インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》   作:ひわたり

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第5章 嵐の前の静けさ
眼前の受難


「更識楯無。学校の生徒会長で、次期更識家の当主だ」

ラウラが楯無の話を聞きに千冬の部屋へ行くと、そのような返事が返ってきた。

「更識家?」

「裏の職業を生業としている。正確に言えば、暗部などの裏工作に対抗する対暗部組織が家系となっているのが更識家だ」

このIS学園の防衛、男性操縦者である織斑一夏を護衛するのも更識家が担っている。

「一応、信用出来ると考えていいのですか?」

ラウラは千冬の洗濯物を畳みつつ聞いた。

「そうだな。学園側としては信用している。私個人としてはまあまあ、と言った所かな。楯無はまだ未熟な面もあるが芯を持った奴だ。ちと揶揄い癖があるのが玉に瑕だが。更識家自体もそれなりに信用はしている。……こんな話の時くらい手を止めたらどうだ」

先程乾き終わった洗濯物がみるみる内に畳まれていく。ちなみに、洗濯機は既に次の洗い物を回している途中だ。今の洗濯物が洗い終わり、乾燥するまでの間にはゴミ掃除と掃除機を掛け終えていた。

「でしたら普段から掃除してください。半日掛けて終わるか分かりませんよ」

「いや、そこまでしてもらわなくても……」

「駄目です」

ラウラはピシャリと言った。

「私がやらないとずっと放置でしょう。私生活が緩いのは構いませんが、仕事場に着てくるスーツやワイシャツくらいちゃんと皺を取ってください。それに、掃除機をたまにでもかけないとダニが発生しますよ。顔とかに噛まれるのは嫌でしょう?」

「はい……」

千冬は我知らず正座になっていた。

「では、その更識楯無が何故私の所に情報交換を迫ってきたのでしょう」

「……やっぱり手は止めないんだな。単純に、私からは聞き出せないと思ったんだろう。篠ノ之束と私は友人だ。そして、束と亡国機業は仲が悪い。私は束の話を他人に話すつもりはないから、話せないことも多い」

友達だから。

自身を信用して話してくれた会話の内容を、おいそれと他人に話すことは千冬の人道として許されることではない。それが分かっているから、白もラウラも束に関して千冬に追求をしないのだ。

「対暗部、ということは篠ノ之束のことも探っているのでしょう?」

「無論だ。初めの頃は束の話をよく出されたものさ。全部突っぱねたがな。その所為で私に話を聞きたがらないのかもしれん」

「その飛び火を受けたのが私だと」

迷惑千万、とばかりに眉を寄せた。

「ま、情報交換とやらはラウラの判断で構わない。奴が亡国機業と束に通じている可能性はほぼ無いしな」

「考えておきます。……やれやれ」

ラウラは洗濯物を畳み終えた。

次は洗い物かと立ち上がる。実は一度千冬の部屋を見た後、自分の部屋へ戻ってエプロンを持ってきていた。

「……そのやれやれは更識のことか?私の部屋のことか?」

「どっちもです」

……何だろう。ラウラが知らない内に逞しくなっている。これが本当の女になった力か。あれ、おかしいな涙が。

「さて……と」

ラウラはエプロンを装着。ポケットの中から黒色のシンプルな髪ゴムを取り出し、口に咥える。長い自身の銀髪を一つに纏め、そのまま髪ゴムで固定した。ポニーテールの完成である。ここ最近は調理場に立つ時は、こうして髪を纏めていた。

珍しい髪型に千冬は軽い気持ちで尋ねた。

「その髪ゴムどうしたんだ?」

「白が買ってくれました」

……いかん!爆弾だったか!退避!退避!

「……そんな身構えなくて良いじゃないですか」

「すまん、反射だ」

思わず布団の中に逃げ込んだ千冬にラウラが呆れ、モソモソと千冬が這い出てくる。

千冬は白には口や行動に遠慮がなくなるが、ラウラにはこのようにある程度、隙や腑抜けた部分を晒している。それぞれに気を許している証だが、こう言った言動の違いは男女の違いの現れだろう。

「…………」

蛇口を捻り、水でスポンジを濡らして洗剤をつける。溜まっている食器を素早く丁寧に洗って行った。

洗い物は割と音が邪魔なので会話が途切れる。

「…………」

その間、千冬は改めてラウラを見た。

歳の割には小柄で、ちょっと強く抱き締めれば折れてしまいそうな華奢な体。綺麗な銀髪と陶器のような肌で、通り行く人を魅了する。

その実、人造人間で強い体を持ち、研究所の英才教育と軍での経験により得た強さを内に秘めている。幼かった頃は未熟だった精神もかなり強くなった。

序でに言えば家事スキルも習得し、今でも絶賛上昇中。大人の階段も既に登ったようで、歳よりもずっと落ち着いた雰囲気を醸し出している。

「なぁ、ラウラ」

千冬は少し大きめの声を出して声を掛ける。

「はい」

ラウラは手を止めて振り返った。

「お前は今、幸せか?」

そんな千冬の質問に対し

「はい」

迷う事なく、ただ素直に、笑顔で答えた。

その笑顔を与えたのは、ただ一人の男。

「……本当に、やれやれだな」

千冬は立ち上がり、ラウラの横に立った。キョトンとするラウラに、千冬は笑って言った。

「私も手伝おう」

「珍しいですね」

「少しくらい、お前に肖りたいと思ってな」

……羨ましく思ってしまったのなら、それに近付く努力をせんとな。

二人はそのまま掃除を続けて行った。

「そうじゃありません、先生。こうです」

「は、はい」

そんなやり取りが夕方まで続いた。

 

 

一方、白達の部屋では

「何者だ、お前は」

「……似た者夫婦か」

楯無が先日のラウラの時と同じような状況に晒されていた。

床に倒された楯無はその首に双剣の冷たい感触を味わっている。違う点は、ラウラと違って本気で殺されそうな予感がすることか。

「私は更識楯無。この学園の生徒会長よ」

……何これ、IS展開する前に殺されるビジョンしか頭に思い浮かばない!

そんな風に表面上は取り繕っているが、内心で泡を食っている楯無である。そのビジョンは勘の良い彼女が感じている予感。実際、白は双剣を楯無の首の皮一枚に添えている。白ならIS展開の前にその首を跳ねることが可能だ。

「生徒会長か。前にここへ来たとラウラが言っていた。一夏の部屋にも侵入したらしいな」

淡々と述べる言葉に感情はない。それは普段通りの白なのだが、初めて相対する人間はそれに恐怖しか感じない。おまけにこのシチュエーションであれば恐怖も倍増であろう。

「何が目的だ?」

「亡国機業の情報交換をしたいと思ってね……」

恐怖を押さえ込んで、恰も余裕そうに振る舞う。その辺りの演技は流石だった。

「交換?そうだな」

白の目が細まる。

「亡国機業の情報と貴様の命の交換ならどうだ」

……ぎゃー⁉︎何この人凄く怖い!ここ学園だよ!何でこんなこと躊躇いなくしてるの!

「……五秒以内に答えろ」

白はいつも通りである。

いつも通り、他人に興味がなく、敵に容赦がない。実力試しであろうと、初見で攻撃してきた怪しい者は敵以外の何者でもない。

いつも通りに加え、実は少し怒っていた。

実力試しとはいえ、ラウラが攻撃を受けたという話を聞いて、楯無に対し凄く静かに怒りを燃やしていた。

故に、現在の白にとって、更識楯無は最大の攻撃対象である。

「……残念だけど」

楯無が口を開く。

「私の命の為に、情報は喋らないわ」

楯無は次期更識家の当主。

それ相応の覚悟があり、譲れない物がある。

例え、己の命を失おうとも。

「……成程」

白は双剣を首から離した。

「その覚悟に免じて今回は見逃してやる。次からは、普通に訪問するんだな」

「ええ、そうさせてもらうわ」

楯無は優雅に一礼をし、部屋から出て行った。廊下を進み、曲がり角を曲がった所で、頭を抱えてしゃがみこんだ。

「何あれ聞いてないわよ!寿命縮まったわよ!怖いわ!どこがバカップルよ!唯の情報交換の交渉で何で命削られてるのよ!ああ、もう嫌だぁ……」

その後、1人部屋となった一夏の部屋に来た楯無はそのままベッドで横になっていた。

普段はからかってくる彼女がそんな状態なので、一夏はもちろん、部屋に来た箒達も何があったのだろうと戸惑った。

そんな一夏達に、楯無は

「疲れた……」

とだけ語ったという。


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