貴様もISを……⁉︎」

「使えるわけないだろう。俺は男だぞ。ただ少し、普通の人間より肉体が異常なだけだ」

淡々と答えながらも握力は緩めない。

「貴様は予備動作に無駄が多い。展開が遅い。ヘルマン中佐なら俺の腕を切り割いているぞ」

「くそ!」

ホフベルクはブーストを展開し、空に飛ぼうとする。それを察した白は、そのままホフベルクの頭を地面に叩きつけた。

「俺の手から逃げようとするなら、まず力を弱めることをしろ。何かで気を削ぐでも何でも良い、方法はいくらでもある」

ふざけるな、とホフベルクは叫びたかった。ISの推進力と同等の腕力があるというのか。

実際は踏み込みや衝撃の方向を変える複数の事柄を合わせてISに拮抗しているが、それを知るわけもない。

「何だ貴様は!?一体何者なんだ!」

「戦闘中に余計な疑問は持つな。仮に質問などの問答をする時は最優先事項が情報収集の場合か、時間稼ぎの場合だけだ。ちなみにこの問答の間にも貴様のエネルギーは削られて行くぞ」

言って、片手剣を振るう。

「がっ……!」

「これは戦闘行為だ。俺からも攻撃するのは当然だろう」

ISに太刀筋がしっかりと残り、エネルギーが急激に減らされる。

「む……。真似ただけあって、結構行くものだな。さて」

白は更に握力を強めて行く。

「これで終わりか?貴様がやったことは剣を出したことと逃げようとしたことだけだ。まるで雑魚だな。ISの機能の2割も発揮できていない」

「舐めるな……!」

ホフベルクは体と地面の間に手を入れ、ランチャーを展開する。そのまま引き鉄を絞った。

激しい爆音と硝煙が白とホフベルクを包む。地面が割れたことにより白からの圧力が弱まり、ダメージを負いながらも白からの離脱に成功する。一方、白は爆発がホフベルクと地面だったこともあり、ダメージは殆どない。その間、白は束の黒剣を収納し、自分の白剣を取り出す。

「化け物が!」

ランチャーを撃ちながらもう片手にマシンガンを展開。白はランチャーを避けながら、飛んでくる破片を衝撃波で吹き飛ばす。

ホフベルクからマシンガンが放たれる。さすがに避け切れまいと口を歪める。

白は弾丸の嵐が来ると同時に地面を抉るように衝撃波を放った。土砂の波となったそれはマシンガンの盾となる。

ホフベルクは視界が潰された為、再びランチャーを放とうと構え

「まず空へ退避するべきだったな」

ランチャーとマシンガンが切り落とされた。

……背後っ。

「ハイパーセンサーもそれでは宝の持ち腐れだ」

首を締められ、背に短剣を突き付けられる。再び削られて行くエネルギーに、ホフベルクは絶望した。

「貴様は弱い。貴様がISを最大の力と考えているなら、それは誤りだ。ISは所詮道具だ。それを生かすも殺すも本人次第」

白は無情に言い放つ。

「貴様が軍に所属し、この部隊の一員であるならば、まず力を身につけろ。ISを使いこなして見せろ。俺を殺して見せろ。喚くのは構わんが、雑兵の戯言など、誰も耳を貸さないぞ」

シールドエネルギーが遂に空になる。彼女に残された守りは絶対防御という生命の安全装置のみ。しかし、この状態で絶対防御のエネルギーを削られ続けたら……。

「もう止めろ、命を奪う気か」

ヘラーの発言に、白は動かずに答えた。

「このままだとそうなるな」

「お前……」

「降参するまで、と言った筈だ。どうする一等兵。このままその小さなプライドの為に命を捨てるか?それとも地べたを這いずるように情けなく生きるか?」

「…………っ」

ホフベルクは強く歯噛みした。胸にあるのは憤りと、情けなさと、絶望と、敗北感。

「……降参です」

勝負は、ここで終わった。

誰もが目の前の結果を信じられなかった。ISを用いない男が、あり得ない身体能力で圧勝してみせたのだ。夢でも見ているのかと、ただ呆然とする。

「良いだろう。……ボーデヴィッヒ、お前も私情で問題を起こしたことに変わりはない。グラウンド100周行って来い」

「了解しました」

一方で、ラウラは生き生きとした表情で、当然とばかりに凛としていた。

「よし。後は任せたぞヘラー大尉。俺は資材の交渉に行くから、用があれば無線で頼む」

「……了解しました」

「ちなみに、今後俺と決闘を申し込みたいならヘルマン中佐の許可が必要となる。では失礼する」

白は背を向けて、そのまま振り返らずに去って行く。

ISを持つことで慢心してしまうのならば、それ以上の力で圧倒する。それはISという妄想を打ち消せるものであれば尚良い。

かなり荒治療だが、力を主体とした軍人には確かに効果的だった。これで潰れてしまうならそれまでの人材だったという話だ。

……危険な賭けではあったな。

実は一度、アデーレと模擬戦を行ったことがある。模擬戦と言っても互いの確認程度のものだ。アデーレはペイント弾装備で本気の状態ではなかったし、白も衝撃波などは使用しなかった。

大まかな戦闘能力だけ把握し、今の部隊なら白が負けることはないと判断されたのだ。

まず必要なのは、ISの最強という幻想を殺すことだった。

「…………」

白は束に貰ったこの短剣、IS相手には脅威だと感じた。

通常の武器として使うなら自分の短剣が遥かに勝る。束のそれは通常武器よりも切れ味も鋭く、頑丈ではあるが、やはりその程度だ。しかし、IS相手には恐ろしい程の切れ味を発揮し、かなりのエネルギーを奪う。軍に返してもらう際、IS殺しと言われたが、これは確かに危険だ。

中に機械かナノマシンでも入っているのかと疑いはするが、どうも検査結果では不明だったらしい。流石ISを作った天才。その辺りは抜かりはない。

今回の圧勝は不意を突き、頭が回らないように戦闘を行った結果だ。軍人のヒヨッ子に負ける気はしないが、次からはこう簡単にはいかないだろう。

だからこそ最初の一回のみと制限をかけ、態と許可をもらうようにと釘を刺した。

一先ず、このことを報告しなければと、白は足を進めた。


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