インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》   作:ひわたり

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普通と異質

全員が集まって料理を出して食べるには狭い、ということで、集まったラウラ達は食堂の一角を借りることにした。

「料理が完成したので披露しよう」

「披露は良いんだけど……何で楯無先輩も居るんですか?」

「飛び入り参加よ。お姉さんの味も知ってもらおうと思って」

パチンとウインクされ、一夏は不覚にも少しだけ可愛いと思ってしまった。目敏く女性達はそれを見つけるが、とやかく言わずにグッと堪えた。

白は楯無が居ることに何も言わず、いつも通りラウラの横に座っている。楯無からすればそれが逆に怖くて、内心ビクビクしていた。

そこへ、不意に白から声が掛けられた。

「更識」

「何かしら?」

「俺は別段、お前をなんとも思っていない。ただ一つ、覚えておけ」

白はスッと目を細めた。

「何であろうと、次にラウラに手をあげたら、五体満足で居られると思うな」

……生きていることを全力で後悔させてやる。

「わ、分かりました」

楯無は動揺が激しくて、取り繕っていた演技の仮面が僅に剥がれた。楯無以外の人は自分に向けられているわけでもないのに、恐怖で体が震えていた。

「白、白。落ち着け」

ラウラが白の頰に手を添えた。

意識がラウラに向けられる。

「私の為に怒ってくれるのは嬉しいが、そう声を荒げるな」

……怒る。そうか、俺は怒っていたのか。

ラウラの言葉に、白は己の感情を一つ新しく理解した。楯無に対して向けていた感情がマイナス感情の何かであったことは知っていた。しかし、それがどのような物かは自覚していなかった。

「……成程」

白は一つ頷いた。

ラウラは白が怒っていたのも理解していたし、白本人が怒りだと分かっていなかったことを把握していた。だから、こうして語り掛けて、白の怒りを鎮めた。

「……感謝しよう、更識楯無。俺は貴様のお陰で怒りを理解した」

白としては本音である。しかし、楯無からしてみれば死刑宣告にしか聞こえない。

「…………」

……短い人生だったわ。ごめん、簪ちゃん。お姉ちゃん先に逝くね。

愛しい妹のことを思いながら現実逃避の思想に耽っていると、ラウラから声が掛けられる。

「先輩。心配せずとも大丈夫ですから。白はそういった意味で言ったわけじゃないですよ」

「……え、本当に?私まだ生きられるの?」

「はい。そうなったら私が白を止めるので安心してください」

楯無はラウラの近くに跪き、その手を取った。

「ありがとうございます、女神様!」

「め、女神?」

テンションを上げる楯無に、ラウラはただ困惑した。

「はいはい。茶番はそこまでにして料理を出しましょう。お腹空いたわ」

いち早く我に返った鈴が手を鳴らす。

「そうだな」

ラウラ達の部屋から持ってきたので、既にテーブルの上には料理が並べられている。セシリアが作ったカレーだけが作りたてなので一番暖かい。

「見た目は悪くないな」

「セシリアの料理はいつも見た目は悪くないだろ。問題は味だ」

「ちゃんと味見したから大丈夫だ。味も保証しよう」

「ラウラが言うなら安心だね」

「私の信用ないですわね……」

一夏がカレーを一口掬い、恐る恐る口へ運ぶ。緊張の一瞬。

「……美味い」

おお、と歓声が上がる。

「本当ですか!」

「ああ、本当に美味しいよ」

「良かったですわ!ラウラさん、本当にありがとうございます!女神様!ありがとうございます!」

「うん、良かったけど、女神様はやめろ。流行らせる気か」

セシリアは興奮を隠しきれないようでラウラの手を握って上下に激しくて握手した。あまりの高ぶりようにラウラは若干苦笑いである。

「一夏、私達のご飯もあるんだ。遠慮せずに沢山食べてくれ」

「じゃ、私達も食べましょうか」

「セシリアのカレー本当に美味しいね」

この前の弁当の際、ラウラに皆がっつき過ぎと言われた。楽しい食事なら良いが、啀み合っては一夏も気にして食事にならないとのこと。このことを反省し、今日は一夏にアプローチしないという話で落ち着いている。

「ところで、会長は何を作ったんですか?」

「鰹のたたき」

ドンと大きなお皿を出してくる楯無。

「ちょ、渋っ」

「途中で部屋から出て行ったと思ったらこんなの作ってたんですか……」

「だって、主食でカレー、スープ、肉と野菜の煮物と冷しゃぶ。全部揃ってるじゃない。前菜は作る気しないから、魚肉を選んだのよ」

楯無はチラリと白の方を見た。ちなみに、彼はずっと腕を組んだまま皆が食べているのを見ているだけだ。

「えーと、白さんも食べます?」

やけに低姿勢で尋ねる楯無に

「は?」

白は低い声で聞き返した。

「ひぃっ!」

楯無はラウラの後ろに身を隠した。最早演技も出来なくなったようだ。

「白」

「すまん」

白も別に意識しているわけではないのだが、どうもまだ怒りが収まっていないらしい。

「仕方ない奴だな」

ラウラは立ち上がり、白の頭を一度撫でて、そのまま彼の瞼に軽いキスをした。

「私の料理も取ってくるから少し待ってろ」

そう言って食堂の厨房へ向かった。ラウラの部屋は他の料理でいっぱいだったので、彼女だけ特別に厨房で作らせてもらっていた。休日で利用する生徒も少ないので簡単に了承は得られた。

「ねぇ、今、ラウラ……」

「何作ったんだろうねー」

「シャルロットさんが現実逃避してらっしゃいますわ……!」

それでも白は平然としている。生徒達の前でも堂々と愛の宣言をしたのだ。この程度で恥ずかしがる筈もない。

「お待たせ」

程なくしてラウラが戻ってくる。

持ってきた皿にあるのはロールキャベツだった。今の今まで煮込んでいたらしく、湯気を立てているそれは、ケチャップの香りと見た目からして柔らかそうな具が食欲を唆る。

「……ラウラだけ凝ってない?」

「折角厨房借りれるなら、それが活用できる料理が良いだろう?皆だけじゃなくて白も食べるしな。下味もしっかりつけて2時間くらい煮込んでみた」

「熱々なんて卑怯ですわ……!」

「セシリアだって出来立てだろう。まあ、遠慮なく食べてくれ」

ラウラは小皿にロールキャベツを乗せると、白に渡す。流石にロールキャベツであーんは物理的にキツイのでやらなかった。

「いただきます」

「召し上がれ」

白はもぐもぐと口に入れて咀嚼する。その様子をラウラ以外が見守るが、当然、表情に何も変化はない。

「……えっと、白さん。美味しいですか?」

「ん?」

箒の質問に顔を上げる。

「……まあ、一般的な考えなら美味しい部類なんじゃないか」

白の答えに、女性陣がムッと顔を顰めた。

「……何それ。素直に美味しいって言えないの?ラウラにも失礼よ」

「良いんだ」

鈴は白を攻めるように立ち上がったが、それを他ならぬラウラが止めた。

「何で止めるのよ」

「白がこうなのは理由があって、私はそれを知っているからだ」

白の食事の概念は変わっていないし変わらない。舌で味を感じることはあっても、それを美味い不味いの判断が彼には出来ない。

「いくら理由があっても……」

鈴が食い下がろうとした時、白が立ち上がった。

「俺が居ては空気を悪くする。俺を気にせず、食事を続けてくれ」

白はラウラの料理を手に持ったまま、食堂から去って行った。

「ちょっと!まだ話は」

「鈴」

ラウラが静かな声で止める。

「何で止めるのよ!ラウラも悔しくないの⁉︎」

「…………」

ラウラは緩やかに首を振る。ラウラの真剣な顔を見て、楯無が尋ねた。

「彼は味覚障害でもあるの?」

ロールキャベツを口にして、こんなにも美味しいのに、と小さく呟いた。

「いや、どちらかと言えば味覚はかなり良い方です」

「なら、何でよ」

鈴は、訳が分からないと噛み付く。

「味覚の問題じゃないんだ。白は、食事をしても美味しいとも不味いとも感じられない。知識としては知っているだろうが、その感覚を知らない」

必要最低限のエネルギーのみを取れて、動く為の必要最低限のカロリーさえあればそれで充分。体の燃費はどんなに動こうともそれ程必要としない。故に、食事とはただの燃料である。

それが白の食事だ。

自分が食べているものが何なのかは、決して重要じゃない。むしろどうでも良い領域だろう。

「それでも、例え理由があっても、嘘でも美味しいの一言くらい言っても良いじゃない!それを許してるラウラに甘えてるだけじゃないの⁉︎」

ラウラは鈴の言い分を分かっている。普通の人情として、美味しいでも普通でも、返しが欲しい。何も答えず何も感じないのは一生懸命作った努力を無碍にされているようだから。嘘でも返事をして欲しいと思う。

しかし、それでも

「何の努力もしないで甘えてるだけじゃないの⁉︎」

その言葉は、許せない。

「努力で何とかなるなら!!」

ラウラが叫んだ。

その叫びを聞いた者達が、その迫力に圧倒される。

「何とかなったなら!白は……!」

鈴達の驚いた表情を見て、ハッと我に返った。

「……すまない、冷静じゃなかった。……白の所に行ってくる」

すまない、ともう一度言い、ラウラは白を追いかけていった。

「……っ。ああ、もう」

鈴が両手で顔を覆った。

「頭に血が登った……。余計なこと言っちゃった……」

「うん、鈴が言いたい事も分かる。怒るのも分かるよ」

その気持ちが分かるからこそ、シャルロット達も何も言わなかったのだ。あそこまで甲斐甲斐しく動いているラウラに、白から何か一言あっても良いのではないかと、誰しもが思ったことだ。

しかし、ラウラがあそこまで怒りを見せるとは思わなかった。

「どうして私ってこうなのかしら……。ちょっと、あの二人に謝ってくる」

「待ちなさい」

動こうとした鈴を楯無が手で制した。

「今は二人にしてあげなさい」

「何でよ」

「白さんの事情、知ってるの?」

そう問われれば、誰一人答える事が出来ない。

「知らないなら口を出すべきじゃないわ。あんな風に何処か壊れてる人はね、何かしら闇を抱えているのよ」

更識の家に生まれ、様々な裏を見たきた楯無だからこその台詞。

皆は楯無の事情も知りはしないが、その言葉の重さを感じ取り、ただ黙り込む。

「どうしたお前ら、辛気臭い」

そこへ、声が降ってきた。

顔を上げると、そこには千冬が居た。


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