インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》 作:ひわたり
白は一夏の部屋で、彼のIS白式を手にとってジッとしていた。待機状態であるそれは、起動はもちろん、何の反応もない。
「……無理か」
「本当に白式のコアが女の子だったんですか?」
「ああ」
白は一夏に白式を返し、代わりに彼が淹れた珈琲を口にした。
「聞きたい事があったんだが、流石に無理だな。一夏も会ったことはないのだろう?」
「そうですね。白さんの話を聞いて初めて知ったくらいです。そもそも、この中に人が居るのが信じられません」
一夏が白式を装着し、まじまじと見る。
「人というか、それ自体が人間を模したものと言うべきか。何にせよ、もう一度会うのも絶望的か」
白はISに適性がない。
あの時はラウラの白を知りたい強い思念をVTシステムが増幅させ、人造人間である僅かな共通点で精神世界へと誘われた。ラウラが白の心を知った今の状況では、誰かを通して精神世界に入る事すら難しいだろう。
「一夏なら会う機会があるかもしれんがな」
「もし会ったら、俺が伝えておきますけど」
「…………」
一夏の提案に一瞬だけ考え、断りを入れた。
「……いや、いい」
「そうですか。もし何かあったら言ってくださいね」
「ああ」
一夏の邪気のない笑顔に、白が微かに目を細めた。
「なぁ、一夏」
「はい」
白は、千冬が今まで隠していた事実を、一夏に決して語らなかった事実を口にした。
「お前は人造人間だ」
それに対し、一夏は
「……はい」
笑顔で受け入れた。
「やはり、自覚していたのか」
「鋭いですね、白さん。何故分かったんですか?」
一夏はやや困った顔つきで頰を掻いた。
「勘だ。何故だかお前の笑顔が変に思えた」
それで、と珈琲カップを机に置く。
「いつから気付いていた」
前から薄々とは、と一夏が答える。
「俺は元々、幼い時の記憶がなかったんです。気付けば千冬姉と一緒に居て、千冬姉に育てられてきました。世間でいう父や母の存在は、それこそ空想の人物に過ぎませんでしたし、俺には千冬姉が家族だけで充分でした」
千冬ははぐらかしたが、尋常ならぬ苦労がそこにはあったのだろう。小さな子供が自力で幼子を養うのだ。簡単な筈がない。
「千冬姉は幼い頃から強くて、俺の誇りでした。いつからか、千冬姉の強さは普通じゃないと疑問に思うようになったんです」
「だから自分も普通じゃないと思ったと?」
「それこそ半信半疑でしたけどね。だから、俺は人の好意が本物かどうかわからない」
……箒達の想いが本物かも、分からない。
「確信したのは最近です。精神世界に入り、ラウラの過去を見た時に無意識に思ったんですよ。……ああ、俺の時と似てる、と」
その時、一夏は愕然としたという。何が似ているのか。何に共感したというのか。その光景が、研究所の光景が、過去の記憶を呼び起こした。
「微かにですが、思い出したんです。試験管で育てられていた人間。繋げられた機械。俺は、俺達は……」
一夏が顔を俯かせ、小さく呟く。
「白さん……。どうして、千冬姉はあれほど強く居られるのでしょう。どうして貴方は、そんなに強いんですか」
……強さ、か。
「俺は強くない」
俺は壊れたから。失ったから。死んだから。何もなかったから。
「一夏。お前の言う強さとはなんだ」
一夏は顔を上げる。陰りのあるその瞳は、白の赤眼を見る。
「自分が人造人間だと知った。織斑千冬が人造人間だと知った。お前の実力は作られたものかもしれない。お前に向けられた好意は遺伝子の影響かもしれない。お前の性格は作られたものかもしれない」
一夏の不安はそこにある。自分を作っていたものが信じられなくなった、自己不信。自分で自分を認められない弱さ。
故に、白は言う。
「それがどうした?」
「え」
「人造人間なのだろう。実力も与えられたものなのだろう。好意も遺伝子の影響だ。性格も同じ。……なら、それがお前だ、織斑一夏。お前がお前を成すに当たり、その形成を行っている前提が明るみに出ただけだ。逆に、お前は他人の行為を無下にして、態と悪ぶれば満足なのか?それこそ下らない」
白は何でもないように軽く言い放つ。
「受け入れろ。それがお前だったんだ。それだけだ。そこからどうするかも、お前自身だ」
「で、でも俺は……」
「そんなに気になるなら、簡単な言葉で言ってやる」
ただ酷く、ぶっきら棒で簡単な言葉。
「あるものは使っとけ。じゃないと損だぞ」
一夏の顎が落ちた。
理屈も感情もへったくれも何もない、単なる意見。
「何ですかそれ……」
「だってそうだろ?結局使うのは自分で、使わなきゃ何の意味もない。お前はそれを今まで無意識に使ってた。意識してしまった今、それを使うか使わないかは自由だ。だから、使っといた方がお得という話だ」
「お得って……」
一夏は乾いた笑いを浮かべた。
「そんな簡単なものですかね」
「お前次第だろ」
「……そうですね」
そう言って笑う一夏の顔は、いつもの笑顔だった。
もう大丈夫だろうと判断し、白は話の話題を変えることにした。
「ところで、一夏」
「何ですか?」
白は極めて真剣に問う。
「胃袋は大丈夫なのか」
その言葉に、力が一気に抜けた。
「それ今聞きます?」
ラウラから料理の話をされ、女性陣は今頃割とノリノリで白とラウラの部屋で料理を作っている。量は少なめにするとは言っていたが、人数が人数だ。結構な量であるのは間違いない。味の良し悪しの問題ではなく、量として食べ切れるかどうかの問題だ。
「どうせ女達は少しだけ食べて終わりだ。後はお前が食すことになる」
「白さんは手伝ってくれないんですか?」
「俺は小食だし、第一、何故お前の為に作った料理を俺が食さねばならん」
彼女達の気持ちの話をされてしまえば、一夏としては言葉を詰まらせるしかない。逆にそれが上手い逃げ口上だと思った。
「うっ、分かっちゃいますけど、少しくらい手伝ってくれても……」
嫌だと白は拒否を続ける。
「それを受け止めるのも男の甲斐性だろ」
「そんなこと言って、本当はラウラの料理しか食べたくないんでしょう」
「は?当たり前だ。何故俺がラウラ以外の料理を好き好んで食わなければならない」
当然のように言われ、一夏は机に突っ伏した。
「ああ、はい、ですよね。分かってました」
一夏は悟ったような表情で席を立ち、扉へ向かう。
「胃薬買ってきます」
「ああ。買ってこなくても保健室行けば貰えるぞ」
「せこいですね」
「言っただろ?あるものは使わないと損だぞ。今は学生なんだからそれを有効活用しろ」
「……そうします」
一夏は頭痛の種は取れたが、別の痛みが増しそうだと思いながら、胃薬を求めて足を運んでいった。